ショートストーリィ(しりとり小説)

138「待つわ」

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しりとり小説

138「待つわ」


 やや難度の高い大学を志望していたので、富貴は高校に入学したその日から、受験勉強ばかりしていたような気がする。女友達とはつかず離れず、もとよりもてるタイプでもないのは自覚していたから、男の子は意識の外に締め出していた。

 なんでそんなに勉強ばっかするの?
 彼氏、いらないの?
 もう志望校決めてるんだ、えらーい。
 あたしは大学なんかどうでもいいから、早く綺麗なお嫁さんになりたいな。

 揶揄や優越感も混じっているらしい、女友達の言葉は聞き流し、私は将来は働く女、自立した女になるんだ、そのためにあの大学に入学して、卒業したら留学して、ニューヨークでキャリアウーマンになれるようにがんばる、富貴は心に誓い、勉学に励み続けて卒業式を迎えた。

「浅野、合格おめでとう」
「あ、ああ、ありがとう。井川くんも合格した?」
「いや、俺は浪人決定」

 五十音順男女混合名簿だから、一番、浅野富貴、二番、井川正樹だ。ただそれだけの関係で、席が近かったり研究班が同じだったりした。

「浪人が言うのもなんだけど、俺とつきあってくれないかな?」
「は?」

 小学生のときには女の子をからかうのが趣味みたいな男の子たちに、あからさまにブスブス言われた。
 中学生のときだって粋がりたい男の子に、おまえみたいに足の太い女、一生彼氏もできないな、それで勉強ばっかしてるんだろ、とはっきり言われた。

 高校生ともなると男の子たちは面と向かっては言わなかったが、陰では、浅野? あれだけはパス、と笑っていた男の子がいたのを知っている。浅野富貴の名前はむしろ男の子の噂にも上らず、興味の外だったらしいのも気づいていた。なのだから驚いて、富貴は正樹に問い返した。

「罰ゲームかなにか?」
「そんなんじゃないよ。俺は前から浅野が好きだったんだ」
「……井川くんって面食いじゃないんだね」
「そうみたいだね」

 そんなことはない、浅野は可愛い、と言われたらむしろ白けただろうから、正樹の正直さには好感が持てた。

「なにがきっかけだったかは忘れたけど、浅野はいつも俺の近くにいたから、いつの間にか気になるようになったんだよ。一生懸命科学の実験してる顔とか、図書館で本を読んでる姿とか、ああ、いいなぁって」
「ライバルが少なそうだし?」
「それもある……いやいや、おまえさ、なんでそんなに卑下するわけ?」
「卑下じゃなくて事実だよ」
「……俺は女の子の外見よりも、中身を重視するんだよ。勉強ができてしっかりしてて、一本芯が通っててぶれない感じ。そういう浅野が好きなんだよ」

 受け取りようによっては、侮辱的な台詞だったのかもしれない。けれど、富貴の気持ちはすっかり正樹に傾いていた。

「いいんだけど、井川くんは浪人でしょ? 来年、大学に合格したらもう一度告白しにきて」
「予約?」
「うん、待ってる。私はきっと、大学生になっても他の男の子に告白される心配もないから大丈夫だよ」
「そうだな」

 あっさり肯定して、じゃ、約束と言い、正樹は富貴の頬にキスをした。
 卒業式も終わって帰宅しようとしていた高校の校庭で、思いがけなくも富貴に別の意味での春が訪れた。

 あのころはまだ携帯電話もメールも一般的ではなかったから、時々は電話をかけあい、文通のようなこともした一年間だった。一年の間にほんの数回、夏休みと冬休みに友達同士のデートをしただけで、富貴は正樹の大学合格を待っていた。

「富貴ちゃんとことはレベルがちがいすぎて恥ずかしいくらいだけど、俺も合格したよ。商学部」
「おめでとう」
「約束通り、つきあってくれるよね」
「うん」

 十九の春、富貴と正樹は恋人同士になった。
 
「卒業したらニューヨークに行くつもりなんだ」
「……そんなの寂しいじゃん。俺は待ってばかりかよ」
「待ってたのは私のほうだよ」
「ニューヨークに行ったらいつ帰ってくるの?」
「行ってみないとわからない」

 大学三年生と二年生になった春に、正樹は富貴に打ち明けた。

「卒業してすぐには無理だろうけど、二十五をすぎたら富貴ちゃんと結婚したいと思ってるんだ。だからさ、ニューヨークで就職するなんて言わないで」
「正樹くんがそのつもりだったら、大学生の間に一年だけ、ニューヨークに留学するわ。その間だったら待っていられるでしょ?」
「そうすると就職が同じ年になるのか。うん、寂しいけど待ってるよ」

 どうしてもニューヨークで英語の勉強をしたかったから、富貴は最大の妥協をした。富貴のいない一年間は正樹は、俺は浮気もせずにいい子にしてるんだよ、などといばっていた。富貴のほうもニューヨークの大学でも男子に告白されることもなく、自らがよそ見することもなく、滞りなく留学を終えて帰国した。

「富貴ちゃん、就職決まったんだよな」
「一年留年はしたけど、語学留学のためだったらって認めてもらえて、S精機に決まったよ」
「S精機か。すげぇじゃん」
「正樹くんは?」
「俺はさ……」

 一方の正樹は、もとから勉強は好きでもなかったようだ。富貴と正樹の通った高校は偏差値も高く、正樹は落ちこぼれに近かった。大学にもぐり込んでからもサークル活動やさぼりに熱心で、そんなんで就職できるの? と富貴も危ぶんでいたものだった。

「いくつか受けてはみたんだけど、乗らないしな」
「だったらどうすんのよ?」
「叔父に相談してみたら、店を一緒にやらないかって言ってもらえたんだ」
「店?」
「富貴ちゃんとも二、三度行っただろ。カフェだよ」
「カフェ・レッドベア?」
「そうそう、それそれ」

 スレンダーで中背の正樹とは似ても似つかぬ体格で、熊さんみたいな正樹の叔父とは、富貴も挨拶はかわしていた。正樹の彼女がこんなにしっかりした女性とはねぇ……と感嘆していたのは、さまざまな意味があったように思えた。

「カフェの従業員になるわけ?」
「親戚の店なんだから、従業員というよりも二代目だよ。叔父さんはそのつもりだよ」
「……いいけどね」

 フリーターになるよりはいいし、富貴が大反対する筋でもないので認めるしかなかった。

 高校の同級生だとしか思っていなかった正樹と、恋人同士になってから五年、二十三歳の春にふたりは社会人になった。
 それから四年、富貴は正樹にはすげぇと言われる大企業で総合職として働いている。叔父はまだ若いのだから二代目といっても先の話だろうが、正樹はカフェのマスター修行をしているのだと言っていた。

「浅野さん、ちょっと話を聞いてほしいんだ」
「……ああ、じゃあ、レッドベアって店でいい?」
「あなたの知り合いの店? いいよ」

 同僚に話しかけられたとき、富貴はついに来たと思った。学生時代よりはあかぬけて大人の女らしくなり、多少はキャリアも積んで化粧もうまくなり、服装のセンスだって悪くない。骨太で肉厚の顔や身体はいかんともしがたいが、ジム通いをして引き締めている。二十代のうちに一度や二度、正樹以外の男性に告白されてもいいのではなかろうか。

 そのときがついに来たと感じた富貴は、同僚とレッドベアで待ち合わせた。正樹、私をまるでもてない女だとなめてるんだろうけど、こんなエリートから告白されるのよ。そのシーンを目撃して焦りなさい。

「話って?」
「ああ、課長のことなんだ。浅野さんは課長とは同性なんだから、女性ならではの視点で課長についての相談に乗ってほしくてね。実は僕、どうも課長にセクハラされてるような気がするんだけど、考えすぎなんだろうか」
「……セクハラね。詳しく話して」

 あてがはずれてがっかり、ではあったが、カウンターのむこうにいる正樹には話の内容は聞こえなかっただろうから、気をもんでいたはずだとは富貴は思っていた。
 ところが、正樹はその一件を問題にもしていなかったようで、触れてもこない。当然、焦りもしなかったようで、二十五歳をすぎたら結婚を考える、との約束にも触れてもこないのだった。

 自分から言い出したくせに。私もそのつもりなのに、忘れたとでもいうの?
 焦っているのは富貴のほうだったのだが、こっちから持ち出すのも悔しくて口にもしない。正樹と富貴は一時はまぎれもなく恋人同士だったはずなのに、近頃は友達に戻ってしまったようだ。

「俺も三十すぎちまって、叔父にも言われるようになったんだよ」
「……なにを?」

 今度こそ、ついに来た? 久しぶりにデートした夜、富貴の心臓がどくんと音を立てた。

「おまえが所帯を持って一人前になったら、レッドベアの支店を出してまかせるつもりでいるって言われたんだ。結婚しないんだったら一人前とは認めないって、古い考え方だよね」
「そうかもしれないけど、あのお年なんだもの、当たり前じゃない?」
「富貴ちゃんもそう思う? だったら俺も考えようかな。結婚しようかな」
「結婚ってひとりではできないよ」
「そりゃそうだ。プロポーズしなくちゃな」

 なんだってそんな他人ごとみたいに……じれじれしている富貴に、正樹は言った。

「彼女がOKしてくれたら結婚するよ。富貴ちゃんもいい知らせを楽しみに待ってて」
「……そ、そうなの?」
「富貴ちゃんは結婚しないの? 三年くらい前だったか、深刻な顔してうちの店で話してたあいつとつきあってるんじゃないの?」
「……う、うん」
「そっちも早くまとまるといいな」

 別の男とつきあってるんだったら、話題にするでしょ。あんたはなんで言わなかったのよ。私たちは恋人同士ではなくて、とうに、本当に友達同士に戻っていたのね。知らなかった。この裏切り者!!
 内心に渦巻く嵐を押し殺して、富貴は笑ってみせるしかなかった。

 あれからまた十年余り。富貴は子どものころの希望に近い人生を送っている。ただひとつ、ニューヨークのキャリアウーマンになるという目標が達せていないのは、正樹に邪魔をされたからだとの怨みは抱えている。ならば今からでも渡米すればいい。富貴の会社にはアメリカに支店だってあるのだから、転勤させてもらうのは不可能ではないだろうに。

 そうすれば富貴の目標はほぼ完璧に近くなる。
 なのにそうはできないのは、正樹に未練があるからか? 正樹がカフェのマスターになったものだから、その気になればいつでも会えるのも悪い。正樹が富貴ではない女と結婚してから、もうじき十年目の結婚記念日だ。正樹に告白されたころに流行っていたこの歌のCDをプレゼントしてやろうか。

「私待つわ、いつまでも待つわ
 たとえあなたが振り向いてくれなくても
 待つわ、いつまでも待つわ
 他の誰かにあなたがふられる日まで」

次は「わ」です。









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~ Comment ~

NoTitle

う~~む。確かに結婚とは難しいですね。
どちらかがどちらかに合わせるというのが大変なんですよね。
子どもの頃だったら、ともかくとして。
大人になると、今までの人生観やら仕事やらが絡み合いますからね。
そことどう折り合いをつけて結婚するか・・・。
・・・ということを考えると、また結婚が面倒くさく感じるな。。。
(*´ω`)

LandMさんへ

この人とだったら面倒くさくはない!!
結婚したい!!

と思える相手がいたら結婚なさったらいいのではないかと。
無理にするものでもありませんよね。

どこかで、結婚願望のない人は変、みたいに発言している人がいましたが、そんな頑迷なことを言ってるほうが変だと私は思います。
晩婚化、少子高齢化、今の日本はそうなるべくしてなってるんですものね。

NoTitle

面白かった、私にぴったり来た感じ。
富貴は自分の理想通りの人生を送りつつあると思います。
人として恋の切なさも味わったし、結婚してみる気にもなったし。
ただ勉強や仕事だけに明け暮れた訳でもない。
もう「待つわ」なんて言わずにキャリアウーマンとしてこれからは
毅然と自分の道を歩いて欲しい。
ただ心が豊かになる趣味も何か見つかるといいですね。

danさんへ

コメントありがとうございます。

世の中には時には、自分の望むものをすべて、とまでは行かなくてもたくさん手に入れている人がいますよね。
いろんな才能を持っている人もいますし。

かと思ったら、なんにもない、なにひとつ手に入らない、という人もいる。

そういう意味では富貴はいいほうですかね。
でも、満足できない。人の欲望は限りない、なんてね。

冷静に考えれば、こんな男のどこがいいの? 執着するのやめたら? なのですが、富貴もわかっていて、ただひとつ手に入らないものを遠くから眺めて楽しんでいるのかもしれません。
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