ショートストーリィ(しりとり小説)

135「愚にもつかない」

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しりとり小説135

「愚にもつかない」

 親しくなってくるにつれて、自然に相談もするようになった。

「珠江ちゃんの話を聞いてると、その男は不実だとしか思えないけどな」
「彼は奥さんとはうまく行ってなくて、いつかは別れて私と一緒になるって約束してくれてるんだよ。不実な男がそんなこと、言う?」
「口でだったらなんとでも言えるだろ」

 高校時代の同級生だった三次と再会したのは、珠江の職場に出入りしている宅配便のドライバーとして、彼がやってきたからだった。

 あらぁ?! おー、久しぶり!!
 びっくりし合って、自然に親しくなった。高校時代には四十人もいるクラスメイトのひとりとして、特に意識もしていなかったのだから、二十代半ばになった今でも恋愛感情ではない。珠江にとっては、ある程度は職場の誰彼のことも知っていて、それでいて同僚ではないのだから、仕事の話がしやすいというのもあった。

 シフト勤務のドライバーと、同じくシフト勤務の業務課員。どちらの会社もほぼ二十四時間三百六十五日営業だから、休みが合うことは少ない。仕事の入っていない時間に待ち合わせて食事をしたり、勤務明けに酒を飲んだりするつきあいをしていた。

「珠江ちゃんって彼氏いないの? 彼氏がいたら俺とこうやってふたりで飲んだりはしないか」
「サンちゃんこそ、彼女はいないの?」
「いないよ」
「ふーん、私もま、いない」
「ま、いないってどういう意味だよ」
「いいから、追及しないで」

 三次と書いて「ミツグ」と読むのだが、高校時代から彼は友達にはサンちゃんと呼ばれていた。珠江のほうは姓で呼ばれていたが、親しくなれば名前で呼び合うようになる。恋愛については言葉を濁していたのも、いつしか正直に話すようになった。

「好きなひとはいるのよ」
「同じ会社のひと?」
「そうじゃなくて、倉庫の課長……」
「ったら、もしかして……」

 倉庫というのは通称で、珠江の会社の配送部門をさす。配送部門には課長は何人もいるが、珠江の相手になりそうな男性はひとりしかいない。そちらにも出入りしている三次は、即座に彼の名前を言い当てた。

「けど、広永さんって結婚してるんじゃないのか」
「……うん」
「珠江ちゃんの片想いってこと?」
「最初はそうだったんだけど……」

 配送部門に転勤してきて仕事で関わるようになった広永に、珠江はほのかな恋心を抱いた。広永は四十代なのだが、一見は三十代だ。中背でスレンダーで若々しくて、かっこいいな、素敵だな、だけど、私なんかを好きになってはくれないよね、と諦め半分で接していた。

「せっかく珠江ちゃんが来てくれたんだから、一緒に昼飯をって誘いたいところだったんだけど、弁当を持ってきちまったんだよ」
「……いつもお弁当なんですか?」
「いや、今日は息子が幼稚園の遠足だから、女房がついでに作ってくれただけ」
「ああ、そうなんですか」

 勝手に独身だと信じ込んでいた。四十代だと知ってもショックではなかったが、既婚だと知ったのは大ショックだった。用事で広永のいる部署へ出かけていっていた珠江は、肩を落として自分の職場へと戻っていったものだ。

 なのに、恋心はつのる一方で、ついに珠江は彼に告白した。

「言っても無駄なのはわかってますけど、言ってみたかっただけ、好きでした。ごめんなさい、言いたかっただけです」

 メールアドレスの交換はしていたので、一方的にメールを送って、それでおしまいにするつもりだった。

「なのにね……」
「むこうから寄ってきたってか?」
「あんなことを言われたら、珠江ちゃんが気になってたまらなくなってきたよって……」

 ただし、二度とメールはしないで、きみからもらったメールは削除したから、あれっきりにしよう。連絡は別の手段でね、と言われたのは、広永が妻の目を慮ったからだろう。三次にそんな話をするようになったころには、抜き差しならぬ関係になっていた。

「世にもありがちなできごとだね」
「そうなんだろうけど、好きなのよ」
「むこうは遊びだろ」
「それでもいいのよ」

 とは言ったものの、そんなはずはないと信じていた。珠江は一途に広永を想っているのだから、そんな珠江を受け止めてくれる広永が、軽い気持ちでつきあっているわけはないと自分に言い聞かせていた。

 あれから三年、折に触れて珠江は三次に広永のことを相談してきた。暗い顔をしていても、うきうきした気分を隠していても、三次にはじきに見抜かれてしまう。

 隠しても嬉しそうにしているのがこぼれる広永に、いいことあったの? と尋ねたらはぐらかされて、それでもしつこく訊くと、息子が私立の小学校受験に合格したんだよ、と言われたり。
 ごめん、今夜は早く帰らなくちゃ、と広永が言い、どうしてどうして? と理由を訊くと、息子が熱を出したって電話があったから、と言われたり。

「子どもは可愛いのよね。奥さんとはとっくに冷めてても、息子は可愛いから簡単に離婚はできない。その気持ちは私にもわかるの」
「珠江ちゃんは聞き分けのいい、都合のいい女だな」
「聞き分けのない女になって駄々をこねたって、仕方がないじゃないの」
「そんなときにはものわかりがよすぎると思うけど、珠江ちゃんの気持ちはわからなくもないかな」

 しみじみと三次の優しさが身に染みて、涙をこぼしたこともあった。

「お父さんとしては息子のことを深く考えてるのよ。いくら奥さんとはうまく行ってないからって、息子がいるのに簡単に離婚してしまうような男性はいや。彼は苦悩してるんだよ。私は待つの。待つって決めたの」
「そうやって若いときを無駄にして、後悔しないのか?」
「長く待ったとしても、彼といつかは結婚するんだもの」

 敢えて明るく笑って、飲もう飲もうと珠江のほうからはしゃいでみせた夜もあった。
 そうしているうちには、珠江の気持ちがだんだん変化してくる。広永との報われない恋に疲れてきたのもある。いつだって親身に話を聞いてくれて、優しく包んでくれる三次に心がかたむいては、はっ!! とし、いけないいけない、広永さんを裏切ったらいけない、おのれを諌めた夜もあった。

「今日はまた、しゅんとしてるんだな。泣いた?」
「わかる?」

 その日は広永とデートの約束があって、珠江は彼との待ち合わせ場所に急いだ。広永にしても珠江とは同業なのだから、休日も勤務時間も不定期だ。それゆえにデートの時間を捻出しにくいのもあったが、妻をごまかすためにも便利なのだった。

 待ち合わせ場所はいつも決まって、広永の知り合いが営む小さな割烹。下手な場所で会っていて知り合いに目撃されたらまずいことになる。そんなスリルも、ふたりの関係のスパイスになっているところがあった。

「お店に入ったら彼は席をはずしてて、ケータイがテーブルに置いてあったの。私は彼のケータイを覗いたことなんかないのよ。私たちは個人のメールでは連絡はしてないから、彼のケータイには興味ないってのもあった。だけど、魔が差したのかな。ケータイメールを見ちゃったんだ」

 妻、と登録した相手からのメールは、「できてたよ」。広永からの返信は「お、そうか、やった。今日は遅くなるけど、明日はお祝いしような」だった。

「そこへ広永さんが戻ってきて、堅い声で言ったの。見るなよ、そんなもん、不躾だな、って」

 これはなに? と尋ねると、息子が苦労してた工作の宿題だよ、と広永は答えた。
 ちがうよね、子どもだよね、と珠江が重ねて言うと、広永はふてくされたようにうなずいた。

「息子がひとりっ子だってのも、僕が女房とうまく行ってないって証拠だよ。子どもができるようなことはしてないんだから、ひとりっ子で当然だろ」

 いつか、広永が言った言葉が、珠江の頭の中でぐるぐる回っていた。
 店を飛び出し、珠江は三次に電話をした。幸いにも三次は非番でアパートにいた。会いたい、と珠江が小声で言うと、いいよ、なにかあったのか? うん、すぐ行くよ、と三次は応じ、本当にすぐにやってきてくれた。

「サンちゃんの言う通りだったのかもしれないね」
「そうだなぁ」
「……私の目も心も曇ってたんだね」
「だろうな」
「……別れるよ」
「そのほうがいいな」

 泣かないように努力しながら言うと、三次はにっこりしてくれた。

 あっさりと珠江のほうから別れを切り出してくれたら好都合だろうに、そうなると未練があるのか。広永は弁解ばかり並べてたやすくは珠江を解放してくれなかった。この次に三次と会うのは、綺麗に広永と別れてから。珠江はそう決めていたから、しばらくは三次にも会わずにいた。

「私ががんばって別れられたのは、サンちゃんのおかげだったんだよね」
「俺のおかげってこともないだろうけど、別れてよかったよ」

 ようやく別れられたのは、半年近く先だった。
 カタがついたら三次に告白しよう。あんなにも優しくしてくれたのは、彼だって私に好意をもっていてくれるから。私には恋人がいたから、遠慮していただけだ。珠江はそうと信じていたから、さりげなく言ってみた。

「サンちゃん、ずーっと彼女はいないまま?」
「うん、まあ、好きな女はいるんだけどね……」
「やっぱり? じゃあ、もういいよ」
「え?」
「もういいよ。告白したら? ってか、私がしてもいい?」
「意味わかんないんだけど……」

 実際、きょとんとした目で見つめられて、珠江の頭の中が真っ白になりかけた。

「あの、好きな女性って……」
「珠江ちゃんは知らない女だよ。俺は珠江ちゃんに恋愛相談する気はないから、言いたくないけどね」
「私が……私がサンちゃんの気持ちに応えてあげられなかったから、他の女性を好きになったってことかな」
「……? 意味わかんないんだけど……?」

 なおもきょとんとされて、珠江はしどろもどろになった。

「だって、サンちゃんだって私のこと、好きなんでしょ? だからああやっていつでも、優しくしてくれたんだよね。だから、だから、私は彼と別れたらサンちゃんと……」
「彼と別れたら俺とつきあうつもりだった? そりゃムシがよすぎるでしょ」
「……」

 この目ににじんでいるのは憐憫の色か。それとも……? 三次は淡々と言った。

「俺は不倫経験のある女となんかつきあう気はないよ。珠江ちゃんは友達だと思うから、愚にもつかない恋愛なんかやめろって言ったけど、その男と別れたからって俺がきみを引き受ける筋合いはないね。一般的に言って、珠江ちゃんは穢れた女だよ。自覚しろよな」


次は「い」です。








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