ショートストーリィ(FSいろは物語)

いろはの「わ」part2

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いろは物語part2

「和風細雨」


 そぼ降る雨の中、小走りで駆けていく和服姿の若い女。さな子は和風喫茶の窓辺にすわり、女を見ていた。おや? あれは娘のとわ子ではないか。

 とうに夫は亡くなったが、華道をなりわいとする家には絶対不可欠な跡取りを残していってくれた。さな子がたったひとり産んだ子どもが娘だったのは幸いだった。夫が亡くなったときには特には涙も見せなかったさな子に、お母さまはつめたいですね、と非難の目を向けたとわ子も、先ごろ二十歳になった。

 高校を卒業したあとは家事と華道にいそしんでいるとわ子は、おとなしくて芯のしっかりした娘だ。そろそろ見合いをさせようか。今から見合いをしても二、三人は断るかもしれないから、二十二、三歳で結婚することになる。それくらいがちょうどいい。

 見合いをしたら絶対に断ってはいけない、と娘に命じるような横暴な母ではないつもりだ。美人でしっかりしたとわ子だって完璧ではないだろうから、断る男もいるかもしれない。一度でスムーズに決まるとは限らないから。

 そんなふうに考えながら外にいるとわ子を見ている。娘のほうは母親がここにいるとは気づいていないようで、近くの本屋に入っていった。

「ごちそうさま」
「毎度ありがとうございます。またのお越しを」
「はい、また寄せていただきますよ」

 喫茶店の二代目、若い隼平に挨拶をして外に出る。金沢の街に新しくできたホールの花について、そちらのスタッフたちの相談に乗った仕事の帰りだ。お茶を飲んでお菓子を食べて慣れない仕事で感じた気疲れも軽減したので、とわ子と一緒にタクシーを拾って帰るつもりだった。

「……だから……」
「そんなの無理よ」
「どうして?」
「だって、お母さまが……」
「お母さまお母さまって、とわちゃんはいつでもそれだ。もう学校も卒業した大人だろ。成人式もすんだんだろ。外で働けばいいんだ。家出してこいよ。俺んちに来いよ」
「無茶言わないで」

 本屋にいるのかと思ったとわ子の声が、細い路地から聞こえる。諍い口調で話している相手は若い男だ。路地をちらっと覗いてみたさな子は眉をひそめた。

 背の高い軟派な雰囲気の痩せた男。あいつはさな子の娘にとんでもない提案をしていた。家出して俺んちに来い、よそで働け? 我が家の華道を継ぐために精進している娘になんということを言う。怒鳴りつけてやろうかと思ったのだが、ひとまず静観しておいた。

「だったらせめて……」
「それはいいけど、無茶は言わないでね」
「わかったよ。そしたら飲みにいこう」
「お酒は駄目だって」

「なんでだよ。とわちゃんは大人だろ」
「酔っぱらってうちに帰れない」
「酔うほど飲まなきゃいいんだよ」
「私はお酒なんか飲んだことないから、ちょっとでも赤くなりそうだもの」

 まだぐだぐだ言ってとわ子を誘惑しようとする男の前から、娘は立ち去ろうとした。男がとわ子の手首をつかんで引き寄せる。今度こそさな子は飛び出そうとしたが、とわ子は一瞬早く身をひるがえしていた。

 ああ、よかった。大事な娘が襲われなくて。
 それにしてもとんでもない奴だと、立ち尽くしている男にさな子は一瞥をくれる。男はさな子など目の端にも留まっていないようで、未練がましく駆けていくとわ子の後姿を目で追っていた。

 追いかけていくようにはなかったので、さな子も歩き出した。とわ子はかなり前を早足で歩いている。細かい雨の降る中を傘もささず、もの想いにふけっているようで、母親が数メートルあとを歩いているのも気づかない様子だ。

 あの男はとわ子の恋人? 私の娘が恋愛を? いや、恋愛だなんていうと美しいけれど、どこの馬の骨かもわからない男の甘言にたぶらかされて野合をするなんて……許せない。とわ子はきちんとした家の息子と見合いをして結婚しなければならないのだ。

 どうにかして引き離したい。しかし、若い男女は反対に遭うとむしろ燃えるかもしれない。いや、それよりも先に、本当に恋仲なのかどうかを確認せねば。

 目はとわ子の背に注いだまま、さな子も歩いた。とわ子は途中からバスに乗ったが、さな子は歩いた。歩いて歩いて我が家にたどりついたときには、娘は素知らぬ顔で、お母さま、お帰りなさいませ、としとやかにさな子を迎えた。

 二十歳になった娘を家に閉じ込めておくわけにもいかない。とわ子は修行中の身なので外で仕事をする立場ではないが、外出禁止にするわけにもいかないので用があれば出かけていく。とわ子が出かけるとあの男に会うのではないかとさな子としては気が気ではなかったが、ついていくわけにもいかない。

 悶々としながらも考えた。とわ子はあの男を好きなのかもしれないが、家出をしろといった誘惑に乗るような娘ではない。清く淡い交際をしていると信じていたかった。

 事実、とわ子は外出をしても夕方には帰宅して、食事の支度もしている。我が家には華道のお弟子さんやら遠縁の娘やらが住み込んで行儀見習いをしているので、その娘たちのリーダーのようになってとわ子も働いている。

 若い女の子たちの目や勘は鋭いものだから、とわ子が不穏な行動をすれば見とがめられるだろう。女の子たちはたいていがさな子を煙たがっているので、告げ口をするかどうかは不明だが、さな子だって勘は鋭い。とわ子が妙な真似をしたら気づくはずだ。

 なのだから、今のところは静かに見守っていよう。そう決めて、さな子はとわ子の見合い話を本腰を入れて探すことにした。

「突然お邪魔致します。今日は奥さまにお願いの儀がございまして……」
「あら……はい、なんでございましょ」

 そんなある日に訪ねてきたのは、香林坊の和菓子店で働く青年だった。店の名は「銀月」。格式の高い、よい品を商っている店なので、とわ子もお使いものなどにするためにしばしば買い求める。青年とも顔見知りではあった。

「ええ……あのぉ……」
「まあ、こちらにおかけになって」
「ありがとうございます」

 名前までは知らなかった彼は、乾隆之助と名乗った。玄関先で腰を下ろして、とわ子と隆之助は話した。
 
「乾さんは銀月の息子さんでいらっしゃるんですか?」
「いえ、私は小矢部にある和菓子屋の倅です。兄が父の跡を継ぐと決まっていまして、私は金沢に修行に出て参りました。いずれは父の店ののれん分けをしてもらう心づもりでおります」

「なんてお店?」
「蒼月堂と申します。修行している店も銀月で、私が店を出させてもらったら……いえ、それはいいんですけど」
「小矢部の蒼月堂さんだったら存じていますよ。そう、あちらの息子さんなのね」

 小矢部は富山県であるが、金沢からならほど近い。和菓子の蒼月堂ならばさな子の記憶にもあった。

「実は……お願いがございます」
「はい」

 銀月に買い物にくる、凛々しくも美しい娘を見初めたのだと、隆之助は生真面目な表情で打ち明けた。その娘とは。

「こちらのお嬢さま、とわ子さんです」
「……そうなんですか」

 そりゃあね、とわ子はたしかに凛々しくて綺麗で、若くてしとやかで頭もよくてしっかりしている。もてても不思議はないけれど。見知らぬ男ととわ子の立ち話を盗み聞きしていたときには覚えた嫌悪感が、隆之助には起きなかった。

 すらりと背の高いところはあの男と似ているが、隆之助のほうがはるかに品がある。あの男の顔はよく見えなかったが、隆之助のほうが好感の持てる顔をしている。

「とわ子とは話をなさったんですか」
「いえ、お母さまのご了解を得てからと思いまして……」

 なによりもこの態度がさな子には好ましかった。

「とわ子は隆之助さんを存じ上げているのですよね」
「蒼月堂の店員だと思っておられるのでしょうけど、ちょっとした話でしたらしたことはあります」
「……そう……で、隆之助さんはどうされたいの?」
「お母さまととわ子さんがよろしければ、交際させていただきたいです」
「結婚を前提に?」
「はい」

 決意の面持ちでうなずく隆之助に、さな子は言った。

「とわ子が受けると言うのでしたらいいんですけど、結婚なさるんだったら私もお願いがあります。ひとつだけ」
「はい……」

「この家で私と同居して下さいな。苗字は乾さんになってもいいんですけど、とわ子には仕事がありますから、主婦になるようには言わないで下さい。あら、これだとふたつですね」
「私が婿養子に入るのではありませんよね」
「隆之助さんは立派な和菓子屋さんになって下さいな」
「……承知しました」

 よろしくお願いします、と隆之助は深く頭を下げる。では、お見合いをしますか? ほうぼうにお願いはしてあるけれど、まだ具体的な話は来ていない。今だったらお願いしたところに不義理にもならないでしょうからね。

 隆之助にも異存はないとのことで、さな子は彼と打ち合わせをして、とわ子との見合いの席を設ける準備にとりかかった。

「……お見合いですか」
「そうよ。あんたももう二十歳なんだから、早くはないでしょう? 好きなひとでもいるの?」
「いえ……」

 実はさな子は身構えていた。とわ子にとってはあの馬の骨はなんなのだろう? 恋人だというのならば、正式に見合い話を切り出せば口にするはずだ。だが、とわ子はひとことも彼については触れず、見合いを承諾した。

 それから一年、とわ子と隆之助の婚約が調ったあとで、さな子はとわ子に尋ねた。

「隆之助さんとお見合いをする前に、香林坊の「雲の通い路」の近くであんたを見かけたの。男のひとと一緒だったから声はかけなかったんだけど、あの方は……」
「どなたのことでしょう。男の方と一緒に香林坊にいたことなんて、一度もないと思いますけど……」
「だったら私の人違いかしらね」

 あの男ととわ子の間になにひとつなかったとは思えない。けれど、とわ子の中では終わったことなのだろう。さな子にだって独身のころにはほのかな好意を抱いた男性もいたのだから、戦後生まれの昭和の娘にはあっても当然なのかもしれない。

「それだったらいいんだけど、隆之助さんは……ううん、いいわ」
「はい」

 見合いの席にあらわれた男が蒼月堂の店員だったのは、とわ子は特に気にしていなかったようだ。偶然、すこしだけ知っている男と見合いが決まったのだと思っているらしい。
 隆之助はとわ子に、僕があなたを見初めて云々、とは話していないようだ。結婚式を挙げてから告げるのだろうか。それもまたよいかもしれない。

 今日も金沢はそぼ降る雨。金沢に降るには似つかわしい雨だ。「和風細雨」の言葉通り、風は和やかに雨は細やかに、隆之助ととわ子にはそんな夫婦になってほしいとさな子は願っていた。

SANAKO/昭和の時代に







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~ Comment ~

NoTitle

別にお見合いだからって、良い結婚とも言えないでしょうに。。。人それぞれだと思いますけど。まあ、名家のお嬢様であれば、確か釣られる魚は多いと思いますけど。鯛が釣れるときだってあるわけですからね。。。

LandMさんへ

いつもありがとうございます。

いやぁ、これは書きにくかったです。
この、さな子という女性はフォレストシンガーズの乾隆也の祖母でして、恋愛なんて野合だ、と考えているわけですね。

そこらへんをちょっと掘り下げて書いてみたかったのですが、私とは価値観がちがいすぎて、さな子さん、古すぎ、と苦笑したくなっていました。

奔放な女性や倫理観希薄な夫婦などを書くのは楽しいのですが、今回は少々苦痛を感じつつ書いておりました。
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