ショートストーリィ(フォレストシンガーズ)

FS「Velvet voice」

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フォレストシンガーズ

「Velvet voice」

 
 これ可愛いかも、と手に取って、そのときに一緒にいた彼に、怪獣が可愛いって、一美って変なんじゃない? と笑われた。あれは短大の一年生のとき。その彼とはじきに別れてしまったが、怪獣フィギュアをコレクションする趣味は残った。

「一美ちゃん?」
「……? あれぇ、本橋くんじゃないの」

 高校時代に同級生だった、家もわりあいに近い本橋真次郎と久しぶりに会ったのは、私が就職してから。ふたりともに家に帰ろうとしていた夜、駅前で会って一緒に帰った。

「そっか、一美ちゃんは就職したんだ。俺は大学生だよ」
「四年生だよね? 就職は……?」
「いや、決まってないんだ」
「早く決めなきゃやばいじゃないの」
「うん、まあな」

 それだけならば、ただの高校時代の同級生同士の再会だっただろう。が、私たちには共通の趣味があった。短大一年生のときの彼が、怪獣フェアみたいな催しに連れて行ってくれたからできた趣味だった。

「お、あんなのが入ってる」
「本橋くんって怪獣が好き?」
「ウルトラマンが好きなんだけど、怪獣も好きだよ。きみも?」
「うん、私、怪獣フィギュアを集めてるの。あんなのが入ってるって、ゼットン星人? レアだよね」
「……話が合いそうだな」

 近所のプラモデル屋さんの店先にあったゼットン星人のフィギュアが、本橋くんと私のつきあうきっかけだったのかもしれない。私がゼットン星人に興味を示さなかったとしたら、彼とはそれっきりになっていたはずだから。

 二十歳をすこしすぎた年頃に、私たちは楽しくつきあっていた。本橋くんが就職しないのは歌手になりたいからだと聞いて、そんなの、なれるわけないじゃん、とひとことで切り捨てて怒らせたのも思い出す。結婚は意識していなかったから、夢を追いかけてふらふらしている男でもかまわないはずだった。

 けれど、私が飽きっぽいのもあり、本橋くんが怒りっぽいのもあって、私たちの恋は間もなく破綻した。本橋くんは生まれて育った家から出ていってしまい、別れた男には関心もなくなってしまったから、私も気にしていなかった。

「……本橋くんのお兄さん?」
「そうですよ。えーと……あなたは? えっとえっと、真次郎の高校のときの?」
「江副一美です。お久しぶりです」
「俺は真次郎の兄貴だっていったって、どっちだかわかってないでしょ? 敬一郎です」
「はい、そうなんですね」

 本橋真次郎には兄がふたりいる。敬一郎と栄太郎は双生児で、空手の猛者。兄貴たちには散々殴られて育ったんだけど、小遣いもくれるし、好きと嫌いが半々かな、と本橋くんは言っていた。
 双生児のうちのどちらであっても大勢に影響はないが、敬一郎さんはきちんと名乗ってくれ、私と彼がつきあっていたとは知ってか知らずか、弟の近況を話してくれた。

「あいつ、歌手になったんですよ」
「なれたんですか」
「江副さんもあいつが歌手になりたいと言ってたのは聞いてたんですね」
「ええ。合唱部の後輩たちとグループを組むつもりだと……」

 すると、かなり親しかったのかな? 敬一郎さんはそう問いたそうな目をしていたものの、そうは言わずに続けた。

「フォレストシンガーズっていってね、男五人のヴォーカルグループです。去年の秋にデビューしたんだけど、鳴かず飛ばずっていうのか、なんの評判にもなっていないみたいですよ」
「CDは出したんですか」
「出しました。あ、そうだ、さしあげますよ」
「そんな……買いますから」
「いやいや、買いたくてもそんじょそこらには売ってないんだから、待ってて下さいね」

 大股で走っていった敬一郎さんは、本橋家の中に駆け込んでいってCDを持ってきてくれた。「あなたがここにいるだけで」というタイトルで、乾隆也作詞、本橋真次郎作曲とある。乾がこうしてああして、あいつには参るよ、などと本橋くんが話していたのも思い出した。

「ありがとうございます。あの、おいくらですか」
「そんなもん、けっこうですよ。親父やおふくろも大量に買い込んだし、うちの女房も栄太郎の女房も買ってきたしで、このCDは捨てるほどにあるんです。気にしないでください」
「でも……」
「二枚目のCDが出たら、買ってやって下さいね」
「はい、ありがとうございます」

 秋らしいシックな色の装いに身を包んだ、五人の男性がジャケットの中にいる。本橋くんもお澄まししちゃって、かっこつけてるね? 可笑しくもあり可愛いとも感じた。怪獣を可愛いと思う私なんだから、本橋くんも可愛いよ。

 うちに帰ってその歌を聞いた。リードヴォーカルは本橋真次郎。彼はフォレストシンガーズのリーダーで、あのなめらかにまろやかな男らしい声で、甘いラヴソングを歌っていた。

「一美、こっちこっち……」
「どこ行くの?」
「こっちだよ」

 手を引かれて公園の木立の中に入り込み、強く抱きしめられた。キスが下手だとからかうと本橋くんは怒って、いっそう力を込めて抱きしめられた。

「本橋くんは行為ばっかり。言うことはないの?」
「言うことなんかねえよ」
「言ってほしいなぁ」
「男はそんなことは言わないんだ」
「そんなことってなに?」
「うるせえんだよ」

 CDの中で歌っているあの甘い声が、乱暴でぶっきらぼうなもの言いをする。好きだの愛してるだのおまえは綺麗だだのと言ってくれたためしはないけれど、キスだってセックスだって情熱的で力強くて素敵だった。

 五人のハーモニーも素晴らしくて、彼らはスターになるのかな、私のモトカレはフォレストシンガーズの本橋真次郎なんだよ、って誰かに言ったら、すごーい、って言ってもらえるようになるのかな、と漠然と想像しながらも、「あなたがここにいるだけで」を暗記するまで聴いた。

 二十五歳になっていた私は、転職した会社の水が合って楽しく働いていた。同僚たちとカラオケに行って、フォレストシンガーズの「あなたがここにいるだけで」を歌おうとしたら入っていなかったり。フォレストシンガーズって知ってる? と誰かに訊いても、知らないとばかり言われたり。

 そう、フォレストシンガーズはいっこうに売れなかったのだ。
 マイナーな歌手を応援するというのはそれはそれでいいもので、特別感をくすぐられる。なのだから、私としてはフォレストシンガーズが売れなくてもかまわなかった。

 そして、フォレストシンガーズがデビューしてから、またたく間に十年が経過した。今でも特別にメジャーなグループではないが、フォレストシンガーズのCDがショップには置いていないということはない。コンサートもけっこうお客が入るようになり、ファンクラブも盛況なようだ。私もフォレストシンガーズのコンサートには年に一度くらいは行っていた。

「本橋くん……ソロコンサート? ピアノと歌? 横浜だね。うーん……」

 別段誰かに話すわけではないが、フォレストシンガーズの本橋真次郎は私のモトカレだというのは事実だ。自己満足の特別感があればそれでいい。彼の甘い歌声をCDやステージで聴くたびに、一美、一美、今度はいつ会える? と耳元で囁いたあの声を思い出す。

 最近のフォレストシンガーズは個別活動もするようになっていて、今年は各自のソロコンサートも行われる。それとは別に本橋真次郎のピアノと歌のゆうべという小規模なライヴがあったので、チケットを買って出かけていった。

 横浜の海が見える小さなホール。クラシック系に使われることが多いらしいホールにはしゃれたカフェがある。早めに到着した私は、カフェでコーヒーを飲んでいた。

「わかってます、帰ったりしません」
「頼みますよ、山田さん。喧嘩したってのはしようがないけど、本橋さんを動揺させないで下さいね」
「喧嘩なんか慣れっこなんだから、これしきで動揺するようなタマじゃないってのよ。お互いにね」
「山田さんは怒ってますよね」
「怒ってません」
「怒ってますよ。鎮まって下さい」

 むこうの席で会話をしている男と女が、本橋さん、山田さんと言っている。山田さんが本橋さんと喧嘩した? 本橋真次郎とは関係あるのだろうか。さりげなく伺うと、女性のほうに見覚えがある。我慢できなくなってきて、そちらの席に近づいていった。

「あのぉ、山田美江子さんですか」
「あ、はい。あの、本橋のファンの方でいらっしゃいます?」
「うわ、お見苦しくもお聞き苦しいところを……」
「すみません」

 恐縮しているふたりが名刺をくれた、オフィス・ヤマザキ、山田美江子、吉木帆笑。男性のほうの名前には「ポエム」とふりがながあった。

「山田はフォレストシンガーズのマネージャーでして、私は山田の補佐役をしております。山田はこんなところで大きな声を出すなと申したのですが、私がつい……」
「いえ、みなさんの日常が見られて興味深いです。私はこういう者です。山田さんのご記憶にはないかしら」

 会社で支給された名刺を二枚、取り出す、HB商事・第二エージェントマネージャー・江副一美。まるきりの異業種だが、私も肩書はマネージャーだ。

「私の記憶に?」
「お会いしたことがありますよ。山田さんの大学の近くの公園で、山田さんは年下の男の子とデートなさってたでしょ。私の連れが山田さんと彼に近寄っていって、女子供がこんな時間にこんなところでなにをやってるんだ、って居丈高に怒鳴りつけたの」
「あ……え……あの……」
「若かったなぁ、あのころは」
「女子供が……あ、ああっ!!」
「思い出してくれました?」

 知るはずがない吉木氏はきょとんとしているが、山田さんの表情はあきらかに思い出していた。

「あれからじきに別れてしまったから、本橋さんは私のことなんか覚えてないかなぁ。そういえばマネージャーさんと結婚したっていうのは、なにかで読みました。山田美江子さん、ああ、あのときのって、なつかしかったものです。結婚なさったのにあまり仲良しじゃないの?」
「そういうわけでも……」
「ライヴ前に喧嘩だなんて、よくない奥さんかもね」
「すみません」

 今でも好き、ってわけでもないのに、本橋くんの奥さんを苛めているのは快感だった。

「せっかくここで山田さんに会えたんだから、本橋さんにもちらっとでもお目にかかりたいなって、無理ですか」
「本橋はライヴ直前ですから」
「終わったあとでももちろんよろしくてよ」
「……それはどうか……」
「心配なんでしょ? 奥さんとは喧嘩している本橋さんの心の隙につけ込んで、この女、あわよくば彼と浮気でもって……? なくはないかもね」
「あのぉ、江副さん……」

 口をはさもうとした吉木さんをさえぎって、山田さんは私をまっすぐに見た。

「本人に確認してみますので、ケータイナンバーを教えていただけますか」
「私の?」
「ええ。念のために私のほうもお教えしてよろしいでしょうか」

 意地悪を言っていた私に対していたときは、山田さんのこめかみがひきつりそうになっていた。なのにもう平静に戻って、口調も穏やかになっている。本橋真次郎はもてるだろうから、こんな経験、珍しくないって? 負けた、としか言いようはなかった。

「冗談ですよ。それじゃあ、私は本橋さんのソロライヴを聴かせていただきますから」
「本橋に伝言でも?」
「けっこうです。山田さんに会えて嬉しかったわ」
「……ええ、私も」

 見つめ合う山田美江子と私を、吉木さんがはらはらしたように交互に見やっている。あの本橋真次郎のベルベットのような声が、耳元に聞こえた気がした。

「ふたりとも、なかなかかっこいいぜ。それでこそ俺が惚れた女だよ」

 なにか言い返してやりたかったのだが、うまい言葉は見当たらなかった。

END





 

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~ Comment ~

NoTitle

なかなか音楽で商売している、って言えないですよね。そこを誇りを持って言えるところが素晴らしいですよね。いや、本当は職種で人を区分しては駄目だけど、どうしてもしてしまうのが、社会人の性というものかもしれない。。。(/。\)

LandMさんへ

いつもありがとうございます。

有名人と知り合いだったら嬉しい。
というのも、やっぱりミーハーなのが人の本質ってことですよね。
職業に貴賤はないと申しますが、気持ちの上ではなくもない。本音ではあるみたいです。
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