ショートストーリィ(FSいろは物語)

いろはの「り」part2

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フォレストシンガーズ

いろはの「り」

「理性の"り"」

 独立精神旺盛だからだったのだと自負はしているが、相手によっては、大学出てないの? どうして? 怠け者だったんだね、貧乏だったんだね、と決めつけられることもある。

 瀬戸内海の小島という極田舎出身の春子は、岡山の高校を卒業して、親に負担をかけたくない、早く働いて自分の稼ぎで生活したい、との一心で、東京で就職することを選んだ。予備校の事務職員という仕事柄もあったのか、周囲は、大学に行かない人間なんているの? なぜ行かないの? の空気ばかりだった。

「春子ちゃんみたいにポリシーを持って、大学には行かないっていうのはいいと思うよ。そういうのを認めない人間のほうが変なんだよ」
「ポリシーってほどでもないんですけどね」

 二十一歳の年に知り合ったのは、カメラマンの小島史郎、コジマ写真スタジオの経営者でもあり、春子が勤める予備校に隣接する専門学校の写真部講師でもあった。

「僕の業界のほうには、中学中退なんて奴もいるよ。小学校もまともに行かずに、おじいさんに連れられて放浪しているうちにカメラマンになったって奴もいる。大学受験のための予備校だと、大学に行くのが当然って価値観なんだろうな」

 ひと回りも年上の小島とは親しくはなっても、恋愛関係になるとは想像もできなかった。
 
 隣接して建っている専門学校と予備校は、経営者が同じだ。関係者の交流も密で、春子も専門学校関係者とも何人も親しくなった、予備校の講師にもユニークな人材はいたが、最初に大学進学ありき、の人間が大半なので、高卒の春子にはつきあいにくいところがあった。

 自ら進んで高卒で働いているってのに、私にはコンプレックスもあるんだな、と春子は苦笑するしかない。それでも、春子に声をかけてくる男は両方にいた。

「遊び相手のつもりなのかな、私と結婚する気はないんだろうと思うのよ」
「春子ちゃんはもう結婚したいの? まだ二十一だろ」
「二十二になったわよ。今すぐっていうんでもないけど、つきあう相手とは将来は結婚したいと思うの。ね、小島さん?」
「ん?」

 出身地は瀬戸内海の島、高校は岡山だと話すと、そのあたりにはまだ行ったことがないんだ、今度の休みに案内してくれないかな、と言ったのが、同じ職場の皆本だった。彼は春子よりは四つ年上の二十六歳。高校三年生の年にはこの予備校に通っていて、国立大学に現役合格できたから就職したのだと言っていた。

「グループ旅行で?」
「いや、春子さんとふたりきりだよ」
「男性と私がふたりきり?」
「心配しなくていいよ。友達として、職場の同僚としての旅行じゃないか。女性の同僚に誘われたら、彼女と気が合えば行くだろ。俺ともそう考えて」
「うーん……」

 考えておきます、と答えてから、春子は迷っていた。その話をすると、小島は言った。

「そんなのは建前だろ。皆本って男は春子ちゃんを落としたいんだよ」
「落としたいの?」
「つきあいたいと思っているのか、寝たいだけなのかは知らないよ。なんだったら僕が見極めてあげようか」
「そこまではしてもらわなくてもいいけど……」
「春子ちゃんを好きではあるんだろうな。いくらなんでも好きでもない女の子と旅行したいとは思わないはずだよ」

 好き、の種類が問題だと春子も思ったのだが、皆本を嫌いではなかったから、旅行の誘いに乗ることにした。二泊三日の旅の宿泊先は、春子の知人ではない人がオーナーである旅館を予約した。知り合いの旅館に男と泊まって変な噂を立てられたくないからだった。

「ところがね……」
「うんうん、どうなった?」

 無事に旅行から帰ってきた春子は、小島に報告した。

「部屋は別々だったんだけど、和室なんだから広いのよ。そんなに高い旅館でもないから、大広間でふたりでごはんを食べて、別々の部屋に戻るの。一晩目は疲れたねって言い合って、早く休んだわ。夜中にやってこないかとちょっと期待してたんだけど、彼は来なかった」
「ふむふむ」

 たくさん歩いて疲れたからだと、春子も納得していた。春子自身も疲れていたから、一晩ぐっすり眠って気分爽快になった。

「ふたりで歩いていても甘いムードにはならないのよね。ほんとに友達同士の旅行って感じ。海辺でふたりきりになっても、手をつなごうとかキスしようとかって雰囲気にもならないの。今夜かな……と想像もしてたんだけど、その夜も……」

 前日と同じ旅館に泊まり、春子と皆本は別々の部屋で眠った。朝になってから、春子は皆本の部屋を訪ねた。

「やぁ、春子ちゃん、おはよう。よく眠れた?」
「眠れたわ。皆本さんも?」
「俺もよく寝たぁ!! 昨日は特に疲れてもいなかったんだけど、この部屋は居心地もいいんだよな」
「そうね。ここは私の故郷に近いから、気に入ってもらえて嬉しいな」
「うん、春子ちゃんのおかげでいい旅行をさせてもらえたよ。ありがとう。もう一泊したいぐらいだね。あ、朝飯の時間じゃない? 行こうか?」

 立ち上がる皆本に続いて春子も立ち上がり、思い切って言ってみた。

「皆本さんって……あの、私にはそういう方面の興味は……あの……」
「そういう方面?」
「女性として……」
「へっ?!」

 鳩が豆鉄砲を食らった、まさしくそんな表情になり、ややあって皆本は吹き出した。

「いやだな。言ったでしょ? 春子さんとは友達だって。俺は友達だと思ってる女の子とだったら、他の子だってふたりで旅行したよ。相手が女性だと別室にはしてもらうけど、それ以外は男友達と旅行するのとなんら変わりないよ。春子さんはちがったの?」
「ううん、そんなことはない。ちょっとだけ……いいのよ。朝ごはんを食べにいきましょ」

 その話をすると、小島も吹き出した。

「そんな男、いるんだね。僕には考えられないけど、ジェネレーションギャップかな。僕だったら春子ちゃんと旅行したら、ぜーったいに……春子ちゃん、次は僕と行く?」
「どういう意味で?」
「婚前旅行だよ」
「婚前ってことは、旅行から帰ったら結婚するの?」
「そのつもりの旅行」

 瓢箪から駒とでもいうべきか、春子が変わり者の皆本と旅行したのがきっかけのようになって、小島にプロポーズされた。

 結婚してからも小島は多忙で、カメラマンのほうが本業なのもあり、何軒も所有しているスタジオはそれぞれ別の人間が管理している。春子も一軒のスタジオをまかされて、「スタジオスプリング」と名づけてそこで働いていた。

 遠縁の子とでもいうのか。小さなころから春子が可愛がっていた同郷の少年が、春子を頼って東京に出てきた。夫も了解してくれたので、彼のためにアパートを借りてやり、スタジオスプリングの雑用係として働かせている。彼、真行寺哲司はギタリスト志望なのだが、そういった仕事にはたやすくは就けないのである。

「近頃の男って煮えきらないのが多いのよね」
「そう? 草食系とかいうんだよね。僕はそうじゃないから」
「哲司は雑食系でしょ」

 ああ、うまいこと言うね、と哲司は笑っている。最近になって知ったところによると、彼はバイセクシャルで、女よりも男のほうがより好きなのだそうだ。

「煮え切らないのと恋愛には草食だというのちがうのかもしれないけど、恋愛草食系は昔からいたのよ。小島と結婚するきっかけになったのかもしれない男性がいてね」

 あれはもう、二十年も昔の出来事だ。なつかしい気分で春子が皆本との旅行の話をすると、哲司は言い捨てた。

「春子さんに女としての魅力がなかったからじゃないの」
「そうかもしれないけどね」
「そのころから春子さんは太ってた?」
「今よりは軽かったけど、今どきだったらぼろくそに言われそうな体型だったかな」

 二十年前だとアイドルだって、今どきの若い子よりはぽっちゃりしていた。写真スタジオで芸能人の撮影風景などを見る機会もある春子としては、なんて折れそうな腕……あの子、あんなに細くて大丈夫かしら? と不安になるのである。

「僕だったら春子さんと旅行したら、喜んで食べちゃうよ」
「あのね……」
「哲司くん、きみにとっての春子は、叔母のようなものなんだろ。そうじゃないっていうんだったら考え直すよ」
「ああ、おじさん、冗談だよ」

 春子の頭越しに顔を出した史郎に、哲司は愛想よく応じる。それから、小声で呟いた。

「どっちかっていうと僕は、春子さんよりおじさんのほうがいいかなぁ。うん、でも、僕には理性はあるから、雑食ったって親戚には手は出さないよ。考え直さなくていいからね」

 十代にしてこれなのだから、哲司の将来はどうなってしまうのか。先のことなど考えたくないのが、春子の本音だ。将来といえば、皆本はどうしているのだろう。彼もありきたりの中年になって、結婚して子どもができて、娘に向かって男女交際について説教しているかもしれない。

 男女のグループで旅行? 男はオオカミなんだから、迂闊に一緒に旅行なんかするものじゃない!!
 やだ、お父さん古い!! 友達同士なんだから男女グループで旅行ぐらいするよ。

 若いころにはあんなことをしていた奴に限って、我が子への説教は保守的だったりもする。かなうものなら春子としては、その横で笑ってやりたかった。

END







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~ Comment ~

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おお!哲司くん!久しぶりだ!元気にしてたかな♪
春子さんは哲司くんの面倒みてた人だったかな……記憶が薄れている……。

男女で二人きりで旅行ってなるとちょっと考えてしまいますね(^_^;)相手の男性にもよりますが。
恋愛草食系は昔からいたんですね。最近草食系とか肉食系とかいろんな名前がついて目立つようになってますが、もともとあったんですね。

久しぶりに哲司くんのお話(というか春子さんのお話だけど)読めて嬉しかったですヽ(=´▽`=)ノまた遊びに来ます♪

たおるさんへ

コメントありがとうございます。
たおるさんに哲司と千鶴、描いてもらいましたよね。
千鶴は大人になりたがっていますが、哲司は永遠の少年でいたいそうですから、あいかわらず元気に無茶苦茶やってます。

モモ&クリも、描いてもらったイラストを使って、近いうちに新作をアップする予定です。

女性に関しては昔は肉食のほうが多数派だったと思いますけど、草食が悪いとは思えない私ですので、あっさりさっぱりさらりとした男性のほうが好みだったりします。

男性とふたりきりで旅行……は、やっぱり遠慮したいです。弟とでもいやです。
三沢幸生とだったら、行ってもいいかなぁ。
ユキ、行く?

……返事がありません。

そういえば先日、新聞記事に「本庄繁之が……」どうこうというのが載っている夢を見ました。今度は幸生と旅する夢が見たいです。

たおるさんの連載も楽しみにしていまーす。
またお暇ができましたら、イラストも描いて下さいませね。
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