ショートストーリィ(しりとり小説)

133「白髪あたま」

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しりとり小説133

「白髪あたま」

 ひと目惚れってほんとにあるんだな、と明恵は吐息をつく。心の中に烏丸雄三がどかっと住み着いて、どうあっても出ていってくれそうにない。

 同じ職場の五年先輩である烏丸雄三は、仕事もできて後輩からの人望も厚く、中肉中背で筋肉質で力持ちで、外見も中身も明恵の好みにぴったりだった。そんな男なのだから、好きになるのは当たり前。短大を卒業して会社員になったばかりの明恵には、職場に好きな男性がいるというのはむしろ励みになっていた。

 はじめて会ったときから約一年、短大時代の友達に、好きなひとはいるんだけどね……と話すと、告白しなさいよとそそのかされた。けれど、女のほうから告白するなんて……女は愛されてこそ幸せなんだから……そんなこと、できるはずないし、ともごもご応じるしかなかった。

 五年先輩ではあっても、烏丸は大卒だから七歳年上だ。明恵が二十二歳、烏丸が二十九歳。生憎、烏丸のほうは明恵にはこれっぽっちも関心がないようで、ただの子どもっぽい後輩だとしか思っていないらしい。そんならしようがないか、私は烏丸さんに好きになってもらえるほど魅力的じゃないもんね、と、告白もしないで諦めの境地に達しつつあった。

「お? フユちゃん?」
「ごめんなさい。今夜は宿直だって聞いたから、これ、さしいれ」
「そっか、ありがとう。ちょうどよかった。みんなに紹介するよ」
「え……そんな……」

 風呂敷包みを持って会社に訪ねてきた女性は何者だろうか。明恵が注目し、他のみんなも彼女を見つめている中で、烏丸が言った。

「婚約者なんです。今夜は僕が宿直だからって、弁当と魔法瓶を差し入れてくれたんですよ」
「富有子と申します。烏丸がいつもお世話になっております。お弁当はたくさんありますから、みなさんで召し上がって下さいね」

 建築関係の会社だから、社員は男性が多い。終業時間はすぎているから、帰宅した者もけっこういる。たまたま仕事があって残業していた明恵は、いやなものを見てしまった感でいっぱいになった。

 婚約者って、まだ奥さんじゃないんでしょ? なのに妻気取りで、烏丸がお世話になってます? お弁当のさしいれ? 男性社員たちも喜んじゃって、早速包みを開けている。お、うまそう、俺も俺も、僕にもちょうだい、おー、うまい、富有子さん、いい奥さんになれるね、などなどと、男どもがはしゃいでいるのが明恵には苦々しい。

 課長までが調子に乗って、式はいつ? 新婚旅行はどこに行くの? 最高にいい時期だね、幸せになれそうだね、などと言っている。部長もやってきて玉子焼きをつまみ、雄三と富有子の相性を姓名判断で占ってやろうか、なんて言っている。

 みんな、遊んでないで仕事をしろっ!! 
 怒鳴りたい気分にもなっていたが、ほぼ新米の女性社員は怒れる立場ではない。第一、残業中の時間なのだから多少は遊んでいても大目に見られる。明恵の会社はゆるやかな社風なのだ。

 苛々しながらも帰りたくはなくて、ちらちらと富有子を観察する。二十代半ばくらいか。明恵のほうが若いし、スタイルだっていい。富有子は小太りだから、身長は明恵のほうが高く、体重は明恵のほうが少ないはずだ。明恵だってあんなおにぎりや玉子焼きやエビフライくらい、簡単に作れる。

「今んところは忙しいんだけど、来月には暇になるんだよ。そしたら飲み会をやる予定なんだけど、富有子さんも来ませんか?」
「いえ、そんな……」
「いいよな、烏丸? 富有子さんとじっくり語り合いたいよ」
「我が社の社員の妻としての心得なんか、説教させてもらおうかな」

 部長と課長が提案し、みんなも賛成する。大反対っ!! と明恵は叫びたかったが、言えるわけもない。当の本人である雄三も、じゃあ、お言葉に甘えて……と応じ、富有子は頬を染めてうなずいた。

 そんな飲み会には行きたくない気持ちもあったが、行かないわけにもいかない。明恵は闘志をかきたてて参加した。明恵が所属している部には女性社員は三人しかおらず、あとのふたりはおばさんだ。若い明恵は疎外されているので親しくもない。おばさんたちはお酒は飲めないそうで、いつも飲み会には不参加だった。

 自然、女性はふたりだけ。どあつかましい女が座の中心になって、質問攻めにされている。居酒屋での飲み会だというのに、富有子は今夜も弁当を持ってきていた。

 この居酒屋は安直な店で、持ち込み禁止などとは言わない。社員たちがこぞってひいきにしているのだから、弁当箱のひとつやふたつ持ち込んだところで咎められもしない。男どもは今夜も大喜びで、うまいうまいと騒いでいた。

「富有子さん、楽しんでますか?」
「はい、おかげさまで」
「富有子さんは飲まないの?」
「私はほとんど飲めないんですけど、ちょっとだけいただきました」
「富有子さん、あのね」
「ね、ね、富有子さん」
「富有子、部長にお酌をしてあげたら?」

 どいつもこいつも、富有子さん、富有子さん、である。いい加減むしゃくしゃして席を立ち、明恵が化粧室に行くと、続いて富有子もやってきた。

「明恵さんですよね? 明恵さんとはちゃんとご挨拶もしないで失礼しました」
「別に話すこともないから、いいですよ」
「……あら、そうですか」
「話したいことはないんだけど、忠告させてもらっていいですか」
「はい」

 緊張した顔をする富有子に、明恵はまくしたてた。

「結婚してたって今どき、さしいれだなんて言ってお弁当を持ってくる奥さん、いませんよ。うちの会社は結婚している男性が大部分だけど、私が入社して以来、そんなことをしたのは富有子さんがはじめてです。まして富有子さんってまだ婚約してるだけでしょ? 婚約だけだったら破談になることもありますよね」
「は、はあ……いえ……」
「もしも破談になったりしたら、烏丸さんだって職場で困った立場になっちゃいますよ。そのへんを考えたら。あんな出過ぎた真似はしないんじゃないですか」
「いけませんでした?」
「いけないに決まってるでしょっ」

 胸の中にわだかまっていた想いがほとばしり、勢いで言ってしまった。

「富有子さんも働いてるんでしょ」
「ええ、まあ、もうじき退社しますけど、今までは会社勤めでした」
「そっちには男性、いないんですか。よその会社で男漁りなんかして……あ、ごめんなさい、言いすぎました。忘れて下さい」

 なにも富有子は男漁りをしに明恵の会社にあらわれたのではなく、どこかで烏丸と知り合って恋をして結婚すると決めたのだろう。すこしばかり酔っていた明恵の失言だった。複雑そうな顔をしている富有子をそこに残し、明恵は逃げるようにして席に戻った。

「なんかすごいこと、言われちゃった」
「ん? どうした?」
「よその会社で男漁りしてるって」
「誰が? 富有子に言ったの?」
「女性用の化粧室で会った女性よ。ひとりしかいないでしょ」

 十分にみんなに聴こえるような声で、同じく席に戻ってきた富有子が烏丸に訴えている。みんなが一斉に明恵に注目し、どうしていいやらわからなくなった明恵は立ち上がった。

「すみません、帰ります」
「ちょっと待って、明恵ちゃん……」
「いいんです、帰ります。すみませんでした」

 誰かが引き留めようとしているのを振り切って、明恵はふらふら外に出た。
 どうしよう、どうしたらいいんだろ、富有子さんに暴露されてしまって、もう会社に行けない。明日は休むにしても、そのまま辞めてしまうしかないんだろうか。

 どうにかして自宅に帰り、部屋にひきこもって布団を頭からひっかぶった。翌日は二日酔いだと称して母に職場に欠勤の電話をしてもらった。

「女の子が二日酔いで会社を休むなんて言えないから、風邪だって言っておいたわよ。課長さんはわかってらっしゃるのか、お大事に、っておっしゃってたけどね」
「うん」
「もうっ、女の子がみっともない」

 わかってらっしゃるのは別の意味だろう。母は明恵が元気がないのは二日酔いのせいだと信じて怒っていたが、真相を知ったらなんと言うのだろう。言えるはずもなかった。

 幸いにもその次の日は土曜日で、日曜日まで三日間休めた。しかし、月曜日にはもはや二日酔いの言い訳は通用しない。いつもと同じ時間に家は出たものの、どうしても会社に行く気になれず、明恵は職場近くの公園でぼんやりしていた。

「明恵ちゃん……」
「あ!!」

 昼休みになったのか、ずーっとぼんやりしている間に時間が経過して、会社員たちが昼食のために外に出てきているらしい。そんな中で明恵に声をかけたのは烏丸だった。

「そんなに気にしなくても、男が酔っぱらって暴言を吐くなんてのは、ああいう席ではよくある話なんだよ。無礼講だってことで許されるんだから、明恵ちゃんだって知らん顔で出社したらいいんだ。昼休みがすんだら一緒に行こうか」

 促されて立ち上がり、烏丸とふたりして歩き出す。歩いていると涙がぽろぽろこぼれてきた。

「婚約者の富有子さんに……あんなことを言ったのに……烏丸さんはどうして私に……」
「いや、まあ、富有子もちょっとやりすぎかなとは思ったんだ。あとで富有子が明恵ちゃんに言われたことってのを逐一報告してくれたんだけど、たしかにその通りかなって思うところもあったよ。富有子も俺にだけ言うんだったらともかく、みんなの前で大きな声で言わなくてもいいのになって……だからさ、ごめん」
「烏丸さんは悪くありません!!」

 しみいるような微笑を見せて、烏丸は続けた。

「前に富有子が会社に来たときから、苛立ってたんだろ。女性同士だとそういうことには敏感だよね。腹に据えかねてて言ってしまったんだろうと思うよ。男漁りはひどい言いぐさだけど、まあ、たいしたことでもないさ」
「怒ってないんですか」
「富有子はぷりぷりしてたけど、俺は怒ってないよ。怒る必要もないだろ」
「……烏丸さん……」

 ハンカチを取り出して、烏丸が明恵の涙を拭いてくれた。

「うまいラーメン屋があるんだよ。おごってやるからラーメン食って、一緒に会社に戻ろう。今日はこのままだと無断欠勤になるんだけど、昼すぎに来たら遅刻ですむよ。出勤途中で気分が悪くなったとでも言っておけば、課長も追及はしないからさ」
「……はい」

 やっぱり烏丸さんは好き。だけど、彼はもう他の女のもの。諦めるしかないと心に誓った明恵だったのだが。

「結局、明恵は俺が好きだったんだろ。だからあんなことを言ったんだよな。俺はあのときにはそこまでは考えなかったけど、富有子がねちねちねちねち、きみのことばかり言うようになって、明恵さんはあなたが好きなんだ、だけだったらまだしも、ほんとはつきあってたんじゃないの? とまで言う。俺としてはしつこい富有子に嫌気がさしてきたんだよな。そっかぁ、明恵は俺が好きなんだ……なんて、あの一件のおかげできみを意識するようになったんだよ」
「こういうの、怪我の功名っていうの?」
「そうかもしれないな」

 それからまた一年、なにがどうしてこうなったのか、烏丸は富有子ではなく明恵と結婚した。明恵は結婚退社をしたし、烏丸の婚約破棄も会社に損害を与えたわけでもないので、特に問題にもされなかったようだ。

 そして四十年近くがすぎた。時のたつのはまたたく間で、白髪頭になってしまった夫を見て、明恵は面妖な心持ちになる。なんでこのひとをあんなに好きだったんだろ。どこがそんなによかったんだろ。恋愛は醒めるもの、若さとは、目をつぶって生きているようなもの、そんな言葉が身につきささるようだ。

 愛し合っていたはずの烏丸と富有子の仲を裂いたのは私。罪の意識もあった。勝った、というような気分もあった。富有子があれからどうしたのかは知らなかったのだが。

「この女、覚えてるか?」
「……富有子さん?!」

 とりたてて出世するでもなかった会社を定年退職し、警備会社に再就職した夫が、経済雑誌を明恵に見せた。「女性起業家に聞く」とのシリーズ記事らしく、そこに載っていた貫録たっぷりの女性は、七十歳近くになっているはずの富有子そのひとだった。

「ええ、独身ですよ。若いころに婚約していたことがあるんですけど、よその女に横取りされちゃったんです。そのときの婚約者がどうしてるのか、最近、知ったんですけどね、しがない警備員。あんなのと結婚しないでよかったわ。当時は女は結婚したら退職するのが当たり前だったんだから、私もつまらない主婦になるしかなかったのよね。今でも太ってはいるけど、もっとだらしなーく太った醜いおばあさんになってたんじゃないかしら。横取りしてくれてありがとう、アキコさん」

 アキコになっているのは記憶ちがいか、仮名のつもりか。わざわざこんなエピソードを語るとは、明恵はまだ富有子に恨まれているのだろうか。

「いや、わからんよな。あのまま俺が富有子と結婚していたとしても、彼女はこんな女社長になっていたかもしれない。そしたら俺は定年のあとまであくせく働かなくても、富有子に贅沢させてもらえたかもしれないんだな。失敗したね」
「……あっそ」

 それはこっちの台詞よっ、と言うのはやめた。言ったところで歳月は取り返せない。ひとえに風の前の塵に同じ、なのである。

次は「ま」です。






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~ Comment ~

NoTitle

仕事とプライベートは別に。
それが私の職場では当たり前だからなあ。。。
医療関係者なるとそれが余計に。。。

( 一一)

ま、プライベートヲを仕事に持ち込むのは三流ですね。
(職種にもよるのか。。。)


\(◎o◎)/!

LandMさんへ

本当にいつもありがとうございます。

クッキングパパというまんがをごぞんじでしょうか。
連載開始がかなり昔なのもあり、博多という土地柄もあるのか、会社に社員の親が畑で獲れた作物など持って、「いつもうちの子がお世話になってます」と訪ねてきて、その作物を料理して会社で食べたり、なんてシーンがありました。

この短編も冒頭は古い時代ですが、今どきはないでしょうね、こんなこと。

昔は会社の慰安会で家族同伴もよくありましたが、今どきそんなことしたら、非難ごうごうでしょうねぇ。
うん、時代は変わった、ですよね。

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