ショートストーリィ(FSいろは物語)

いろはの「る」part2

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フォレストシンガーズ

いろは物語part2

「流浪の民」

 好みのタイプはこれに尽きる。都合のいい女。

 十代のころに恋はしたのかもしれないが、あんなものはガキの感覚だ。ガキすぎて発情もしなかったのだが、徐々に成長していくにつれ、恋愛感情は消えて発情だけが増大していった。俺は性欲に関しては晩熟であったらしい。

「徳永がオクテなぁ……」
「そうですよ」
「そういえばおまえと、合唱部の合宿でそんな話、したよな」
「金子さんはよくもまあそんなカビのはえたような古いことをよく覚えてますね」
「おまえも覚えてるんだろ?」

 不思議と学生時代の合宿風景は記憶にある。あのころの俺には性欲はあまりなく、かといって経験不足というわけでもなく、理屈先行の頭でっかちだった。

 気に入った女はベッドに誘いたくなる、俺の世代としてはありふれた男の俺がベッドに誘わなかった女……魅力がないからでもなくて、軽く口にしたことはあるのだが、退けられたらそれ以上は言わなかった女、喜多晴海。

 合唱部と中国語学科が同じという共通点があったから、大学で友達になった。晴海は就職し、退職し、中国に渡り、帰国し、母校の中国語講師になっている。その間に俺はプロのシンガーになった。なのだからまったく会わなかった時期もあるが、友達としては細く長く続いていた。

「ブルースシンガーのメリッサ・タッカー? 聞いたことはあるかなぁ。黒人?」
「そうだよ。川村と行くか?」
「川村くんはブルースになんか興味ないはずだよ。徳永と一緒だったら駄目なの?」
「俺がおまえと行くのか」

 先ごろ、晴海には彼氏ができたらしい。年下の草食男、川村。彼は母校の事務職員だそうだから、職場恋愛のようなものなのだろう。晴海も三十五歳、結婚しろよと言っているのだが、強がりなのかなんなのか、晴海のほうにこそ結婚願望がないらしい。

 彼氏のいる女とデートするのは仁義に反する、というような考え方は俺にもある。しかし、晴海がいいと言うのだからいいのだろう。晴海と川村は互いを束縛しない関係のようで、そこが居心地がいいとふたりともに言っていた。

 シンガー、徳永渉が所属している音楽事務所と、アメリカ人シンガーのメリッサを招聘した事務所とはつながりがあって、チケットを融通してもらえた。俺はひとりで行くつもりで、晴海も好きだったはずだから彼氏と行けばいいと思ったのだが、晴海と俺が行くことになってしまった。

「お金、いいの?」
「下らんことを言うな」
「下らなくないだろ。お金は大事だよ。徳永ってそんなに稼いでるの?」
「ますます下らん。行くぞ」

 世間では割り勘論争などというものもあるらしい。バブルの時代あたりまでは、男女で金を使うようなことをすれば男が出した。あのころの男はやたら羽振りのいいのが多かったらしい。恋人同士ならば当然、デート費用は男が出す。友達でも飲みにいったりすると男が多めに出した。

 社会人ならそれが当然だったようだが、昨今は様変わりして、ホテル代も割り勘だったりするらしい。女も楽しんでいるのだから、なんでホテル代を男だけが払わなくちゃならない? と考える男がいるのもおかしくはないが。

 それだけ世の中が世知辛くなって、みみっちい男が増殖しているわけだ。俺は人気シンガーではないが、収入は悪くはないのだから、しがない大学講師にチケット代を払わせるような野暮な真似は絶対にしないのである。

「おまえら、ホテル代って割り勘か?」
「ホテルってほとんど行かないよ」
「旅行だったら?」
「旅行もほとんど行かないけど……前にはドライブに行って、レンタカー代は彼が出した。宿泊費は私が出したな。それがどうしたの?」
「どうもしない。単なる興味だ」

 下世話な会話をかわしながら、コンサートホールに入っていく。メリッサもさほどの大スターでもないので、小さめのホールだ。それでも熱心なファンが集って、席はソールドアウトしていた。

 メディア席にすわると、あ、徳永渉、彼女かな? との声がちらほら聞こえる。外野は無視して、俺はメリッサの歌を堪能した。長身でグラマラスな中年女性シンガーは、その素晴らしく豊かな胸から素晴らしく豊かな声を出す。あれぞ巨乳だな、と俺は時々は邪念も起こしていた。

「あの、徳永渉さんですよね? いらしていただけます?」
「えと、そしたら私は……」
「お連れの方もいらしていただけたらと、メリッサから言付かっております」

 スタッフなのかなんなのか、の女性に声をかけられて、終演後に晴海とふたり、メリッサの楽屋に入っていった。晴海は中国語と英語はできる。俺も多少は英語なら話せる。通訳はいなくても意思疎通ができた。

「徳永渉さんって私も知ってはいたのよ。日本のブルースシンガーでしょう?」
「ええ、ブルースもレパートリーには入れていますよ」
「ワタルって呼んでいいかしら」
「ええ、どうぞ」
「ワタルがいらしてるって聞いて、ライヴがはじまる前にあなたのCDを聴いたの。素敵だったわ。だから会ってみたくなったのよ」
「それはどうも。あなたのライヴも素晴らしかったですよ」
「ありがとう」

 ぽっちゃりした手が俺の手を取り、甲にキスした。俺も彼女の頬にキスを返した。

「晴海? こちらは恋人?」
「学生時代からの友達です」
「あら、ほんと?」

 華やかに笑うメリッサに、晴海が言っている。友達ですよ、ずっと友達です。ほんとですよ、とムキになっていた。

「そうね。男女の間にだって友情は成立するわよね。安心したわ」
「安心、ですか」
「ええ、そう。ワタルにはシンガーとしてとっても興味があるのだけど、ハルミには人間としての興味が出てきたわ。あなたはお酒は飲める?」
「飲めますよ」
「日本人って飲めないひともよくいるって聞いたのよ。飲めるんだったら安心ね」

 実は、晴海はちょっと邪魔もしれないな、と俺は考えていた。もしもメリッサがその気になったら、一夜のおつきあいだったら大歓迎だ。が、メリッサは俺ではなく晴海にばかり話しかける。ん? これはひょっとして……?

「ねぇ、ワタル、ハルミを貸して下さる?」
「晴海は俺の所有物ではないのですから、彼女がいいのでしたらご自由に」
「そうよね。ハルミ、いいでしょう?」
「つまり、俺には帰れとおっしゃってるんですか」

 ずばっと訊いてみると、メリッサはウィンクした。晴海のほうは目をぱちくりさせ、困惑顔で俺を見る。こんなのは晴海にとっては初体験だろう。俺が目配せすると、晴海は言った。

「あの、明日は仕事ですので、すみません。私も帰ります」
「あやまってもらわなくてもいいんだけど、そう、残念ね。どうしても?」
「ええ」
「わかりました。無理強いはできないものね。ハルミ、会えて嬉しかったわ。元気でね」
「はい、メリッサも……」

 握手をかわす女同士。メリッサは俺とも握手をし、サインもしてくれた。

「あれって……」
「おまえも鈍感だな」

 外に出ると、晴海は深呼吸した。

「ぎゅーっと手を握られて、切なそうな目で見られたよ。徳永が変な目つきをしてたから、え? もしかして……まさか……? とは思ったんだけど、ほんとにそうだったの?」
「そうだったみたいだな。俺もああいうのははじめてだよ」
「うわ……」

 相手が男のシンガーで、そいつが俺をあんな目つきで見たとしたら握手もしない。無理やりされそうになったら殴ってしまいそうだ。メリッサは晴海を口説いただけで、実力行使はしなかったから助かった。メリッサは女なのだから、晴海に無体な真似をしようとしたとしても殴るわけにもいかないし。

「はぁ、びっくりした」
「アメリカでは珍しくもないみたいだけど、日本人には新鮮だよな」
「徳永、知ってたの?」
「知ってておまえを連れていったのかって? 知らねぇよ。誤解だよ」

 あわよくば俺が……と思っていたのだとは、白状しなくてもいいだろう。美女が俺ではなく、俺の連れの女を口説きたがったなんて、笑い話にしていいものかどうか、気分は複雑だった。

END









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~ Comment ~

NoTitle

お金ねえ。。。
自分で出すのが当たり前だし。
割り勘は個人的に好きではありません。
その辺は思考が似ているのかな。
ある意味男らしいのかな?
(-_-メ)

LandMさんへ

コメントありがとうございます。

昔はいいかっこうしぃの男性が多かったようで、恋人じゃなくても食事や飲み会に行くと、おごってくれたり多く払ってくれたりすることが多かったですね。
あのころは男性のほうが断然、お給料がよかったしなぁ。

今どきは夫婦だって生活費折半だったりするらしいですし、割り勘のほうがすっきりさっぱりしていいな、と私は個人的には思います。
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