ショートストーリィ(musician)

「精霊流し」

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「精霊流し」

 
 売れないシンガーとそのファン、父の横道トオルと母の好子の関係はそこからはじまったのだそうだ。売れない歌手ならばファンと個人的に話をする機会もある。そうしてトオルと好子は親密さを深めていった。

「お父さんが好きで好きで、お母さんは必死でアプローチしたのよ。歌手なんだし、顔だっていいんだから、売れてなくてももてるのよね。青田買いっていうんだろうか。売れない歌手に目をつけて、私が育てるんだ、みたいなファンだっていたわ。私は歌手の横道トオルというよりも、男性としての彼が好きだったのよ。私ひとりのものにしたい、彼ひとりのものになりたいって、無我夢中だったわ」

 小学生のときに母から聞いた内容も、静流はしっかり覚えていた。

 そんなにも好きな男と結婚して、可愛くてたまらない娘にも恵まれた母。静流が可愛すぎて愛しすぎたから、他の子どもはいらなかったのよ、とまで言っていた。過不足のない愛情を両親から注がれていたのだから、静流もひとりっ子の不満はなかった。

 歌手としては人気者にはなれなかったのだが、父は作曲をする。父が曲を書いた歌がヒットし、作曲家として売れっ子になったおかげで、裕福な家庭の仲間入りをした。そのおかげで母も専業主婦になれ、静流も父も主婦のいる家庭の恩恵を受けられていた。

 なのに。

「このごろお父さん、帰ってこないね」

 中学一年生の夏休み、お父さんも休暇を取るから、三人でグァムに行こうと約束していた。休みを取るためには仕事の調整をしなくてはならないのだろう。中学生ともなると静流にもそのくらいはわかるようになっていたが、それにしても帰らない日が長すぎる。不満いっぱいになって母に質問した。

「しばらくは帰れないと思うわ」
「そんなに忙しいの?」
「ええ、まあね、そうみたい。今年はグァムは無理かもしれないね」
「ええ? そんなのやだ。つまんない!!」

 駄々をこねたくなっている静流に、しようがないでしょ、と言い捨てて母は行ってしまった。
 どうも不穏な空気を感じる。お父さん、もしかしたら浮気でもしてるの? それでお母さんは怒ってるのかな? 仕事場にこもっている父には連絡がつかないだけか。それでお母さん、機嫌がよくないのかな?

 不機嫌な母には静流も近寄りがたくて、気にかけながらも遠巻きにして数日後、静流、話があるの、と母に呼ばれた。

「おかしなところから静流が知るのもいやだから、お母さんから話すわ」
「……なにかあったの?」
「お父さん、警察につかまったのよ」
「……!!」

 絶句とはこのことだ。お父さんはなにをしたの? まさか、人殺し?! 質問は浮かんでも言葉にできずにいる静流に、母は淡々と話した。

「前から疑いは持たれていたらしいんだけど、泳がされていたみたい。音楽をやってる人には多いから、警察も目をつけてるのよ。マリファナを吸っているところに踏み込まれて現行犯で逮捕されたんだって」
「マリファナ……」

 芸能人がたびたび逮捕されて話題になる、大麻というやつだ。父がそんなものをやっていたとは静流はまったく知らなかったし、母も知らなかったのだそうだ。
 しかし、静流はともかく、マリファナの現行犯で逮捕された作曲家の妻ということで、母も取り調べを受けた。母は潔白であり、父も初犯だったので執行猶予つきの判決が下った。

「静流、ごめんな、父さん、恥かしいよ。つい出来心でさ……二度としないから」
「そうよ、二度としないでね」
「うん、母さんもごめん」

 大麻や覚醒剤、その他の麻薬などで逮捕されると、格の低い芸能人だと業界から抹殺されてしまう場合もある。静流の父は売り出し中でもあり、実績を積んでいるところだったから、一年ばかりの謹慎で復帰できた。

 ところが、またしても父はマリファナパーティに参加して逮捕される。
 ドラッグのたぐいは癖になるものらしく、あの玄妙な感覚をもう一度味わいたくて……と父が涙ながらに話していたと報道された。

 家宅捜索が行われると聞いて、静流は母とともにマンションを出て避難した。

 二度目は執行猶予はつかず、実刑判決。マリファナをやった芸能人には警察は特にきびしい。世間の風当たりも強く、母は宣言した。

「離婚するわ。このマンションからも引っ越します。静流だってあの横道トオルの娘だってことで、うしろ指をさされるかもしれないんだもの。離婚して苗字を変えて、引っ越して別の静流になるのよ」
「お母さん、お父さんを棄てるの?」
「あそこまで愚かだとは思わなかった。一度だけなら過ちですむけど、二度目はもう許せない。離婚するから。あのひとはもう静流のお父さんでもないのよ」
「そんなの……」

 そのときの感情は、まぎれもなく、母が憎い!! だった。
 愛し合って結婚したはずなのに。母のほうが父を大好きになって、結婚してほしいと迫ってきたのだとは父にも聞いている。父は嬉しそうに、母さんを選んでよかったよ、と言っていた。

 たしかに父は愚かかもしれないが、人を殺したり泥棒したりしたのではない。マリファナなんて国によっては合法なのだから、ちょっとしたらいたずら程度だ。そんなもので刑務所だなんて、静流は警察を恨みたくなっていた。

「どうもね、大麻の売買にも関わっていたらしいのよ。お父さんははめられたなんて言ってるけど、警察は信用してなくて、証拠もあったみたいで、そのせいで実刑なのよ」
「お母さんも信用しないの?」
「売買に関わっていたのかどうかは私にはわからないけど、前のマンションだって家宅捜索されて、なにか出てきたのかもしれない。もう無理よ。私はあのひととはやっていけない」
「私は……」

 できるものならば父を待っていてあげたい。けれど、母についていくしか静流には道はなかった。たったの十四歳、中学二年生にすぎなかった静流は、私が大人だったらなぁ、と歯がみしたい思いの中にいた。

「横道トオル、カムバック賞受賞。「絆」がヒット!!」

 反抗期も手伝って母に反発し続けて十年近く、静流は二十一歳でミュージシャンと結婚した。それからまた十年、静流が三十歳をすぎた年に、父の名前が世間に出てきた。

 母への反抗心から、父に連絡を取ろうとしたこともある。携帯電話も普及してきていたから、娘だと名乗って父の所属事務所に電話をかければ、あるいは、つないでくれたかもしれない。少なくとも無視はされなかったと静流は思う。家出をして父を頼ろうかと想像したこともあるが、実行はしなかった。

 一時的には人口にのぼらなくなっていても、マリファナ程度だと復活する芸能人も多い。父もマリファナ騒ぎを忘れられたころにはカムバックして、ほら、あの横道トオルだよ、と言われはしたものの、むしろその知名度がよいほうに作用したらしい。それからはシンガーソングライターとして地味に活躍していると、夫と父の関わりもあって静流も知っていた。

「健太さんとお父さん、会ったことはないの?」
「あるかもしれないけど、私は有名人じゃないんだし、万が一あいつと会っても、私の話はしないでって健太には言ってあるから大丈夫だよ。健太の口からあいつの話は聞いたことがないしね」
「そう……」

 そんなに早く結婚しなくても、と母が言い、私はあんたみたいにはらないから、と静流が言い返し、静流は健太との結婚を押し通した。結婚して娘のありあが生まれると、母に頼りたい気分も出てくる。母も孫には相好を崩していたから、静流の反抗期はなし崩しに影を潜めていった。

「長崎市精霊流しのゆうべ開催のお知らせ」

 葉書が届いたのは、父と離れ離れになってから二十五年目の夏。あれからは一切、父とは連絡を取っていなかったのだが、葉書に記載されていたゲストの名前は、横道トオルだった。

 夫がミュージシャンだったのだから、やはり父とはどこかでつながっていて、静流の住所を知られていたのか。それとも、単なる偶然か。父は長崎出身だし、細々ながらシンガーソングライターとしては名も売れているので、故郷のイベントにゲスト出演するのは不思議でもなかった。

「ありあ、行く?」
「しょうろうながし?」
「そうよ。お盆には川に灯篭を流して、亡くなったひとを偲ぶ風習があるの。各地にあるんだけど、長崎では精霊流しっていうんだよ。ありあが行くんだったら教えてあげる」
「行きたいな。でも、なにを教えてくれるの?」

 ちょうど、娘は父と母が離婚したときの静流の年齢になっていた。

「この横道トオルってシンガーソングライター、ありあのおじいちゃんなのよ」
「知ってるよ。パパに聞いてた。ママは言ってほしくないみたいだから秘密だって、指切りしてたの」
「なんだ、そっか」

 娘を連れて長崎に行き、イベントで父の歌を聴いた。シンガーとしての父の大ファンだった母、そこからはじまったふたりの恋愛の末に静流が生まれたというのに、母は父と別れてからは父の歌を聴こうとしなかった。静流も変な意地を張っていたので、ラジオから流れてきたら消してしまっていた。

 だから、父の歌を聴くのも二十五年ぶりになるのか。七十代に近くなった父は枯れた風貌になっていて、ステージで「精霊流し」を歌っていた。

「去年のあなたの想い出がテープレコーダーから流れています
 あなたのためにお友達も集まってくれました」

 この歌の「あなた」は主人公の恋人だ。昔々にヒットしたというこの歌は、父の故郷にゆかりがある。父も大好きだったようで、幼いころには静流もよく聴かされた。ありあははじめて聴いたのか、静流に尋ねた。

「おばあちゃんのこと?」
「それもあるのかなぁ。彼のオリジナルではないんだけどね」

 孫と娘がここであなたの歌を聴いてるって、知ってる、お父さん?

「あのころあなたがつまびいたギターを私が弾いてみました
 いつの間にさびついた糸でくすり指を切りました」

 大勢の聴衆がいる。去年、亡くなった母も空の上から見下ろしているのだろうか。父は母の訃報を聞いたのか知らないのか、やはり連絡もしてこなかったが、この歌を選んだのは偶然ではない、このイベントに静流を招いたのも父の意志だと静流は考えたかった。

「静流さん?」
「あ、あら、お久しぶりです」
「ありあちゃんも久しぶり。大きくなったね」

 人ごみの中に夫の友人がいた。ありあもにこっとして彼に会釈する。
 俺はありあって名前にしたいんだ、亜璃亜、いいだろ? 音楽用語だしさ、静流のおなかの中の子どもが女の子だとわかった際に、夫が言った。

「そんな名前、やめようよ。ヤンキーみたいだよ」
「ヤンキーとはなんだよ。ミュージシャンの俺の子なんだから、アリアっていいじゃないか。それともなにか? その子は俺の子じゃないわけ?」

 むかっとして返事もしないでいたら、夫は友人に相談したらしい。ありあって響きはいいから、カタカナかひらがなにすれば? と助言してくれたのが今、静流の前に立っている彼だ。静流もひらがなならばと譲歩した。

「静流さんも来てたんだね。俺はトオルさんの前に歌ったシンガーのバックバンドでギターを弾いてたんだよ」
「そうなんだ。ごめん、聴いてなかったわ」
「静流さんはトオルさんの歌だけ聴きにきたの?」
「そうでもないんだけどね」
「健太からは聞いてたよ。俺、トオルさんとも話したことはあるよ」

 夫とは仕事仲間でもある彼と、すこし人ごみから離れて話した。

「静流さんはお母さんのこと、つめたいって怒ったらしいね。だけど、トオルさんは言ってた。ああやって好子がつき離してくれたから、俺はがんばれたのかもな。好子と静流がそばにいたら甘えてしまっていたかもしれないよ。好子は二度と会ってくれないかもしれないけど、静流には会いたいな、そう聞いたよ」
「……じゃあ、会いにいったほうがいいのかな」
「いいんじゃない?」

 やはり、偶然ではなかったということか。父の控室がどこにあるのか、教えてくれる夫の友人に向かってうなずく静流の耳に、父の歌声が届いてくる。

「約束通りにあなたの嫌いな涙は見せずにすごしましょう
 そして黙って舟のあとをついていきましょう
 
 人ごみの中を縫うように静かに時間が通りすぎます
 あなたと私の人生をかばうみたいに」

 視点が娘としてのものに固定されてしまっていたけど、私も結婚して母になり、夫と離婚するかもしれない今になると、亡くなった母の気持ちもわかってきたみたい。母とは私も二度と会えないけど、あなたとは会えるんだね。私の苦労話、聞いてくれる、お父さん?

 END







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~ Comment ~

NoTitle

芸能人は確かに大麻とかの絡みがおおいですよね。
ノリピー・・・の前からか。

芸能人だとその辺の流通が盛んになるのかな?
…その辺の機序は分からないですけど。

何にしても。
違法は違法。
それは罪改めるしかないけど。。。

LandMさんへ

いつもありがとうございます。
たぶんきっと、あのAのつく名前の方も、ほとぼりが冷めたらカムバックするんじゃないでしょうか。

芸能人の麻薬には警察はきびしいですが、業界は甘い気がします。もっとも、大物に限る、のでしょうけど。

私はマリファナごとき、たいしたことではないと思っているのですが、自分で経験したわけではありませんので、たいしたことなのかどうか、本当の本当のところはわかっていません。
まあ、日本人としては日本の法律は守らなくちゃいけませんけどね。

NoTitle

久し振りにここにやって来ました。
長い時間の流れの中で親子関係も形を変えて行くのですね。
私なら夫を見捨てない...と思ったり、二度は絶対駄目...と
納得したり。
父母が離婚した時の自分と同い年になった娘と一緒に愛して
止まなかった父の「精霊流し」を聴く静流の心情が、素直に
心に染みました。
さだまさしの澄んだ歌声と、川面に揺れる精霊舟の灯りが見え
たような気がしてきました。

なんか得した気持ちです。有難うございましたる

danさんへ

とても嬉しいコメント、ありがとうございます。

私が好子の立場だったらどうするかなぁ。
夫がシンガーでマリファナやって……なんて、現実的には想像しにくいのですが、子どものためにならないんだったら離婚しそうに思えます。

昔はさだまさし、けっこう好きだったのですよ。
昔のほうがよかったな。
彼は近頃大物になりすぎましたね。
いまだコンサートのチケットはなかなか買えないほどだそうで、すごいなぁ、と、そんな感覚になってしまいます。

そうそう、思い出しました。
「関白宣言」でさだまさしが嫌いになり、それからもっと嫌いになり、だったのです。
「精霊流し」の歌は嫌いではありませんで、あるとき聴いていて、小説にしたくなったのでした。
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