別小説

ガラスの靴58

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「ガラスの靴」

     58・衣装


 総合ウェディングプロデュース集団、「イシュタル」が出しているパンフレットを、近くの席で取り出した女がいた。

 通りすがりの喫茶店。ビジネス街の店は昼どきは混んでいるが、ここはメインストリートからははずれているからか、空いている。それでもオフィスビルはぽつぽつあるから、そのあたりで働いているサラリーマンなのだろう。あたしの近くの席にはどこかの会社の制服を着た女たちが三人、すわっていた。

「婚活、うまく行ったの?」
「結婚、決まったの?」

 ふたりの女が身を乗り出し、パンフレットをテーブルに載せた女がかぶりを振った。

「ちがうのよ。私に釣り合う上等な男なんていないの。こうなりゃじっくり腰を据えて、いい男を探すつもり。ここまで待ったんだから妥協なんかしたくないもんね」
「じゃあ、このパンフレットは?」
「ここ、見て」

 開いたページは、「おひとり様ウェディングプラン」。あたしたちのバンド「桃源郷」はイシュタルのCMソングを担当しているので、そのプランについても知っている。ひとりでウェディングってどうやるんだよ? だったのだが。

「へぇぇ、ウェディングドレスをきちんと着て写真を撮るんだね」
「わぁ、素敵!! 私もこんなの、着てみたいっ!!」
「でしょ?」

 満足げにうなずく女は、田丸さんと呼ばれている。あとのふたりはミナちゃんとアキちゃん。田丸がいちばん年上なのだろう。四十代に見えた。

「結婚はいくつになってもできるよね。子どもは無理って年齢に近づいてはいってるけど、私ほど若く見えて美人で魅力的な女だったら、いくつになっても男が放っておかないはず。だけど、ウェディングドレスってやっぱり若いほうが似合うじゃない? 私も今のうちに着ておかないと、似合わなくなるような気がするの」
「そしたら、田丸さん、本番のときにはなにを着るの?」
「本番は和装にする。大人の花嫁らしく決めるのよ」

 それ、いいよねぇ、田丸さんだったらこのドレスがいいんじゃない? こっちのほうがいいよ、と盛り上がっているミナとアキの口調には、そこかはとない揶揄が感じられる。田丸はこのプランにはまっているらしく、いいでしょいいでしょ、などと嬉しそうだった。

「あ、もうこんな時間だ。私はお先に」
「お疲れさまでーす」
「成功を祈ってます」
「どっちのよ?」
「両方」

 仕事で出かけるのか、田丸が先に席を立ち、残されたミナとアキは予想通りの会話をはじめた。

「あの境地にだけは到達したくないね」
「田丸さんって何歳だっけ?」
「三十五歳だって言ってるよ。会社でサバを読んでもばれるのに、三十五だけど二十五歳に見えるでしょ、って自分で言ってるの」
「見えないよ。ほんとは?」
「四十一かな」
「……だよねぇ、やっぱ」

 うんうんとうなずき合い、ミナとアキは声を低めた。

「ほんと、三十五までには決めたいね」
「ミナも婚活やってんの?」
「合コンだとかパーティとかには行ってるのよ。田丸さんみたいにはなりたくないから、今年中には決めて、来年には結婚式に持ち込みたくて……だけどねぇ……」
「私も、田丸さんみたいになったらおしまいだから、早く決めたいんだけどね……」
「だよねぇ」
「あんなこと言ってたけど、田丸さんじゃもう……」
「ウェディングドレスを着ると痛いんじゃない?」

 ねぇぇ、と言い合って、ふたりはくすくす笑った。

 何度も何度も結婚しては離婚し、またもや結婚する奴もいれば、こうして一度も結婚できない女もいる。このふたりは三十代前半か。田丸さんみたいになりたくない、だけど、いい男がいない、と嘆きっぱなしだった。

 ランチどきに聞いた若くはないOLたちの会話が耳に残っていたし、田丸という名の女も記憶に残ったから、彼女と会ったときには即座にわかった。痩せて背が高くて、デキル女ふうのスーツをまとった女が、「イシュタル」の本社にあらわれたのだ。

「田丸さんじゃん?」
「は? えーと、どちらさまでしたっけ」
「あたし、アンヌ」
「えっとえーっと……」

 あの日はあたしはひとりだけで、シャツにジーンズの平凡な服装でカレーを食べていた。田丸たち三人組は店内で目立っていたが、あたしはひっそりしていたので彼女の目にも留まらなかったのだろう。

「あんな話を聞かれてたんですか」
「それで、実行しにきたの?」
「詳しく聞きたくて……アンヌさんはどういうお仕事を?」
「ロックバンドをやってるから、音楽担当」
「ああ、そうなんですね」

 言葉は丁寧だが、田丸の目つきには侮蔑を感じる。まっとうなOLから見れば、あたしなんかはヤクザのようなものだろう。慣れているのでどうってこともないが。

「ここで会ったのもなにかの縁だね。飲みにいかない?」
「あの……」
「おごるからさ。あたしはずっと音楽業界で生きてるから、田丸さんみたいなカタギの友達は少ないんだよ。OLの話なんかも聞きたいな」
「OLって古いですよ」
「キャリアウーマン?」
「それも古いかな。ワーキングウーマンかビジネスウーマンでいいかもしれない」
 
 ワーキングだかビジネスだかの女に興味があったのも事実だが、ちょっと意地悪をしてやりたかったのも事実だ。ためらいながらもついてきた田丸とタクシーに乗った。

「別に急がないから、ウェディングの話は後日でもいいんですけどね」
「そうだよね。あとでも同じだよ」

 日が経つにつれてどんどん外見が劣化するお年頃ではあるが、一ヶ月単位くらいでは変化もないだろう。「おひとりさま」は省いて、タクシーの中ではウェディングプランの話をしていた。

「あらぁ、アンヌ、ここにおいでよ」
「お、ハンナ、来てたのか」

 タイ人の血が入っているのもあって、アンヌという名前をつけられたあたし。ハンナのほうは北欧の血が入っているらしく、かなりゴージャスな長身の美女だ。ハンナが呼んでくれたので、あたしは田丸を促して彼女のいたテーブルについた。

「ハンナ、ひとり?」
「ひとりだよ。今日はひとりで来たんだけど、ひとりだったらやっぱつまんないなって思ってたとこ」
「田丸さん、ちょうどいいよ。ハンナは経験者だからさ」
「経験者って、あのプランの?」
「そうそう」

 なんだ、こいつは? という目でお互いを見ているように思える、ハンナと田丸。田丸は一般人だし、ハンナは有名ではないので当然だろう。敢えて紹介はしなかった。

「別の会社なんだけど、ハンナ、ウェディングドレスを着たんだよね」
「ああ、何度か着たよ」
「ハンナは日本人離れしたプロポーションだから、ウェディングドレスは似合うだろな」
「あたしは細いから水着姿だともひとつサマにならないんだけど、ドレスを着ると優雅で品があるって言われるね」
「品があるねぇ」
「中身は品がないよ、悪かったね」

 わかってるじゃんと、とあたしが笑い、ハンナは鼻に皺を寄せて舌を出す。田丸は緊張しているのか、酒ではなくてミネラルウォーターを飲みつつ、困惑顔でいた。

「アンヌはウエディングドレスって着た?」
「あたしは結婚式、してないから」
「そうだっけ。仕事で着たりしないの?」
「あたしの衣装はそういう感じじゃないよ」
「そうだね」

 二十代のハンナ、三十のあたし。田丸はいちばん年上だとの自覚はあるのだろうが、若く見えるんだから、と思っているのだろうか。アンヌって独身じゃなかったの? との視線は感じた。

「ハンナはどうだったんだ?」
「ウェディングドレス? 我ながら綺麗だなぁ、って感じだったよ。コスプレみたいなもんかな」

 自信過剰だとは、ハンナが綺麗なのは本当なので言いにくい。

「ま、仕事だからね。あたしは何べんもウェディングドレスを着て飽きちゃったよ」
「本物の結婚式、したい?」
「アホらしいからしたくない」

 仕事? と呟いた田丸の眉が、ぎゅっと寄せられていく。こんなに美人のモデルだかタレントだかは、仕事でウェディングドレスを着飽きたと言っている。なのに私は……とでも考えているのか。
 意地悪がすぎたかな。ちょっとかわいそうかな。だから、これくらいにしておいてやるよ。

つづく






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~ Comment ~

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そういえば、最近は、「おひとり様ウェディングプラン」ってありますよね。
男の私からしたら、まるで心境が全く分からんのですが。
あかねさんだったら、理解できるのかな?

やっぱりウェディングドレスは夢なのかなあ?

LandMさんへ

いつもありがとうございます。
よくぞ質問して下さいました!!

いつも母が言っていたのですね。子どもだった私に。
この子には女の子らしい服は似合わないと。
息子しかいない伯母が、もっと可愛い服だとかリボンだとか、身につけさせてあげたらいいのに、と言ったときにも、その台詞でした。

洗脳された私は、女っぽいファッションは似合わないと信じて育ち、事実、似合わないと自覚もしていました。

ですから、ウェディングドレス姿の自分? うげげぇ、気持ちわるっ!! としか思えない。
のですから、なんでひとりでウェディングドレスを着て写真を撮らなくちゃいけないんだっ、としか思えません。

おひとりさまウェディングをしたい、という女性の境地にだけは達したくない、と思う女性のほうに賛成です。
これをやりたいというのだけは、かなり理解不能です。


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