ショートストーリィ(FSいろは物語)

いろはの「よ」part2

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フォレストシンガーズ

「横須賀たそがれ」

 姉とだったらいつも平気で言い合っている。あたしのほうが美人だもん、なに言ってんのよ、あたしのほうが美人に決まってんでしょ。

 兄の幸生は、鏡を見ろ、両方ともに「美」の要素などない、と言い放つ。おまえたちよりは俺のほうが美人だとまで言う。父や母は、雅美も輝美も可愛いと言ってくれる。雅美はどうだか知らないが、輝美としては、お母さんにそっくりだと言われるあたしたち姉妹は、別に美人でもないよね、が本心ではあった。

「輝美は大きくなったら横須賀海の女王になるの」
「海の女王コンテストに出るの? あれって美人が出るんだよ」
「輝美は美人だもん」
「じゃあ、雅美はミス三浦半島になろっと」

 記憶を探れば「美人について」のいちばん古い姉との会話が残っている。輝美が幼稚園に入ったばかりで、ふたつ上の雅美は小学校の一年生だったか。あのときも二年生だった兄の幸生が、おまえたちなんかげげげぇだ、とか言って、父に叱られていた。

 たいていの女の子は小学校二年生くらいになれば、哀しい現実を知る。幼稚園のころだって同級生の男の子は可愛い子ばかりをちやほやしたから、あたしは可愛くないのかな、と漠然と考えてはいたのだが、家に帰って両親に可愛いと言ってもらえば心は晴れた。

 現実は忘れて、どっちが美人なのかを姉と言い合うのはリクレーションのようなものだ。輝美が高校に入学した今春、兄が東京の大学に合格してひとり暮らしをはじめたので、横からよけいなことを言う奴も家にはいなくなった。

「告白されちゃった」
「へぇぇ、誰に?」

 帰り道で、高校生になって知り合った同級生の蕾早が輝美に打ち明けた。

「これで三人目なんだよね」
「中学のときから三人目?」
「ちがうよ。高校に入ってから三人目」
「ああ、そうなんだ」

 まだ入学してから一ヶ月程度なのに、もう三人目か。細身なのにバストが大きくて、背が高くて派手な目鼻立ちのライサが男の子の注目を浴びているのは輝美だって知っていたが。

「いやんなっちゃうんだよね。男はライサをほっておいてくれないんだもん」
「まあね、そうだろうね」
「昨日もね、スカウトされたの」
「へぇぇ」
 
 駅前を歩いていたら、若い男に声をかけられた。ナンパかと思って無視したのだが、男はしつこくからみついてくる。ライサって名前? いい名前だね。本名からしてそれなんだから、きみはモデルになるために生まれてきたんだよ、と言われたのだそうだ。

「モデルになるために生まれてきたって、どういう意味よ?」
「知らない。その人に訊けばよかったんじゃん」
「そんな男と立ち話なんかできないよ」

 名前は言ったんじゃないの? と輝美は口をとがらせた。

「名刺を十枚もくれて、絶対に連絡してねって言われたの。スカウトも何度目かなぁ。もう、外に出るのがめんどくさくなっちゃうよ。そんで今日は男に告白されるし。男って嫌いだよ」
「誰に告白されたの?」
「テニス部のキャプテン」
「……あ、ああ、そう」
「でね……」

 ちらっと、三年生のテニス部キャプテン、かっこいいよね、とライサに話した覚えはあった。ライサは輝美の台詞を彼に告げたと言った。

「うちの友達の三沢輝美ちゃんだったら、キミの告白を受けてくれるよ。私は男とつきあう気はないんだから、輝美ちゃんに言ってあげようか? って訊いたらね、そんな奴知らない、いらない、ライサちゃんよりはブスなんだろ、って言うの。そりゃまあね、私よりも美人なんてうちの学校にはいないんだから、輝美ちゃんは普通だって言ったんだけどね……」

 そんな女に興味ない、俺はライサちゃんとしかつきあう気はないんだ、って言われてうざかった、とライサは嬉しそうに話し続ける。ふーんふーん、へぇぇ、と輝美が聞いていると、高いところからライサが顔を覗きこんできた。

「なんで男ってああうるさいの? 輝美ちゃんも告白されたことはあるでしょ」
「う、うん、まあ、中学のときに二回くらいはあったね」
「二回だけ? ライサなんて中学のときに十回……ううん、もっとあったよ。たいていの女の子は十回くらい告白されるんじゃない? 輝美ちゃんってもてないんだ」

 いまだかつて告白なんてされたことのない輝美の胸に、ライサの台詞がつきささった。

「二回くらいだったらそんなにめんどくさくないね。いいなぁ」
「いいの、かな」
「そうだよ。スカウトはされたことある?」
「んと……ああっと、なくはないかな」
「一回?」
「うん」
「一回くらいだったらいいよね。輝美ちゃん、なんだってライサは何度も何度もスカウトされたり、告白されたりするんだと思う? ねぇ、どうして?」
「さあね」

 あなたが可愛いから、スタイルいいから、と言わせたいのは目に見えているが、言いたくない。だけど、性格は悪いよね、とつけ加えたくなりそうだ。

「もうっ、生きてるのがいやになっちゃうよ。あ、まただ」
「へ?」

 学校から駅への道を歩いていた途中で、ライサは輝美の背中に隠れようとした。もっとも、ライサのほうが二十センチは長身なので、まるで隠れてはいなかったのだが。

「ねぇ、ライサちゃん、お茶くらいいいでしょ」
「えー、どうしようかなぁ。輝美ちゃんはどうする?」
「輝美ちゃんってきみ? きみには用はないから帰っていいよ」

 大学生くらいに見える、背が高くて軽薄そうな男はつめたい目で輝美を見、背中でライサは言った。

「やだ、輝美ちゃんも一緒じゃなきゃライサも行かない」
「だったら来てもいいけどさ……」
 
 胸のうちでなにかが切れたので、輝美は無言で歩き出した。待ってよぉ、輝美ちゃーん、ふたりきりで話していたときとは声音が変わってしまったライサの呼びかけと、いいじゃないか、ほっとけよ、との男の声が背中に聴こえていた。

「わかりやすい女……」

 あんな女もいるよね、友達になんかならないでおこう、と思えたのだから、ライサの本性が知れたのはそう悪くもない。それよりも、見栄を張ってしまった自分がいやでならなかった。

 スカウトなんかされたことがないに決まっている。幸生と雅美と輝美の三人でCDショップに行き、輝美がひとり離れていたときのこと。高校生くらいの少年に、ロック喫茶に行かない? と誘われたことならあった。

「え、えと……」
「ロックのCDを見てたから……好きなのかなって思って……」
「好きだけど……」

 でも、兄と姉が、と言おうとしていた輝美の背後に幸生が立ち、こんなところにいたのか、ごめんね、待たせて、と言ったのだ。少年は幸生を輝美の彼氏だと誤解でもしたのか、そそくさと離れていった。

「ナンパなんかする男には下心があるんだから、お茶だのロックだのって言われてもついていくなよ」
「そうそう、下心のかたまりの言うことは正しいんだよ」
「雅美はうるせえんだよ」

 というような経験はあるが、男の子に告白なんかされたこともない。なのに、ライサに対抗してあると言ってしまった。

 そんな自分が哀しくて、とぼとぼ帰る道。日が暮れてきたのが輝美の心模様のようで、なおさら哀しくなってくる。子どものころに戻りたくなってくる。兄と姉の真ん中にはさまれて、黄昏の道を帰ったあのころに戻りたい。姉とはひとつ、兄とはみっつしか年齢差はないが、幼児のころには輝美が当然いちばん小さくて、両脇の保護者の顔をかわるがわる見上げていた。

「お母さんが待ってるよ。早く帰ろ」
「今夜のごはんはなにかな。ハンバーグだといいな」
「お父さん、早く帰ってくるかな」
「お土産、あるかな。シュークリームがいいな」
「輝美は大福がいいなぁ」

 父母兄姉がいて、おいしいものが食べられたら幸せだった、他愛なくも楽しかったあのころに戻りたかった。

TERUMI/15歳/END








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~ Comment ~

NoTitle

分かります(笑)ライサちゃんみたいな子いますよね(^_^;)
このお話みたいに中高時代にいました(笑)そして寄ってくる男の人も本当こんな感じでうんざりしますよね(-_-;)

輝美ちゃん、自分を責めないで~女としてちょっとは張り合っちゃうのも仕方ないよ!でもそんな下心だけの男に騙されないでちゃんと愛してくれる相手を見つけるのだ( ´∀`)bグッ!


ホワイトデーのお返し、絵を用意したかったんですが、ペンタブを仕事で使うからと言われて人に貸したんですが、まだ返ってこなくて……
返ってき次第描きますのでもうちょっとお待ち下さい(>_<)すいませんm(_ _)m

たおるさんへ

いつもありがとうございます。

いますよね、ライサみたいな子。
こんな美人ではなくて、どうして彼女が? と思えるような女性でしたが、もてもて自慢してるひと、以前にいましたよ。

なんだってちょっとだけ、見栄を張りたいってのもありますよね。
人と較べてしまったり、誰かを妬ましく思ったりってのもありがちですよねぇ。

輝美は短大を卒業して銀行員になり、職場結婚をして一児の母になりました。雅美とふたりして、たまに会う幸生兄ちゃんに姉さんのようにいばっています(^o^)

絵、描いて下さるんですか。
きゃああ、楽しみ!! 
いつまででも待ちますので、じっくり描いて下さいね。
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