ショートストーリィ(しりとり小説)

139「我が子」

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しりとり小説139

「我が子」

 成績がよくてスポーツも得意で、クラスメイトからの人望も厚い。昨今は行き過ぎ感もあるほどに平等思想が蔓延していて、一学期、二学期、三学期と別の児童がクラス委員長をつとめるという方針の小学校だったから、常にとはいかなかったが、年に一度は委員長のポストにあった。

 小学校六年生の年には教師からも友達からも推されて児童会会長に立候補して当選したものだから、ママ友の嫉妬も浴びた。

 それだけでは人間としてひずみがあるのかもしれないが、芳子の息子の温人は、背も高くて凛々しい顔立ちの、性格も非の打ちどころのない少年に成長した。長身でかっこいい夫を選んでよかった、息子が夫に似てよかったと、芳子はひそかに満足していた。

「中学でも生徒会長に立候補しないかって推薦されたんだ」
「やるの?」
「どうしようかな。受験もあるもんな。お母さん、どう思う?」
「そうねぇ。高校受験と生徒会の両方は大変だろうけど、温人だったらできるんじゃない?」

 そのせいで受験に失敗するような息子ではないと信じていたから、芳子も勧めた。熟考の末、温人は生徒会長に立候補し、今回も見事当選を果たした。

「温人は忙しいから、今年は遊んでる暇もなかったよね。一泊だけ、旅行に行かない? お父さんは休めないみたいだから、ふたりで行こうよ」
「お母さんとふたりきり? うーん……」
「いいじゃない。もう二度と温人と一緒に旅行なんてできないかもしれないんだし」
「お母さんが行きたいわけね」

 心も優しい息子は、ま、いいよ、行ってもいいよと言ってくれた。
 二歳でいやいや期、下の子ができたら赤ちゃん返り、四歳くらいでは第一次反抗期、中学生にもなると第二次反抗期。最近の子どもには厄介な時期が何度も訪れると聞く。

 が、温人はひとりっ子なのもあり、穏やかな性格なのもあって反抗期などは芳子の記憶にない。十五歳の息子を旅行に誘ったら一蹴されることもありそうだが、温人は母親につきあってくれた。

 いいなぁ、お父さんも行きたいなぁ、と本気でうらやましがっていた夫にお土産を買おうと、信州名産を取り揃えているショップに入る。芳子はママ友や実家の両親にも、温人も友達にもお土産をと選んでいて、離れ離れになっていた。

「温人、お父さんにはこれ……どこに行った? ああ、いたいた。あら?」

 背の高い息子は遠くからでも発見しやすい。もうお父さんの身長も追い抜いたわね。お父さんに似てはいるけど、あんなふうにおなかも出ていないし、髪だってふさふさしている。素敵な青年になりつつある。満悦しながらお土産を物色している息子を見つめていると、彼が見知らぬ女の子に近づいていくのが見えた。

 女の子は車いすに乗っている。高いところに置いてある民芸品を手に取ってみたい様子だったが、立てないようで届かない。彼女のために温人がその民芸品を取ってあげたのだった。

「これ? 可愛いですね」
「可愛い。お兄さん、どうもありがとう」
「……僕はあなたより年下じゃない?」
「お兄さん……」

 すぐには近づいていかず、芳子は息子と女の子を見ていた。息子よりはだいぶ年上だろう。二十歳前後に見える太目の女の子に、温人はあれこれと品物を見せてやっている。あんな女の子にも優しいのね、さすがは私の息子だわ。

「……あらあら、ありがとうございます」
「いえ、別に……」
「優里亜、お兄さんにお礼を言ったの?」
「言ったよ」

 女の子は優里亜という名前らしい。ふたりのそばに歩み寄っていったのは、どちらかといえばみすぼらしい服装をした中年女性で、優里亜の母親らしかった。

「お兄さんって……僕は中学生ですけど……」
「そうなんですか。しっかりしてらっしゃるから高校生かと思ったわ。優里亜は二十二歳なんですけど、ちょっとね、知的にも……ですから、精神年齢はあなたよりもはるかに幼いんです。お兄さんって呼ばれると不愉快かしら」
「いえ、そんなことはないですけど……」

 中年女性にしきりに話しかけられて、温人は困惑しているようだ、そこで芳子も、三人のいるところに近寄っていった。

「温人くんとおっしゃる? お母さまでいらっしゃるんですね。娘がお世話になりました」
「いえ、たいしたことでは……」
「東京からいらしたんですか? 私たちもなんですよ。よろしかったらお昼、ご一緒しませんか」
「温人、どうする?」
「ふたりで食べるよりも大勢のほうが楽しいかな」

 息子にそう言われてしまっては、断るわけにもいかない。芳子も別にいやではなかったので、四人で近くの食堂に入った。

「温人くんくらいの年頃のひとって、残酷だったりもするんですよ。優里亜をからかったり馬鹿にしたりってひともいるんです。優里亜はかまってもらえると嬉しくて、あからさまに馬鹿にされてもわかってないんです。そういうのも時々見てますから、本当に優しくしてもらって私も嬉しかったですわ」
「いいえ、そんな……当然のことで……」
「素敵なお坊ちゃんで、奥さんはお幸せですわね」
「え、ええ、まあ」

 会話は母親同士にまかせてしまって、温人はこうなると喋らなくなった。優里亜はただにこにこしていて、別れ際に温人になにやらくれた。

「ありがとうございました。いい思い出ができました」
「こちらこそ」

 そう言い合って優里亜母娘と別れたあとで、芳子は温人に言った。

「ほんとに温人はお母さんの自慢の息子だわ。優しいよね」
「優しいってか、普通だよ」
「温人は私の誇りだわ。これからもそんな男の子でいてね」
「……もういいって」
「なにをもらったの?」
「なんだろ」

 小さな布袋に入ったものを、温人は覗き込んだ。覗いておいてくすっと笑って、見せてと懇願してもいやだと言う。どうせ子どもじみたなにかなのだろうから、芳子もしつこくは言わなかった。

 約半年後には温人は、難なく志望高校に合格した。温人は優里亜と触れ合って感じるところがあったのか、高校を卒業すると福祉関係の大学に進学し、大学院を経て、さまざまな障碍を持つ人々に貢献するという主義を持つ企業に就職した。

 あの旅のひとこまのエピソードは、芳子はとうに忘れ果てていたのだが、弱者に優しい息子には満足し、尊敬の念も深めていっていた。

「……お母さん、優里亜さんって覚えてる?」

 そんな息子は当然、女性にももてる。社会人ともなると学校の成績は関係なくなるが、温人は高学歴高収入でルックスも性格もいいのだから、母親の欲目ヌキにしても最高の男性だ。どんなお嫁さんを連れてくるのかしら、と芳子も楽しみにしていたのだが、すこし前に、つきあっていた女性とふられたと暗くなっていた。

 理由は追及しなかったのだが、じきにまた彼女はできるわよ、ふられたなんて嘘でしょ、あなたは優しいから、ふられたことにしてあげてるんでしょ、と芳子は思っていたものだ。

「優里亜さん?」
「覚えてないかな。僕が今の半分くらいの年のころだよね。信州の土産物屋で知り合った、車いすの女性だよ」
「車いす……ああ……お母さんとふたりで来てた……一緒に食事をした……太った女の子? 思い出したわ」
「そうそう、その優里亜さん。歩けないからどうしても太ってしまうらしいんだよね」
「え? 優里亜さんと会ったの?」
「そうなんだ。再会したんだよ」

 福祉関係の企業勤務なのだから、温人には障碍者と触れ合う機会もある。その種のフォーラムに出席したときに、優里亜の母親に声をかけられた。母親は中年女性に見えるようになった娘の車椅子を押して参加していた。

「あのころは優里亜さんも幼く見えたから、お兄さんって呼ばれてもまあよかったんだけど、今では僕のほうがあきらかに下だよ。優里亜さんは覚えているのかどうか知らないけど、やっぱりお兄さんって呼ぶから苦笑しちまった」
「そうなの、なつかしいね」
「うん、なつかしかったよ」

 あのとき、芳子も言ったように、母と息子のふたり旅は本当に最後になった。芳子は近頃はほとんど旅行もしないが、行くとしたら女友達とだ。

 息子にとってもあの旅はいい想い出なのかと、芳子としても気持ちがいい。そんな旅で出会ったなつかしい女の子と再会して、芳子にも話してくれた。それだけのことだろうと思っていたのだが。
 ところが、それから一年ばかりして、温人が優里亜を我が家に伴ってきたのだった。

「おばさん、こんにちは」
「は、はい、こんにちは」
「お母さん、僕、優里亜さんと結婚するから」
「え? ええーっ?!」

 青天の霹靂とはこのことだ。温人も間もなく三十歳とはいえ、高学歴高収入の好青年である。なにを好き好んで七つも年上の太った女と。

「……彼女にふられたって言ってたよね。そのせい?」
「お母さん、ここでそんな話、すんなよ」
「どうせわかってないでしょ」
「わかってるよ。優里亜さん、ちょっと待っててね」

 うんっ、とあどけなくうなずく優里亜に微笑みかけて、温人は芳子を別室に連れていった。

「前につきあってた彼女にふられたからって、自棄になってない?」
「そんなんじゃないよ」
「だったら……どうして……どうしてあなたが……どうしてあんな女と……」
「あんな女ってなんだよ」

 母親に向かってこんな顔をするのか。芳子ははじめて見た、温人の険しい表情だった。

「お父さんに紹介する前に、お母さんに会ってもらおうと思ったんだ。お母さんはいつも言ってたじゃないか。僕が身障者の人に親切にすると褒めてくれた。優里亜さんとはじめて会ったときにも、あのあとで、あんたは私の誇りだって言ってくれた。そんなお母さんが僕も好きだった。そんな想い出と一緒に、優里亜さんも僕の心に残ってたんだ」
「それとこれとは……」

 だからってなにも、結婚しなくてもいいではないか。

「僕だって何人もの女性とつきあったよ。中には傲慢でろくでもない女もいた。温人くらいだったらまあ合格だね、結婚してあげてもいいよ、なんてほざく奴もいた。僕はそんな女にはうんざりなんだよ。優里亜さんは中学校を卒業してからずっと、家事手伝いをしていたんだそうだ。掃除も好きだし料理も上手だよ。家庭生活を営んでいく上では支障はないんだ」
「だって、もう四十近いんでしょ」
「それがどうかした?」
「だって、だって……」

 駄々っ子のように、だってだってとしか言えなくなった。

「僕は収入も悪くないんだから、優里亜さんと結婚して専業主婦になってもらうよ。優里亜さんはお母さんのことを心配していたけど、お母さんもひとりで大丈夫だって言う。優里亜さんのお父さんってのは、こんな娘は俺の子じゃないだとか、おまえの育て方が悪いんだとか、お母さんひとりに責任を押しつけて逃げてしまった奴なんだそうだ。だからお母さんはひとりで、優里亜さんを育ててきた。お母さんは商店で事務をしてるんだけど、貯金もあるから、私の生活は大丈夫だって言ってくれたよ」

 お母さんとは、優里亜の母のことである。
 真っ先に優里亜にプロポーズし、それから優里亜の母親の許しを得、次に自身の母である芳子。父は後回し。順番なんかどうでもいいとも、芳子としては言えなかった。

「なんの問題もないだろ」
「問題は……あるわよ」
「どんな問題? 言ってみて」

 それが言えたら苦労はない。
 弱者に優しくできるおのれにも、その血を受け継いだ息子も誇りに思ってきたけれど、こうなると、私は育て方を間違ったのか……と思ってしまう。それとこれとは別なのよっ!! と叫びたかった。

次は「こ」です。





 


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~ Comment ~

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読みました♪
お母さんの叫びたい気持ち、なんとなく分かるような……
でもまぁ、優里亜さんのキャラクターがもっと掘り下げられたら覆る共感かもしれませんね^^

夢月亭清修さんへ

コメントありがとうございます。

この息子こそが、本当に女性を中身で好きになる男性。
ではあるのですが、たしかに、優里亜の性格などなどを書いていませんので、説得力ないですよね。

母の本音はこうなんじゃないかなあとも思います。
母の中には、息子の嫁はどんな女性であっても気に入らないという方もいるそうですが。

あかねさんへ!!

おばんです!
今日は彼岸の入りで、4月中旬かと思われる気温の高さでした。!
糖尿病のため左目と右手が使えず苦労いたします。
今ではアミノ酸が免疫を破壊して病が発病すると変わってきました。
年々医学も変わってきて困ります。笑い)

荒野鷹虎さんへ

こんばんは~。
コメントありがとうございます。

糖尿病でいらっしゃるのですね。
私の祖母が糖尿病でしたが、食べ物の知識がない人だったので困ったものでした。

おっしゃる通り、医学って変わりますよね。
ささやかなことで言っても、子どもは夏の間にしっかり日焼けしておくと風邪をひかない、だったのが、紫外線は身体によくない、になってますし。
煙草もいつの間にか、ものすごい悪者にされてますね。
昭和の時代のドラマを見ると、成人男性ほぼ全員吸ってますけどね。

大阪も今日は相当あったかでしたよ。
半袖で外に出てる子どももいれば、ファーのついたダウンを着てる大人もいるといった感じです。
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