ショートストーリィ(しりとり小説)

134「マイウェディング」 

 ←FS「HERO」 →FS俳句・短歌・超ショートストーリィ2015/12
しりとり小説134

「マイウェディング」

 小太りというよりも筋肉質の中背の身体を、黒っぽいビジネススーツに包んで仕事をしている。第一印象は地味、以外には特になにもない事務員さんだと思った。

「お邪魔します。わたくし、第一地図出版の森と申します」
「はい」
「こちらは森商事さん、私の姓も森、ご縁があるんじゃないかと感じまして……」
「偶然ですよね」
「偶然ではありませんよ」

 地図を主に出版している会社の営業マンなのだから、飛び込みで訪問した会社で話の糸口をつかむのは大切だ。僕は事務員さんに名刺を渡し、あれこれ話しかけた。

「最近はスマホやパソコンで地図が検索できますから、紙の地図はいらないとおっしゃる方も増えてきているのですよ。でも、もちろん需要はあります」
「敢えて紙の地図を使うメリットってあるんですか」
「そりゃあありますよ」

 彼女も乗ってきてくれたので、森商事の受付あたりでしばらく話した。
 ビルの一室にある小さな職場だ。得意先を訪問して帰社する前に、ちょっとした時間も活用しようと飛び込んでみた会社だから、なにを作ったり売ったりしているのかは知らなかった。
 
「こうして地図を広げると、一目で全体像が見られますね。スマホの画面なんかではとうてい、これは不可能です。特にご年配の方は、地図はこういった形に限るとおっしゃいます。こうして全体を見渡し、チェックを入れたりする。それも地図の醍醐味ではないのでしょうか」
「マニアックですよね。仕事では必要ないんじゃないですか」
「そんなこともありませんよ」
「たしかに、うちなんかは若くない社員もいますから、スマホでちまちま地図を見るのはいやだと言いますね。営業活動用に地図帳を携帯している者もいます」
「そうでしょうそうでしょう」

 営業マンがいて紙の地図も使っているのだったら、売り込めるかな、と期待が生まれた。彼女も地図は嫌いではないようで、僕の持っている我が社が出版している地図を興味深げに眺めている。とはいえ、一介の事務員では我が社と取引をしようとの決定権はないだろう。

「お帰りなさい」
「ああ、社長、ただいま帰りました」

 どなたか役職の方を、と切り出そうかと考えていたら、営業マンらしい年配の男性が入ってきた。彼はたしかに、彼女を社長と呼んだ。

「できればまたいらして下さい。今日のところはこれで……」
「ああ、失礼しました。ぜひまた」

 頭を下げて引き下がり、ビルから出てから考える。彼女は名刺もくれなかったが、こんなときにはデジタル時代、ネット社会のメリットを感受しなくては。

 インターネットで詳細な地図が見られるようになって、紙の地図は大打撃を受けた。森商事の彼女も言っていた通りで、紙の地図は愛好者のマニアックな楽しみに近くなっている。まして企業では、営業マンが紙の地図をもって得意先回りをすることは激減している。

 会議のときに大きな地図を広げてなにごとかを検討する、といった場合にだって、少人数ならばパソコンででも事足りる。僕の会社は「地図出版」との名前がついているが、地図からは徐々に撤退していっていた。

 この会社を興したのは祖父だ。父も父の弟も跡を継がなかったので、孫である僕に入社して後継者になれと強く勧めたのは祖父。なのに孫を優遇していると思われたくないばかりに、僕を斜陽部である地図部門の営業マンにした。

 祖父の目が光っているのでやむなく勤務に励んではいるが、僕は後悔している。できるものならば退職したい。けれど、おいそれとは次の仕事は見つからないし。なんだかんだ文句を言っていても、社長の孫って立場は悪くはないし。

 地図の会社はデジタル時代の害をもろにこうむった形ではあるが、ネットというのは便利だ。森商事についてただちに調べられる。今どき、ホームページも作っていない会社はめったにないだろう。帰社して事務仕事を済ませ、行きつけの定食屋で夕食もすませてから帰宅すると、僕はパソコンに向かった。

「森商事……住所からしてもここだな。うん、花咲ビルだった」

 はたして、森商事のホームページは容易に見つかった。
 社長、森田照江。創始者も森田姓であり、創業年度からすると彼女の祖父であろうと思われる。僕と似た立場の女性らしいが、しかし、僕と同い年の二十九歳にして、彼女は社長だ。掲載されている社長の写真は小さいが、僕が話したあの女性にまちがいはないようだった。

 業務内容は簡単に言えば、スマホの部品を作っている部門と、その部品を売り込んでいる部門、研究開発している部門に分かれているらしい。大会社ではないが、社長のいたビルの一室は営業部といったところで、研究所や工場は別にあるらしい。

 俄然、森田照江さんに興味が出てきた。

「芳樹のおじいさんは会社の社長だけど、お父さんは普通のサラリーマン、お母さんは普通の主婦よ。人間は普通に平凡に生きるのがいちばんなの。芳樹も普通が一番よ。優等生でなくてもいい、非凡な才能なんかなくてもいい。えらい人になんかならなくてもいい。普通に学校を卒業して普通に就職して、普通に結婚してお父さんになってくれたら、お母さんはそれで満足よ」

 母の言葉通り、僕は平凡な人生を歩んできた。そこそこの大学を卒業し、祖父の会社に就職したとはいっても平凡なサラリーマンだ。会社はじり貧の一途のように思えるから、転職したいというのだって、今どきは普通のことだろう。

 次なる目標は結婚。母の望みは平凡な結婚だが、ここらでちょっとだけ、平凡ではない相手を狙ってみるのはどうだろうか。
 
 学生時代には女の子とつきあった経験もあるが、特に楽しいとも思わなかった。外見には好みのタイプってのがなくもないが、女なんてのは中身はたいてい同じようなものだ。小太りでもややがっちりでも、至極凡庸な顔立ちの地味な女でも、中身はどこにでもいる女。

 ならばこういったしっかりした会社の社長である彼女は、お値打ち品ではないのか。彼女は年収はいいはずだ。僕が彼女と結婚したあかつきには、社長の座は僕に……なんて野望はない。僕は適当に仕事をしていても、彼女の稼ぎで生活が楽なはず。それだけでラッキーではないか。

 そうと決めたら、営業活動は二の次でいい。彼女にアプローチするほうに熱意を込めて、あからさまにはならない程度に、僕はたびたび森商事に足を運んだ。

「社長、今、帰りですか」
「あら、森さん」
「僕も今、仕事が終わったところなんですよ。この後、なにかご予定でも?」
「別になにもありません」
「だったら食事、しましょうよ」

 チャンスを伺い続けて三ヶ月ばかり。ついに好機到来。森田照江さんはうなずいてくれた。
 社長、森さんと呼び合っていたのが、照江さん、芳樹さん、に変わるまでにそう時間はかからなかった。

「私って見た目はとっても平凡っていうか、平凡以下でしょ。体重が多いのって流行らないし、なにを着ても似合わないし」
「そんなことはないよ。照江さんはセンスがいいし、そういうスーツ、似合ってるよ」
「スーツっていうのか、仕事着しか似合わないのよ」
「働く女性だもの。それが一番だよ」

 スーツもたいして似合っているとも思えないが、彼女がフェミニンなワンピースやブラウスをまとっているところを想像するとげげっとなりそうなので、こっちのほうがましだという意味で褒めておいた。

「照江さんみたいにデキル女性は、結婚したいとは思ってないのかな」
「そうねぇ……私みたいなのは二十代のうちに結婚しないと、年をとればとるほど貰い手がなくなりそうにも思えるんだけど、今だって貰ってくれる相手はいないから無理かもしれないな」
「ここにいるよ」

 もうひとつチャンス到来。この機を逃してなるものか。

「ここにいます。僕は照江さんと結婚したい」
「私なんかで……?」
「あなたがいいんだよ」
「……嬉しい。ありがとうございます。はい、あなたについていきます」

 徐々に聞き出したところによると、照江さんは男と交際するのがはじめてだったようだ。収入のいい社会的な地位のある女だったら他のすべてに目をつぶる、といった男はなぜか、彼女に近寄ってこなかったらしい。

「だからね、はじめてなの」
「ああ、そうなんだ」
「男のひとって、男性経験の多い女は好きじゃないって聞いたわ。男は女のはじめての男になりたいってほんと?」
「そりゃそうだよ」

 演歌の世界じゃあるまいし、三十近くなった処女なんて気持ち悪い、としか思えないが、ややこしい過去がないのはいいことだろうと考え直しておいた。

「私と結婚できて幸せ?」
「そうだね。あなたも?」
「ええ、幸せよ」

 こんなにも、彼女は僕を信じてくれている。僕も照江さんの気持ちを尊重しよう。幸せは心の持ちようひとつなのだから。

 平凡がいちばんだと母に言い聞かされて育った僕は、会社社長で稼ぎがいい、という以外は平凡な女性と結婚して平凡な家庭を作った。母としても、我が家だって祖父は社長なのだから、嫁の実家に引け目を感じることもない、という意味で僕らの結婚に異は唱えなかった。

 節約に汲々したり、小遣いを制限されたりしないのは幸せだ。僕は女性と遊びたいとは思わない体質なので、浮気騒動が起きることもなく、日々、平和に時がすぎていく。長男と長女が生まれてからも、妻は財力にものを言わせて人を雇ったりして、家事も育児も乗り切ってくれた。

 家事や育児に協力しろと強制されないのも幸せで、金があるっていいなぁとつくづく思う。祖父の会社は規模を縮小して地図部門はなくなり、僕は史料編纂室の室長として働いている。俗にいう窓際族だが、日がな一日、古い本を読んでいられるのも幸せだった。

「失礼ですが、室長はおいくつなんですか」
「四十五ですが……?」
「……びっくり。六十近いのかと思いました」
「のほほんとしすぎたせいかな。この白髪は苦労したせいじゃなくて、のんびりしすぎたせいなんですよ」

 そんなある日、僕がひとりだけで勤務していた史料編纂室に、女性が配属されてきた。
 噂によると彼女は我が社と取引のある出版社の女性雑誌編集長だったらしいのだが、不祥事に巻き込まれたかなにかで左遷され、こんなところに島流しになったのだそうだ。もとはキャリアウーマンだったというのがよくわかる、きりっとした女性だった。

「あなたは雑誌を作っていたんだから、読書は好きでしょ」
「嫌いではありませんけど……」
「ここは天国ですよ。気長に資料を漁っていると、掘り出し物が見つかるんです。見つけた本を熟読するのが僕らの仕事。最高でしょ」
「……はぁあ……」

 ため息をつかれたが、僕の知ったことではない。
 
 読書に疲れて窓際で居眠りをしても、咎める者など皆無だ。これぞまさしく窓際族。うららかな春の陽ざしの中でまどろんでいると、デスクになにかが置かれた。

「あ、目障りでしたか」
「いえ。私は部下ですから、室長に意見をする立場ではありません」
「そうですか。ん? これは?」
「私の故郷に伝わる、海藻の佃煮です。髪が黒くなるんだそうです」
「ありがとうございます」

 いささか面食らったが、親切で言ってくれているのだろうから、瓶詰を持って帰った。

「なんなの、これ?」
「うちに女性社員が入って、そのひとがくれたんだよ」
「女性社員が入ったなんて、聞いてなかったわ」
「言ってなかったかな」

 ぬるま湯暮らしの僕とはちがって、中年女性社長は超多忙だ。夫の僕とどころか、子どもたちとの会話もほとんどない。中学生になった長男と長女は僕との触れ合いのほうが多かったためか、本の好きな欲の少ない少年少女に育った。

「海苔?」
「でもないらしいんだ。片岡さんの故郷って四国らしいんだけど、そのあたりの海で獲れる変わった海藻だそうだよ」
「片岡さんっていうのね。気持ち悪い……こんなの食べるの?」
「髪にいいらしいから、食べるよ」

 久しぶりの夫婦の会話だ。
 朝食の時間に妻がいるのが珍しい。たいていは夜が遅いので、この時刻だと妻はまだ寝ているか、昨日から帰っていないかのいずれかで、朝食は家政婦さんが作ってくれる。僕はサラリーマンだから、遅刻しないように出勤して定時に帰る。それだけが勤め。妻とは毎日すれちがいだった。

「白髪だけじゃなくて、薄くもなってきてるわね」
「うん。だから食べるよ」
「お好きにどうぞ」

 それだけの会話を済ませて、妻は食卓から離れていった。

「片岡さん、あれ、食べてますよ」
「そうなんですか。こころなしか髪が増えてきたような。髪が太くなってるように思えますよ」
「だといいですね」

 お礼を言ったのが意外だったのか、それからは片岡さんがちょくちょく、故郷の特産物を持ってきてくれるようになった。雑談の機会も頻繁になってきた。

 家に帰るとまず妻はいない。息子と娘と三人で、家政婦さんの作ってくれた夕食のテーブルを囲むひとときには親子の会話ならばする。休日には昼食を三人で食べることもあって、家政婦さんもキッチンで我々の会話を聞いていたりもした。

「片岡さんって親切なんだね」
「お父さんのこと、好きなんじゃないの?」
「片岡さんも結婚はしてるんだよ」
「なのにお父さんに親切にするの?」
「仕事仲間だからね」

 こんな果物をもらった、と言っては娘や息子も分けてやったり、例の海藻を乾燥させたものをもらったので、家政婦さんにスープにしてもらったりして、親子の会話に片岡さんが登場する頻度が増えていった。

「僕もお父さんの子だから、髪が薄くなったりするのかな」
「あり得るよね。お兄ちゃん、今からせっせと海藻を食べたほうがいいよ」
「うん。僕にもそのスープ、ちょうだい」

 禿げるともてないよぉ、などと娘が息子をからかう。息子は母に似て筋肉質中背、娘は僕に似て細身で長身だ。息子や娘がいてくれるのも幸せだった。

「家政婦さんから聞いたんですけどね……」
「なんのこと?」

 ごくたまには夜、妻が家にいることがある。そんな日にも妻とはめったに話もしないが、今夜はわざわざ妻が僕の部屋に入ってきた。

「片岡さんと仲がいいみたいね」
「たったふたりだけの仕事仲間だからね」
「気持ち悪いんだけど……」
「なにが?」
「家政婦さんの言ってるいろいろよ。あなたは家政婦さんに、片岡さんがこう言っていたからこれでこんな料理を作って、だとか、片岡さんのくれたこの食材を入れておにぎりにしたらおいしいんだってよ、とか、そんなことばかり言ってるって」

 家政婦さんと妻は仲良しだったのか。告げ口をしているとは知らなかった。

「あなたは私の忠告なんか聞かないのに……」
「あなたが僕に忠告してくれたことなんかあったかな」
「あるわよ。果物は身体にいいって言ったら、生返事していたじゃないの」

 いつの話だ。妻とそんな会話をした記憶は僕にはまったくなかった。

「なのに片岡さんの言うことだったら守るのね。他にもあるんでしょ。みんな聞いてるんだから」
「それで、あなたは僕にどうしろと?」
「気持ち悪いのよ。よその女性とそんなふうに……」
 
 嫉妬? まさか、そんな生々しい感情が妻にあるとは想像もできなかった。

「私をないがしろにして片岡さん、片岡さんって言いたいんだったら、離婚しましょうか」
「……う」
「困るでしょ。私に離婚されたらあなたは困るでしょ。もちろん子どもたちは私が連れていきます。片岡さんに嫌われるのと、私に嫌われるのと、どちらがいいのかよく考えてみて」
「……」

 ないがしろにしているのはあなたが僕を、だし、子どもたちだって僕のほうとの触れ合いがはるかに多い。子どもたちは選べる年齢なのだから、どちらについていくかと問われれば、お父さんと答えるだろうと思える。

 離婚されたら困るのか? 僕の返答は、別に、だ。
 けれど、別に片岡さんにだって嫌われたって困らない。ここで僕は妻になんと返事をすればいいのか。困りはしないよ、と言ってみたい気もするけれど、面倒くささのほうが優って黙っていた。

「そうでしょ? 離婚だなんて言いたくないけど、あなたがそんなだったら言いたくなるの。私はあなたの妻なんだから、そうなのよ。わかってるわね?」

 そうだったのか、妻はこう考えていたのか。その発見だけは得難いものだった。


次は「ぐ」です。









スポンサーサイト



【FS「HERO」】へ  【FS俳句・短歌・超ショートストーリィ2015/12】へ
  • Tag List 
  •  * |

~ Comment ~

NoTitle

確かに長らく地図を使ってないじぇ。。。
もう数年以上?
ナビが出来てからは、全く地図を使わなくなりましたね。
地図の醍醐味も忘れてしまっている頃合いでございますです。

LandMさんへ

こちらもありがとうございます。

ウォーキングをやっていますので、ちょっと前までは地図を持って出かけていました。
ところが、スマホにしてからは便利さが癖になって、ほんと、本になってる地図なんて全然見なくなりましたね。

地図はマニアックなものになりつつあるんでしょうか。
管理者のみ表示。 | 非公開コメン卜投稿可能です。

~ Trackback ~

卜ラックバックURL


この記事にトラックバックする(FC2ブログユーザー)

  • 【FS「HERO」】へ
  • 【FS俳句・短歌・超ショートストーリィ2015/12】へ