ショートストーリィ(フォレストシンガーズ)

FS過去物語「コールド・メンテナンス」

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フォレストシンガーズ

「コールド・メンテナンス」

 だるい、動きたくない、起きたくない。目覚まし時計が鳴っている。ひとつ、またひとつと鳴り出して、止めても他のひとつが鳴る。起きなくちゃ、遅刻したら怒られる。リーダーに殴られる!!

 動きたがらない身体を励まして起き出し、顔を洗って服を着替えて外に出た。寒い戸外に出た途端に咳き込んだ。
 おまけに雨が降ってきたのだが、ぎりぎりまで寝ていたので傘を取りに戻る時間の余裕がない。このコートでは寒いが、着替えに戻る時間もない。

 真冬の冷たい雨の中、駅まで走る。電車の中でも咳が出て、相客に露骨に迷惑がられた。駅の売店でマスクを買おうかと思ったのだが、マスクなんかかけるとむしろ目立つし、スタジオに入ったらみんなに、どうしたどうした? 風邪か? と訊かれるのも面倒なので、そのまま駅から出て走り出した。

「すみませーんっ!! うわ、げほっ!! げほ……」
「章、遅いだろ」

 遅刻はしてませんよっ!! と言い返そうとしたら、咳き込んで止まらなくなった。美江子さんが寄ってきて額につめたい手で触れる。熱があるよ、と言っている美江子さんの声、医者に行け、と怒っている本橋さんの声、俺はかぶりを振り、シゲ、かついで連れていこうか、との乾さんの声やら、そうしましょうか、と笑いつつも心配そうなシゲさんの声も聞こえていた。

 乾さんと本橋さんに医者へと連れていかれ、診断が下った。

「風邪で熱があるってのに、雨の中を傘もささずに走ったんだって? そりゃあこじれるよ。肺炎の軽いやつなんだそうで、入院だって」
「げっ、入院?! 幸生とのラジオ、どうするんですか?」
「なんのためにうちには五人のメンバーがいるの? 誰かが代理になってくれるよ。私は章くんの入院支度をするから、アパートに入っていい?」
「支度って?」

 入院するためには、パジャマや歯ブラシやタオルやら、持参するものなのだそうだ。俺はガキのころには身体が弱くて、小児科病棟に入院した経験もある。あのときには母がなにもかもをやってくれたから、母さん、苦しいよぉ、とか言って甘えて泣いていただけだった。

 その病気にしても重篤なものではなく、今回も軽めの肺炎だそうだが、俺ってほんと、弱いなぁと落ち込みたくなっていた。

「アパートに入ったらいやだって言うんだったら、新品を買ってもいいのよ」
「……そうして下さい。金はあとで払います」
「そのくらいはお見舞いとして買わせてもらうけどね」
「すみません、お願いします」
「はいはい」

 入るだけだったらまだしも、あちこち探してパジャマや下着を用意してもらうなんて、美江子さんにさせたくない。母を呼ぶのも大げさだし、第一、俺は親父に勘当されている身。こんなときに親密な仲の彼女がいたらなぁ。
 彼女というほどでもなく、時々寝る相手だったらいなくもない。むこうが俺に惚れていて、隙を窺っては接近してきたがる女もいるにはいる。けれど、そんな女に入院支度なんて頼めやしない。

 事務所の社長だのうちの仲間たちだのってのは、男だから行き届かないのか。乾さんだったらそうでもない気もするが、あまり世話になりたくない。都会でのひとり暮らしは気楽でいいけれど、病気になると家族の存在を欲してしまうってのはこんな心境なのだろう。

 他の手段は思いつかないので美江子さんにお願いした。日ごろの節制がどうとか、無理するからよ、とか、食いものがどうとか、言いたいことは多々あるのだろうが、今日の美江子さんは説教もせず、優しかった。

「綺麗なナースさん、いる?」
「そんなもん、どうだっていいよ。おまえじゃあるまいし」

 翌日には見舞客がやってくる。この台詞は言うまでもなく幸生で、乾さんはこう言った。

「ほんとにおふくろさんには連絡しなくていいのか?」
「乾さんだったら、軽い肺炎で入院してるって、おふくろさんに連絡してほしいですか?」
「ほしくないな。うん、納得」

 本橋さんは怒っていた。

「入院だなんて聞いて、俺は目の前が真っ暗になったぞ。仕事の予定が狂うってのが大きな理由だけど、それだけじゃないだろ。まったくおまえは……おまえは……この馬鹿野郎」
「本橋さん、病人に馬鹿野郎はやめましょうね」
「馬鹿は馬鹿だ」

 横でなだめてくれたのはシゲさんで、別の時間に社長も来て言っていた。

「山田や三沢に言わせると、本橋はかなり頑丈なんだそうだな。ほら、きみらのデビューが決まって、私と面接したあとで本橋が倒れただろ。乾の記憶にだって、本橋の病気は他にはないそうじゃないか」
「そうみたいですね。俺も話に聞いたこともありませんよ」

 あのときの美江子さんは怒ってばかりいたけど、それだけ心配がきつかったからなんだな。俺には優しかったのは、軽めだからか。ってことは、今回は本橋さんがやけに怒っているのは、それほど心配しているからか。リーダー、大丈夫ですよ。

「だからな、そういう丈夫な奴ってのは、他人が具合を悪くすると不安がつのるみたいなんだよ。私から見たら木村は若いんだし、じきに治るさ。大事にしろ」
「すみません、迷惑かけて」
「いやいや……」

 ふふっと笑っていたのは、おまえもそのくらいの挨拶はできるようになったな、なのだろうか。
 これでも病人なのだから、みんな、見舞いは短時間で切り上げて帰っていく。俺は熱に浮かされていたり、薬で朦朧としたりもしていて、眠っている時間が長かった。

 咳止めの薬が切れるとジャンキーみたいに、肺から、喉から、咳がこみあげてくる。我慢できなくなって咳き込むと喉がいがらっぽくなっていっそう咳が出る。悪循環だ。あまり時間をおかずに薬を飲むのはよくないとのことだから、最初のうちは咳がもっともつらかった。

 咳が出すぎて吐き気に変わる。喉が痛くて食欲がない。食いものの味がしない。流動食みたいなものを無理やり食べさせられているのだから、ナースが美人かどうか、若いかどうかに関心を示すゆとりもなかった。

 「FSの朝までミュージック」というラジオ番組がある。幸生と俺がペアになってDJをやる順番の一度目は、本橋さんが俺のかわりをやってくれた。その番組も聴きはしたのだが、調子が悪すぎてところどころしか覚えていない。二週目は乾さんだ。

「ユキ?」
「なあに、隆也さん?」
「言っとくけど、おまえは女なんだよ」
「ま、隆也さんったらなによ。あたしが女じゃなかったらなんだって言うの?」
「ごめんごめん、女だとは知ってるんだけど、顔を見たらちょっと……」

「いいのよ。リスナーのみなさまには顔は見えないんだから。あたしの声、女らしくない?」
「最高に女らしいよ。俺の胸にびびびびんっと来る」
「隆也さんの胸の高鳴り? どんなの? あん、隆也さんの胸ってあったかーい」

 またこれか。ラジオでまでやるな。呆れて脱力するのも多少は元気を取り戻しているからだろう。

「隆也さん、どうしたの? ラジオなんだからお喋りをやめたらいやよ。喋れなくなったの?」
「うん、いや、さすがに気持ち悪くて……」
「失礼ねぇ。ね、キスして」

 間があり、どかっという音と同時に、幸生が悲鳴を上げた。
「いやーん、隆也さんったら乱暴なんだからっ。きゃーーっ」
 泣き真似も聞こえてきた。

「そんな音を立てたら、俺がおまえを突き飛ばしたみたいに聞こえるじゃないか。いくら気持ち悪くても、俺はおまえを突き飛ばしたりしないよ。でも、キスは勘弁して」
「どうしてぇ?」
「気持ち悪いから」
「なによなによっ。気持ち悪いだなんて、あたしのどこが気持ち悪いの?」
「すべて」
「んまぁ、隆也さんったらひどいわーっ」

 笑った拍子に咳が出て、むせて大変なことになった。
 個室にいるので他の入院患者に迷惑はかけていないはずだが、ナースコールもしてないってのに、太ったおばちゃん看護師が部屋に入ってきた。

「こんな時間になにをしてるんですか。ラジオ? 退院も近いんだから、規則正しい生活をしないといけませんよ。木村さんは歌手なんですってね? そういう仕事はどうしたって生活が乱れるんでしょうけど、そういうのは万病のもとよ。大丈夫?」

 分厚い手が背中をさすってくれる。看護師は説教を続けていたが、俺の咳がおさまってくるとベッドを整えてくれて、天井を見上げた。

「あら、綺麗な絵ね。木村さん?」
「ファンの女性が描いてくれたんです」
「木村さんには……似てなくもないけど……女の子みたいな絵ね」
「美化してくれてるんですよね」
「そうかもしれないわ」

 美化しすぎだろ、と言いたかったのかもしれないが言わず、彼女は母のように俺の布団をぽんぽん叩いて、苦しくなったらナースコールしてね、と言い残して出ていった。
 天井の絵は、ラジオ局に送られてきたのを幸生が持ってきてくれたものだ。

 ファンが大切なのは人気商売なのだから、当然知っている。それでも時にはうざくて邪険にして、乾さんに叱り飛ばされたり殴られたりもした。リーダーとはちがって俺を叱っても手は上げない乾さんが、ファンがらみだと殴ったりもする。

 殴られてもやっぱり、ファンってのは時々うざいんだよ、と俺は思っている。本当なのだからどうしようもない。
 だけど、この絵を見ていると、素直にファンはありがたいと思えてくる。早く木村さんの声が聴きたい、早くよくなってくれるように祈ってます、そんなメッセージつきで、看護師さんに笑われるような美貌の木村章を描いてくれたシエルちゃん。

 きみはきっと若くて可愛い女の子だよね。心も綺麗で優しくて、俺のファンだと言ってくれる、とってもいい子だ。愛してるよ、シエルちゃん。
 強がりも含まれてはいるけれど、病気になって病室に閉じ込められていると、考える時間がたっぷりあっていい面もある。風邪と同時に俺の傲慢なハートの中もメンテナンスされて、新しい木村章に生まれ変われる……だといいな。


AKIRA/25歳/END







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~ Comment ~

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冬は厳しいですな~。
寒い!!だるい!!布団から出たくない!!
それに風邪や体調不良が重なると・・・。
働きたくないじぇ。。。
・・・という気持ちがちょっと伝わってきたのは、
私がちょっと曲解しているのかな。。。
( 一一)

LandMさんへ

コメントありがとうございます。

ほんとにそうですよね。
冬は布団の中でぬくぬくしているのが至福のとき。

章の立場では働きたくなくはなく、仕事があるのはありがたいのですが、彼、寝たら起きるのがいやっ!! 体質ですので、熱がなくても毎朝うだうだしています。

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