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小説390(君をのせて)

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フォレストシンガーズストーリィ390

「君をのせて」

1

 かすかに、わずかに期待していたからなのか。彼女の姿を見つけた瞬間、心臓がばくんっ!! と跳ねた。
「よっ……おっす」
 ここは俺の母校、母校とはいっても一年間だけしか通っていない大学近くにある、「ペニーレイン」という名の喫茶店だ。
 ビートルズマニアの美人のママさんが開店したとかで、うちの大学の学生たちも頻々と通っていた。俺も一年の間には、先輩に連れられて足を運んだ。いつ来てもビートルズの曲がかかっていた。好きな者には心地よく、俺にはさして心地よくもない音楽。
 今夜もビートルズがかかっている。「ハードディズナイト」。俺はこのごろ毎日がハードディだから、気分にはふさわしい曲だ。
「ワオンちゃんはミルクティ? 俺はコーヒーにしよう」
 テーブルに譜面らしきものを置いて見ているワオンちゃんは、ここ、すわったら? と目で言ったようではあったが、それ以上は口を開かない。俺はワオンちゃんの前の席で、手持ち無沙汰に昔を想い出す。
 十五年も前の十八の春、未来のロックスターを夢見て稚内から上京してきた木村章は、身長も体重も現在と差のない細っこいちびだった。
 ド田舎から脱出するためには東京の大学に行くしかない、大学はそのための手段にすぎないから、ひとり暮らしの自由の身になれたらロック仲間を探そう。高校のときにやっていたガキのバンドじゃなくて、本気で入れ揚げられるバンドを組んでプロになるんだ。
 学校では仲間は見つけられそうになかったから、合唱部で歌うかたわら、さぼってライヴハウスに出入りしたりもしていた。
 ライヴハウスで知り合ったミミに誘われて、女ばかりのバンドのヴォーカリストになり、「ジギー」のアキラとして活動をはじめ、大学を中退して親父に縁を切られ、金がなくても女には不自由せず、将来の夢が輝いていたから、毎日が面白おかしかった十代終わりごろ。
 それが暗転、二十歳になるとバンドは解散し、寝るだけの女には不自由はしなかったものの、バイト暮らしの日々には夢も希望もなくなってしまっていた。
 二十歳で再会したスーと幸生。彼女と彼は俺になにかをくれた。
 ロックは捨ててアマチュアヴォーカルグループのメンバーになり、愛した女に捨てられた。二十二歳の年には、フォレストシンガーズの一員としてメジャーデビューした。
 悲しいを通り越して笑ってしまうほどに売れなかったあのころ。俺は自棄になってトラブルばっかり起こして、それでもなんとかかんとか、二十代を通り過ぎてきた。俺が三十歳になるころには、トラブルを運んでくる弟ってやつが身近にやってはきたのだが、フォレストシンガーズはかなり売れた。
 ま、昔と較べればって程度ではあるが、最近ではなかなかいいセンを行っていて、俺の気持ちもぐっと楽になった。
 テレビのバラエティ番組でお笑いみたいな芸をしなくてもよくなった。フォレストシンガーズのライヴがソールドアウトするようになった。木村章のソロライヴもやれるようになった。他にも、フォレストシンガーズをモデルにしたアニメやドラマも制作された。
 アニメやドラマはおまけのようなものであるが、売れてきたゆえの余裕ってやつでもある。
 個人的には、シゲさんはふたりの息子の父となり、リーダーの本橋さんとマネージャーの美江子さんが結婚し、みんなの懸念だったヒデさんが戻ってきた。俺の目の前にいる古久保ワオンは、ヒデさんの彼女の友人でもある。
 木村章個人でいえば、仕事の面では特に不満はない。不満は恋愛生活のほうで、ややこしいことはもういいから、時々、綺麗な女とベッドインできたらいいかなぁ、ってか。
 いいや、それじゃ虚しすぎるだろ、ってか。
 いくらかは名が売れてきたフォレストシンガーズの木村章であるのだから、ナンパなんてものはタブー。ゆきずりの女と遊びのベッドインはしてはいけない。というのは建前であって、俺はたまには遊びの恋はしている。
 だが、本当の恋がない。恋人がいない。
 意気地なし、チキンと呼ばれる木村章は、恋愛に関しては勇気はあるつもりだ。女に惚れたら突き進む。告白してはふられたこと数知れず。つきあったことだって何度もあるが、結果的にはふられる。最近では……思い出すのはやめよう。
 なのに、ワオンちゃんには告白できない。恋してるとはいえないからか。
 数年前にライヴの楽屋を訪ねてきたふたりの女の子を、幸生が紹介してくれた。ひとりは声優の古久保ワオン、本名、古久保和音。カズネと読む。
 彼女は幸生の大学三年から四年にかけての同じ学部の友達だったのだそうで、一年で大学を中退している俺はまったく知らないひとだった。
 もうひとりは蜜魅、本名不明の漫画家。ワオンちゃんは幸生や俺と同い年で、蜜魅さんはだいぶ若い。蜜魅さんの漫画がアニメ化され、ワオンちゃんがキャラのひとりの声を担当するとなって知り合ったふたりは、こんな会話をかわしたのだそうだ。
「私、フォレストシンガーズのファンなんです」
「あら、そうなの。三沢くんは私の大学のときの友達なのよ。フォレストシンガーズのみなさんは私と大学が同じなの」
「きゃあっ!! ワオンさんっ、フォレストシンガーズに会わせてっ!!」
 というわけで、ワオンちゃんが蜜魅さんを連れてきたのだ。
 あれから時が流れ、運命だのなんだのが交錯したりねじれたりして、蜜魅さんはヒデさんと婚約している。ワオンちゃんと俺のほうはといえば。
 人気のある声優であり、人気のあるアニメに出演しているのだから、ワオンちゃんはCDも出す。ワオンちゃんと俺がもっとも近々に話をしたのはここで、あのときにはワオンちゃんは俺にはそっけなくて、ろくに会話にもならなかった。
 その前に、ワオンちゃんに作曲を依頼されて受けなかったから、彼女に嫌われてしまっていたのかもしれない。
「先に曲を書いてもらって、詞はアニメソングを多く書いてる作詞家さんにお願いする予定なの。木村さん、曲を引き受けてもらえる?」
「編曲次第で曲は変わるけど、ワオンちゃんの歌唱力って知りたいな。CDを出した経験はあるの?」
「あるけど、あれって売れなかったし、廃盤になったみたいよ」
 聴かせてよ、と言っても、カラオケにいこうと誘っても、ワオンちゃんは乗ってくれなかったから、俺も意地悪な気分になったのもあった。
「俺がここにいると迷惑?」
 コーヒーが来ても、ワオンちゃんは俺と話をしようともしない。前にもよくないと言ったのに、煙草をふかして楽譜を見ているばかりだ。俺が問いかけると、ううん、と首を横に振った。
 背は低くて年齢よりもはるかに若く見えて、可憐な顔をしたアニメ声の女。外見は俺の好みだ。性格は相当にきつそうだが、俺がかつてつきあった女はこういうのが多かったから慣れている。さっさと告白してしまえば、ふられるなりつきあうなりしてさっぱりするのに。
 大学のときには幸生が彼女の男だったから? 確認はしていないのだから、尋ねればいい。過去の話なんだから、そうだとしても終わったことだ。ちがうのだったら俺のこだわりは消えてなくなる。
 こんな態度を取られるからなのか、俺がはっきりしないからなのか、ワオンちゃんとはことがスムーズに運ばない。相性が悪いんだろうか。悪循環がからまり合ってよくない方向にばかり進むのだから、近寄らなかったらいいのに。
 近寄りたくなるのは、ワオンちゃんが気になるからだ。できるものなら彼女になってほしい。
 なあ、章、とっととやれよ。おまえらしくもなくためらってないで、幸生と寝たことはあるの? って訊けよ。彼女がうんと言っても否と言っても、どっちでもいいから信用して、俺とも寝ようか、ってかるーく言えよ。
 おのれを鼓舞してみても、章のハートはうなずかない。ならばここから立ち去って、ワオンちゃんなんか忘れろよ。が、そっちにも肯わない。
「はっきりしろよ……いや、なんでもないよ。ワオンちゃん、そんなに一生懸命、なにを読んでるの? 前に言ってたきみの歌?」
「そうよ」
 ようやくまともに返事をしてくれて、ワオンちゃんは俺に楽譜を見せてくれた。
 曲のついていない歌詞だけの譜面だ。読んでもいい? と確認してから、署名もタイトルもなく、歌詞だけが綴られているのに目を通した。

「昨日キミに会えたの
 一緒にごはん、食べたよね
 スィーツも食べたよね

 ケーキ、おいしかったね
 おいしいものを食べると楽しいよね

 キミに会えて楽しくて
 おいしくて嬉しくて
 昨日はいい日だった」

 作詞したのは誰だ? アニメ系のソングライターか。ひたすら軽く明るい曲をつけたら、子ども向けアニメの歌にだったら似合うのかもしれないが。
「俺だったらこんな詞に曲をつけるのはお断りだな」
「なぜ?」
「これじゃ歌詞じゃないだろ。小学生の絵日記の文章みたいだ。これはワオンちゃんの出るアニメキャラの、小学生の女の子のブログの記事にしたらよさそうだよ」
 ふーん、と呟いて、ワオンちゃんは煙草をもみ消した。
「歌詞ってのはさ……こういう情景をあらわしたいんだったら、キミに会えた嬉しさで空がひときわ青いとか、ケーキ以上に空気がおいしいとか、そんなふうに比喩的に……ってのか。一概には言えないんだけど、そういった詞を歌って、聴いてくれるひとに気持ちを伝えるものなんだよ。こんな詩ではどうにもならないよ」
「……空が青いとか空気がおいしいとかじゃ、老人の日記みたいね」
「いや、今のは簡単に言っただけ。歌詞は簡単じゃないからね」
 あっそ、と口をとがらせて、ワオンちゃんは立ち上がった。
「正直な意見をありがとう」
 ありがとうと言ってはいるが、目が怒っていた。
 ミルクティの料金を端数までテーブルに載せ、さよならとも言わずにワオンちゃんが店から出ていく。もしかして、あの詞はワオンちゃんが書いたのだろうか。

 
2

 太ったんじゃない? だとか、そんな顔をするとブスだな、だとか、女を怒らせる台詞を吐くのは得意だが、言ってしまってから後悔なんかしない。なのに今夜はひどく胸がうずいて、あんなこと、言うんじゃなかったと、うずく胸が繰り返し呟いていた。
 そのせいで帰ってからも眠れなくて、朝は起きられなくて集合時間に十分遅刻。スタジオに行くと、四人が見飽きた雁首をそろえていた。
「……今日は練習なんだから、ちょっとくらい遅刻したってどうってことないでしょ」
「ああ、そうか、そんなつもりか」
 クールに本橋さんが言い、乾さんは辛辣な口調で言った。
「そういう心がけなんだな。章の気持ちはよくわかったよ」
「章、言うべきことがあるだろ」
 たかが十分の遅刻で、なんだって昔みたいに先輩たちにねちねち叱られなくちゃならないんだ。シゲさんまでが言うのは、あやまれってか? 俺がそっぽを向くと、幸生が作為的に大きな大きな息を吐き出した。
「あやまって下さいだとか、あやまれだとかって、小学生の反省会じゃないんだからさ、つまらない話をしてないで、練習しましょう」
 最近は我々も多忙になって、歌の練習をする時間が捻出しにくくなっている。今日の午前中は全員がオフになったので、みっちり練習しようとリーダーが提案したのだった。
「つまらない話だとおまえが思うんだったら、つまらない話なんだろうな」
 乾さんは静かに言い、シゲさんがむっとした顔になった。
「つまらなくないだろ。おまえは昔から……」
「昔の話はいいじゃないですか」
「今だってそうだから言ってんだよ」
 たしかに俺は昔から遅刻ばっかりして、本橋さんにはげんこつでぶっ飛ばされ、乾さんにはあの口に叱り飛ばされた。そんなときにはシゲさんは黙っていたくせに、今日はなぜかシゲさんが怒っている。
「シゲさん、夫婦喧嘩でもしたんですか。俺に八つ当たりはしないで……」
 ごんっと即頭部に飛んだのは本橋さんの拳で、頭がくらっとした。
「なんなんだよっ。ガキじゃないんだから、殴らないで下さいよ。あんたらはいつまで先輩面するんだよ。俺をいくつだと思ってるんだよっ」
「精神的にはガキだもんな。今日のおまえはとりわけガキだよ」
 あくまでも静かに乾さんが言うのを聞いていると、精神が波立ってくる。いかん、このままでは切れてしまう。
 昔はこんなときには、章、外に出ろ、とリーダーに言われて追い出され、俺も激昂して飛び出したりもした。外へ走り出した途端に後悔して、除名されるんじゃないかと怯えていたこともある。自棄になって女の子をナンパして、そいつの彼氏に殴られた想い出もあった。
 あげくは熱を出してぶっ倒れて、幸生に看病してもらったりもしたっけ。あのころの俺はほんとにガキだった。
「……出ていきますよ。行けばいいんだろ」
 半分は、自分が切れそうで怖かったから。あとの半分はなんだろう。経験上、こんなときには外に出て頭を冷やすのがベストだと知っているからか。
 この前にこんな事態になったのは何年前だろうか。覚えていないほどだからひどく昔なのか、思い出したくないだけなのか。今日の俺はガキみたいで……なんでこうなったのかといえば……女か。そのへんもガキのころとなんら変わっていないのだ。
 スタジオから外に出て、公園まで歩いていってベンチにすわる。
 十年前の俺もなにかで本橋さんを怒らせ、こうやってスタジオから飛び出してここにすわっていたっけ。あのころよりはフォレストシンガーズはうんと有名にはなったけど、こうしていてもどこかから女子高校生の集団が駆け寄ってくるわけでもなく。
 ここで本橋さんの兄さんの差し入れを食べたり、夜中に弁当を買ってきて食べたりもした。まるで売れていなかったころには、缶ビール片手に幸生と無駄話をしていた夜もあった。女の子とここにすわってキスしたこともあった。
 てめえの頭をてめえでぼかぼか叩いて、その手で万歳をして、俺はベンチから立ち上がった。自動販売機で缶コーヒーを買って飲んでから、ゆっくり歩いてスタジオに戻っていった。
「……すみませんでしたっ!!」
 おーし、練習だ、やろうぜ、なにやる? あれ、歌います? などなどの声が聞こえる。なんだか泣きたくなってきて、俺は頭を軽く振った。


「章、俺んち来る?」
 妙に昔のことばかり思い出す。落ち込んでいた日には、若いころにも幸生の部屋で愚痴ったっけ。今日は幸生と俺は一日オフだから、夕方には練習を終えて幸生のマンションへと直行。
 あのころは電車でアパートに行ったのが、タクシーでマンションに行くようになったのが変化だ。だけど、結局のところは俺たちはそんなに変わっていない。幸生の部屋に腰を落ち着けて、明るい中で幸生の顔をまじまじ見ても、それほど変わってはいなかった。
「……老けたともいえるけど、おまえは童顔で少年体型だよな。シゲさんが言ってたぞ、幸生が俺よりもひとつ年下なだけだなんて信じられないって」
「シゲさんが老けてるってわけでもないんだよな」
「乾さんも若く見えるけど、ガキには見えないだろ」
「おまえも俺も、ぱっと見はガキ。よく見たら顔だけちょっと老けてきたかなって感じなんだよな。あの紅顔の美少年がさ……」
「厚顔の中年男」
 ラジオなどで幸生がやっている自虐ギャグを口にしてから、俺はフロアに寝そべった。
「ウィスキーにしようか」
 飲むものはガキではなくなっているが、俺たちはどことなく、時の流れに取り残されている感がなきにしもあらずだ。
 本橋さんとシゲさんは年相応に既婚者となり、三十代の男としてはしごくまっとうな外見と内面をそなえてきていると思える。乾さんの場合は、恋愛や結婚を突き詰めて考えすぎるから、勢いで女とどうこうはできなくて独身なのだとも解釈できる。
 けれど、三沢幸生と木村章は、単にガキだから結婚できない。ひとりの女を生涯の伴侶と定めるような、大人の男にはなれていないのだから。
「相手がいないってのもあるけどさ……幸生にはほんとにいないのか?」
「彼女? いないよ。章はまた誰かに惚れた?」
「前にもちょこっと言っただろ」
 手拍子ひとつ分の間のあとで、幸生が俺をじっと見つめた。
「ワオンちゃん?」
「なあ、幸生、おまえは彼女と……」
「抱きたかったよ。好きだったんだから、純な二十歳の美青年が、純に恋した女の子なんだもの。セックスしたかったよ」
 察しのいい奴は、俺が言わなくても答えてくれた。
「だけど、ワオンちゃんは言ったんだ。十九世紀の処女みたいに、私は本当に愛した男としか寝ない、ってさ。その後、本当に愛した男と寝たんだろうな」
 念などは押さないで信じよう。
「そういうことが気になるってのは、俺にもわからなくはないよ。俺は今ではワオンちゃんは友達だと思ってるから、おまえが彼女を泣かせたら承知しない。覚悟してろ」
「おまえが承知しなくったって、怖くもなんともねえよ」
「いいや。怖いよぉ」
 けけけっと変な声で笑ってから、幸生は真顔になった。
「で、告白したのか」
「……どうしたらいいんだろうなぁ」
「してないの? この、惚れっぽくって、好きになった女には一直線の章が? 俺とどうこうとかって躊躇してたのか?」
「それもあるかな」
 言いたくないと思っていても、端緒を口にしてしまえばすべてをさらけ出す。そんなところも俺はちっとも変わっていないのだ。
「じゃ、告白する?」
「それがさ、ワオンちゃんはどうも俺にはねじれた態度を取るんだよな。俺も素直になれないんだ」
「俺のせい?」
 それもあったのかもしれないが、幸生に確認しても心は晴れない。事実を知って信用して、それでせいせいしてワオンちゃんに当たって砕けようという気にはならないのだった。
「幸生くんに頼ろうだなんて考えてんのかよ」
「考えてねえよ、馬鹿野郎」
 ふふふんとうそぶく幸生が憎らしくなってきて、はずみをつけて飛びかかった。
「うわっち!! 章、こんなシーンをワオンちゃんに見られたら、アニメってものにはそういうのもあるし、ワオンちゃんと蜜魅さんとは親しかったりもするんだから、変なふうに誤解されるよ」
「そっか……あり得る。いや、それでもいいんだよ。今夜はストレス解消したいんだ」
「本格的バトルは久し振りかな。俺もやりたくなってきたよ」
 下らない心配をしていたくせに、幸生もその気になってきたようで応戦してくる。幸生と俺の取っ組み合いは本格的なバトルでもなくて、本橋さんに言わせれば子犬のじゃれ合いなのだそうだが、俺たちにはその程度がふさわしい。
 酒の前に取っ組み合い。適度に発散したあとは思い切り喋ろう。ひとこと言ってしまったのだから、包み隠さず、幸生にはワオンちゃんの話ができる。


 外見はカンペキ俺の好みな上に、ああいうつんつんした女は決して嫌いではない。流行り言葉で「ツンデレ」とでもいうのか。まだ一度も見せたことのない、ワオンちゃんの媚態、俺にだけ見せるエロスなんてものを想像するとぞくぞくする。
 俺はワオンちゃんが好きだ。
 幸生とも話して再確認したその事実。しかし、だからどうする? 幸生からワオンちゃんに話してもらうだなんて、ガキっぽい手段は用いたくもないし。

「まやかしの恋に溺れ 我を忘れてさ
 "みっともないね"と誰かに 冷やかされ
 嘘でもいいんだきっと 口実が欲しいだけさ
 それとも言い訳ばかりの 昨日に疲れたか?

 サラサラと音をたて 流れるその髪を
 気ままな夜のオブジェにしたくない

 君をのせて 僕の船は雨に濡れた闇をころがる
 君をのせて 航海に出る約束の場所へ」

 気合を入れるには、俺にはロックがいちばん。
 まやかしの恋なんかじゃないさ。はじまってもいない恋をとやかく考えるのはやめて、ワオンちゃんとふたりして、夜の海に漕ぎ出そう。約束の場所がどこだかは知らないけれど、行動を起こさなくては。
 そのためにはまず、章、当たって砕けろ!! 


END








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