ショートストーリィ(フォレストシンガーズ)

FS過去物語「ピアノ連弾ソナタ」

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フォレストシンガーズ

「ピアノ連弾ソナタ」

 ゲームをめぐって口喧嘩をして、俺が先輩に怒られた。
 プールサイドで口喧嘩をして、あまりの憎たらしい口のききように頭に来て、あいつを抱き上げてプールに放り込み、乾に怒られて俺もプールに蹴り込まれた。

 思い起こせば喧嘩ばかりしていた十代のころ。二十代になっても喧嘩はしていたし、三十代になっても喧嘩は続いているのだが、そんな女と……。

「本橋くん、結婚したんだってね」
「は、はい、まあ……」
「おめでとう」
「ありがとうございます」

「よっ、本橋、結婚おめでとう」
「いやいや……いやぁ、あはは」

「本橋さんったら、結婚しちゃったんだよね」
「うん、まあな」
「……狙ってたのにな。離婚したら教えてね」
「結婚したばかりの人間に離婚したらって……おまえなぁ」

「本橋みたいのでも結婚できるんだから、俺にも希望が出てきたよ」
「あ、ああ、そうですね」

「結婚したんだって? 馬鹿だね。結婚なんかするもんじゃないのにさ」
「え? あ……はぁ……」
「後悔すんなよ。ああ、やだやだ」
「……」

「本橋さーん」
「シンちゃーん」
「ご結婚おめでとうございます。きゃはっ」
「奥さまがうらやましいわぁ。きゃぴっ」
「あたしを二号さんにして。にゃはははは」
「……おいっ」

 などなどなどなど、周囲はカマビスシイ。「喧しい」の漢字は「やかましい」としか読まないと思っていたが、「かまびすしい」とも読むと教えてくれたのは乾だ。

 シンプルに祝福してくれる知人は、老若男女さまざま。これがもっとも一般的だ。
 二号さんにして、などと物騒な台詞を口走ったのはアイドルグループの女の子。若い女の子の中にはたまに、悪い冗談を言う奴がいる。

 イヤミを言う男もいれば、いやがらせを言うおっさんもいる。おめでとう、と微笑んで、これ奥さんに、と小さな包みをくれた年配の女性もいた。

「へぇぇ、マネージャーと結婚したのか」
「そうです」
「山田美江子っつうんだろ。知ってるよ。あんただって結婚するくらいなんだから、あの女については全部知ってるんだよな」

 ねちっこい言い方にむかっとしている俺に向かって、ベテラン歌手の某氏は言った。

「知ってて結婚したんだろうから、ま、いいんだけどね」
「俺は彼女とは大学のときからの友達ですから、だいたいは知ってるつもりですが」
「そんなんじゃ見えないところもあるんだよ。お盛んだったみたいで……いやいや」
「どういう意味ですか」

 もうひとこと言われたら切れて詰め寄っただろう。近くで聞いていたのか、乾が話に入ってきた。

「ミュージシャンなんてのは独身時代は盛んですよね。そんな生活は自由で楽しいけど、それと引き換えにしたいほどに大切な女性と結婚した。俺にはそこまでの女性はまだ見つかっていませんので、本橋がうらやましいですよ。では失礼します。本橋、行くぞ」
「あ、ああ、あああ……」

 引っ張られていきながら、また乾に助けてもらったんだろうな、と考えていた。

 他人が結婚したというと、お節介を焼きたがる人間がこんなにもいるのか。意外にも深い関わりのあった女からの深い言動はひとつもなく、ただの知人がつまらない真似をしたがる。そんなもんにいちいち切れてちゃどうしようもないぜ、と乾は言いたいのだろう。

「わかったよ、わかってるから」
「わかってるんだったらいいんだよ」
「これも有名税ってやつか」
「あのな、本橋、俺たちごときが有名税って……」
「ああ、ああ、わかってるよ。ここだけの話しな」

 苦笑いの乾は俺を解放してどこかに行ってしまい、俺は奴とは別方向に歩き出した。
 ラジオ局のスタジオで、ほんのちょっとだけの知り合い程度のベテラン歌手にからまれていたのを、結果的には乾に救い出された。

 今日の仕事は終わっているから、あとは自由時間だ。どこに行こうか。どこというあてもなく歩いていたら、ケータイがメールの着信を知らせた。美江子かな? 期待しながら開いてみたら、美江子からではなかった。

「おまえにもためになるお話を聞かせて下さる先生がいらしてるんだよ。時間があったら来い」
「……はい、行きます」

 メールに声に出して返事をしたのは、発信者が大学の先輩だからだ。特にこの金子さんと、星さんには厄介をかけた。

 うだうだぐずぐずしている俺を発奮させるため、よけいなお節介の一種ではあろうが、そのために発破をかけてくれた先輩たち。おまえがはっきりしないんだったら、美江子を俺のものにする、なんて、ふたりともに言った。

 ただの戯言ではなく、星さんは学生時代に美江子の恋人だったのだし、金子さんも美江子に告白したことがあると聞いている。焦ったり怒ったり、先輩に喧嘩を売って殴られたりバケツの水をぶっかけられたり。俺は喧嘩は強いつもりだが、先輩にふたりがかりで受けて立たれては勝てるはずがない。

 恩義も感じてはいるが、憎たらしさもなくはない先輩は、タクシーを飛ばせばわりに近いところにあるライヴハウスで仕事中だ。命令に従って金子さんの仕事場に向かうと、そこには上品な女性と金子さんとがいた。

「紹介するよ。楡の木音楽学院の佐伯淑子先生だ。ご専門はピアノだよ。先生、彼が本橋です」
「はじめまして。佐伯でございます」
「は、はじめまして。本橋でございます」

 乾の母上にはじめて会った、二十一歳の夏を思い出す。俺はがちがちに緊張してしまっていて、佐伯先生が笑っているのと同じように、乾とわ子さんにも笑われた。しどろもどろになっていた俺の台詞を、乾が通訳してくれたっけ。

「ございますとまで言わなくてもいいだろ。おまえには似合わないよ。本橋、モーツァルトの「四手のためのピアノソナタ」について解説してみろ」
「は……えーっと」

 専門家の前で俺にそんな命令をするとは、金子さんも人が悪い。俺は冷や汗かきかき喋った。

「四手のためのってのは、「二台のピアノのための」です。すなわち、ピアノが二台、手が四本……原語タイトルは……えーっと、ドイツ語では……」
「「四手のための」(zu vier Handen)或いは「二台のピアノのための」(fur zwei Klaviere)」

 ドイツ語タイトルが思い出せないでいる俺に、金子さんがスムーズに教えてくれる。金子さんの英語はネィティヴ並みだとイギリス人が言っていたのを知っているが、ドイツ語もフランス語も多少はできる。日本語も得意ではない俺とは人種が違う。

「彼は理系なんですけど、音楽にも造詣は深いんですよ。クラシック育ちなんです」
「本橋さんのピアノ、聴いてみたいですわ」
「金子さん、佐伯先生……勘弁して下さい」

 冷や汗が脂汗に変わってしまっている俺に、ふたりそろって涼しく笑う。暑がっているのは俺だけだ。今夜はピアノとボサノバのゆうべライヴなのだそうで、佐伯先生と金子さんが連弾もやるという。俺に弾けとは言われなかったので胸をなでおろしつつ、客席に回った。

「みなさま、ありがとうございます。今夜は私の友人が聴きにきてくれてるんですけど、彼は先ごろ結婚しました。私は結婚式には参列できなかったものでして、きちんとお祝いもしておりません。今夜、この場をお借りしまして、彼にこの曲を贈りたいのですが、お客さま方はご賛同下さいますか」

 好意的な拍手が起きる。俺に視線をよこすお客もいる。え? 友人って俺? またもや焦りそうになっていると、シルバーのドレスを着た佐伯先生がステージにあらわれた。

「佐伯先生と連弾をやらせていただくとは、身が引き締まる思い……それを通り越して身が痩せる想いではありますが、佐伯先生、よろしくお願いします」
「こちらこそ、お願い致します」

 今度は盛大な拍手が起き、客席に一礼してから、金子さんと佐伯先生がピアノの前にすわる。オリジナル曲とはほんのちょっとアレンジを変えたモーツァルトの連弾ソナタが流れはじめる。

 ああ、いいな、最高だ。この曲が金子さんからの俺への結婚祝い? 持つべきものは先輩だよなぁ、って気分になってくる。そこに、俺でも名前だけは知っていた、楡の木音楽学院の佐伯淑子先生の手も加わる。これ以上の曲なんてありゃしない。

 いや、佐伯先生はともかく、金子さん以上のピアニストは日本にだって何人も何人もいるだろうが、俺の気分的なものだ。今夜は最高!! と叫びたくなっていた。

 
SHIN/32歳/END







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NoTitle

ピアノの連弾かあ。
私もピアノはやってましたし、今でも趣味でやってますけど。
連弾はやったことなかったな。
する気もないし。
他人とシンクロするのが大変。
何気ない動作でぶつかりそうだし。

聞く分には迫力があっていいのですけどね。
もう私の世代で結婚式のピークは過ぎたし。
コンサートを聞きにいこうかな。
(*´ω`)

LandMさんへ

いつもありがとうございます。
連弾はむずかしそうですね。
私もピアノは習ってましたが、とてもそんなところまでは到達しませんでした。

友達の結婚式では、フルートやヴァイオリンの演奏でお祝いするひとがいて、うらやましかったものです。
演奏会やったり、楽器演奏のできる人は楽しみも多いし、聴いて楽しんでもらえていいですよね。

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