ショートストーリィ(FSいろは物語)

いろはの「ぬ」part2

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フォレストシンガーズ

いろはの「ぬ」

「ぬばたま」

 黒にかかる枕詞、「ぬばたま」を知ったのは中学校のときだったか。私の心は真っ黒だから、多香子の枕詞も「ぬばたま」かな、と思うようになったのは、高校生のときからだ。

「多香子ちゃん、あんたには実はお父さんがいるの」
「……そりゃいるでしょ。ん? いる、じゃなくて、いた、じゃないの?」
「いるの」
「生きてるってこと? お父さんは死んだんじゃなくて、お母さんと離婚したの?」
「離婚はしてない」
「どういう意味?」

 高校生になる前の春休みに、母が衝撃の告白をした。

 妊娠中に夫を亡くし、大きなおなかを抱えて故郷の金沢に帰ってきて、多香子を産んだ。小料理屋を営んで、商店街のおじさんやおばさんもよくしてくれたから、苦労はしても多香子をちゃんと育ててこられたのよ。

 それまではそう聞いていたのだが、真相があったらしい。

 肝心の部分はぼかされたので、買ってもらったばかりのパソコンでインターネットを駆使して調べた結果、私の父親は和菓子屋「翠月堂」の主人だと判明した。主人の名前は乾隆之助。彼のひとり息子はフォレストシンガーズのメンバー、乾隆也。

 父親よりも兄に会いたくて、東京に行った。遠縁の岩男さんが東京で美容師をしていて、フォレストシンガーズの三沢幸生さんの髪を担当させてもらっているというラッキーもあって、乾さんに会わせてもらえた。

 直接、お父さんに隆也さんが電話をかけてくれて、母が言ったのは嘘だとの結論になった。けれど、私は隆也さんの結論を信じていない。信じていないのか、信じたくないのか。

「多香子のお母さんのかおりさんは、うちの親父に恋心を抱いていたんだとは思うよ。親父は商店主たちの中心的存在でもあったんだから、かおりさんのお世話もさせてもらっただろう。心が弱っていたときに頼りになった男に気持ちを寄せる。ありそうな話だね」

 それからも幾度か隆也さんに会い、そんな話はした。

「それだけの精神的な気持ちだと思うけど、うちの母にしてみれば嬉しいことではないだろ。恋をされるのまでは止められないけど、多香子の存在は俺の母の心を乱すはずだ。そっとしておいてやってほしいんだ」
「お母さんを巻き込んだりはしないけど、隆也さんを兄さんだと思うのはやめないからね」
「やめろって、ちがうんだから」

 困り顔をしていた隆也さんは、いつしか言うようになった。

「兄貴でいいよ。半分の年齢の女の子には、兄貴だと見られてるほうが平和だと気がついたんだ」

 そんな主義に至ったのは、隆也さんがやたらに女の子にもてるせいだ。おばあさんもおばさんもお姉さんも隆也さんに惹かれるそうだが、大人ではない年齢の女の子にも、隆也さんに恋している子がいっぱいいると三沢さんからも聞いた。

 代表的なのが、十九歳の女優の卵、千鶴。同じく女優の卵、十五歳の奈々。三沢さんに言わせると、多香子も入れて隆也ラヴの三人娘なのだそうだが、私はもう未成年ではなくなった。

「兄さんは私のこと、なにか言ってた?」
「フランスに留学してるらしいとは聞いたよ」

 いっとう最初に会わせてもらったひとだから、私は三沢さんといちばん親しくしてもらっている。気さくで子どもっぽいところのある三沢さんとは、会話のテンポも合うのだった。

「多香子は年齢的には大人になったけど、嘘つき娘なのは変わってないって言ってたな」
「……子ども扱いばっかりするんだよね、兄さんは」
「多香子ちゃんは子ども扱いされたくないの?」
「されたいわけないでしょ」
「いやいや、そうでもないんだよ」

 千鶴は隆也さんに子ども扱いされるのが大好きで、叱られて泣くのが嬉しいのだそうだ。マゾじゃないの? 気持ち悪い。

「奈々ちゃんは叱られるのは大嫌いだと言ってたけど、嫌い嫌いも好きのうち的要素を感じるんだよね。おじさんのうがちすぎってやつだろうか」
「奈々が本心ではなにを考えてるのか知らないけど、あの子、車のCMに出てるんだね」
「そうそう。女優としては千鶴ちゃんよりも奈々ちゃんのほうが有名になりつつあるみたいだな」
「奈々のほうが一般的なのかな?」

 というよりも、流行のタイプなのだろうか。千鶴は小柄だが重たげな体格をしている。バストもヒップも大きくて鈍重そうに見えなくもない。奈々は背はそんなに高くもないが、ほっそりして少女らしい。日本はロリコン国だから、奈々のほうが人気者なのかもしれない。

「多香子ちゃんが嘘つきってのは、俺には意味不明なんだけどね……」
「そんなのどうでもいいのよ」

 だって、隆也さんは私を嘘つき娘だと思ってるでしょ? だから私はあなたの期待に応えてあげているの。私は自分の気持ちにも嘘をついているんだから、本当に嘘つきなんだから。

「多香子ちゃんは乾さんに叱られるのは嫌い?」
「……ってのか、叱られる筋合いないし」
「だけど、兄さんなんでしょ?」
「兄には妹を叱る権利があるわけ?」
「うー……」

 腕組みをして考え込んで、三沢さんはビールを一口飲んだ。
 ここは夕方のパブ。三沢さんは一応は有名人だが、グループの一員は個人でいると意外に注目を浴びにくいらしい。フォレストシンガーズではリーダーの本橋さんがもっとも有名。彼は大きくて目立つけれど、三沢さんは小さいから人々に埋もれてしまうのだそうだ。

「俺には妹がいるんだよ。しかもふたり。最低なんだよな」
「妹って最低なの?」
「妹にもよるよ。多香子ちゃんみたいな妹だったら楽しいのかもしれないけど、俺の妹たちは最低。ガキのころにはふたりがかりで兄貴を攻撃した。最近はむこうはふたりとも結婚して息子もいるもんだから、てめえたちのほうが目上みたいに兄貴をがみがみ叱る。おふくろが三人いるみたいでもうっ、ほんっと、最低!!」

 思わず笑ってしまった。

 本当に隆也さんが兄さんだったら……私は隆也さんとはずいぶん年も離れているから、私が叱るなんてことはないだろう。あの口うるさい隆也さんに叱られて反抗して、なんてことだったらあったかもしれない。

 そうだったらよかったのにな……ううん、よくなんかない。
 実の兄と妹だったら、恋愛関係になれないじゃないの。ううん、子どもを持たなかったら、実の兄と妹でもいいんじゃない? 結婚しなかったらいいのよ。私は隆也さんの妾でいいわ。

 現実感のない想像ばかりして、ため息をつく。彼が兄である可能性はゼロではなくて、彼と恋をする可能性もゼロではなくて。限りなくゼロに近くても、そんな可能性にすがりついて。

 奈々や千鶴や、他にも大勢いるという隆也さんに恋する女たちも、ゼロではない可能性にしがみついて彼につきまとっているんだろうか。そんな女たちを全員蹴落としてやりたい。蹴落とすってことが実現したとしても、私は彼の恋人にはなれない?

 もしも地球最後の男と女になったら、そのときやっと、隆也さんは私を抱くかもしれない。そうなったとしても拒否されたら、悪い想像までしてしまって、心のうちが真っ黒になる。あいつを想うと私は「ぬばたま」に支配されるっていうのに、どうしてこうも逃れられないのだろう。

END








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~ Comment ~

NoTitle

うわ~~><
やっぱりなんだか、この多香子も母親も、受け付けないものがあるなあ~。
乾君が気持ち悪がらずにちゃんと話をしたところはとても大人だったと思うけど。
実際リアルに想像したら、ちょっと・・・かなりしんどいかも。

でも多香子も、前向きというか、きっかけは逃しませんよね。
最初は母親の妄想に付き合わされたんだとしても、しっかり乾君に抱いてもらう妄想を抱いちゃってる。
奈々や千鶴を蹴落とすっていう気合いが・・・こわい。
やっぱりあの母親の子だなあって感じがします。
乾君の周りには、そんな子ばっかりなのか><

やっぱりあかねさんの書く女たちは怖いなあ。
私は自分が好きになれない子を中心に書くというのが出来ない性分なんですが、あかねさんはきっと、キモイなあ~と思う子をちゃんと描いていけるんですよね。それがすごい。
ああでもとにかく、乾君、気を付けて~。

limeさんへ

いつもありがとうございます。

limeさんの描かれたいやな女といえば、玉ちゃんを馬鹿にした奈津美というのがいましたね。
彼女を全面に出して、なんなら彼女の一人称で……なんてストーリィを書いてほしいと期待してしまうのですが、limeさんはそんなの描いていると気分が悪くなる、んですよね。

ものすごーくいやな読後感のお話をlimeさんが書かれたりしたら、読者のみなさまが戸惑ってしまわれるかもしれませんが、私は読んでみたいです。

私は意外に、この多香子は嫌いではないのですよ。
さすがにリアルに近くにいられると、母も娘もおつきあいしたくない。特に母のほうは好きではないですが、多香子はなぜか、嫌いにはなりません。身びいきかもしれませんね。

「乾さん、好きです。す……き」
の千鶴。

「乾さんなんか大嫌い。
でも、おいしいものをおごってくれるんだったらつきあってあげてもいいよ」
の、いまだ反抗期奈々。

このふたりに対比させるためもあって、多香子はこんな性格になったのですね。
ああ、そう考えるとやはり、リアルだとしても、私は多香子にいちばん興味あります。
ひねくれぷりが私と似ているせいかもしれませんね。

limeさんのご感想をいただいて、また多香子が書きたくなりました。

隆也はどうなんでしょうね。
あちこちの女の子にもててますし、職業柄ファンの妄想にもさらされてますから、きっと平気ですよ。
ね、乾くん?
慣れてるよねぇ←イヤミな口調で(^o^)

NoTitle

・・・地球最後の男と女か。。。
最近はそんなセンチメンタルなことを考えることもなくなったじぇ。。。
それが加齢というものか!!
(ノД`)・゜・。

うん。
昔はそんなことも考えていましたね。
この人と二人っきりになったら。。。
・・・ということも。

LandMさんへ

コメントありがとうございます。

地球最後の男と女。
あなたとそんなふうになったら……なんて、お考えになったことがあるのですね。
私は……ないです。

それって恋愛感情として、なんですよね?
情熱的に恋して、って感じなのでしょうか。
私、恋愛経験乏しいですからね。

だからこそ、いろんな恋の形を書きたがるのかもしれません。
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