ショートストーリィ(FSいろは物語)

いろはの「か」part2

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フォレストシンガーズ

いろは物語part2

「金沢のひと」

 富山県で生まれて育ったせいか、乾隆之助には金沢に対するそこはかとない憧れがあった。
 大人になって金沢の和菓子屋で働くようになり、買い物に来る清楚な娘に恋をした。彼女についていた癖のありすぎる母親と同居して苦労はしたのだが、僕以上にとわ子さんは苦労したんだろうな、子どものころからずっとだもんな、と妻に同情もしていた。

 古い価値観だと言われるのかもしれないが、義母も妻も本人の隆之助も「男は仕事が第一」だと信じていた。義母は娘のとわ子にとっても仕事が第一だと考えていたから、長男の隆也は義母が育ててくれたようなのものだ。

 夜泣きをする乳児の隆也を、あなたが父親なんだからあやしなさい、と義母に託されて困り果てていたこともある。隆之助は隆也を抱いて庭を歩き、俳句をひねっていたのだから、心を読まれたらお義母さまに叱られるだろうなとも思っていた。

 幼稚園、小学校、中学校、高校と、隆也はおばあちゃんっ子だった。隆也については妻や義母から聞かされるばかりだったが、詞を書いている、曲を作っている、短歌が好きらしい、古典が好きらしい、そんな話を聞くと、やっぱり僕の子だな、と嬉しかったものだ。

 あの義母は曲者でもあったが、さな子がいなかったとしたら隆也は……その意味ではたいへんに素晴らしい祖母だったとも隆之助は考えていた。

「隆也は東京の大学に行くと申しています」
「ああ、そうか……とわ子さんは反対はしなかったのでしょう?」
「反対はしませんわ。あなたも賛成してやってくれますね?」
「いいことだ。しっかりやるように言いましょう」
「はい」

 妻から報告を受けたのが十七年前だったか。十四年前にはこんな報告も受けた。

「隆也が帰省してきたんですよ。今日来て今日帰ってしまったんですけど、本橋さんっていうお友達と一緒で……他三名の男性と五人で、歌のグループを結成したのですって。フォレストシンガーズといって、プロになると申していました」
「ほぉ……で、あなたはどう?」
「五年の期限つきで許しました」
「駄目だったら私の跡を継がせますか」
「私はそのつもりです」

 歌にもさまざまあるが、その道で生計を立てていきたいとは、やっぱり私の息子なんだなぁ、との想いは、いくぶん複雑ではあった。

 祖母のさな子は隆也が高校三年生の年にみまかり、隆也は東京の大学に行ってしまったから、故郷は遠いところになったのだろうか。父にも母にも子どもらしく甘えたことのない息子は、大人になるとこの家からも足が遠のいていった。

 それでも聞こえてはくる。
 大学の友達と結成したフォレストシンガーズがデビューした……売れないらしいけどがんばっている……ごくたまには隆也も親に顔を見せにきた。フォレストシンガーズの仲間たちを伴ってきたこともある。隆之助も二、三度は会った若者たちは、頼もしい好青年たちだった。

 最近ではフォレストシンガーズはかなり売れてきたらしく、隆之助もたまさか言われる。乾さんの息子さんはあのフォレストシンガーズの……と。庭を眺めて懐古にふけっていた隆之助が顔を上げると、隆也が立っていた。

「お久しぶりです」
「……や、やぁ、突然だね」
「突然、時間が空いたものですから。お母さまは?」
「昨日から会合で、あわら温泉へ一泊で出かけているんだよ。私は留守番だ」
「お父さまは今日のご予定は?」
「なにもないよ。泊まっていけるの? そんなら父と息子で飲もうかね」
「はい、おつきあいしますよ」

 華道家としてのとわ子は、有望な弟子に跡を継いでもらうつもりでいるらしい。さな子には娘のとわ子がいたが、とわ子には息子がひとりだけ。この家は女系で続いていくとのきまりがあるらしく、義母も妻も隆也を跡取りに、とは一度も言わなかった。

「その娘さんが隆也くんと結婚してくれたらいいのにね、って私が冗談で言ったら、お母さまに叱られたよ」
 
 とんでもないことを言わないで下さい、と隆也も言いたいのだろうが、反論はせずに笑っていた。
 背格好は父親似だが、隆也の顔立ちは母親に似ていると思う。とわ子は白い花のようなひっそりした美貌をもっているのだが、隆也は美貌というのではなく、しかし、すっきりと涼しげな容貌の青年に成長した。

「演歌を書いてほしいって依頼を受けましてね」
「へぇ。きみたちは演歌も歌うの?」
「我々が歌うんじゃなくて、他のシンガーのために書いたんですよ。お父さま、聴いて下さいますか」

 風が爽やかな季節だから、戸を開け放って縁側で飲んでいた。父と息子がさしつさされつ、するめや冷蔵庫の残りものくらいしかつまむものはないが、冷の日本酒が喉に心地よい。

 初夏の風に乗って、隆也が再生したデジタルオーディオのメロディが聴こえてくる。盃を口元に持っていき、涼やかな液体に口をつけながらも、隆之助の耳は息子が作曲したメロディに引き込まれていく。歌詞は恥ずかしいから曲だけですよ、と隆也が言っていた。

 昭和の時代の金沢。店に買い物にきた和服姿の若い娘。幾度か出会ってひとこと、ふたことと会話をかわし、華道をなりわいとする家の娘だと知った。

 どうしてだろう、隆也の書いた曲を聴いていると、四十年近く昔の恋物語がよみがえってくる。隆之助の片想いのような気もしていたが、とわ子はプロポーズを受けてくれた。そして今、夫婦の間に産まれたひとり息子が、こんな歌を聴かせてくれている。

 静かに酒を飲んでいた隆也が、ふと口を開いた。

「この間、ふられたんですよ」
「おや、隆也くんがそういう話をするのははじめて聞いたよ」
「こうしてお父さまとふたりっきりっていうのも、珍しいですからね」
「男同士の内緒話だね。続きを聴かせて」

 サラリーマンではありえないような長めの髪を手でかき分け、隆也は言った。

「その女性は俺が書道を習っている先生のお孫さんで、先に知り合ったのはおじいさまなんです。そういう流れから、先におじいさまに告白したんですよね。お孫さんとおつきあいさせて下さいって。それでしょっぱなから嫌われたんです。お父さま、なにかおかしいですか?」
「いやいや、失礼」

 時代がちがうからかもしれないが、とわ子は怒りはしなかった。とわ子に告白する前にさな子に、娘さんとおつきあいさせて下さい、と打ち明けた隆之助を、嫌いにもならなかったらしい。やっぱり親子だね、と隆之助としては隆也に言いたいのだが、ふられたと知ってしまっては言いにくかった。

「きみはちゃんと女性に恋をするんだね」
「しますよ。ふられてばっかりですが……お父さま、なにか妙な疑惑でも持たれてましたか?」
「妙な疑惑? はて、なんだろう?」

 とぼけて息子を見返す隆之助を、隆也も見返す。しばしの後に同時に小さく吹き出した。

「お父さまは現在進行形で、お母さまを愛していますか」
「もちろん」
「……はい」

 この、はい、にはどんな想いがこめられているのか、追及などはしなくていい。隆之助も質問を返した。

「さっきの曲のタイトル、なんていうのかな?」
「金沢のひと。主人公はうちのばあちゃんなんですよ」
「ほぉぉ……」

 僕にはそのばあちゃんの娘が主人公だと感じられたけど、人それぞれ、ちがったひとを思い浮かべるのだろうか。この曲を聴いたとわ子がなにを想うのか、隆之助はそのときの妻の頭の中を覗いてみたかった。

END










 
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~ Comment ~

NoTitle

すいません、フォレストシンガーズのことはまだまだよく分かっていないのですが、こちら読ませていただきました。

金沢への憧れってちょっと分かります。
なのでしょっぱなから引き込まれました^^
ちょっと距離のある親子の様子ですが、お互いに近づこうとしているように見えてほっこりしました♪
とわ子さんが歌を聴いたらどう思うのでしょうか…僕はおばあちゃんにも聴かせてあげたい気がしました^^

夢月亭清修さまへ

お読みいただけて、ご感想もいただけてありがとうございます。

フォレストシンガーズはあちこちにいますので、お時間がおありのときにまたゆっくり、ごらんになって下さいね。

金沢って、わりと日本人の憧れですよね。
私は隆也の故郷をじっくり見たくて、二年ほど前の今ごろに行ってきました。今年の春にも行く予定です。

父と息子もおっしゃる通り、距離がありますが、この夫婦もけっこうややこしい男女でして、この前の「和風細雨」でふたりの出会いみたいなものを書いています。

とわ子の感覚のほうが私にはわかりづらいのですが、彼女ももうすこし掘り下げてみたいと思っています。

にゃはは

あ、笑うとこじゃないのですけれど、乾さんらしいエピソードに、やはりこの家族あってのことかとにやりとしてしまいました。色んな意味で、昔の金沢ってイメージがしっくりきます。彼の造形も、彼の家族の造形も、そして彼が作った歌も。また何だか歌謡曲って彼に似合っているような気がします。
絶対どこかで聞いたことのある曲のイメージと重なって……

金沢は、学生時代、京都から夜行に乗ってよく行きました(金がなかったので、夜行の普通列車で4時間半かけて行って、朝着いて、夜帰ってくる)。加賀友禅が好きで、友禅の工房などを見に行っていたのです。で、美味い魚を食って帰る。私が金沢好きになったのは、絶対に漫画家の花郁悠紀子さんの影響なのだけれど……あの街を背景にして、このばあちゃんとかあちゃんのような女性、リアリティがあります。
駅もすっかり変わってしまったそうで、ちょっと切ない面もありますが(それ言うと、京都はもっと切ないけれど)、まぁ、流れる時に逆らっても仕方がありませんしね。
乾氏の恋はいつか実るのかな……ゆきちゃん、がんばれ!(あ、ちがうな)

大海彩洋さんへ

コメントありがとうございます。

北陸新幹線が開通するちょっと前に行きましたので、今年の春に行ったら駅も変わっているでしょうね。
私はこの前は、金沢にはバスで行きました。

乾隆也が私の中に生まれてきたとき、真次郎との会話で、「おまえのなまりは……京都の呉服屋のぼんぼんか? ちがう? ああ、金沢だ!!」というのが出てきたのです。

金沢と京都は言葉のなまりもすこし似ていますし、似たところがありますよね。
日本人の憧れる土地のひとつですし。

大阪人は京都の実態を知っています(む?)ので、金沢のほうがより憧れの対象になるのかもしれません。
隆也の恋は、この分は実りませんが……きっぱり。

彼は結婚……しちゃ駄目。俺としましょっ、と幸生も言ってますし……てんてんてんてん。
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