ショートストーリィ(花物語)

花物語2015/十二月「揺れて雪柳」

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花物語2015

十二月「揺れて雪柳」

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 双方の親の承諾も得ず、婚約したと言って娘が彼を連れてきたときの第一印象は、いくら四十過ぎて相手に不自由しているからって、こんな男と結婚しなくても、だった。

 年は娘よりも十も下。頼りなくてだらしなくて甘えん坊で、春菜の稼ぎに頼ってパート主夫にでもなろうとしているように、春待には思えてならなかった。細くて背が低くて子どもみたいで、年齢も収入も身長も精神的な強さも妻のほうがはるかに上。そんなのってアリ?

 口のききようも知らない無遠慮で不躾な男、歩乃風。こう書いて「ほのか」と読む名前までが女みたいだと反感を抱いた。
 
「ほのかさんのご両親には挨拶しないって?」
「するとうるさいですからね」
「それって春菜はあなたのご両親には気に入らない嫁だってこと?」
「年寄りは年上の女性だってだけで気に入らないんですよ。お母さんだって僕がハルちゃんより年下だから気に入らないんでしょ」
「……正直、そんなところはあったわね」

 それから幾度か、ハマはほのかと春菜と三人で食事をした。初対面のときにほのかが約束してくれた通りに、キムチ鍋をごちそうしてもらったりもした。

「だけど、僕はハルちゃんを愛してるから」
「そう。それが一番ね」

 真摯な表情で言い切ってくれたから、ハマは反対したかったのを引っ込めた。少々ひねくれ者の春菜は、愛してるって……やめてよ、と口では言うものの、実は嬉しそうだ。

 沈丁花の香りに包まれた庭ではじめて会ったほのかは、結婚式も挙げないままに春菜の夫となった。春菜の弟であるハマの長男にも一度だけ会ったのだそうだが、長男はクールな男、その妻もきわめてそっけない女なので、姉ちゃんがいいんだったらいいんじゃない? としか言わなかった。

「お母さん、明日からハルちゃんが出張なんだ。寂しいから行っていい?」
「いいわよ。なにが食べたい?」
「おでん」

 兄がふたりいる末っ子で、女の子がほしくて三人目を作ったのにまた男……おまけに出来が悪い、などと親には疎まれていたのだとほのかは言う。ハマとしては、子どもが可愛くない親なんていませんよ、と言いたいのだが、そんな親も稀にはいるようだ。

 そのせいか、ほのかはずいぶんとハマになついている。仕事人間の妻にほったらかしにされることも多いので、ひとりででもハマの家にやってくるのだった。

「スノウ、会いたかったよ、元気だったか?」
「うにゃっ」

 老猫と老人の暮らしに、ほのかが加わると途端に賑やかになる。諦めムードだったのに娘が結婚し、その夫がこんなにハマになついてくれるとは、予想外すぎていくぶん戸惑ってもいた。

「今日はカニを持ってきたんだ。お母さん、身を出してくれる?」
「いいけど、春菜はそんなことはしてくれないんでしょ?」
「ハルちゃんだったら僕がカニなんて買ったら、もったいないって怒るよ」

 お義母さん、が正しいのだろうが、ほのかが発音すると「お母さん」そのものだ。細くて小柄なほのかは声も細くて少年のようで、優しい響きを持っていた。

「お母さん、今日は泊まってもいい? 明日は休みだから掃除の手伝いでもするよ」
「ほのかさんさえいいんだったら、私はかまわないわよ」

 最大で五人家族、夫とハマと長女と長男と夫の母とが暮らしていたこともある家なのだから、部屋は余っている。ほのかはハマが久しぶりに出してきた客用の寝具で眠り、翌朝にはハマの分まで布団を干してくれた。

「この花、綺麗だねぇ。真っ白でさ」
「そうでしょう? 雪柳っていうのよ」
「ほんとに雪みたいな花だね」
「ほのかさんは花言葉って知ってる?」
「花には花言葉があるってのは聞いたことがあるけど……」

 細い指で白い花のひと群れに触れているほのかに、ハマは言った。

「あなたに似合いの花言葉だわ。愛嬌、愛らしさ、懸命、静かな思い」
「僕ってお母さんから見たらそんな感じ?」
「見た目も似てるわね、雪柳とほのかさんって」

 嬉しいな、と笑っていたほのかのそばで、猫のスノウも雪柳を見ていた。

「……ねえ、お母さん、お母さんも独身でしょ。僕と結婚しない?」
「はあっ?! 悪い冗談はやめてちょうだいね」
「そうだねぇ。悪い冗談でしかないよね。ごめんなさい。忘れて」

 正月にも息子たちは訪ねてこなかったが、娘夫婦は遊びにきてくれた。

「……なんだか怒涛のような一年だったね。スノウもそう思うでしょ」
「うにゃ?」
「この花を見ると、あのときのほのかさんを想い出してしまうのよ」

 ちょうど一年前、ほのかがここに立ち、スノウとハマも一緒に雪柳を見ていた。雪柳の花言葉はほのかにぴったりだとハマが言うと、ほのかは嬉しそうだった。

 あれからほのかが一度だけハマに電話をかけてきた。彼がおかしな冗談を口にしていたのは、本当は別に言いたいことがあったのに言えなかったから? なぜだか娘夫婦が訪ねてくるのが間遠になり、電話をしても春菜の態度が冷淡になり、ほのかにひとりで遊びにくるようにと誘っても、まったく来なくなった。

 春が過ぎ、夏も過ぎ、秋も深まってきていた時期に、ハマは春菜から電話で告げられた。

「離婚することにしたんだ」
「え? ええ? ……えええ? いったいなにが原因で?」
「他に好きなひとができたのよ」

 嗚呼、これだから年下の男なんてものは……ハマは頭を抱えたくなる。ほのかに対して呪詛の言葉を百万回もぶつけてやりたい気分だった。

「やっぱりね、そりゃあね、ほのかさんから見たらあんたはおばさんっていうのか、十も年上なんだから当たり前ってところはあるわよね。そんなの最初からわかってたんはずなんだから、許してあげるわけにはいかないの? 浮気なんでしょ? むこうが離婚したいって言ってるの?」
「……離婚したいのは私よ」
「そうなんだったら、冷静に考えてみなさいな。ほのかさんがあんたと別れてその女性と一緒になりたいとは言わないんだったら、本気じゃないからじゃない?」
「お母さん、誤解してるから」
「……浮気じゃなくて本気だって?」
「そうよ」

 たったの一年半ほどで離婚してしまうのだったら、最初から結婚なんかしなければよかったのだ。ハマとしてはそうとしか思えなかったのだが、春菜の決意は固いという。いっぺんふたりでうちに来なさい、と言ってみても、春菜は曖昧な返事しかせずに電話を切ってしまった。

 子どもでもないのだから、こうなったら母親がお節介を焼いても無駄だろう。けれど、ほのかにひとこと言ってやらないとおさまらない。あんたを見損なっていたわ、と罵ってやりたくてたまらない。数日は我慢していたのだが、ハマはとうとうほのかのケータイに電話をしてしまった。

「ああ、お母さん、聞きましたか」
「聞きましたよ」
「……僕はハルちゃんがすごく好きだったんだよね。お母さんのことも大好きだった。ハルちゃんに捨てられるんだったら、お母さんと再婚するってのもいい考えだと思ったんだけど、それは無理なんだよね」
「捨てられるって……あなたが悪いんでしょうに」
「そうだね。僕が悪かったのかな」
 
 歩きながらケータイで話しているのか、ほのかの声は揺れているようだった。

「僕はたいていはハルちゃんよりも先に帰れるから、そんなときにはごはんを作って待っていたよ。僕は稼ぎがよくないんだから、そんなふうにでもしてつくしたかった。最初はハルちゃんも喜んでくれてたんだ。仕事のできるハルちゃんとしては、お嫁さんがほしいみたいに言ってたからね。ハルちゃんが喜んでくれるのは僕の喜びでもあったんだよ」

 声が揺れているのは涙ぐんでいるせいなのか? 自分が浮気をしておいてなんと女々しい。腹が立ってきた。

「なのに、どうして……」
「どうしてなんだろ。僕じゃやっぱり、ハルちゃんにはふさわしくなかったのかな」
「春菜があなたにふさわしくないから、浮気をしたんじゃないの?」
「どっちでもいいよ。心変わりってのはどうしようもないもんだよね。ねぇ、お母さん、ほんとに僕と再婚してくれない? お母さんのおでんや鍋料理が二度と食えないってのも寂しくて……」
「なにを馬鹿言ってるの。あなたは若くて可愛い女性と再婚するために、春菜と離婚するんでしょ?」

 え? と呟いて、ほのかは絶句した。いつまでも絶句したままなので、ハマが言った。

「なんなのよ、なんとか言いなさいよ」
「そっかぁ。お母さんはそう思ってるんだ。うん、そうだったらそうでもいいよ」
「……ちがうの? ええ? まさか……」
「いいよ。どっちでもいいよ。お母さんが僕とは再婚してくれないんだったら、どっちだって同じことだもの」

 二度と聞くことはなくなるのかもしれない優しい声で、ほのかは言った。

「ありがとう、お母さん、好きだったよ」
「……ほのかさん……」

 切れた電話を長い時間見つめていたあの日。かけ直そうかと迷いもしたのだが、頭の中が混乱して考えがまとまらなかった。

「スノウ、どっちなのかしらね? 私はもう、浮気だって聞いたら男が……としか考えられなかったのよ。だから、春菜にもそう言った。春菜も誤解だって言ったよね……ほのかさんも……えええ? そしたら春菜が浮気したの? 嘘でしょう? スノウ、お願い、嘘だって言って」

 娘夫婦が離婚してしまうのならば、どっちが浮気をしたのでも同じなのかもしれない。しかし、ハマの気持ちとしては大違いだ。古い人間の感覚なのかもしれないが、ほのかが浮気をしたほうがまだしもましだと思ってしまう。娘が、妻のほうが浮気だなんて……世も末である。

「ねぇ、スノウってば……」
 
 むろん猫が口をきくはずもなく、スノウは前肢で顔を洗いはじめた。

 
END

2013年から開始しました「花物語」も、なんとかかんとか、三年目まで完結いたしました。
一年がたつのはあっという間ですね~~~溜息。

なにはともあれ、ご訪問下さって読んで下さって、ご感想まで下さるみなさまに感謝です。
来年も花物語が続けらるれるか……続けます!! と言えるかどうか、ネタがありましたら、ということで濁しておきます。

今回は「花物語2015/三月「沈丁花の香はほのか」の続編でした。
一年のしめくくりがこんなのってねぇ、でも、人生なんてこんなものさ、ふっ、なんてね。
お後がよろしいようで、とはいかなくて失礼つかまつりました。

にゃん(=^・^=)
















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~ Comment ~

NoTitle

はいはいハマさんのこと思い出しました。
そしてもう一回「沈丁花の香はほのか」を読み返して、又
ハマさんに自分を重ねて。娘の結婚に関しての思いですが。
今回の意外だけれど面白い結末に、あかねさんらしいと拍手したい気持ちです。
でも実際にはあり得ないでしょう。だからこそハマさんはこの期に及んでもまだ離婚理由を自分流に考えようとしているし、現実を
見ていないのがとても滑稽で可愛いいではありませんか。
それとも本当は気が付いているのかなあ。

一年間有難うございました。来年もいい作品読ませて下さい。

danさんへ

今年の花物語もたくさん読んでいただきまして、ハマのことも思い出してもらえてありがとうございます。
最初はハマは「ノースボール」に出てきたんですよね。

あかねさんらしい、と言っていただけるのも嬉しいです。

あり得ないとは、女性のほうが浮気して……という意味ででしょうか。
そういう意味でしたら、あり得なくはないみたいですよ。
この場合、春菜が出来心で遊んだだけだったら、ほのかは許してしまいそうにも思えますが、春菜のほうが別れたがっている。
やはり春菜にはほのかは物足りなかったのですよね。

で、ほのかとハマが再婚したら面白いんですが、それはまあいくらなんでもリアリティなさすぎですよね。

ハマは本当の理由を気づかないふりをしています。
世の中には知らないほうがいいこと、いっぱいありますよねぇ。

ではでは、来年もなにとぞ、よろしくお願いします。
danさんの素敵な純愛小説も楽しみにしています。

NoTitle

言葉足らずでした。あり得ないというのはハマさんと
ほのかの結婚です。
私の読み違い? 
私はほのかがハマさんのことを好きになってしまったのを
春菜が気付いて嫌になったと思ったのですが。
それに気付かないふりをしているハマさん。春菜の浮気なら普通すぎませんか?
 

danさんへ

お返事ありがとうございます。

もしかしてそう思われたのかな、とも感じたのですが、読解力が足りなくてすみません。

たしかに、春菜の浮気ではフツーすぎるというのはあるのですが、私の書くものはその程度にはフツーです(^o^)

ほのかのハマへの感情はもろマザコン。
恋はしていません。と申しますか、それはdanさんのおっしゃる通りで、あり得ないでしょう?
ですから、まあ、フツー路線にしておきました。

ほのかが本気でハマを好きになり、春菜がげんなりして離婚したくなった。
そういう展開に持っていくのは私の筆力では無理でしょうねぇ。
そんなのも書いてみたいですが。

NoTitle

やっぱり私の読み違いた゜った。
でもあかねさんならそう来ると思ってしまいました。
それに私マザコンか、なんて露とも思わないんだから
こうなると面白い!!という私の思いこみです。
そしてあかねさんの筆力二百%信じていますもの。
良いお年を!

danさんへ

お返事、ありがとうございます。
恐縮至極です。

danさんはマザコンという言葉はお嫌いでしょうか。
たいていの男はマザコンだと思っていますので、私も「マザコン」という言葉をあまり否定的にはとらえていないのですが、ほのかは実の母に愛されていない(少なくともほのかはそう思っています)だけに、実の母のようにハマを慕ったというところですね。

これでハマとほのかが恋仲になったりしたら、あかねさんの願望? なんて思われそうで……(^^;)

danさんのご期待に添えますよう、今後とも精進してまいります。
danさんもよいお年を。
来年もよろしくお願いします。
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