別小説

ガラスの靴56

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「ガラスの靴」

     56・本能

 スパニッシュギターの演奏が流れているのだから、スペインふうバルとでもいうのだろうか。今日は息子の胡弓がおばあちゃんに拉致されてしまったので、この店でアンヌとデートの約束をしていた。

「笙くん、ひとり?」
「……昇くん、久しぶり」

 三十代だろうから、僕よりは十くらい年上だ。年上のひとには「さん」付けするものじゃないの? と眉をひそめるむきもあるが、某ジャニーズ事務所では同い年以下は呼び捨てで、先輩だと「くん」付けで呼んでいるじゃないか。

 昔はロックバンドをやっていて、今はサラリーマン。そんな人間はよくいる。アンヌは昔からロックをやっていて、今はプロのロックヴォーカリスト。昔は似た立場だったのに、時が流れてファンとスターになってしまった、という意味でも、アンヌはしばしばロックキッズの憧れのまとになる。

 そういった意味で親しくなったらしい、アンヌの友達だ。藤堂昇くんはかなりかっこいいルックスをしていて、女性にはもてまくるというのもうなずけた。

「そっか、アンヌさんと待ち合わせなんだ」
「うん、仕事が長引いてるんじゃないかな。昇くんはひとり?」
「僕もデート、ドタキャンされちゃったよ」
「そしたら一緒に飲もうよ」

 メールも来ないから、アンヌは忙しいのだろう。こっちから何度もメールをしたら機嫌を損ねて、僕との約束をすっぽかしてよそに行ってしまいかねない奥さんだから、我慢して昇くんと暇つぶしをしていよう。

「僕はさ……結婚なんかしたくなかったんだよね」
「そう? 結婚っていいものだよ」
「笙くんみたいにお気楽な専業主夫だったらいいけど、普通の男は結婚したら大変なんだよ」

 彼は新垣笙について、アンヌから聞いているらしいが、僕は藤堂昇についてはあまり知らなかった。

「僕は主夫になりたいわけでもない。アンヌさんみたいに器の大きな、包容力のある女はめったにいない。だからさ、結婚なんかしたくないって決めてたんだ」
「気持ちはわからなくもないけどね」

 専業主婦でも風当たりは強くて、昔は当たり前だったのに、いまや非難の対象にもなっているらしい。まして主夫となると、ヒモだのニートだのと言われる。働いて一家の主人となるのも大変だ。男の人生、どうころんでもしんどいのだ。

 だけど、僕が独身だったとしたら?
 二十三歳。社会人として働いていなくてはならない。あの父と母と暮らしてうるさく言われるか、ひとり暮らしで汲々しているか。どっちにしたって僕が高給取りになれるはずもないし。

 自由はあるかもしれないが、あくせく働くのと較べれば、少々不自由な身になっているとはいえ、寛大な妻と可愛い息子を持つ主夫の僕のほうがいい。父はぶつくさ言っているが、母は息子の生活が安定し、孫をしょっちゅう預かって可愛がれるのにも大満足しているのだから、親孝行だってできているのだから。

「だけどね、恋っていきなりやってくるものなんだな」
「恋したの? 初恋じゃないでしょ」
「初恋かもしれないよ。僕は女とは数も覚えてないほどつきあったけど、愛してるなんて思ったことはないんだ。でも、温子ちゃんには……」

 この遊び人が初恋だというのは、案外本当なのかもしれない。ハルコちゃんという女性に生まれてはじめて、昇くんは本気で恋をしたのだそうだ。

「温子ちゃんとはつきあってるの?」
「彼女のほうから告白してくれたから、軽い気持ちでつきあってたんだよ。僕には女の好みってのはなくもないんだけど、そんなのどっちでもいいんだ。来るものは拒まない。女ってどんなタイプでも、どこかは可愛かったり愛しかったりするんだよ」

 そうかなぁ、ひでぇ女もいるよ、と思う僕は経験不足なのだろう。博愛主義の昇くんは、最高で八股くらいやったことがあるそうだ。なんてマメなんだ。

「温子ちゃんは決して美人ではないけど、なんていうのかな、総合的に僕とは相性がいいんだろうな。プロポーズされて、なんとこの僕が、結婚してもいいかなって気持ちになったんだ。こんな気持ちもはじめてだよ」
「へぇぇ」

 年貢の納め時って言葉もあるのだから、いいのではないだろうか。にやっとしてしまった僕に、昇くんは深刻な面持ちを向けた。

「でもなぁ、僕は今まで、本能に従いすぎてたんだよね」
「今は何股やってるの?」
「温子ちゃんとつきあうようになってから、女は整理したんだよ。他に三人ほどはいるんだけど、温子ちゃんにばれないように別れるのは可能だ。だからそれはいいんだよ」

 マメでいて別れ上手。プレイボーイの条件だとは僕も実感していたが、本気の恋をしていると言う男が他に三人もいるなんて、よく身体が保つものだ。

「ただ、養育費が……」
「あれ? 昇くんってバツ持ち?」
「いや、結婚はしてないんだけど……」
「子どもだけいるの?」
「うん」

 それで深刻な顔をしているのか。アンヌはまだ来ないし、本腰を入れて聞いてあげよう。

「ふたり」
「ふたりもいるの?」

 結婚していないのにふたりの子どもを産んだ女性って、あのほのかさんに近い性質をしているのだろうか。呆れ半分の僕に、昇くんは言った。

「真智子ちゃんって女性が産んだ子と、奈江ちゃんって女性が産んだ子なんだよね。誕生日がとても近いから同い年なんだ」
「はぁ?」
「ふたりともに、結婚はしなくていいから認知だけして、養育費は払ってって言ったんだよ。ラッキーな気もしたけど、生まれてみたら相当に大変だった」
「は、はあ……」

 ラッキー? 怪訝な顔になったらしき僕に、昇くんは言った。

「男の本能ってのは無責任に言えば、種まきだよ。いくらでも種をまいて、女が受胎する。複数の女があちこちで自分の子を産む。子孫繁栄を果たして、男は闘って果てるのさ」
「はあ……ふーん」
「そういう意味ではラッキーだろ。僕は結婚なんかしたくないけど、深く考えたら子孫は残したい。女が勝手に僕の子を産んで勝手に育てるんだよ」
「う、うー……」

 そんなの僕にはラッキーだとは思えないが、そう思える男もいるらしいとは知った。

「だけどさ、ふたりなんだよ。ふたりの女がほぼ同時に子どもを産んだ。男の子と女の子だ。真智子ちゃんと奈江ちゃんは一緒に暮らしてて、父親としての義務なんだからたまには子どもを見にこいって要求はされる。時には預かれとも言われる。赤ん坊をふたり預かってみろよ。死にそうだよ」

 うちの母は胡弓を預かるのが幸せそうだが、母は育児の経験者だからか。僕はあまり小うるさいことは言わないし、胡弓はひとりだけだから、それほど大変だとは母は思っていないように見えた。

「必ずふたり同時になんだよね。あれって復讐なんだろか」
「んんと……ちょっと待ってよ。真智子さんと奈江さんが一緒に暮らしてるって?」
「そうだよ。ひとりで子どもを育てるのはつらいけど、ふたりの女がふたりの子どもを育てるのはやってみる価値があるとかいって、僕との結婚じゃなくて、僕の子を妊娠した女性同士の同居生活を選んだんだ」

 それって……想像すると眩暈がした。

「それもいいな、ナイスな考えじゃん、って、僕も賛成してたんだよ。もっとも、反対したって彼女たちは押し通しただろうけどね。で、今の僕はそんな状況なわけ。バツはなし、ただし、子どもがふたり。養育費ふたり分。時々はベビーシッターもやる」
「そりゃ大変そう」
「だろ? 正直に打ち明けたら、温子ちゃんがそんな僕を受け入れてくれると思う?」
「思わない」

 としか、僕には返答しようがない。自業自得とはいえ、昇くんは茨の道を歩いているわけだ。
 
 世の中は広い。ほのかさんのように三人の子持ちで、彼女もバツはなし。三人の子の父親はそれぞれにちがい、一度も結婚もせず認知もしてはもらわず、ひとりで優雅に子育てしている。そんな女性もいる。
 かたや、同じ男の子どもをそれぞれに産み、ふたりの女性が同居して育てている、真智子さんと奈江さん。

 その三人の女性たちは、話が合うのか。反発し合うのか。僕にはどうなのだかわからないけれど、ほのかさんに奈江さんと真知子さんを紹介してあげたくなってきた。

つづく






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~ Comment ~

NoTitle

結婚って面倒くせ~~。
( ̄д ̄)

・・・と率直に読んでしまったじぇ。。。

普通に誰かいい感じの人と結婚適齢期が
過ぎようとしているから結婚して。
そしたら、式場を押さえないといけなくて。
今度は誰を呼ぼうか迷って。
仕事の上司の人にも考えて。
子どももつくることを考えないと・・・。
そしたら、マイホームのローンを組んで。。。
・・・。
・・・・。
・・・・・・。

その先に幸せはあるのか。
( ̄д ̄)

・・・とちょっと読んでいて。
自分に投影して考えてしまったじぇ。

LandMさんへ

コメントありがとうございます。
幸せってなんでしょうね。
簡単に言ってしまえば人それぞれの心の持ち方、かもしれません。

結婚して幸せを実感する方もいれば、結婚して本当に不幸になってしまう方もいる。
運不運もあるんじゃないでしょうか。

人間、自分の生きたいように生きていけたらいいんですけど、自分の生きたいようにって? ……わからん、だったりする場合もありますし、むずかしいですよね。
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