ショートストーリィ(しりとり小説)

137「かなり暇」

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しりとり小説137

「かなり暇」


 高等工業専門学校を卒業して就職してから四十年近く、技術畑を一筋に歩いてきた青田は、業務部第五課長に任命するという辞令を受け取った。

「はじめての役職ですよ」
「ああ、そうなんですか」

 役職ではあっても部下はひとりだけ。間もなく定年を迎える青田に近い年頃の、前川という名の女性だった。

「第五課というのは、なにをしているところなんですか」
「業務部全体の統括と申しますか……」
「具体的には?」
「業務部全体を見張ってるんです」
「ちっとも具体的じゃありませんね」
「課長がご自分の目でごらんになって下さればわかります」

 では、じっくり見極めようと決めて一週間後、退勤時間になって青田は前川を誘った。

「ふたりきりでは歓迎会ってのもないんでしょうけど、お近づきのしるしに食事に行きませんか」
「え、ええ、いいですけど……」
「誘ったのは私ですから、私が払いますよ」
「いえ、半々にしましょう」

 支払いの件でもめるのも恥ずかしいので、まあまあそのへんは、などと言葉を濁しつつ、ふたりで会社近くの小料理屋に入った。

「課長はご結婚なさってるんですよね」
「してますよ。息子がひとりいるんですけど、勝手に婿養子に入るって決めてきて、信州の旅館の娘と結婚してしまいました。妻が反対していたものですから、疎遠になってしまって、老夫婦ふたりの日々って侘しいものですよね。孫も生まれてるらしいんですが、会わせてももらえませんよ」
「老夫婦というようなお年でもありませんでしょ」
「いや、妻は年上ですので、六十前後の老夫婦ですよ」

 互いのプライベートな話をしながら、酒を酌み交わす。節度を守っていて酔うほどでもないが、前川はいける口らしく、日本酒の盃をすいすい空けていた。

「前川さんは独身ですか」
「そうです。結婚歴はありません」
「ご実家から通ってらっしゃる?」
「私が就職したころは、女子は親元から通える人間のみって規則がありましたから」
「ああ、そんなのありましたね」
「そのままずるずると親元にいます。両親ともに九十歳前後ですけど、まだぴんぴんしているんですよ。老夫婦ってのはうちの親みたいなのを言うんじゃありません?」
「うちは父は亡くなりましたが、母は生きてますよ。妻の親は逆に、父親が生きてます。今の老人はお金を持ってるから、両方とも有料老人ホームに入ってますけどね」

 今どきは六十代でも両親が健在であることも珍しくない。そうして私的な会話をしていると、前川の年齢も知れた。六十歳くらいに見えるが、実は五十五歳で、青田よりも二歳年下だった。

「まだ五十代半ばなんだったら、前川さんはもうすこしおしゃれをしたほうがいいんじゃないですか」
「今さら?」
「今さらってこともないでしょう? 最近は中年の婚活も流行ってるそうじゃないですか。もう一花咲かせようって気はないんですか」
「ありませんね」

 苦笑いで言われたので、しつこくするのはやめた。これからだっておいおい、前川とはそんな話もできるだろう。仕事中とはちがって、ほんのり酔った前川は妙に女らしくも見えた。

 勘定は前川の言う通り、半々に支払って、ならば今度は昼食でもごちそうしますよ、と青田が言うと、機会があれば、と前川は応じた。毎日のランチは青田は社員食堂に行っていたので、前川がどうしているのか知らない。翌日、早速ランチに誘ってみた。

「いえ、私はお弁当なんです」
「ああ、そうなんですか。自分で作るんですよね」
「母が……」
「おやおや、六十前の女性が九十近いお母さんに? それだからお嫁に行けなかったのかな」
「母が作りたがるんです。では、失礼します」

 気を悪くさせてしまったか、前川は小さなバッグを手に席を立っていく。青田は彼女の背中に声をかけた。

「明日はどうですか? お弁当は持ってこないで下さいね」

 返事はなかったが、断られなかったので、了解したのだろうと解釈しておいた。
 若い女性だったらもっと楽しいのかな。いやいや、若い子とは話も合わないだろうから、年齢の近い女性のほうがいいのだ。なにも不倫相手というわけでもなく、茶飲み友達みたいなものなのだから。

「前川さん、今日はお昼、行きましょうよ」
「すみません。母がお弁当を作ってしまったものですから……」
「じゃあ、明日は?」
「母がお弁当の予定を立てていますから、またいつか……」
「そうですか。残念だな」

 なにをしているのかも知らないが、前川は勤務時間中には熱心に仕事をしている。青田のほうは特にこれといって仕事もないので、前川とお喋りがしたい。が、パソコンに向かったりなにやら書いたりしている彼女には、無駄口はききづらかった。

「お昼はお母さんの顔を立ててお弁当なんだったら、帰りに一杯、行きますか」
「両親は年ですから、早く帰ってやりたいんです」
「そうですか。じゃあ、そのうち」

 断られてばかりなのは正当な理由だからしようがない。それでも、青田の毎日には潤いができた。
 以前は男ばかりの技術畑にいた。ちらほらいる総合職の女性は、青田には女には見えなかった。うちに帰ってもいるのは年老いた妻だ。この部署に異動になって楽しいと思えてきていた。

「結局はこの部署は、究極の閑職なんですね」
「ええ、まあ、そうですね」
「でも、私は楽しいですよ」
「……そうですか?」

「前川さんはいい年だけど、女らしいんですよね。技術職の女なんてのはギスギスしていて、男みたいなのばっかりでしたよ。前川さんは一般職でしょう?」
「私は男女雇用機会均等法以前の入社で、昇格試験を受けるにも年を取りすぎていましたから」
「そうですよね。いやいや、女性は一般職のほうがいいですよ。総合職の女は女じゃない。いやいや、ここだけの話ですがね」

 そのような会話ならば相手をしてくれて、前川は曖昧に微笑んでいた。

「前川さん、今日こそランチに行きましょうよ」
「お弁当が……」
「そんなものは……」

 小さなバッグに入った弁当箱を取り上げ、青田は隣の部署の若い男子社員にそれを与えた。

「もらっていいんですか」
「きみには足りないだろうけど、腹の足しにはなるだろ」
「はい、ありがとうございます」

 嬉しそうに受け取ってくれたので、青田は自室に戻って前川に言った。

「あなたが食べたって言っておけばいいんですよ。いやぁ、このごろ、妻に言われるんだよ。なんだか明るくなりましたねって。前川さん、行きましょうか」
「は、はい」
「お金のことは心配しなくていいですよ。もちろん私がおごります」
「いえ、そんなわけには……」
「私はあなたの上司なんですから、まかせておきなさい」

 女性を連れてくるならここだと見当をつけていた、イタリアンレストラン。青田は前川を伴ってレストランに入り、上機嫌で言った。

「私が明るいのは、あなたがいてくれるおかげですよ。ただね、前川さん」
「はい」
「前にも言ったけど、あなたの服装はおばあさんみたいだ。お化粧はしてるんだろうけど、もうすこし華やかにしたら若く見えるんじゃないですか。私はあなたにはじめて会ったとき、私と同じ年くらいかと思いましたよ」
「ほとんど同い年ですけど……」
「いやいや、女性は服装や化粧で若返りますよ。私のためにもおしゃれして下さいよ」
「……はあ」

 照れているのか、前川は食事中にも言葉少なだった。

「……青田さん、ちょっと」

 業務部長に呼ばれたのは、それから三日後のこと。なんの話なのかもわからぬままに応接室に出向くと、部長はとんでもないことを口にした。

「前川さん、私はあなたに失望しましたよ」

 自室に戻って、青田は静かに告げた。

「あなたがそんな俗っぽいことを言う女性だとは、夢にも思わなかった。私があなたにセクハラ? うぬぼれもたいがいにしてもらいたいものですね」
「うぬぼれ……なんですか」
「そんなにいやだったんだったら、はっきり言えばいいでしょう? 私はあなたも楽しんでいるんだとばかり思っていた。いい年をしてセクハラってあなた……」
「いえ、あの……」

 言っているうちに腹が立ってきて、前川が部長にした告げ口を撤回させたくなってきた。あろうことか前川は、青田課長の言動はセクハラです、と部長に直訴したらしいのだ。しかし、背中に部長の声が聞こえてきた。

「青田さん、それ以上言うとあなたの立場が悪くなりますよ。僕だってあなたをかばえなくなる。前川さんはあなたが上司だと思うから、ガマンに我慢を重ねていたんです。彼女も若くはないんだから、あなたと喧嘩みたいになって辞職はしたくない。上司にきついことを言えるような年頃でもない。けれど、ひとりでいい気になっているあなたには我慢の限界だってことで、僕に言ってきたんですよ」
「……部長……」
「あなたも定年まであと三年ほど。波風立てずにいて下さいよ」

 まあまあ、前川さんも穏便にね、と言われて、前川がうなずく。ことなかれ主義ってやつなのだろうが、そのほうがありがたいのかもしれない。
 誰がおまえなんかに……親切にかまってやったのに、この最低女!! と罵りたいのを我慢して、青田もうなだれてみせた。

次は「ま」です。




 






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~ Comment ~

NoTitle

う~~ん。
私はこの年齢になってないから気持ちは分からないにゃ。
(;一_一)

この年齢になったら、私はどうなっているのか。
こういうことに巻き込まれるのか。。。
ということを考えてながら読んでしまった。

LandMさんへ

いつもありがとうございます。

若い人が主人公だと、自分もその年齢だったことがある。
私もそうだったなぁ。
あるいは、私はこんなんじゃなかったけどね、と考えつつ読む。

年配の人が主人公だと、たしかにそれはできませんよね。
書くほうも想像ばかりですが、私はわりと自分以上の年齢の方を書くのも好きです。

これから時代がどう変わって、年配者を取り巻く環境もどう変化するか、なんてことも思います。
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