別小説

ガラスの靴55

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「ガラスの靴」

     55・横入


 酔っ払いのアンヌが連れてきた酔っぱらいたちが、我が家を占拠している。飲みにいった夫が友達を引き連れて帰ってくると怒る主婦もいるらしいが、主夫の僕は怒るなんてとんでもない。僕がアンヌに従順だからもあるが、留守番よりも大勢の人に囲まれているほうが楽しいからだ。

 一度寝るとめったなことでは起きない息子、ってのも、アンヌが真夜中にでも友達を連れてくる理由のひとつだろう。マンションは広いから近所迷惑にもならないし、少々騒いでも息子の胡弓は起きないし。

「笙、つまみが足りないよ。おまえの得意料理作って持ってこいよ」
「アンヌさんって笙くんをおまえと呼ぶんだね」
「てめえも女房をおまえって呼んでるだろうがよ」
「いや、僕は男だし……」
「あたしは女だよ、悪いのか」
「よくはないってか……」

 喧嘩をしているわけでもないが、酔っ払いアンヌがからんでいるようにも聞こえる相手は巻田くんだ。僕はアンヌの仰せに従って、得意なポテトグラタンを作る。キッチンで料理しながら、アンヌと巻田くんの会話を聞いていた。

「巻田の女房はいくつだった?」
「二十一」
「若いよなぁ。スケベ男は若い女が好きで、若かったら欠点なんかなんでも目をつぶるんだろ」
「まあ、それはあるね。うちの水那ってアンヌさんから見ても欠点だらけ?」
「若い子は太ってても可愛いけど、水那はBWHのサイズが同じだろ。ボンキュッパッじゃなくて、どす、どす、どすっ」
「そこまでじゃないけどね」

 その調子で、アンヌは巻田くんの奥さん、水那さんを無茶苦茶にこきおろす。いくらなんでもあんまりだよ、と他の誰かが言い、また別の誰かも言った。

「水那ちゃんは高校を出てアルバイトしてたときに、巻田と知り合ったんだよね。専業主婦でしょ」
「そうだよ。僕がプロポーズしたときには、仕事なんかしたくないから、巻田さんと結婚してあげるってほざいたんだ」
「家事はやってるの?」
「やらなくはないけど、文句ばっかり言ってるよ。思ったよりも僕の給料が安いとか、うちのおふくろが来て料理を教えてあげるって言った、よけいなお世話だとか」
「それはたしかによけいなお世話だ」

 笑い声の中、アンヌが言った。

「若いわりには水那って肌も綺麗じゃないんだよな。内臓が悪いんじゃないのか?」
「水那ちゃん、ナッツが好きだって言ってたよ。ナッツはちょっとだったらいいけど、食べ過ぎると塩分と脂肪分過多になるんだよね」
「暇だからナッツ食べ食べ、テレビばっか見てるんだろ」
「アンヌさんって水那ちゃんが嫌い?」
「ってか、巻田が嫌いなんだよ」

 ひでぇ、と巻田くんの声がして、みんながまたまた笑う。

 巻田くんは音楽事務所の社員で、水那ちゃんはその事務所と同じビルに入っている、アパレルメーカーでアルバイトしていた。若い子が大好きな三十男、巻田くんは水那ちゃんを見そめ、熱烈にプロポーズして結婚した。僕は水那ちゃんとは会ったことはないが、僕と似た立場の主婦なのだろう。

 ポテトグラタンができあがって運んでいったときにも、みんなは水那ちゃんの悪口で盛り上がっていた。ひでぇなあ、と言いながらも、巻田くんは情けなさそうに笑っていた。

 その夜から半年ばかりがすぎて、巻田くんが我が家にやってきた。

 小太りで背が低い。水那ちゃんはなんでこんな男と結婚したんだろ。収入だってよくもないらしいのに、水那ちゃんは若いんだから、そう急がなくてもいいのに、とも思うが、水那ちゃんってブサイクらしいから、妥協だろうか。僕は水那ちゃんを見たことがないので、憶測しかできない。

「えーと、アンヌはまだ帰ってないんだけど……」
「帰ってなくていいんだよ。きみに頼みがあるんだ」
「僕に? ま、どうぞ」

 今夜も胡弓はすでにベッドに入っている。招き入れた巻田くんはむずかしい顔をして、キッチンの椅子にどかっとすわった。

「そんなところにすわるって、ああ、そっか。僕のポテトグラタンが食べたいの? 作ってあげようか」
「グラタンなんかいらないよ。笙くん……」
「はい?」
「アンヌさんを僕に譲ってくれっ!!」

 一瞬、なにを言われているのかわからなくて、目をぱちくりさせた。

「僕の妻はあんなのだ。きみも前に聞いてたんだろ」
「あんなのって。若いんでしょ」
「若いだけの女なんだよ。僕はたしかに若い女の子が好きだから、水那の若さだけでも値打があると思って、恋は盲目状態で突っ走った。だけど、結婚してみたらあんな女……」

 どすどすどすっ、の体型で、料理は下手。小遣いくらいはバイトでもして稼げと言っても、やだぁ、それよりもセイちゃんがもっと稼いできてよ、と反抗する。巻田くんの名前は誠一だから「せいちゃん」なのだそうだ。
 家事はやってはいるけど下手。文句と不満ばかり言って、巻田くんの母や姉と喧嘩をする。まだ若いから子どもなんかいらないと言う。バイトもしないくせに浪費家で、ブランドもののバッグを無断で買ったりもする。だんだんと嫌気がさしてきたのだそうだ。

「その点、アンヌさんは若くはないけど綺麗だよな。プロポーションもいいだろ。稼ぎもいいだろ。水那は今は若いけど、いずれは年を取る。十年後、三十代の水那と四十代のアンヌさんを較べたら、アンヌさんのほうが若々しいんじゃないだろうか」
「そうかもね」
「そうだよ」

 だって、アンヌは働く女性だもの。芸能人と言ってもいい、特別な仕事の女性だもの。僕はアンヌが誇らしくて、つい先刻、巻田くんがほざいた台詞を忘れそうになっていた。

「それに、なんたってアンヌさんは稼ぎがいい。それだって長い目で見たら、生涯に水那が稼ぐ金額と、アンヌさんの収入とだったら桁がいくつちがうか。美人でかっこよくて、稼ぎがよくて……それだけそろえば、若くないのも性格がよくないのも許せるよ」
「あんたに許してもらわなくてもいいけどね」

 むっとしたので、反撃に出ることにした。

「性格がよくないってのはたしかに、そうかもしれないよ。アンヌは料理なんかできない。できないってか、する気がないだけで、したらできるのかもしれないけど、家事も育児もできないんだ。だから僕を選んだんだよ。巻田くんって専業主夫はできる?」
「いや、なにも僕が主夫をしなくても……アンヌさんが仕事を減らして……ってか、僕はアンヌさんと結婚したいとか言うんじゃなくて……」

 しどろもどろしている巻田くんに、もうひとこと言ってやった。

「それにそれに、巻田くんってこの間、アンヌにぼろっくそにけなされてたじゃん? あれだけ無茶苦茶言われて惚れたの?」
「あれだけの毒舌を吐くところも、かっこよくて潔いと思ったんだよ。水那なんか語彙が貧困だから、ケチぃだとか、ずるぅい、だとかしか言わないんだよ」
「けなされて惚れたって、変態、マゾ!!」

 語彙が貧困といえば僕もだ。これでもアンヌに教わって言葉を覚えたので、水那さんよりはましなはずだが、的確に巻田くんにぶつける罵詈は思いつかなかった。

「アンヌはあげないよ。アンヌは僕のものなんだからねっ」
「笙くんには水那のほうがつりあうだろ。水那とアンヌさんを取り換えっこしようよ」
「やだ。そしたら僕が働かないといけないじゃないか」
「働けよ。男のくせに主夫やってるなんて、それがまちがってるんだから」

 次第に論旨がずれていって、興奮して罵り合いになって、ふと気づくと背中に冷やかな空気を感じた。

「アンヌさん……」
「アンヌ、帰ってたの? お帰りなさい。聞いてた? なんとか言ってやってよぉ!!」

 いつからそこにいたのか知らないが、アンヌは罵り合いを聞いていたのだろう。巻田くんに指をつきつけた。

「アホか、てめえは。てめえは下等な男なんだから、ヨメも下等な女が似合いなんだよ。夫婦ってのは似た者同士が……あれあれ? あれっ? そうすると……」
「アンヌ、どうしたの?」
「夫婦は合わせ鏡だとかっていうよな。すると……笙とあたしは似た者同士? ……まさか、そんなこと、あるわけないだろ。あるわけないっ!!」
 
 それって……と僕も悩んでいると、アンヌは巻田くんに向かって言った。

「Disappear!!」
「アンヌ……なんて言ったの?」
「おまえは黙ってろ、笙。巻田だったらわかるだろ」
「僕にもわかるように言ってよ」

 うーー、と唸ってから、アンヌは再び言った。

「Go away!!」
「きゃあ、英語だ。かっこいい」
「うるせえんだ、笙は。おまえは黙れ!!」

 しおしおとなった巻田くんが、立ち上がってキッチンから出ていく。つまり、帰れと言ったのだろう。僕はアンヌに抱きついた。

「よかった。アンヌは僕でなきゃ駄目なんだよね」
「巻田みたいな下等な男にはよろめかないけど、上等な男にだったら乗り換えるかもしれないよ」
「そんなぁ……」
「バーカ。いいから、腹減った。メシはないのか?」
「はーい、お茶漬け、作ろうか」

 そんなの嘘だよね。僕はアンヌ一筋なんだから、アンヌだって根本ところでは笙一筋だよね。

「あのな、笙?」
「なあに?」
「おまえはあたしのものだけど、あたしはおまえのものじゃないよ」
「……僕はあなたのもの、それだけでも嬉しいよ」
「アホだな、おまえは。さっさと作れよ、お茶漬け」
「うんっ!!」

 さっき、なにやらアンヌがぶつくさ言っていたような気がするが、そう信じたら心がぱっと晴れて、幸せいっぱいになれた。

つづく








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~ Comment ~

NoTitle

温かいお茶漬けを寄り添って食べる。
それも粋ですね。なごみます。
そう言えば、最近、家族で温かいお茶漬けをたべたことがなかったなあ。。。
こういうのんびり質素なものを食べるのもいいものですね。
( 一一)

LandMさんへ

最後についた横目の絵文字は……ん?
いえ、いつもありがとうございます。(^^;)

私はお米や和食にほとんど執着のない日本人です。

そんな人間ですので、お茶漬けなんて何年も食べていません。お米のご飯もたぶん一ヶ月に一度くらいしか食べません。
パンは毎日食べておりますが。
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