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小説391(WE’RE ALL ALONE)

 ←FSソングライティング物語「そんなおまえに恋をして」 →FS超ショートストーリィ・四季の歌・真次郎「春の鳥」
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フォレストシンガーズストーリィ391

「WE’RE ALL ALONE」

注:基本、BLというかMLというか、です。

1・哲司

 基本的には真面目だから、人前でいちゃつくなんてみっともないだとか、ドラッグをやると逮捕されるだとか、女性に暴力をふるうな、とかって僕を叱る。
 そんなケイさんが珍しく乗っているのは、彼が好みのタイプだからか?
 けれど、三沢幸生は三十三歳だ。見た目は二十代ってところで、小柄で声が高くてガキみたいで、性格は女性的でなくもないけれど、年齢を知っているのだから、美少年趣味のケイさんとしては白けるのでは?
 こっちが浮気をしてもケイさんは本気では怒らなくて、ガキが夜遊びをするな、とか言って僕をひっぱたく。
 こうなったらケイさんが浮気してみる? そう言っても取り合ってもらえなくて、だけど、ケイさんが本当に浮気をしたら僕は逆上するだろう。三沢さんを口説くのは遊びみたいなもので、それでもやっぱり好みのタイプだから?
 ジェネレーションギャップってやつかな。僕にはおっさんの気持ちは芯からはわからない。
 十六歳で高校を中退して故郷の島から出ていって、親戚の春子さんを頼って東京に来た。春子さんは僕の身内ではただひとり、僕が男も好きだと知っていて、そんな僕を受け止めてくれた。
 春子さんの夫所有の写真スタジオでちんたらとバイトをしていたころ、ケイさんと知り合った。春子さんとつかみ合いの喧嘩をしていたら割って入ってきて、僕だけが悪いと言って僕をひっぱたいて投げ飛ばしたのだった。
 乱暴者のケイさんに恋をして、ケイさんのものになって、それから何度浮気をしただろう。
 悔しいから言ってやらないけど、僕のはじめての男はケイさんだ。女のほうとは数え切れないほど寝たけど、男と寝るのはあのころはちょっぴり怖かったから。
 本気で恋したはじめてのひとがケイさん、なのに浮気をするのはなぜ? 刺激がほしいからだと言っておこう。ケイさんは僕に本気では恋していないから、本気では怒らない。怒るのではなくて躾だと言って、僕が悪いことをするとひっぱたく。
 好きなひとにだったら叩かれるのは嬉しい僕は、好みのタイプの男には甘えかかって、ぶってよ、なんて言っては馬鹿にされている。
 おまえの躾はケイさんの役目だろ、だなんて、乾さんも金子さんも言うんだから、東京では僕たちは公認の仲だ。瀬戸内海に浮かぶちっぽけな島ではそうは行かないだろうから、東京に来てよかった。多様なカップルのいる都会で暮らせてよかった。
「東京ってほんとにいろんな人間がいるよね」
 居間のソファに長く寝っころがって、ケイさんがヘッドフォンをかぶっている。編曲家として売れてきている彼は、仕事をしているのだろう。僕はケイさんの堅い腹に乗っかった。
 なんの音楽を聴いているのかは知らないが、ケイさんがリズムに合わせて腹を上下させる。はずみでフロアに投げ出された僕を、ケイさんが足先でつつく。僕はケイさんの脚にじゃれかかり、猫みたいに素足を甘噛みした。
 ハーフパンツから伸びた細くて長い脛、僕のなめらかな脚とはちがって毛むくじゃらのそこに頬をすり寄せたり、毛をくわえて噛みちぎろうとしてみたり、大きな親指に歯を立てたり。
「哲司、こむら返りが起きそうだ。やめろ」
「こんなんでこむら返りって、年だね」
「年だよ。やめろって」
 それでもやめずにいたら、抱え上げられてソファに放り投げられた。
 荒っぽいケイさんは好き。だけど、言ってあげない。ソファにすわり直したケイさんがはずしたヘッドフォンから、こんな歌が流れてきた。
 
「Outside the rain begins
 And it may never end

 So cry no more on the shore
 A dream will take us out to sea
 Forevermore forevermore

 Close your eyes , Amie
 And you can be with me

 'Neath the waves, through the caves of ours
 Long forgotten now

 We're all alone , We're all alone
 Close the window, calm the light
 And it will be alright
 No need to bother now

 Let it out , Let it all begin
 Learn how to pretend」

 人は皆ひとりぼっちだって? 
 知ってるよ。
 でも、現実を直視なんかしたくない。僕が少年ではなくなったらケイさんに捨てられて、東京の片隅で孤独死するのだとしても、二十歳の僕はもう少年ではないから、ケイさんに捨てられるまでは秒読み段階だとしても。
 今だけ、刹那にだけ生きていたい。僕はいつ、ケイさんに捨てられるの? なんて質問したくない。質問のかわりに抱きついた。
「ベッドに行こうよ」
 抱き上げられてぎゅっとしがみついたら、ケイさんは僕をドアの外に運んでいって、ぽいっと部屋から放り出した。


2・幸生

 唯一の弱点は英語。
 いや、弱点は他にもあるが、ナンバーワンは英語で、他の諸々にはそれなりに対処できるつもりだった。
 日本人にだって英語の得意なひとはいる。乾さんなんかは会話よりも英語文章が得意で、歌詞やポエムや小説を解釈するのがうまい。英語でも日本語でも文学的な読解能力に優れているからだろう。乾さんだったら、英語の歌を聴いてその詩が理解できる。
 章のほうは曲調から歌の内容を感じ取るのがうまい。乾さんは文字人間、章は感覚人間。乾さんが作詞、章が作曲に秀でているのもその証明だ。
 あまり感情的にはならない乾さんと、じきにかっとなったり落ち込んだりする章の差もある。
 話がそれていたが、であるからして、乾さんや章だと英語の歌も理解できる。他にも英語の歌を詩から、曲から、雰囲気から感じ取って心から共感したり反発したりする日本人、英語圏以外の人間も多々いるのであろう。
 なのだから、英語を喋れないくせに英語の歌を歌うな、とは言わないが。
 だけど、俺は苦手なんだもの。英語の歌詞は丸暗記するしかないし、歌詞の意味がしっかりわかっていないと感情のこめようも半端になるし、英語だと度忘れが激しくなるし、ろくなことはないから嫌いなのだ。
 仕事だもんね。英語のスタンダードナンバーって、時には我々フォレストシンガーズの歌よりもお客さまに受けるし、FSの一員たる俺が英語の歌拒否はできないしな。こうなったら矢でも鉄砲でも持ってこい。
 その覚悟があるなら英語の勉強しろよ、ってなものでもあるが、言語能力ゼロであるらしくて投げている。俺は俺の直感で英語の歌を歌うのだ。
 おそらくは章と俺は直感型、感情型、乾さんは理性が勝つ性格。本橋さんは激情型で、シゲさんは五十肩……いえ、ジョークだから。なんてことも考えつつ、「フライドバタフライ」のカウンター席で飲んでいると、俺のもうひとつの弱点がやってきた。
「三沢さん、今夜も綺麗ですね」
「……はい、どうも」
 男に向かってその挨拶はないでしょ。それに、あなたのその瞳……背筋がぞわぞわっ。
「今夜はひとりですか」
「ええ、まあね」
「俺もひとりなんですよ。ここ、よろしいですか」
「はい……どうぞ」
 できれば隣にはすわらないでほしい、と言いたいところであるが、言いづらい。田野倉ケイ氏は失礼、と囁いてすわり、スコッチのオンザロックを注文した。
 身長は乾さんほどだから長身のほうだ。俳優でもあり歌手でもあるスターの桜田忠弘さんと親しいようだから、同年輩なのだろう。四十代半ばあたりの年齢だ。哲司もケイさんの年齢はおよそのところしか知らないと言っていた。
 桜田さんはメンズエステにでも通っているにちがいない、バケモノじみた若さを誇っている。元来長身ですんなりしていて、それでいて筋肉もついていて、顔も声もよくて歌もうまくて演技もうまくて、性格も爽やかないい男。
 天が二物どころか十物くらいも与えた、神さま、不公平きわまりないよ、俺にもひとつくらい分けてよ、と言いたくなるような男が桜田忠弘だ。
 否、俺だって顔は悪くないし、歌も演技もうまい。だけど、十年後に桜田さんみたいな男でいられるかどうかは自信がない。十年後の四十男の三沢幸生はあまり想像したくない。乾さんと同棲でもできていたら……ジョークでだったら言うけど、実現しても嬉しくないし。
 そんな桜田さんと比較すれば、田野倉さんは年齢相応だ。
 哲司に言わせると力持ちで筋肉も発達しているのだそうだが、見た目は痩せ型、ガンジータイプの哲学者というか瞑想者というか、哲司に聞いているので、暴君的な部分もあると知ってはいるが、穏やかな風貌ではある。
 人目を引く美貌ではないが、落ち着いた整った顔をしていて、声も渋い。彼がこんな男ではなかったとしたら、俺の憧れのタイプだ。
 そういえば神戸の「Drunken sea gull」のマスターと田野倉さんのルックスはいくぶん似ている。田野倉さんのほうがしゃれているのは、彼は作曲・編曲家という職業柄か。容貌も田野倉さんのほうが洗練されている。田野倉さんは九州出身だそうだが、過去についても哲司でさえもよくは知らないらしい。
 我々の仲間うちでもっとも早く、田野倉さんと知り合ったのは金子将一先輩だ。
 デビュー前だった金子さんがアマチュアとして歌の仕事をしていたころに知り合い、売れない作曲家と歌手としての交流を持っていた。金子さんが田野倉さんの話をしていた記憶は俺にはないが、彼が女を愛せない性質だとは、金子さんは古くから知っていたらしい。
 続いて、乾さんが田野倉さんと知り合う。乾さんが田野倉さんと哲司を車で送り届けたそうで、乾さんもまた田野倉さんの恋愛方面の趣味は知っていた。
 それから章。章と作家のみずき霧笛さんが哲司と出会ったそうで、章が哲司を乾さんのマンションに連れていった。章は哲司に恋人がいるとは聞いたそうなのだが、てっきり年上の女性だと思い込んでいて、ケイさんとは美少年を囲っているおばさんなのだと決め付けていた。
 その次にはたしか、四国でフォレストシンガーズの集団食中毒騒ぎがあったときだ。
 ライヴのリハーサルで出た昼の弁当に中って、スタッフも我々もダウンして病院に搬送された。弁当を食べなかったり、食中毒の原因となった煮豆を残したりした人々は無事で、そのひとりがシゲさんだった。
「さすが、胃腸が超人的に丈夫なシゲさんだけあるね」
 誰彼からとなくそう言われたシゲさんは、俺は食ってないんだよっ、と必死で抗弁していた。
 ライヴが行なわれる予定の四国の市の病院に入院していた四人のためにと、花かごを持ってきた哲司とシゲさんが会い、哲司の台詞がシゲさんにはほぼ意味不明だったというエピソードもあった。
 その後にもさまざま、さまざまあったのだが、俺はそのすべては知らない。一部を知って推理したり、すこしばかり親しくなった哲司を見ては、俺の若いころ以上にあぶなっかしい奴だと危ぶんだりしていたのだった。
 今ではフォレストシンガーズの全員も、美江子さんもケイと哲司のカップルを知っている。田野倉さんは編曲家として売れつつあり、本来はやりたかった作曲のほうもやるようになり、音楽業界では名を知られるようになってきて、我々との仕事のつきあいも増えてきた。
「三沢さんは無口ですね」
「……誰がでしょうか」
「あなたがですよ。もともとは無口なひとではないはずなのに、俺といると無口なのはなぜなんでしょうね」
 背筋がぞわっとするし、なにかを言うとねじまげた解釈をされるからです、と俺は心で反論した。そうだ、俺はよほどの相手でないと心で反論したりはしない。
 よほどの相手というのも多種いるが、こうして口に出さずに心でだけ言い返す相手。田野倉さんはそのひとりとなる。英語と同等に俺は……なぜだか、いやいや、なぜだかは知っている。この田野倉さんが弱点なのだ。
「無口ってわけでもなくて、心にあふれそうになっている想いを言葉にできないんですか」
「……そういうんでもないような……」
 黙っていると別の曲解をされるので、無駄な抵抗をこころみた。
「哲司が怒りますよ、変なジョークを言うと」
「哲司が怒ったら黙らさせる手段はありますよ。あなたが気にする必要はない。そうして困った顔をしてうつむいている表情が可愛いな」
「……うげ」
 年上の女性だの年下であってもファンの女性だのにだったら、ユキちゃん、可愛いね、と言われると嬉しい。おまえは可愛い奴だな、とうちの先輩たちは絶対に口にはしないが、思っていてくれていると感じられれば嬉しい。
「男に向かって可愛いと言うな」
 本橋さんやシゲさんはたびたびそう言って怒っているし、乾さんだって章だって、男が可愛いと言われるのは褒められていない、と言うが、俺は褒め言葉と受け取る。が、この田野倉さんに言われるのだけは……。
「あなたは自分では、ゲイの傾向はないと思っているんでしょ。俺から見るとそうでもないような気がしますよ。目覚めさせてあげましょうか」
「田野倉さんは少年が趣味なんでしょ」
「あなただったら見た目は少年のようなものだ。体型だって少年のようなんだから、抱いたらさぞや……普通の恋愛しかしたことのないあなたから見れば禁断の領域でしょ。そこへさらっていってあげたいな」
「あの、いえ……」
「可愛いですよ、三沢さん」
 肩を抱き寄せられそうになって、自分の顔が強張るのを感じた。
「……失礼。そんなにいやなんだったら退散しますよ。だけど、本当にそんなにいやなのかな」
「田野倉さん、勘弁して下さいって」
 ふふ、と笑って、田野倉さんは腰を上げた。
「たいへん失礼しました。では、またの機会に」
 あれは哲司がそそのかして、田野倉さんも遊んでいるのだと知っている。彼はああいう悪ふざけは俺にしかしない。相手にゲイの傾向があると知ればしかけるのかもしれないが、ノンケと呼ばれる男にはしないはずだ。
 俺はゲイには偏見はないつもりだし、よその男と男がいちゃついていても、いいじゃないの、幸せならば、だ。
 けれど、俺にちょっかい出すのはやめてほしい。この俺が田野倉さんのあの悪ふざけには対処できなくなってしまう。乾さんがいれば上手に助けてくれるのに、俺ひとりだとにっちもさっちもどうにもブルドッグ。
「三沢さんはね、その傾向がゼロじゃないからだよ。だからそうやって動揺するんだね」
 ここにはいない田野倉さんの恋人の声が聞こえてきて、うるせぇ、ちげーよっ、とガキみたいに言い返していた。


3・千鶴

 若いくせに流行には疎いと、叔父や叔父のもと妻、麦ちゃんには笑われる。けれど、腐女子とかいうものが流行っているのは知っている。
 いつのころからかそのたぐいの漫画や小説や、インターネットのサイトが目につくようになって、本物のゲイのカップルとも知り合った。私は腐女子ではないが、ケイさんと哲司のカップルには素敵な面もあると思える。
 とてもとても躾がきびしいケイさんには、哲司は叩かれてばかりいるらしい。全身どこでも叩かれるらしくて、今日も哲司は言っていた。
「叩かれないのはここだけでさ……いや、まあ、女には見せられないってか、おまえは見たことあるところだけどさ。昨日もケツ、叩かれたもんな。見る?」
「見たくないっ。脱がないで」
 どこかしら、哲司は女の子のようでいて、やはり男の子だ。私の前で平気でトランクス一枚になったり、僕のケツ、かっこいいだろ、などと言ってお尻を見せたりするのだから。
「形はいいけどね……」
「おまえのケツも大きいけど、形はいいんだよな。僕はおっぱいのほうが好きだけど、女の子の丸くて大きなケツも好きだよ。千鶴の、見せて」
「いや」
 映画のポスターの撮影で、乾さんにだったら全裸に近い姿を見られた。下着を下ろされてお尻を見られたり、乳房を両手で包まれたりもした。
 哲司とだって全裸を見せ合った仲ではあるが、遊びのようにこんなふうに言われてうなずく気にはなれない。裸になるのがいやだったら僕んちに来るな、と怒った顔をする哲司に、ここはあんたの家じゃないでしょ、と言い返していたら喧嘩になった。
「おまえ、乾さんにだったら尻をぶたれたんだろ」
「服の上から軽く、めっ、って叱られて叩かれたことだったらあるよ。それがどうしたのよ」
「女に暴力をふるうなって言う男でも、尻だったらいいって言うんだよな。僕もむかつくから、そうしてやるよ」
「いやっ!!」
 さからおうとしても、こんなときにもやはり哲司は男の子だ。力が強い。つかまえられてスカートをまくられて、必死になってあばれていたらドアが開いた。
「……なにをやってるんだ、哲司!!」
 助けてくれたのはケイさんで、力まかせに哲司を私から引き剥がし、肩にかついで別室に連れていった。哲司がぎゃあぎゃあ騒ぐ声や、びしびし、ばちんばちんという音が聞こえて、哲司の泣き声も聞こえてきてくる中で、私は鏡の前で服装を整え、真っ赤になった頬をこすっていた。
「千鶴ちゃん、ごめんなさい」
 部屋に入ってきてそう言ってくれたのもケイさんだった。
「あいつがあなたになにをしようとしていたのかは聞いたよ。哲司の尻をあなたのそのほっぺた以上に赤くしてやってきたから」
「私、乾さんにだったら……」
「ん?」
「いいえ、いいんです」
 女性には優しいこのおじさんは、絶対に女性には性的関心を持たない……なんだか不思議だ。そんな男性にははじめて会った、わけでもなく、過去にもいたのかもしれないが、私は知らなかったから。
「ケイさんって、女性の裸を見てもなんにも感じないんですか。むしろ嫌悪感?」
「いや、女性の裸ってのは綺麗なものだから、綺麗だなとは感じるよ。あなたが裸を見せてくれたら嬉しいよ」
「……あのポスター……」
「乾さんとのやつ? あれは俺はちらっとしか見てないけど、あなたのうしろ姿はコントラバスのフォルムのようで、美しかったね」
 コントラバスってどんな楽器だったかな、と思っていると、私のうしろのドアが開いて、哲司がケイさんの腕の中に飛び込んできた。
「コントラバスってのは、下半身デブってことだよっ!! ケイさんこそ、千鶴にセクハラ発言してるじゃないかっ!! ううっ、痛いよぉ。昨日もぶったのに今日もっ!! くそくそーっ!!」
 涙でぐちゃぐちゃの顔をして、哲司がケイさんを無茶苦茶に叩く。ケイさんは哲司を抱え込んで低い声で言った。
「昨日も今日も、おまえが悪いんだろ。ちがうのか」
「ちがうもんっ!! ケイさんの馬鹿っ!!」
 こんなにきぴしく躾けられるなんて、私だったら遠慮したいけど、こんなふたりを見ていると思う。男同士だっていいじゃない。素敵なカップルだな。
 好きで好きでたまらないくせに、ケイさんに素直にならない哲司。他にも理由があるらしくて、ケイさんに叱られるようなことばかりする哲司。そんな哲司を愛しているくせに、プライドなんだか中年男性の照れなんだか、私にはわかりづらい態度を取るクールなケイさん。
 私は好きなひとには素直に、好きですって言うよ。だけど、好きなひとは私を抱きとめてはくれなかった。
「ケイさんなんか、僕を好きじゃないんだろ」
「叩かれたのは誰が悪いんだ」
「そんな話はしてないもんっ」
「俺はしてるんだよ」
「……千鶴、おまえは邪魔だよ。帰れよ」
 憎たらしい顔をする哲司は、今度はケイさんにほっぺを叩かれて、泣き声で言った。
「ケイさんが帰ってこないと思ったから……おまえに遊びにこいって言ったけど……こうなったら邪魔なんだよっ。ひっく、うぇっく、帰れよっ!!」
「帰ればいいんでしょ」
 負けずに憎らしい顔をしてみせると、ケイさんが言った。
「帰るんだったら車で送っていこうか」
「そんなことをしてやらなくても、千鶴なんかを襲う男はいないよ」
「おまえは黙ってろ。千鶴ちゃん、行こう」
「……送ってもらわなくても大丈夫だから」
「そしたら僕も行くっ!!」
 ケイさんが帰ってきてからは完全にわがまま坊やになってしまった哲司が叫ぶ。おまえは留守番してろ、とケイさんはつめたく言って、車のキーを持った。
「言うことを聞かないと監禁しちまうぞ」
「……帰ってくるよね」
「当たり前だろ」
「ケイさんの帰るうちは、哲司のいるここだそうよ」
「おまえに聞いてねえよ」
 とは言ったものの、私の言葉に哲司は明らかに嬉しそうな顔をした。


4・哲司

 女の子とは寝たことないの? と訊きたがる奴も多いが、そっちの経験は中学生のときにすませた。そして、本物の初体験としてはケイさんに抱かれた。そしてそして、僕が彼か彼女の初体験の相手になってあげた経験は豊富だ。
 そのひとり、千鶴。「愚かな女は可愛い」なんて言う男もけっこういるものだが、それって千鶴みたいな女を指しているのだろう。
「お帰り」
 今夜はケイさんは仕事で徹夜になるからと言っていて、ならば、遊びにこいよと千鶴を誘った。
 なのに、千鶴と喧嘩をしていたら帰ってきて、僕が千鶴をひっぱたいてやろうとしていたのを阻まれて、逆に散々ひっぱたかれた。
 二日続けて平手打ちをもらった尻がひりひり痛くて、悔しいやら腹立たしいやら切ないやらで、ケイさんに甘えたくて甘えたくてたまらなくなって、千鶴には帰れと叫んだ。そしたら、ケイさんが千鶴を車で送っていってしまったのだ。
 まったく、僕には荒々しいくせに、女には紳士ぶるんだから。そんなケイさん、ゲイの風上にも置けないぞ。ゲイだったら女にはもっと冷淡にふるまえよ。
 文句を言いつつも帰りを待ちわびていたら、ケイさんが帰宅した。頭に来るからなにかぶつけてやるなり、水をぶっかけてやるなりしようかと思っていたのだが、そうするとまたまた叩かれる。あちこちが痛いのだから、今夜はもう喧嘩はやめることにした。
 お帰り、と書いたメモをケイさんに放り投げる。メモを拾って中を見たケイさんは、くすっと笑ってくずかごに捨てた。
「ケイさんなんか嫌いだよ」
 もう一枚のメモも同じ扱いを受け、さらにもう一枚。
「捨てるってことは、ケイさんも僕を嫌いだってことだよね。家出するよ」
 またしてもメモが捨てられた。
 喧嘩はしないつもりだったのに、ケイさんがひとこと、バーカとでも言って抱きしめてくれたら、僕は怒らずにいられるのに。家出をすると書いても鼻で笑われたので、決行することにした。
 プチ家出だったら何度だってしている。今夜には帰ると言い置いて出かけていったケイさんが日付が変わっても帰ってこないから、マンションを飛び出して飲みにいき、酒場で会った男の部屋に泊まったり。
 喧嘩をして外に出ていって、以前にも寝たことのある男の部屋に泊まったり。
 家出というと僕の場合は浮気に直結することがたいていで、それでも帰りたくなる。ケイさんは僕の浮気ではなく朝帰りや無断外泊を叱り、そのせいでひっぱたかれた。
「おまえは俺のものなんだから、他の男と寝るな」
「女だったらいいの?」
「俺以外の誰にも抱かれるな」
「抱くんだったらいいの?」
 いちいち口答えをして叩かれて、泣くんだったらいいなぁ。だけど、ケイさんはそうはしてくれない。浮気よりも、夜中にふらふらどこをほっつき歩いてるんだ、ってほうを叱る。
 そんなケイさんに腹を立ててばかりいて、いつかはプチではない家出もした。
 あのときにはもう、僕はケイさんと別れるつもりだったのだが、別れられずに続いている。結局のところ、僕はケイさんが好きなんだ。好きなんだから、僕が素直じゃないのはケイさんだって知ってるんだから、素直にならせてくれたらいいのに。
 ぶちぶち言いながら着替えて、ケイさんのジャケットから財布を引っ張り出した。ケイさんは僕の手から取り返した財布で頭をこつんとやって、もとに戻してしまった。
「金がないと家出ができないよ。小遣いちょうだいよ」
「家出したいんだったらヘソクリくらいしておけ」
「ケイさんのくれる小遣い、足りないんだもん。最近は収入が増えたんだろ。小遣いアップしてよ」
 夫に経済的に依存している専業主婦か、親の脛かじり息子か、そんなおねだりをしている僕を無視して、ケイさんは寝室に入っていった。
 服を脱いでそこらへんに放り出して、ケイさんがベッドにもぐり込む。主婦だったら夫が散らかした服をハンガーにかけたりするのだろう。息子だったらそんなものはほっぽって自分の部屋に帰るのか。僕はどっちでもないから、裸になってケイさんのかたわらに入っていった。
「千鶴はひとりで寝てるんだよね。かわいそうかな」
「そうかもしれないな」
 穏やかになった声で言って、ケイさんが僕を抱きしめてくれた。
「乾さんもさ、抱いてやればいいのにね」
「抱いてもらえば満足できるってわけじゃないだろ」
「千鶴は僕みたいに尻軽ではないってわけか。尻っていえば、僕はあれだけ叩かれたんだもんな。お尻、痛いよ」
「当たり前だ」
「だから今夜は……うん、これだけでいいから」
 ひとりぼっちといえば三沢さんもなのか。彼には恋人はいないと言っていて、だったらケイさんの二番目の恋人になれば? と僕は言い、ケイさんも面白がって、三沢さんだったらいつでも受け入れますよ、と言ってセクシーな目をする。
 おぞましいっ!! という顔を三沢さんがするからであって、実現したら僕は怒る。
 三沢さんの心の奥底には、男も好き、っていう気分があるのではないか。それだけにスリルがあって、僕はケイさんを乗せて三沢さんに口説き文句を言わせて遊んでいる。あの三沢さんのおぞましがる顔は、本人も自覚しつつあるからか。
 ま、なんにしたって、人は皆ひとりなんだろ。僕だって……ううん、いつまで続くかはわからないにせよ、こうしていれば僕はひとときはひとりぼっちではない。ケイさん、僕はほんとはあなたが大好きだよ。静かに抱きしめられて、ケイさんの息が寝息に変わるのを聞いていた。
 僕だっていつもいつもは、セックスを求めてはいない。ケイさんとだけは、こうしていれば幸せだ。だけど、好きだとも幸せだとも言ってやらない。言わないのが僕らしいはずだから。

END








 
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~ Comment ~

NoTitle

昔は衆道と言って、男色もあったのですけどね。
今はそういうことはなくなりましたからねえ。
考えてみれば、戦国時代の方が寛容だったのかな。
今は西洋の考え方の押し付けがあるから、あとは人権もあるから、
結構性的にも色々と抑圧が多いのは事実ですよね。
常識とかね。

LandMさんへ

いつもありがとうございます。

キリスト教は子孫繁栄につながらない恋愛はご法度なんですよね。
その点、昔の仏教は寛容だったようで。

今、また世間は同性愛には寛容になりつつありますが、偏見の目はありますよね。かく言う私も、ゲイの男性は「美」のつくルックスがいいなぁなんて、これ、偏見以外のなにものでもない気がします。

苦笑。

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