別小説

ガラスの靴57

 ←FS「Velvet voice」 →いろはの「か」part2
「ガラスの靴」

     57・嫉妬

 宝塚歌劇の男役と女役スターが本格的に衣装を着け、新郎新婦のなれそめをドラマ仕立てにした寸劇をやる。僕は新郎の田村から真相を聞いているので、笑うのを我慢するのが大変だった。

 プロのジャズバンドがラヴソングを演奏する。政治家からの祝電がいーっぱい読み上げられる。経済界の大物だというが、僕は知らないおじいさんがスピーチをする。これまた大物らしいが、過去のひとらしいので僕は知らない演歌歌手や映画俳優もスピーチをする。

 録画による海外の俳優やミュージシャン、政治家や小説家や科学者からもお祝いメッセージが届いているらしく、そんな時間もけっこう長い。退屈もあったのだが、音楽も寸劇もマジックもプロがやっていたから、ショーでも見ているようで楽しくもあった。

「潔、ついに結婚が決まったらしいよ」
「誰と? 多恵ちゃんとじゃなくて?」

 電話をしてきたのは専門学校時代の同級生だった多恵ちゃんだ。多恵ちゃんとは卒業してからはまったく会うこともなかったのだが、彼女がつきあっている田村潔がアンヌの楽屋を訪ねてきてから、たまにお酒を飲んだりもしていた。

「ちがう。佐倉先生」
「医者の?」
「そうだよ」
「……多恵ちゃんは平気なの?」

 田村もまた僕とも多恵ちゃんとも専門学校は同じだ。アート系専門学校でアニメのほうを学んでいた僕は結婚して専業主夫になり、田村はフリーター、多恵ちゃんはアニメプロのアルバイト。二十三歳の専門学校卒人間としては、田村と多恵ちゃんはありふれた仕事についているのかもしれない。

 うちの奥さんも専門学校は同じ、ただし、アンヌはイラストのほうだが、田村も多恵ちゃんもアンヌとも一応は知り合いだ。そのせいで図々しくも田村がアンヌに会いにきた。アンヌは面倒くさがって僕に押しつけた。その流れで多恵ちゃんとも会ったので、多恵、田村、医者の佐倉先生との変な三角関係については知っていた。

 アルバイトとはいえ、多恵ちゃんは大きな仕事をまかされたりもして忙しい。アニメ映画に関わりたいとの野望も持っている。
 フリーターの田村はアニメとは無関係の仕事で、あれをやったりこれをやったりで腰が落ち着かない。多恵ちゃんと田村は、どっちも相手を都合のいい男、都合のいい女扱いでつきあっていた。

 そんな田村を口説いたのが、二十歳年上の女医さん、佐倉先生だった。その後のいきさつは知らないが、田村と佐倉先生が結婚するという。そこまでにはならないかと漠然と思っていたので、僕もびっくりで、多恵ちゃんはショックではないのかと尋ねたのだった。

「うーん、そうね、複雑な気分だけど、潔がいいんだったらいいじゃん」
「僕は多恵ちゃんがいいんだったらいいよ」
「それでね」

 なんというのか、大層な家柄出身の佐倉摂子さんは、両親や親せき筋に相当な人脈がある。対して潔は若くて顔がいいのがとりえのフリーターで、親も庶民だ。
 逆玉と呼ばれる結婚なので、結婚式も佐倉家側が凄まじい来客になる。潔だってちょっとは友達を呼びたかったのか、婚約者に命令されたのかは知らないが、専門学校時代の友達を招きたいと言うのだった。

「笙くん、アンヌさんと一緒に出席できない?」
「田村サイドの唯一の有名人だから?」
「そうなのかもしれない。潔は忙しいから、あたしから頼んでほしいって言われたんだ」
「あのさ……多恵ちゃんはこれから、田村とはどうするの?」
「友達づきあいは続けるよ」
「セフレのほうも?」
「ばーか」

 と言われはしたが、それもアリかもしれない。二十歳も年上の美人でもないおばさんと結婚した二十三歳男子は、セフレくらいは許してもらえるのかもしれないから、僕がとやかく言うのはやめよう。

「ってわけでね、アンヌ、出席してくれる?」
「いやだ」

 ひとことで断られたので、だったら僕も欠席しようかと思ったのだが、ものすごくゴージャスな結婚式だというし、アンヌも行ってもいいと言ってくれたので、出席することにした。

 聞きしにまさる豪華な式だった。僕たちは結婚式を挙げていないのもあり、僕が若いので友達もまだ未婚がほとんどなのもあり、第一、僕には友達も親戚も少ないのもあり、アンヌの関係の結婚式にはアンヌが行きたがらないのもあり、などなどで、僕は結婚式参列回数がほとんどない。

 なのだから、きっと一生に一度だろう。こんな凄まじく豪華な結婚式は。新郎の友人たちが集まったテーブルには若い男が十人、僕と多恵ちゃんを含めて十二人。若いのだけがとりえで他にはなんの特色もない。新郎そっくりの集団になっていた。

 あまり田村は好かれていなかったから、僕と同様、友達も少ない。幼なじみが別の席にいるらしいが、この十二人は、高校、専門学校時代の友人ばかりだ。僕が知っている男がふたり、大哉、春真がいたので、式のあとで多恵ちゃんと四人、同窓会兼二次会をすることにした。

 二次会といえば新郎新婦も加わるものだろうが、結婚式の続きの二次会は有名人だらけで派手に行われるらしい。会費も不要のそっちにはぞろぞろと人々が流れていったが、僕らはもうそんな人々に疲れてしまったので、新郎もヌキの気軽な飲み会だ。

「いやぁ、すごかったな」
「あの奥さんだもんな」
「お疲れ、乾杯しよ」
「田村潔の前途を祝して……」

 居酒屋のテーブルを四人で囲み、ジョッキを合わせる。ダイヤは車のディーラーで営業マンを、ハルマは英会話教室の営業マンをしているそうで、ふたりともにアニメとは無関係の仕事だ。

「多恵ちゃんはいいよな。俺もそんな仕事、したかったよ」
「笙もいいよなぁ。だけど、子どもがいるんだろ? 早く帰らなくていいのか?」
「うん。お母さんに預けてきたから」

 ひとしきり自分たちの仕事の愚痴をこぼしてから、ダイヤが言った。

「多恵ちゃんはどうなの? 映画の話、どうなった?」
「……進行中ではあるんだけど、出資しろって話になってるから……どうなんだろ」
「それって途中で立ち消えになったりしないのか?」
「なくもないかもね。そのくらいのお金だったらなんとかなりそうなんだけど……」
「やめたほうがいいよ」
「うん。ガセのような気がする」

 男ふたりはうなずき合い、交互に言った。

「どんな映画だか知らないけど、実績もなんにもない小娘に関わらせるなんて、あり得なくない?」
「いくら出せって言われてるのかも知らないけど、よくあるじゃん。歌手にしてやるからレッスン料いくら出せとかさ」
「小説の賞を取らせてやるから金を出せとか」
「そういうたぐいの話なんじゃないの?」
「多恵ちゃんってまだたいした仕事はしたことないんだろ」

 悔しいけど……と多恵ちゃんはうなずき、男ふたりはなおも言った。

「俺らもアニメの専門学校にいたんだから、ちょっとはそういう業界を知ってるよ」
「生き馬の目を抜くとか言うんだよな。多恵ちゃんみたいな小娘、だまくらかすのは簡単だろ」
「金だけじゃなくて、多恵ちゃんは女の子だからさ……」
「セクハラされてないか?」
「ダイヤ、失礼だろ」

 いやいや、失礼、とか言って、ダイヤもハルマもげらげら笑う。だいぶ酔ってきたようだ。

「そんでも多恵ちゃんは田村が好きだったんだろ。ふられたからって自棄を起こして、変なおっさんのおもちゃにされるなよ」
「よっぽどでもなかったら、アニメの世界で成功するなんて無理だもんな」
「多恵ちゃんは可愛いから、食い物にしようって牙をむいてる男もいそうだな」
「今までにどんな経験、してきたの?」

 すこしだけひきつった顔になって、多恵ちゃんは応じた。

「酔っぱらいのおかしな質問にはお答えできません」
「いやぁ、しかし、多恵ちゃんって遊んでそうだね」
「俺ともどう?」
「俺もフリーだよ」

 そこでまたげらげら笑う。僕が横目で見ると、多恵ちゃんの目は怒っているようだった。

「うちの同窓生って変わった奴が多かったのな」
「その代表は笙かと思ってたけど、田村は上手を行ったね」
「笙、なんでずっと黙ってるんだよ?」

 きみたちを観察しているほうが面白いから、とは言えなくて、僕はにっこりしてみせた。

「僕は世間知らずの主夫だから、きみたちの会話に入っていけないんだよ」
「そりゃまあ、特殊な女と結婚して主夫になったんだから、笙は特別だよな」
「ロックヴォーカリストなんだろ。新垣アンヌって見たことあるよ」
「正直、ふしだらそうな……いや、失礼」

 女の子を怒らせすぎるのもまずいと思ったのか、矛先が僕に向いた。

「主夫なんていうお気楽そうな立場はうらやましいけど、普通の男にはできないよな」
「ま、俺にもプライドはあるからね」
「俺にだってあるさ。アンヌさんって年上だよな。年上の女と結婚する男ってやっぱ……」
「そうそう。それ、あるよな」

 やっぱ、なんと言いたいのか。多恵ちゃんも黙ってしまって、サラダをつついていた。

「田村はもてるのかと思ってたけど、あんなのと結婚したってことは……」
「意外と同じ年頃の女にはもてなかったのかもな。多恵ちゃんしかいなかったのかな」
「逆玉ねぇ……」
「美人女優だとかいうんだったらまだしも、あのおばさんじゃあな……」
「田村の前途を祝して、なんて言ってたけど、将来真っ暗じゃね?」
「あんな家に取り込まれて、婿に行くわけだろ? いやだね、俺は絶対にいやだ」
「俺だっていやだよ」

 田村や笙の境遇と較べたら、俺たちはまっとうに働いてプライドを満足させているのだから、男としては俺たちのほうが上だ、と彼らは結論付けたようで、ふたりで乾杯していた。

「あれって……」
「ダイヤとハルマ?」
「うん」

 ダイヤとハルマと別れ、多恵ちゃんとふたりだけになった帰り道、多恵ちゃんが言った。

「本音もあるんだろうけど……あーあ、あたし、男に幻想を抱いてたかな」
「幻想?」
「男ってもっとさっぱりしてると思ってた。自分ができないからって、それをやってる相手に嫉妬してねちねちねちねち。ああいうのは女のやることだと思ってたの。まちがってたね」
「うん、そういうところは男も女も同じだよ」
「だよね」

 なにかを吹っ切ったように、多恵ちゃんは僕をまっすぐに見た。

「潔が結婚したってへっちゃらのつもりだったけど、ちょっとだけね……笙くんになぐさめてほしいな、なんて言おうかと思ってたんだけど……」
「え? あの……」
「言わないよ。アンヌさんと胡弓くんによろしく」
「あ、うん」

 おやすみ、と手を振って、多恵ちゃんは地下鉄の駅のほうへと歩いていく。なぐさめてほしいと言われていたら、僕はどうすればよかったんだろう。それを知りたい気持ちもすこしはあったから、すこしだけ残念でなくもなかった。

つづく






 

 
スポンサーサイト



【FS「Velvet voice」】へ  【いろはの「か」part2】へ
  • Tag List 
  •  * |

~ Comment ~

管理者のみ表示。 | 非公開コメン卜投稿可能です。

~ Trackback ~

卜ラックバックURL


この記事にトラックバックする(FC2ブログユーザー)

  • 【FS「Velvet voice」】へ
  • 【いろはの「か」part2】へ