ショートストーリィ(フォレストシンガーズ)

FS過去物語「その気にさせないで」

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フォレストシンガーズ

「その気にさせないで」


 声優たちが集合するイベントで、以前にも三沢幸生に会った。あの日は友人の息子がアニメ好きだからと、小学生の男の子を伴ってフランたちの楽屋に挨拶しにきてくれた。

 フォレストシンガーズの三沢幸生は、声優としてはフランの後輩である古久保ワオンの大学時代の同級生であるらしい。ワオンの本名は和音。カズネと読むのが本当なのだが、三沢がワオンと呼びはじめたので、和音もそのニックネームを芸名にしたのだそうだ。

「恋人ではなかったの?」
「三沢くんは口説きたがったけど、彼女にはなってあげなかったんだ」
「今でも友達なんだよね」
「昔も今も、友達以外のなにものでもないよ」

 もうひとつ、彼がアマチュアに近かったころからフランとは仕事をしたことのある、DJの酒巻國友。彼も三沢の大学の後輩だという。なのだから、フランも三沢には親しみを感じていた。

「こんにちは」
「あら、三沢さん、また来てくれたの?」
「女性声優さんに囲まれてると気持ちいいですから。よろしいですか」
「どうぞどうぞ」

 年齢的にはフランはベテランの域で、本日のイベント出演者たちは全体に若い。ワオンと同級生ということは三十代半ば近いのであろう三沢は、若い女性が目当てなのだろう。イベント開始までは時間もあって余裕のある楽屋に三沢を通し、フランはスタッフと最終打ち合わせをしていた。

 仕事の話をしていれば三沢のことなどは忘れた。誰かが適当に相手をしてくれるだろうと思っているうちにイベントがはじまり、滞りなく終了し、フランは帰り支度をして外に出た。

「フランさん、聞いてくれない? 相談したいことがあるの」
「いいよ。食事に行く?」

 本日の出演者たちとはそう親しくもない。このところ忙しくて夫をないがしろにしていたので、今日は早く帰って夕食を作ってあげようか。子ども向けのイベントなので夜になる前に終了したのもあって、フランはそのつもりになっていた。

 が、共演者に話を聞いてほしいと言われては放っておけない。夫にはメールで断っておいて、彼女、中野瑠美音が行きつけにしているという店に入った。
 平成の世になったころからだろうか。一般の子どもにも奇抜な名前が増えてきた。フランがもらう子どもからのファンレターにも、なんて読むの? と首をかしげるような名前が多い。その上に子どもは自分の名前の漢字をまちがえて書いたりするからなおさら読めない場合もよくある。

 歌手や俳優や声優の芸名ともなると、昔から変わった名前は多かったのだろう。フランはカタカナ芸名なのでまちがえようもないが、ルミネとは少々変わっている。彼女の本名は瑠美だから、ただもじっただけ。本名も知っている程度には親しい後輩声優だった。

「まーたつきあってほしいって言われちゃったんだよね」
「誰に?」
「誰かはいいじゃない。どうしよう。バツ4になっちゃうよ」
「つきあうつもり?」
「だって、断ったら悪くない?」
「ルミちゃんは三度目の旦那とは、離婚はしてないんでしょ」
「四度目の旦那だよ」

 三度目でも四度目でも他人から見れば変わりないのだが、ルミネはこともなげに、今度はわりと長く続いてるね、と言う。長くといっても一年ほどか。ルミネの過去三度の結婚は、いずれも一年以内に破局を迎えていたらしい。

「私ってなんでそんなにもてるんだろね? 三十すぎたらちょっとは沈静化するのかと思ってたけど、ちっともしないじゃん。私のフェロモンってそんなにすごい?」
「男にだけ発揮するんでしょ。私はなんにも感じないよ」
「フランさんだったら若いころもそんなにもてなかっただろうし、六十すぎたらもてるなんてのはあり得ないから、ひがんじゃってるでしょ?」
「誰が六十代だ」
「五十代だった? ごめん」
「四十代……いいよ、どっちでも」

 げらげら笑って、ルミネはジョッキのビールを一気に空けた。フランはもてたくもないが、口にするとルミネがひがみだと受け取るので、黙ってサラダをつついていた。

「既婚者が男に口説かれたら、断っても悪くないのかな?」
「悪くないに決まってるでしょ」
「でも、味見してみたいしなぁ」
「そしたら勝手にすれば?」
「うん、もうっ、フランさんったらクールねっ」

 相談したいのではなく、自慢したいだけなのだろう。深刻な顔をするから、乗せられた私が馬鹿だった。フランがため息をついていると、さきほどのイベントの共演者たちが、店に三人入ってきた。

「フランさん、お疲れさまです」
「ルミネさん、今日はどうも」
「ここ、いいですか」

 若い三人の女性たちが、フランたちのテーブルに加わってくる。今日は全体での打ち合わせはなかったようで、彼女たちも個人的に仲のいい三人で食事に来たのだと言っていた。

「なんだかねぇ、困っちゃったな」
「なになに? どうしたの?」
「にやけちゃって、エマ、どうした?」

 本日のイベントの話やら、それぞれの仕事の話やらをしていると、ひとりの女性が言い出した。彼女は少年の声を演じることの多い声優だから、いかにもそれらしい口調で言った。

「エマさんっていうの? 少年っぽい声でいながら、外見は女の子らしいんだね。清純そうでいてふとしたおりに色っぽさも垣間見える。そのギャップがたまんないな。彼氏、いるの? いるんだろうな。そんなに魅力的な若い女性をほっとくほど、世の男の目は節穴じゃないもんな。俺ももっと早くきみに出会いたかったよ」

 なーんてね、とエマは目をくるくるさせ、別の若い女性、ルイサも言った。

「それ、本気にしてる?」
「してないよ。癖みたいなものなんでしょ」
「そうらしいね。なによ、ナツミちゃん、変な顔してない?」
「えーっと、エマさんにそれを言ったのって……三沢幸生?」
「そうだよ」

 エマとルイサはうなずき合い、ナツミがくちびるを噛む。ルイサは言った。

「私は三沢さんとふたりきりにならなかったから特にはなにも言われてないけど、ジュンちゃんも言われてたみたいよ。タマちゃんもそれっぽいことを言われたみたいだし、他にもいるんじゃないの?」
「ナツミちゃんも言われたの?」
「……いえ、言われてはいないけど……」
「三沢幸生ってほんと、女と見たら口説くのが礼儀みたいな?」
「フランさんも言われたんじゃないんですか」

 まさかあんたにはね、と言いたいのかもしれないので、フランは曖昧に笑っておいた。
 笑っておいてからちらりとルミネを見る。ルミネは眉を寄せてなにかしら考えているようで、もしかしたら先刻、彼女が言っていた誰かに口説かれたというのも、エマやナツミと同じ体験だったのかもしれない。

「ここ、カラオケあるんだ。歌いません?」
「歌おうよ。まずはフランさん、歌って下さいな」
「みなさーん、プロの歌が聴けますよ」
「エマちゃん、大きな声を出さないの。私は歌はプロじゃないし、他のお客さんの迷惑だよ」
「だって、フランさん、CD出してるし」

 アニメのサントラ盤に参加して歌ったことはあるが、フランは声優であって歌のプロではない。しかし、嫌いではないのでマイクを手にした。

「その気にさせないで
その気にさせないで
うるんだ瞳 やわらかい髪
 その気にさせないで

 初めてのくちづけは
 甘ずっぱいみつの味
街の灯が帰り道 通せんぼするの
その気にさせないで

 何故かあなたには 隙をつかれそう
 Ha・Ha・Ha 悪い人ね
 Ha・Ha・Ha 泣けてきちゃう
 Ha・Ha・Ha あとが恐い
その気にさせないで Ha・Ha」

 ナツミ、エマ、ルイサがコーラスをつけてくれる。他のお客たちも迷惑そうでもなく、うまいね、いい声だな、歌手? などと言って拍手してくれる。そんな中、ルミネひとりは不機嫌そうに酒を飲んでいた。

END








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