ショートストーリィ(しりとり小説)

136「井の中」

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しりとり小説136

「井の中」

 姪なのだから仕方ないなと思ってはいるものの、吾妻はどうやら姉の娘が好きではないらしい。二十代の若者なんてものは全般的に好きではないのだが、姪の波満は身内だからよけいに、なのだろうか。

 一年ほど前の佳日。

 特に豪華でもなくみすぼらしくもない、ごく当たり前の結婚式だ。二十代の男性部下が結婚するのだから、吾妻のいるテーブルには会社の同僚が数人、同席していた。

 新郎新婦は同い年で大学からのつきあいだそうで、友人席の参列者たちも若い。新婦の友人たちはそれなりに華やかで賑やかで若々しくて、バツイチ四十代のおじさんである吾妻などは、見ただけでも罪のような気がして視線をやらないようにしていた。

 ゲストたちがテーブルにつき、新郎新婦がキャンドルを手に登場してくる。盛大な拍手と祝福の声。吾妻も十年以上前の自分の結婚式を思い出していた。

「なぁ……」
「……おまえも気になってた?」
「うん……ちがうよな」
「他の女性たちとは……たしかに……」

 若い新郎の友人たちの席に混ぜられている吾妻は、友人というよりも上司ではある。来賓席にすわるほどの格ではないので気にしてはいないが、若者たちの会話には入っていきづらい。俺はここにいさえすればいいんだ、くらいの気分でほどほどに飲んだり食べたりしていたら、近くの男たちの会話が聞こえてきた。

 彼らは新郎の同期の友人である。吾妻とも知り合いだが、特に話すこともない。彼らがひそひそやってちらちら見ているのは新婦の友人席。隣のテーブルなのだから、若い男たちは若い女を見たいものだろう。にしても、なにがちがうのか? 吾妻もそれとなくそちらに目をやった。

 それほどに派手な式ではないが、新婦の友人たちは結婚式の華なのだから、みんな美しく着飾っている。十二人のテーブルのほとんどが二十代と思われる中には、吾妻の職場の部下もいる。そして、ただひとり小柄な中年女性がいる。吾妻には女性の年齢はにわかにはわかりづらいが、彼女のみが三十代以上なのはまちがいないようで、いささか浮いていた。

 服装も地味というか、吾妻にでもわかるほどに安っぽいのだ。スーパーマーケットに売っているような安いワンピースに、おもちゃのような造花のアクセサリーをつけている。笑いさざめいている周囲の女性たちの会話には加わらず、微笑みを浮かべてゆっくり料理を味わっているようだ。

 格別に印象に残るほどの式でもなかったので、彼女のことだけが妙に記憶にひっかかった。それでもそれはそれだけのことで、時々参列する部下の結婚式のひとつとしてだけのこととしてのはずだった。

「江藤くんの結婚式に行ったんでしょ」
「ああ。波満は呼ばれてなかったんだな」
「私は江藤くんとは友達でもないから出席してないけど、変な女がいたんだってね。噂してる子たちがいたよ」
「変な女?」

 姉の娘だから姓がちがうが、吾妻課長のコネ入社だと言う者もいると、姪の波満は腐っていた。社内では波満は吾妻とは他人の顔をしているが、夕食をおごってやると誘えばやってくる。結婚式の約一ヶ月後のある夜、叔父と姪は行きつけのレストランで食事をしていた。

「江藤くんと結婚した彼女は、会社はちがうんだよね」
「大学のときからの彼女だって聞いたよ」
「うちの会社にも、彼女のほうの友達もいるのよ」
「ああ、いたっけな」

 そういえば新婦の友人席にも、吾妻とも顔見知りの女性が二、三人いた。

「その子たちが言ってた。非常識だって」
「あのひとのことかな」
「心当たりのある女がいたの?」
「かもしれない」

 新婦の友人とはいっても、伸世という名の彼女はかなり年上だ。なんでも、アルバイト先で知り合ったとか、伸世が新婦の家庭教師だったとか、塾の先生だったとか。又聞きの噂なので、正確ではない情報もあるようだ。

 ずいぶん長いつきあいの伸世は、現在は失業中だとか、母親の介護をしていて働けないとかの噂だ。よって、経済的には窮乏している。ドレスを買う余裕もなく、お祝儀も出せないから結婚式には欠席したいと言ったのだそうだ。

 それでもいいからぜひ来てほしいと、新婦は懇願した。ええ? いいのかなぁ、気が引けるわぁ、とためらいつつも、伸世は若い友人の結婚式に参列した。

「だけど、ほんとにお祝儀を持ってこなかったらしいのね。服もチープなワンピースだったって」
「……ああ、あのひとだな」

 年配の女性はたいていが和服で、若い女性たちには華やかなドレス姿も振り袖姿もいた。チープなワンピースといえば、男たちもこそこそ言っていたあの女性しかいなかった。

「叔父さんも気がついてた? みっともなかった?」
「そんなことはないよ。感じのいい女性だった」
「叔父さんは服のこととかわかんないもんね。伸世さんは二次会には出席しなかったそうなんだけど、会場にちっちゃな花束が飾ってあって、これは伸世さんのプレゼントだって、新婦が嬉しそうにしてたらしいの。結婚式に呼ばれてごちそうも食べて、プレゼントは小さい花束とカードって非常識だって、会社の女の子たちが憤慨してたんだ」
「きみらには関係ないだろって言ってやれ」

 あれ? かばうの? と笑ってから、波満は続けた。

「だけど、お金のないひとは結婚式に参列したら駄目よ。江藤くんの親戚の女のひとにも言われたんだって。なんなの、あのみっともないおばさんは? ってさ。江藤くんだって眉をひそめてたし、江藤くんの友達も笑ってたし、恥かいたって感じみたいよ」
「新婦はそれでもいいからって来てもらったんだろ」
「それにしてもひどいもの。それで早速、新郎新婦は夫婦喧嘩したみたいだよ」
「今どきの若い者も保守的だな」
「叔父さん、なんでかばうの?」

 通常は結婚式には、きちんとした服装をしてお祝儀を持っていくか、あるいは、前もって結婚祝いを贈っておくものだろう。常識的にはそうなのかもしれないが、経済的にそれができない女性が、新婦の了解のもと、ささやかなプレゼントを携え、彼女なりのおしゃれをしてやってきたのがなにが悪い? 若い者たちがそうやって伸世を非難するのが、吾妻には腹立たしかった。

「伸世さんっていくつだって?」
「四十歳だって。四十にもなって非常識なのは、ほんとに恥ずかしいよね。四十にもなって独身で、働いてないってのもひどいものよ」
「お母さんの介護をしてるんだろ」
「そうらしいけど、ほんとかどうかわかんないし。塾の先生だの家庭教師だのやってたってのも嘘じゃない?」
「どうして?」
「そういう仕事だったら大卒でしょ。大学出ててあり得ないし」

 我が姪も保守的だなぁと、吾妻は情けなくなった。

 偶然というものは神のはからいなのかと、吾妻は考えなくもない。伸世があくまでも固辞して結婚式に欠席していたら、吾妻はプロポーズなどしなかったのだから。

「私は高卒で無職ですよ」
「そんなことはどうでもいいよ。あなたはお母さんの介護に専念するしかない立場だ。そんな女性が無職なのも、金に余裕がないのも当たり前といえば当たり前だよ。僕はそんなあなたを助けてあげたい。結婚して下さい」
「本気ですか」
「本気だよ」

 あれから約一年、伸世と偶然にも再会し、あのときの……と吾妻のほうから声をかけた。伸世は吾妻を覚えていなかったようだが、江藤くんの結婚式で、と口にすると、ああ、あのときのね、とうなずいてくれて、交際がはじまった。

 印象に残っていたエピソードのせいもあるが、伸世の外見も性格も、波満とは正反対。前の妻ともかなりちがった性格だったから、というのもあったようだ。そのせいで伸世に惹かれていった。

 徐々に突っ込んだ話もするようになり、波満から聞いた話は半分ほどが事実なのだとも知った。好きになった女を支えてやりたい、金銭的に助けてやりたいと思うのは男の本能かと思っていたが、今どきの若者は古い、などとせせら笑うのだろうか。

「僕のほうこそ、バツイチだよ。子どもはいないけど、過去はある」
「この年になって、私みたいに恋愛方面ではなんの過去もないほうが変なんじゃありません?」
「伸世さんにはほんとになにもないの?」
「あるわけないでしょ」

 もしもあの結婚式で出会っていなかったとしたら、姪の波満にあんな話を聞いていなかったとしたら、どこかで偶然に出会った伸世に、吾妻は関心を持たなかったかもしれない。なのだから、これは運命なのだと思うのだった。

「現代にも結婚式での出会いってあるんだね。いっぷう変わっているのが今ふうなのかな。で、結婚はしてくれますか」
「……私でよかったら……」

 一年前の会話を、姪は覚えているだろう。伸世と結婚することになったと話せば、波満は驚いたり呆れたりするかもしれない。常識だの条件だの、若者の狭い価値観を振りかざしていたら、俺みたいに二度も結婚するなんてできないぞ、一回もできないかもな、と姪に向かって言い放ってやりたかった。

次は「か」です。



 

 

 
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~ Comment ~

NoTitle

あけましておめでとうございますm(^0^*)m
ご挨拶に伺うのが遅くなっちゃってごめんなさいm(^^;)m
また、ゆっくりお話を読みに伺いますね~~!!
今年もよろしくお願いいたします!!!

NoTitle

結婚式ねえ。。。
男は黙って礼服さ!!
・・・というセンスの欠片もあまりない。
一張羅があるから、無難に進めていくのがいいんだよね。
変革の心が少なくなったかな。
女性は大変ですね。服選びとか目立たないようにするとか。
(・´з`・)

かじぺたさんへ

あけましておめでとうございます。
こちらこそ、ご挨拶できてなくてすみません。

私もまたブログにお邪魔しますね。
今年もなにとぞよろしくお願いします。

LandMさんへ

コメントありがとうございます。
男性は基本、礼服という決まったものがありますから、楽といえば楽ですよね。
反面、思い切りおしゃれをしたいときには不満もあるかも?
女性はまるっきり逆なんですよね。

特に若い女性は、友達の結婚式といえば……。
最近はブーケトスもよくないとか?
若いってある意味、大変ですよね。
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