ショートストーリィ(花物語)

2016/花物語/二月「St.Valentine's Flower」

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花物語2016/2月

「St.Valentine's Flower」

 深く愛し合う仲睦まじい夫婦に育てられた子どもは、結婚に憧れるという。

 福一と美幸という、名前までが幸福そのものの福美の両親は、人もうらやむ仲のいい夫婦だった。娘にもふたりの名前から一字ずつ取って「福美」。仲が良すぎてしょっちゅうふたりだけで出かけていて、福美はたびたび父方、母方いずれかの祖父母宅に預けられていたのだが、おばあちゃんもおじいちゃんも可愛がって甘やかしてくれるので不満はなかった。

 いいなぁ、私もお母さんみたいに、お父さんみたいな男性と愛し愛されて結婚したい。小学生のころから福美はそう思っていた。父も母も背が低めでぽっちゃり体型だから、当然、福美も似ている。ぽっちゃり小柄な女の子は可愛いと父も母も言うので、自分は可愛いのだと信じていた。

「ヴァレンタインにはチョコ、あげるの?」
「誰にあげるの?」
「えっと……私はね……」

 小学校ではヴァレンタインチョコのやりとりは禁止だった。それでもこっそりやっている子もいたようだが、福美はしなかったので、中学生になってようやく解禁された気分。クラスの女の子たちも寄るとさわると、ヴァレンタインは……チョコは……といった会話をしていた。

「麗華ちゃんは誰かにチョコ、あげるの?」
「あげないよ」
「あげないんだ」
「私はもらうんだもん」
「え?」

 ヴァレンタインディって、女の子が好意を持っている男の子にチョコレートをあげる日じゃなかったの? なのに、麗華ちゃんは男の子にもらうの? 中学生になって親しくなった麗華の顔を、福美はぽけっと見上げた。

「私にはアメリカにボーイフレンドがいるんだ」
「あ、そうなの?」

 一家そろってアメリカから、麗華が小学校を卒業すると同時に帰国した、麗華からは福美もそう聞いていた。

「ほんとはヴァレンタインって、男性から女性にプレゼントを贈る日なんだよ。ダディが言ってた。日本人のチョコレートを贈るって風習は、お菓子業界に踊らされてるだけだって」
「ふーん、そうなの? 私は小学生のときには、お母さんとふたりでお父さんにチョコレートをあげたけどな。麗華ちゃんちではお父さんやお兄ちゃんにもチョコはあげないの?」
「だから、本場はそういう日じゃないんだってば」

 そうは言ってもここは日本だし、と福美は思う。

「麗華ちゃんのお兄ちゃんは、女の子にチョコはもらわないのかな」
「知らない。興味ないって言ってたよ」
「……麗華ちゃんのお兄ちゃん、ガールフレンドはいるのかな」
「アメリカにはいたけど、日本にはいないんじゃない? トミーはアメリカの大学に行くつもりだから、日本の女の子となんかつきあう気はないって言ってたよ。私もそうしよっと。日本の男の子ってガキっぽすぎるんだもん」

 すらりと背の高い美少女の帰国子女。麗華のひとつ年上の兄も妹に似た美少年で、福美も二、三度は顔を合わせている。彼を見るたびにときめいていたから、ヴァレンタインはチャンスかな、と思っていたのだが。

「ちょっと、やめてよね。無駄だから」
「え? 無駄って?」
「トミーに福美からだってチョコレートを渡して、とか言わないでよ。そういうださいの、大嫌い」
「あ、あ、言わないよ」
「それにさ、福美はうちのトミーには似合わないよ。自覚あるでしょ?」
「そ、そうだよね」

 アメリカでは兄だって先生だって、ファーストネームで呼び捨てにするんだよ、と麗華は言っていた。福美も私を呼び捨てにしていいよ、とも言われていたのだが、なんとなくしづらくて、福美は麗華をちゃんづけで呼んでいた。
 どうしてこんなにもかけ離れたタイプの女の子が、私と友達になったんだろ? 今さらながら気になってきて、福美は尋ねた。

「福美と友達になった理由? ほら、私って美人だし、英語も喋れるし勉強もできるし、スポーツもできるし背も高いし、お金持ちの子で帰国子女じゃん? 近い立場の子には羨まれて嫉妬されるんだよね。その点、福美だと私に嫉妬するレベルじゃないっていうか……ごめんね、こうやってほんとのことをなんでもはっきり言うから、日本人とはつきあいにくくてさ。だけど、やっぱ学校に友達のひとりくらいいたほうがいいでしょ。だからだよ」
「……そうなんだ」

 いいなぁ、私もこんなふうに、本当のことをなんでもはっきり言ってみたい、福美はそうとしか感じていなかった。

 本場……ヴァレンタインディ発祥の地ということか。麗華は本場だと言うアメリカのヴァレンタインディには、男性からチョコレートをもらう女性がいる。そんなアメリカ人に生まれたら素敵だっただろうな、とも想像した。金髪で青い瞳の、麗華のように背が高くてすらっとした私……そんなの私じゃない気もするけど。

「ヴァレンタインに男の子にチョコあげるなんて、ださいことはやめなよね」
「うん、そうだね」

 一方的に約束させられたので、中学生のときにはそのイベントには参加しないままで、小学生のときと同じように、母と一緒にチョコレートを買い、父にプレゼントして三人で食べていただけだ。両親にしても、中学生ならそんなものだと思っていたのか。福美はひとりっ子なので、イベントに大騒ぎするきょうだいもいなかった。

「福美、彼氏はできた?」
「できない。麗華ちゃんは?」
「何人も何人もに告白されて、めんどくさいったらないよ」

 高校は別々になった麗華とは、それでも交流は続いていた。高校生になると福美にも、彼、いいな、と思える男の子はできたのだが、一年生のヴァレンタインには、去年まで麗華が言っていた、ださい、だの、商業主義に踊らされている、だのというフレーズが頭をよぎってしまって、彼にプレゼントはできずにいた。

 が、そんなことをしていては、麗華とはちがって福美には彼氏などできっこない。結婚は二十歳をすぎてからでいいと思うが、彼氏のひとりくらいはほしい。意を決して、高校二年生のヴァレンタインにクラスの男の子にチョコレートをあげようとした。

「あの、これ」

 放課後の校庭でうまい具合に彼とふたりきりになり、胸をときめかせて包みを差し出した。彼はリボンのかかった包みを一瞥して言った。

「僕、そういうの嫌いだから」
「あ……そうなんですか」

 ついと顔をそらし、そのまま行ってしまった彼。彼は福美が嫌いだと言ったわけではないのに、おまえなんか嫌いだ、チョコレートなんかいらない、と言われたような錯覚に包まれていた。

 けれど、私はやっぱり彼氏がほしい。大学生になると周囲は色づいて華やいで、男の子に告白されたの、女の子のほうから迫ったの、デートだの寝たの泊まったのだのの話題が花盛りになる。予定通りにアメリカに留学した麗華からはメールで、こっちの男は積極的すぎてやんなっちゃうよ、と、自慢なのか嘆いているのかわからない便りも届いていた。

「あの、これ……」
「くれるの? 義理チョコ?」
「義理じゃなくて……」

 告白してもらえない女の子は、ヴァレンタインが勝負だ。いまやそう思い込んでいる福美は、一年かけて好きになれそうな男の子を捜し、ヴァレンタインに告白すると決めていた。大学二年の年には、義理でも嬉しいよ、とはぐらかされ、三年生の年には言われた。

「いやぁ、きみはタイプじゃないから、ごめんね」
「あ、そうですか」
「俺、ちびでぶに興味ないんだよね。だからって痩せてからアプローチってのもしても無駄だよ。痩せたってきみはその顔のままだろうからさ」
「……すみません」
「うん、ま、がんばれよ」

 その一件がトラウマになり、大学四年の年には就活に逃げてヴァレンタインには背を向けていた。

 あまりにもはっきり言われてついた傷も徐々に癒え、仕事にも慣れてきた、福美、二十三歳。今年のヴァレンタインには職場の先輩にプレゼントしよう。もう大人なんだから手作りチョコがいいかしらね。福美は張り切ってチョコレートを作り、華麗なつもりのラッピングをほどこした。

「ふーん、どこで買ったの?」
「えと、あの、私が作りました」
「……この不器用なリボンのかけ方からして、悪い予感はしたんだよな。俺、手作りのお菓子は食べないから。もっと言うと、お母さん以外の人の作った料理も食べない。プロのパティシェやシェフだったらいいんだけど、素人の作った食いものは不潔だよ。そんなものを人にプレゼントする精神もいやだ」
「あ、ああああ、ああ、すみませんっ!!」

 ふんっ!! と鼻を鳴らして、先輩は荒々しく立ち去った。

 またまたトラウマがひとつ。けれど、うかうかしてはいられない。福美は二十代前半で結婚するつもりだったのだ。なのにもう、二十四歳になってしまう。今年こそ、今年こそは彼氏を作らなくちゃ。ヴァレンタインにこだわるからいけないの? そう思って、両親に言ってみた。

「前にほら、カオリお姉ちゃんのお見合いの話、してたでしょ? お節介おばさんのあのお見合い話、どうなったの?」
「カオリちゃんったら、写真も見ずにけんもほろろに、お見合いなんかしないっ、私は結婚なんかしないのっ、だって。断られちゃったわ」
「そう……そしたら……」
「福美……お見合いしたいの?」
「うんっと、お話があるんだったら一度くらいしてみたいかな」

 将来の夢はお嫁さん、などと言っていた娘が、ボーイフレンドのひとりもいないらしい、とは、母親には薄々でもわかるものであるらしい。母は真顔になった。

「あのおばさんには不義理をしたから、頼みにくくなっちゃったかな。でも、他を当たってみるわ」

 どのように東奔西走してくれたのか、母が縁談を持ってきてくれた。二十四歳の春の日、福美は生まれてはじめてのお見合いに臨んだ。

「若すぎて可愛らしすぎて、僕にはもったいない女性ですよ。このたびはご縁がなかったということで……」

 初お見合いの相手には断られ、一回でめげていてどうするのっ、これからよっ、と母や仲人おばさんに叱咤激励され、幾度かお見合いをした。

「いいじゃないの、ああいうしっかりした腰をした女性は、丈夫な子どもを何人でも産めるのよ」
「いやだ。僕はもっと背が高くて細い女の子がいいよ」

 母親に諌められても首を縦に振らなかった男性やら。
 途中で立ち上がり、あ、僕、急用を思い出した、と言って帰ってしまった男性やら。
 とりあえずホテルに行ってみる? いや? だったら今、払った食事代、半分返してよ、と言ってのけた男性やら。

 ふーん、俺、あんたを嫁にもらうほど落ちぶれてないよ、と呟いた男性やら。
 うわ、ブス……正直に言ってごめん、でも、無理だわ、とげんなりした顔をした男性やら。

 ことここに到ると、父や母が可愛いと言ってくれたのは嘘だったのか、あるいは親ばかだったのかと、ようやく福美も悟った。でも、結婚は顔でするものではない。あなたのような女性は若いうちに売るのが正解よね、と仲人おばさんも言ったではないか。若さが多分にある今のうちに。

 そのつもりだったのだが、三十歳の誕生日にも福美は独身のままだった。
 結婚相談所に登録することにし、婚活パーティや婚活バスツアーなどにも参加してみた。三十歳になったばかりなのだから申し込みもあったし、福美のほうから申し込んで会ってみたりもした。

「ま、僕も贅沢言えないから、妥協しますよ。結婚しましょうか」

 そんなふうにだったら結婚しようと言った男はいたのだが、そこまで落ちたくない、と福美のほうが言いたくなって断った。福美のほうが妥協してもいいつもりになった相手には断られ、四十歳の誕生日も独身のままで迎えた。

「福美、元気? メルアド、変わってないんだね。すっかりご無沙汰しちゃったけど、どう? 福美はとっくに結婚して、子どもが三人くらいいるのかな? 私は二回結婚して、子どもは四人もいるんだよ。で、ちょっと浮気しちゃってね、その男と再婚したいから離婚したの。三人目の夫になる予定の男は日本人だから、久しぶりに日本に帰るんだ。会えない?」

 大学からアメリカで、就職もアメリカでしたらしい、とだけは知っていたが、そのころから完全に疎遠になっていた麗華から、大久々でメールが届いた。

「うち、親も離婚しちゃって、父も母も別々の相手と再婚したんだよね。兄貴のトミーもバツイチで、もうじき再婚するの。うちってそういう家系なんだろか、いやになっちゃうよ」

 からっと明るいタッチで、麗華が綴っている。
 冗談じゃないわよ、なにが家系よ。そんなに何度もどうして結婚できるわけ? ここには結婚したくても一度もできない女もいるってのに……むかつくっ、と腹が立って、メールは無視した。

「婚活終了するから」
「そうねぇ。生涯未婚率って、五十歳になった時点で対象になるんだものね。もう無理かもしれないね」

 しみじみと母に言われたときには、不覚にも泣きたくなった。
 ヴァレンタインに好きな男の子にチョコレートをプレゼントしようとしたあのころからだと、四十年近い歳月が流れている。父と母はあいかわらず仲良しで、私もこんな夫婦になりたかった、結婚したかった、とは思うのだが、できなかったものはどうしようもない。

 明日にはまたヴァレンタインディがめぐってくる。最近はヴァレンタインフラワーというのが流行っているそうだから、トレンドに乗ってみようか。ピンクでまとめた甘い香りの花束を飾って、父と母と三人で愛でようか。

 綺麗ねぇ。
 うん、花も綺麗だけどママも綺麗だよ。

 じきに八十代になろうというのに、そんな会話をかわすであろう父と母を見ていると嫉妬してしまいそうだけど。

END









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~ Comment ~

NoTitle

読み終えて【ははははっ】と思わず声出して笑ってしまいました。こういう花物語も好きです。
愛すべき福美さんのバレンタインの歴史。いや結婚への憧れの道のりが綴られていて、それぞれの年代の特徴も面白くてよかったです。
それにしても世の中の男性は、どうしてこんなにも見た目に翻弄?それるのでしょう。
福美さんは素直でいい娘さんだと思うのに。彼女の人柄そのものを認めてくれる男性が、いつか現れて幸せな結婚が出来たらいいなあ。
まだまだ諦めるのは早いよ。
ただ福美さんにも何かひとつ、これだけは誰にも負けないという
自信のもてるものを身につけて欲しいと思います。
何だか楽しい物語でした。

NoTitle

「深く愛し合う仲睦まじい夫婦に育てられた子どもは、結婚に憧れるという。」最初から微妙に喉に引っかかる感覚がした感触。
昔はなにも考えずにお見合い結婚とかできたのですけどね。
今は難しい世の中だなあ。。。と思いながらも。
自由な世の中だなあ。。。とも思います。

danさんへ

いつもありがとうございます。

タイトルからするとロマンティックなお話かと……いやいや、danさんは私の性格を知っておられますから、そうは思われなかったでしょうね。

本当に、男性のほうが断然、女性のルックスにこだわりますよね。
性格のいいブスと性格の悪い美人だったら、美人のほうがいいと言う男性、けっこういるらしいですし。

美人だったら意地悪でもわがままでも気まぐれでもメンタル弱くても、そこがまた魅力的だったりするそうですし。

女性としてというよりも、人間として、なにかひとつ、自信を持てるものがあったら、福美は結婚できたのでしょうか?
これで仕事のできる女だったら、より以上に男性に敬遠されたりして。苦笑。

でも、五十歳で生涯未婚だというのは失礼だと私も思います。
もしかしたら福美もこれからかもしれませんよね。

LandMさんへ

いつもありがとうございます。

もちろん例外もありますが、一般的には幸せな夫婦であるモデルケースの両親を身近で見ていたら、私も結婚したいなぁ、と思うんじゃありません?
ひっかかりましたか?

不幸な親を見ていたら、結婚なんかしたくないっ!! と思うようになる。
とても説得力のある心理学のようなもの、だと私は思っていました。

最近は人生に選択肢が増え、それゆえに自由でもあり、むずかしくもあり、おっしゃる通りですよね。

NoTitle

おお。かわいい失恋のお話かと思ったら、壮大な恋愛史(?)のお話でしたね。
バレンタインデーに関わるドラマは人の数だけありますよね~。

あのときのもの、このときのもの、と数えるだけで年数が過ぎてしまうこともあるかも。
八十になってもラブラブなのは羨ましいですよね。

けいさんへ

いつもありがとうございます。
私も可愛いヴァレンタインの話も書かなくもないのですが、こういうののほうが書いていて熱が入ります。
可愛い恋物語だと、しらけてしまうという性格ですので(^-^;

うちは父が母にべたべたで、母は父にクールでしたが、仲はいいほうでしたね。父は早逝しましたので、シングルに戻った母はその後、ナンパされて男性とお茶を飲んだ、なんて言ってました。
父が草葉の陰で妬いていたかもしれません。
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