ショートストーリィ(フォレストシンガーズ)

FS「Bitter Smile」

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フォレストシンガーズ

「Bitter Smile」


1・繁之

 かつて売れていた歌い手と、現在売れている歌い手の組み合わせ。我々は後者だとみなしてもらえたらしい。一度も売れたことのない歌い手……とまでは言われない立場にいられてよかった。
 大きな声では言えないが、前者の立場としてフォレストシンガーズとコラボするのは、花園レナさん。俺が小学生のころにテレビに出まくっていたアイドルなので、他の四人ももちろん知っている。レナちゃんかぁ、と幸生は嬉しそうな顔をしていた。

 フォレストシンガーズがデビューしたころには、花園レナさんは第一線は退いていた。お金持ちに見初められて結婚したのだそうだし、花園レナとは芸名なのだそうだし、現在はまったくちがう名前だそうだが、仕事のときは花園さん、レナさんと呼んで、とのことだった。

 暮らしているのが芦屋なのだそうで、北国や東国出身の人間にはピンと来ないかもしれないが、関西に近い中部地方育ちの俺は知っている。関西有数の高級住宅地だ。

「そうそう、細雪の舞台は芦屋だよな」
「うん、俺は前に芦屋のライヴハウスで弥生さんや古都さんとジョイントさせてもらっただろ。あんときに乾が細雪の話をしてたし、俺も街を歩いたからなんとなくは知ってるよ」
「芦屋ってシゲさんの好きな土地でしょ」
「ああ、鳴尾浜は近いな」
「鳴尾浜って、タイガース二軍の本拠地だっけ?」

 五人でそんな会話をかわしてから、神戸までやってきた。
 先にスタジオに入った我々は、花園レナさんをお出迎えする。乾さんはにこやかに、本橋さんは丁寧に挨拶し、やっぱもうおばさんだな、と小声で言っていた章も、でも、美人だよ、と言っていた幸生も、ほんとだよな、と同意した俺も先輩たちに倣った。

 三十代前半から半ばの俺たちは、花園レナをはじめとするアイドル全盛期に少年時代をすごした。彼女たちアイドルに会うと、あのころの甘酸っぱい思い出がよみがえる……というのもあるはずだ。俺もカントリーボーイだった二十年以上前を思い出した。

「私の歌じゃないのね。水色の恋って、私は生まれてもいないころの歌じゃない」
「昭和のヒット曲ですからね」
「私は……ま、いいわ。うーん、むずかしい」

 「水色の恋」もアイドルソングだ。アイドルの歌は易しいはずだが、主婦業に専念していて仕事はほとんどしていなかったというレナさんにはむずかしいのだろう。当方のメインヴォーカル担当となる幸生が歌ってみせた。

「さよならの言葉さえ 言えなかったの
 白雪姫みたいな心しかない私
 遠く去って行く人に 涙だけが
 ひとしずく ひとしずく 飛んで行くの

 あの人にさよならを 言わなかったの
 さよならは お別れのことばだから
 あなたの姿 あなたの声は
 いつまでも 私の想い出に」

 
2・隆也

 幸生、うますぎるよ、と章がレナさんには聞こえないように呟く。うん、たしかに、とも言えないし、ちょっと遠慮しろよ、と幸生に言うわけにもいかないのがつらいところだ。

 事前にアイドル時代の彼女の歌を聴いた限りでは、この歌には似合う甘く可愛く高い声をしていた。二十歳前後の女性が四十代になれば、声も変化する。中年女性の声で味わい深い歌を歌うひともいるが、レナさんはその域には達していないようだ。

 これだったら幸生がソロで歌うほうがいいとも思うのだが、趣旨からはずれてしまう。本橋がレナさんにアドバイスし、そんなの無理よ、と反発もされつつ、リハーサルが続いていった。

「ママぁ」
「あら、テオ。来たの?」
「堀内に送ってもらったよ。来てもよかったんでしょ」
「そうだね、帰ってもお留守番だもんね」

 ママと呼んでいるのだから、レナさんの息子なのだろう。小学生にはなっていないと思われる、上質そうな服を着た、いかにも金持ちの息子といった空気の少年だった。

「そこらで適当に遊んでなさい。おもちゃも持ってきたんでしょ」
「リュックは持ってきたよ。ひとりで遊ぶの?」
「ママはおじさんたちとお仕事だから、そこらへんの暇そうな誰かと遊べばいいわ」

 室内を見回すレナさんと視線が合わないように、スタッフたちが目をそらす。ここにいる人々だって仕事のために来ているのだから、子守りはしたくないだろう。俺はシゲに言った。

「シゲがいちばん、子どもには慣れてるんだよな」
「時間があるんだったら相手してもいいんですけどね」
「広大とは勝手のちがいそうなタイプだね」
「そのようです」

 関西に住んでいるわりには関西弁でもないのは、母親が標準語だからか。金持ちなのはまちがいないらしい父親も、関西人ではないのかもしれない。
 シゲの息子の広大はテオくんよりも二、三歳年少だ。広大はまだごく幼くて素直で可愛いが、この子はいわゆる……触れ合いもせずに先入観を持つのはよくないので、俺は彼に話しかけた。

「お名前は?」
「さっきから言ってるでしょ、テオ」
「おいくつですか」
「五歳」
「幼稚園かな」
「そうだよ」

 利発そうな彼は顔も整っている。母親似なのだろう。章と本橋は彼に話しかけようともせず、幸生が質問した。

「テオってどんな字? きみにはまだ漢字は無理かな」
「書けるよ」
「ここに書いてみて」

 そのへんにあったメモ用紙に、彼が書いた文字は「天狼星」だった。

 
3・真次郎

 DQNだとかなんだとかいう名前はよくあるから、天狼星が「テオ」でもびっくりするほどのことでもない。天の「テ」、狼の「オ」か。星は、英語にも黙字というものがあるのだから、それなのだろう。そう思っておいたほうが精神衛生にはよい。

 しかし、三文字の漢字で読みが二文字だとは、やっぱり違和感ありまくりだ。うちのメンバーたちは同意のようだが、レナさんは得意げに笑っていて、本人も言った。

「かっこいいでしょ」
「うん、かっこいいねぇ」

 苦笑いの幸生が応じ、しょうむな、と章がぼやいている。
 アルバムでコラボする相手の息子の名前がなんであっても、仕事には無関係だ。こんなところに連れてくるなよ、と内心で言ってみても、来てしまったものは仕方ない。シゲんちだったらベビーシッターを頼むはずだし、レナさんの夫はシゲとは比較にもならないほどに稼いでるはずなのに、と言ってみてもはじまらないわけで。

 誰も遊んではくれないので、テオは母親にまとわりついている。ねえねえ、遊ぼうよぉ、これ、見てよぉ、と言っては適当にあしらわれている。しばらくはテオは放っておかれて、五人でのリハーサルが続く。時間の猶予は潤沢ではないから、今日明日中にレコーディングをすませてしまう予定になっていた。

 ほったらかされているのを見ていると不憫になってきて、俺はテオを気にしていた。視線が合ったせいなのか、テオは言った。

「ねぇ、本橋くん」
「……ああ」

 父親に近いはずの年齢の男をくん付けにするとはなにごとだ。叱ってやりたいところだが、母親が知らん顔をしているのだから仕方ない。

「それから、乾くんとシゲと章と幸生、覚えたよ」
「お母さんが言ってるのを聞いて覚えたんだな。だけど、きみから見たら俺たちはおじさんなんだから……」
「レナさん、これでいいんですか」

 尋ねた乾に、なにが? と母親は応じる。これでいいのだったら、他人の俺たちにはなにも言うことはない。母親が俺たちを呼ぶそのままの呼び名で、シゲくん、幸生くん、章くん、乾くん、本橋くん、と呼び、テオは大人の気を引こうと一生懸命だった。

「私と遊ぼうか」
「えー、女と遊んでもつまんないよ」

 見かねたのか、若い女性がテオの手を取った。

「だけど、私のほうがテオくんとは年が近いよ。おっちゃんと遊ぶよりはお姉ちゃんのほうがよくない?」
「なんて名前?」
「私? お姉ちゃんでええよ。花園さん、よろしいですか」
「あなたは?」
「アルバイトの近藤と申します」
「ああ、そう。じゃ、テオ、遊んであげたら?」
「ま、いっかな」
「いいわね、そんなんでお給料がもらえるんだものね」
「あ、はい」

 遊んであげたら? のあげくはこの台詞だ。相手が若い子ならば乾が説教するのかもしれないが、花園レナでは釈迦に説法とでもいうのか、馬の耳に念仏か。意味もないようだから、俺もなにも言わない。
 不憫なのはテオよりも近藤さんなので、彼女にはなにか言うべきかと思っていたら、乾が言った。

「上の人に言われたんですか」
「いえ、私が言ってみたら、頼むよって言われたんです」
「そう。小さい子のお守りは今どきなにかと大変でしょうけど、よろしくお願いします」
「はいっ!!」

 近藤さんの目が輝き、さすが乾さん、と幸生が笑い、まったく、と章がぼやく。
 そうかそうか、他の者はなにも言わなくてもいいんだ。子守りをするガキの母親も無礼でもいいんだ。若い女は乾にこんな顔で語りかけられて微笑みかけられたらぽっとするんだ。こればっかりは俺がやっても効果はない。とうにわかっていることなのだった。


4・章

 うるさいガキはアルバイトの女の子に連れられてスタジオから出ていき、リハーサルのようなものが再開された。
 
 正直、俺だってアイドルに会うのは楽しみでなくもなかった。花園レナといえば俺が小学校のときには、バラエティ番組に出まくっていた女性だ。当時は子ども向けのお笑いと歌が合体したような番組がたくさんあって、俺も楽しみにしていた。

 今夜は親父が出張で帰ってこないから、あれが見られる、レナが出るんだよな、と思っていたのに、急遽出張が中止になったとかで親父が帰宅し、がっかりしたこともある。我が家のチャンネル権は親父にあったので、俺は楽しみにしていた番組を見せてもらえなかった。

 弟が生まれる前で、ひとりっ子だった俺の切ない想い出。
 そのころにレナはいくつだったのだろう? アイドルなんてのは年齢詐称もやっているから、二十歳をすぎていたかもしれない。すると、四十代後半だとも考えられる。

 その年のわりには若いが、巧みな化粧をしていても加齢は隠せない。いくら若作りをしても、実年齢よりは若く見えるといっても、四十代は四十代だ。美貌好みの金持ちと結婚したんだったら、アンチエイジングのあれこれもやっているのかもしれないが。

 まるで女みたいに意地悪な目で見てしまうのは、レナが想像以上に歌が下手だからもあった。幸生が歌ってみせたほうがずーっとアイドルソングみたいで、失笑するしかない。

 けど、脚は綺麗だ。年甲斐もなくミニスカートを穿いて、脚を引き締めるストッキング効果もあるのだろうが、脚線美は衰えていないと見える。これだったらおっさんには騒がれるのかな、旦那は心配かもしれないな、レナの歌を整えるのが先決で俺は暇なので、そんなことばかり考えていた。 


5・幸生

 あの子、けっこう可愛かったな。章だったらレナさんよりもあの、近藤さんのほうがいいだろ? ナンパしようとか考えてない?

 だらだら続くリハーサルに倦んできそうになって、よけいなことを言いそうになる。言えないのでよけいなことばかり考えつつも、仕事をこなしていると、ヒデさんの声が聞こえてきた。

「こちらでいいんですね」
 続いて、こんにちは、でいいのかな、と言いながら、 ヒデさんがスタジオに入ってきた。
 レナさんの歌の恰好をつけるための練習も煮詰まってきていたのもあり、乾さんがふたりを引き合わせた。

「彼は俺たちの友人で、小笠原英彦っていうんですよ。最近はフォレストシンガーズのために曲を書いたりもしてくれています。ヒデ、花園レナさんだ」
「はじめまして、お会いできまして光栄です」
「ヒデ? ああ、そう」

 若いころにアイドルとしてデビューしてすぐさま人気者になり、蝶よ花よともてはやされて、衰退する前に金持ちと結婚してマダムになった。
 そういう女性はこんなものなのか。俺たちは彼女よりはキャリアが浅くて年下で、スターってわけでもない。ましてヒデさんは一般人。レナさんから見れば下々の者なのかもしれない。

 もっとも、俺だってサラリーマン経験もなく、売れない苦労はしてきたものの、普通の社会人とはちがっていたはずだ。このまま大スターの三沢幸生になったりしたら傲慢になるかもしれないので、注意しなくちゃ。
 殊勝にもそう考えて、俺がスターに……とにやけていたのは、レナさんの歌がなかなか形にもならないからだった。

 それでもリハーサルは続く。ヒデさんが熱心に見学していると、またしてもスタジオのドアが開く。近藤さんに手を引かれたテオが戻ってきて、ちょこちょことヒデさんに近づいていく。

 そういえば、シゲさんとヒデさんはお父さんなのだ。俺の甥たちはまだ赤ん坊だが、シゲさんの息子はテオに近い年齢で、ヒデさんの子どもはもっと大きいはず。ヒデさんは我が子とは長く会ってもいないのだそうだが、彼の職場のオーナーには小学生の息子がいる。つまり、ヒデさんとシゲさんは子どもには慣れている。

「あんた、誰?」
「は? おまえこそ誰だ」
「僕、テオ」
「テオ? 日本人だよな」

 のっけからこれだ。さてさて、どうなりますか。
 はっきり言って退屈しかけていたのもあり、ヒデさんがテオをどう扱うのかが楽しみになってきて、こっちの五人は苦笑まじりに、テオとヒデさんにも注目していた。

J-BOY」に続く。







 

 
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