ショートストーリィ(花物語)

2016/花物語/三月「アネモネとゼラニウム」

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花物語2016

三月「アネモネとゼラニウム」

「毎度ありがとうございまーすっ!! うわっ、すごっ!!」
「春実ったら、そんな大きな声を出さないの。はしたない」
「叔母さんはここ、来たことあるの? すごいじゃん」
「すごいわねぇ。お金持ちは私たちとはスケールが違うのよ。ひとり娘の卒業記念パーティにこんなホールを借り切るって、結婚式でもあるまいに。ああ、すごいすごい」

 皮肉たっぷりに言って、叔母が軽トラックから降りていく。春実も続いて降り、切り花や鉢植えやアレンジメントフラワーの数々を運び込んだ。

 もっと大きな花は別の業者に委託したのだそうだが、小さい花たちは叔母の店が請け負った。娘のパーティを開く予定の家庭の奥さんが以前から叔母の店を愛用してくれていて、今回のパーティの花業者に加えてくれたのだと春実も聞いていた。叔母は文句を言いながらも張り切っていて、春実にも特別手当をくれた。

「春実、昨日のホールにこれを届けて」
「忘れてた花?」
「忘れたりはしないわよ。追加」
「そっか、はーい、わかりました」

 追加というのは豪華な花束で、パーティ当日の今日に届けたほうがよさそうなのはまちがいなかった。十八歳になって免許を取ったばかりの春実に、運転、気をつけて、とくどいほどに念を押す叔母に見送られて、春実は再び昨日のホールに出かけていった。

「フローリスト・北極星でーす。追加のお届け物に上がりました」
「はい? あら」

 美々しいドレスをまとった、春実と同じような年頃の娘が近づいてきた。

「やだ……なんでこんなものを送ってくるのよ。受け取り拒否って……できますよね?」
「受け取り拒否はできますけど、そうします?」
「拒否したらママが怒りそう。いいわ。受け取っておきます。ご苦労さまです」

 花束を抱いた娘は、春実をじーっと見た。

「あなたはお花屋さんの店員さん? 昨日もいらしてたわね」
「アルバイトです。今春から大学生になります」
「そしたら苦学生なのね。えらいわぁ。私も今春から大学生になるのよ。だからこんなパーティって、大げさだと思いません?」
「いえ、そんなことは……」

 大いに大げさだと思うが、春実にはそうは言えないので笑ってごまかした。
 すると、この娘はパーティの主役なのだろう。香恋と名乗った彼女に、春実です、と名乗り返して改めて挨拶をかわすと、香恋は言った。

「春実さんってどこの大学? え? そうなの? 同じだわ。春実さん、お友達になって」
「え、ええ、いいけど……」

 勢いに押されて、春実はうなずいてしまった。香恋は嬉しそうに、じゃあ、これ、お友達になったしるしよ、と花束からアネモネの花を一輪抜いて春実にくれた。

「つまりあの花束は、香恋の婚約者からのプレゼントだったわけだ」
「そうなのよ。婚約者って、両方の親が勝手に決めてしまったの。正式にはあのパーティで発表したんだけど、私が生まれたときからほぼ決まっていたらしいのよ」

 今どき、そんなことがあるのだなぁ、春実の感想はそれしかなかった。
 四月になってふたりともに大学に通うようになると、香恋と話す機会も頻繁になってきた。

「春実ちゃんは大変よね。苦学生なんでしょう?」
「苦学生っていうんじゃないんだよ。フローリスト・北極星は父の妹、私の叔母が経営してる花屋なの。休みになるとアルバイトしてるだけで、学費や生活費は親が出してくれてるし、自宅通学だしね」
「そうなの?」

 アルバイトイコール苦学生。香恋の感覚はどうも現代離れしていた。

「うちの親父も会社を経営してるんだよ」
「あら、そうなの? 春実ちゃんだって社長令嬢なんじゃない」

 それでどうしてアルバイトなんかするのだろう? 香恋の疑問はそこに行きつくらしいが、小遣いくらいは自分で稼ぎたいのが一般的大学生だ。

「社長ったって、うちの親父は町工場の社長だよ。母が専務」
「お母さまが専務さんなの? すごーい。会社社長とキャリアウーマンのご両親なのね。かっこいいわ。だから春実ちゃんも学生のときから働いてて、きびきびしていてかっこいいのね」
「あのね……」

 町工場の社長の妻が専務。会社組織上よくあることなのだが、香恋にはぴんと来ていないらしい。春実一家を過大評価して妄想をふくらませている様子だった。

「私も大学を卒業したら、働く女性になりたいな。だけど、母は働く必要なんかないって言うのよ。大学生の間は婚約者とおつきあいして、卒業したら結婚すればいいって。そんなふうに決まってるのってつまらないわよね」
「香恋は婚約者の彼が嫌いなの?」
「まだまともにつきあってもいないから、嫌いなのかどうかはわからないわ。でも、恋じゃないじゃない? 恋がしたい。恋をしてから結婚したいの」
「彼に恋をすれば?」
「できるのかしら」

 それは、神のみぞ知るといったところだろう。

「だったら、彼以外の男に恋してみたら? 高校までは女子校だったにしても、大学には男子もいるじゃない? 香恋は可愛いんだから、告白してくる男だっているはずだよ」
「そんなの……駄目」
「駄目なの?」
「婚約者に恋はしていないけど、別のひとと恋をするなんて人倫にもとるでしょう? 女の子はたったひとりの男性との絆を貫き通すのがいちばんの幸せだって、母が言うのよ」
「だったらそうすれば?」
「だけど、恋がしたいわ」

 知らん知らん、私は知らん、勝手にしろ、としか春実には言えなかった。

「春実ちゃんは恋をしてるの?」
「恋はしてないなぁ。高校のときにはつきあってた男がいたけど、大学は別になって別れちゃったんだ。大学ではまだそこまで親しい相手もいないから、これからするかもしれないけどね」
「そうなのね。春実ちゃんのお友達は私だけなのね」
「今のところはね」

 なにやらとても嬉しそうな香恋だった。

「春実ちゃん、一年間ありがとう。去年、春実ちゃんがプレゼントをくれたでしょう?」
「プレゼント?」

 はて? プレゼントなんかしただろうか。香恋と春実が出会ってからちょうど一年になる記念日だそうだが、春実はそんなことも失念していた。

 一年の間には香恋とふたりで出かけたりもした。春実ちゃんとだったら安心だって母が言うから……と香恋にすがられるので、どうせ彼氏もいない身。ショッピングやら花火大会やら映画やらにも一緒に行った。屋台のたこ焼きやら映画館のポップコーンやら、そんなものをおごってやったことならあるが、あれはプレゼントではないだろうし。

「アネモネよ」
「アネモネ?」
「アネモネの花言葉って「はかない恋」「恋の苦しみ」なのよね。春実ちゃんは知ってて私にプレゼントしてくれたのでしょう? そうと知って私も苦しかったけど、恋愛感情は持てないの。春実ちゃんは察しがいいんだから、気づいているわよね。わかっていてお友達としてつきあってくれたのでしょう? ありがとう」
「恋愛感情だぁ?」

 思いもかけない台詞に二の句が継げないでいる春実に、香恋が一輪の花を差し出した。

「ゼラニウム?」
「ゼラニウムの花言葉は、「真の友情」「尊敬」「信頼」。春実ちゃん、これからもお友達でいてね」
「う、うん、もちろん」

 優雅に微笑んだ香恋の前から立ち去りつつ、ゼラニウムを見つめつつ春実は考える。私が香恋にアネモネをプレゼントした? 香恋にはじめて会ったとき、花束からアネモネを抜いて……? 思い出した!!

「逆じゃないかよ。アネモネをくれたのは香恋じゃないか」

 目撃者はいないのだし、アネモネの花は一輪挿しに入れていたのだが、枯れてしまったら未練なく捨てた。なのだから証拠物件もない。

 なんなんだろう、あれは、単なる香恋の少女趣味か。自分が春実にくれたくせに、春実のほうがくれたと思い込んでいる? 創作でもしているのか? 
 
 恋愛願望の強い香恋は、婚約者とつきあってはいるものの、これって恋なのだろうか? と悩んでいるらしい。かといって別の男と恋をするのは断固お断りだそうで、春実との間に疑似恋愛が発生していると考えたかったのか。
 
 変な誤解をしたにしても、香恋は春実の恋心に応える気はないと明言したのだから、実害はないはず。実害、ないよね? 自問自答して、うん、ないない、とうなずいて、春実は歩き出す。香恋の婚約者の彼も不甲斐ないよね。なんとかして熱烈な恋愛に持っていって、それから結婚したら八方丸くおさまるのに。

END




 
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~ Comment ~

NoTitle

ふうむ。
金持ちのご令嬢の気持ちは分からないので参考になりませんが。
あまり今のご時世、婚姻政策はあまりうまくいかないですし。
前時代的ですからね。自由の方がいいとは思いますが。
婚約者が決まっているのは、ある意味考えなくていい。
選択肢が決まっていて、
生きるのには楽・・・と考える人もいると思いますけど。
そこはそこで「恋をしたい」という願望が生まれてくるのも必然なのでしょうね。

LandMさんへ

いつもありがとうございます。

親の決めた婚約者。上流家庭ではなくもないのかなぁ?
お金持ちは知人にもいませんので、そんなのがあるのかないのか、私も知りませんが。

私の母方の祖父母はお見合い結婚ですが、お見合いをしてから、祖父が、結婚する前にふたりきりでゆっくり話したいな、と思ってデートに誘いにいったのだそうです。

「娘さんとデートさせて下さい」とお願いしたら、祖母の父……私は写真すら見たことのない曾祖父が、駄目だと言ったそうです。
結婚前にそんなことをするのはふしだらだ?

昭和のはじめごろかな? 
まだそんな感じだったみたいですよ。
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