ショートストーリィ(FSいろは物語)

いろはの「を」part2

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フォレストシンガーズ

いろは物語part2

「をたく談義」


 低い音量でジャズが流れている、夜のバー。俺の横では男がふたり、音楽の話をしている。ふたりの男は俺のいとこである三沢幸生と、幸生さんの仕事仲間でもあり親友でもあるそうな木村章。ふたりはフォレストシンガーズのメンバーだ。

「だったら大人の店に連れていってやるよ。章、龍も誘えば?」
「龍には俺から電話をするよ。雄心もそれなりのおしゃれをして来いよ」

 今日はレコーディングが終わったら飲みにいくから、おまえも行くか? と幸生さんに誘われた。章さんにはおしゃれをしてこいと言われたので焦ったが、俺の持ってる服なんて数少なくてバリエーションも貧困だから、ちょっとだけ改まった服装で出てきた。

 なのに、龍には断られたと章さんが言う。ミュージシャンのたまり場、おしゃれな店、おしゃれな人種。そんな店に貧乏大学生の俺は場違いだ。

 デートかな? 気おくれしたかな? と龍の噂から話題が変わっていく。シンガーふたりは、今日のレコーディングの話、バックで楽器を演奏してくれるミュージシャンたちの話、レコーディングスタジオの話、機材の話、マイクがどうとかミキシングがこうとか、ヘッドフォンがどうとか、俺にもかろうじて意味はわかる専門的な会話をしていた。

「あのベーシストのテク、すげぇよな」
「すげぇんだろうなぁ。俺にはベースってよくわかんないけど……」
「幸生、それがミュージシャンの発言かよ」
「それよか、ピアノのお姉さんは美人だね」
「そっかぁ、年増じゃん」
「俺らよりは年下じゃないか?」
「年上だよ、絶対」

 美人だの年増だのという会話ならわかるが、俺には三十代ミュージシャンの会話にはついていきにくい。龍も来ればよかったのに。あいつとだったらこそっと別の話もできるのに。

 いとこの幸生さんの影響で音楽好きに育った俺は、幸生さんとフォレストシンガーズのみんなが卒業した大学に入学し、合唱部にも入部した。そこで出会ったのが木村章さんの弟の龍。龍はひとつ年上だが、浪人しているので学年は同じだ。

 入部当時のキャプテンをひっくり返りそうなほどに感激させた、フォレストシンガーズのメンバーの身内ふたり。兄貴たちってそんなに売れてないのに……と龍は馬鹿にしていたが、あれから二年がすぎて、フォレストシンガーズは徐々に徐々に有名になってきていた。

「お、この曲……」
「なんだっけ?」
「章、おまえもミュージシャンだろ。知らないのか?」
「……聴いたことはあるような……このへん……んん……すげぇアレンジしてあるな……あ、このメロディ……なんだっけなんだっけ。お、このアルトサックス、かっこいい」
「知らないんだろ、ごまかすな、降参だって言え」
「……いい音だなぁ。スピーカーもいいんだな」
「ごまかすなって」

 なんだろ、なつかしさを感じるメロディだ。俺はこんな曲は知らないが、そんな人間でもなつかしく思ったりするものらしい。音楽って不思議だな。

 耳の記憶、正しくは脳なのだろうが、聴いたことのある曲は覚えている。すべてを記憶しているわけでもないのだが、俺だって何曲もの歌を、タイトルは知らなくてもメロディだけ覚えていたりする。幸生さんや章さんだと年も上だし、聴いた曲が桁違いに多い。自分たちで歌うこともあるから、俺の記憶や知識とはレベルがちがうはずだ。

 歌詞が得意な幸生さん、メロディ人間の章さん。その差はあって、この曲、知ってるか? と尋ねるときに、章さんはメロディを口ずさみ、幸生さんは歌詞を暗誦する。そんなこともあった。

 インストルメンタルのジャズ曲を聴いて、幸生さんが章さんに質問している。章さんがなんだっけなんだっけと唸っているうちに曲が終了し、新たなメロディが流れる。こっちだったら俺も知っている。「テイク6」。知っている曲を聴くと、前にかかっていた曲は忘れてしまった。

「頭が混乱するよ。前のはなんだったんだ?」
「俺にはテイク6にかぶさって、さっきの曲が聴こえるよ。章、降参か?」
「悔しいけど、知らないままだと眠れないな。なんだったんだ?」
「ジャージーなアレンジをした、「キサナドゥの伝説」だよ」
「あ、ああ、そうだっ!!」

 キサナドゥの伝説? 俺が訝しげな顔をしたらしく、幸生さんが教えてくれた。

「GSの曲だよ。ヒットはしたんだけど、花の首飾りだの君だけに愛をだの、エメラルドの伝説だのブルーシャトーだのほどメジャーでもないかな。珍しい曲をアレンジしたんだよな。誰が演奏してたんだろ」
「FMか有線のジャズチャンネルかな」
「インターネットラジオもあるから、海外の放送かも?」
「海外でそんなマイナーな日本のGSを、ジャズにしたりするか?」
「ジャガーズのみなさん、あれを聴いたら嬉しいかなぁ」

 そこから話題がGSになって、俺にはまったくの意味不明になっていく。幸生さんのお母さんはGSが大好きだ。幸生さんのお母さんといえば、俺の父の兄の奥さん。俺から見れば義理の伯母ってわけだから、小さいころには可愛がってもらっていた。

「……ユウちゃん、踊ろうか」
「踊るの?」
「雅美も輝美も一緒に踊ろう」

 いつの記憶だろう。湘南にあった俺の生まれた家には、幸生さん一家は時々遊びに来ていたが、俺はあのころは幼稚園だったから断片的にしか覚えていない。横須賀の幸生さんちにも遊びに行ったことはあるはずだが、それだってほとんど忘れてしまった。

 どっちの家だか、幼児の俺が、俺よりは十歳くらい年上の幸生さんの妹たちと、幸生さんのお母さんと四人で踊っている図が思い出されてきた。あのときにおばちゃんはレコードをかけた。レコードなんてはじめて見た俺は、踊りながらもそっちに気を取られていた。

 ターンテーブルというとあとから知ったその場所に乗っかったレコードが回っている。レコードの音を出しているのは針だと、おばちゃんが教えてくれたのだったか。あの曲はなんだったのだろう? たった今流れている曲が邪魔になるので耳をふさいで、俺は必死で思い出そうとした。

「雄心、なにやってんの?」
「思い出したっ!! 幸生さん、この曲はなんですか?」

 つかまえたメロディのきれっばしが逃げていかないように、しっぽをしっかと押さえ込む。すこしあやふやでもどかしいけれど、俺はその曲を口にのぼせた。

「ああ、いとしのジザベル!!」
「章、先に言うなよな。ほら、前に雄心を連れてってやっただろ。横浜のあのバーで演奏したゴールデンカップスの曲だよ。わかりやすいメロディラインだから章にもわかったんだな。それがどうか?」
「幸生さんのお母さんが……」
「うちのおふくろ?」

 何年前だろ、十五年くらい? ふいに思い出した、おばちゃんとお姉ちゃんふたりと踊った、あの話をする。俺は友達と喧嘩でもしたか、母に叱られでもしたかでしょぼくれていて、おばちゃんが元気を出させてくれたのだろう。幸生さんも章さんも、俺の想い出話を笑って聞いてくれた。

「幸生の母ちゃんらしい励まし方だよな」
「まったくね。そっかぁ、雄心もやっぱり俺のいとこだよ。そんな古いことを耳が覚えていたんだな」
「雄心も龍も、歌はあんまりうまくないけどな」
「いいじゃん。歌は趣味にしてるほうが楽だよ」

 含蓄深い言葉なのかもしれない。幸生さんと章さんがうんうんとうなずく。

 ああ、そうか。俺がGSをなつかしいと感じたのは、幸生さんのお母さんの影響だったんだ。
 結局、俺も音楽をたくたちの会話に参加してしまっていて、嬉しいんだかなんだか……やっぱり俺のいとこだと幸生さんに言ってもらったのだけは嬉しかったけれど。

END








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~ Comment ~

NoTitle

何かを懐かしいと思ったり。
嗜好というものはやはり生育が結構関係しますからね。
誰かを懐かしいと思ったり。
時間が経過すればするほど色々な感傷がでてきますよね。

LandMさんへ

いつもありがとうございます。

スターウォーズを見て、なによりも、なつかしいーっ!! ああ、もう、最高!! だった私です。

音楽でも映画でもテレビドラマなんかでも、そのほか諸々の風俗、なにがなつかしいかで年代もわかってしまいますよね。ちょっと怖いですね。
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