ショートストーリィ(フォレストシンガーズ)

FS「電話のむこう」

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フォレストシンガーズ

「電話のむこう」

 キューバ音楽を流して筋トレをしていた。
 このリズム、ちょっと合わないかな、軽快な音楽と換えようかと思ってオーディオのところに行こうとすると、別のメロディが鳴り響いた。

 ケータイの着メロだ。電話の設定は最近気に入っているイギリスのヴォーカルグループの持ち歌。彼らの曲は日本では着メロにはされていないので、そういうことには長けている先輩が作ってくれた。

 自分で着メロを作れるなんて、すごいよなぁ。学生時代から尊敬していた先輩への尊敬の念が、この着メロを聴くたびに深まっていく。それはそれとして、こんな時間に誰だろう? ケータイの表示は電話番号で、俺はなんの気なしに電話に出た。

「はい。どなた?」
 電話のむこうはしんとしている。いたずら電話かと思って切ろうとしたら、ひそやかな声が聞こえてきた。

「……泣いてる? なにかありましたか? どなたですか」
 耳を澄ませばたしかに泣き声だ。女性がすすり泣いている。俺は静かな声で問いかけた。

「あなたは僕の知っているひとですか? ケータイのアドレスには登録していないんですけど、僕の電話番号を知ってるんだったら、知人なのかもしれませんね。お名前は?」

 すぐには返答がないのは、泣いているのだったら致し方ないのかもしれない。泣かないで、お名前を教えて、と幾度か言うと、小声が聞こえた。

「ナホ」
「ナホさん? 知り合いにはいないけど……」

 芸能界というところに生息している身ではあるので、単なる知り合いだったらいくらでもいる。ナホという名の女性には何人か思い当たるが、電話番号を知られているほどの親しいひとはいないという意味だ。

「あたしの名前はナホだけど、あんたが誰だっていいの。優しい声だよね。そんな声の男と話がしたくて、あてずっぽうに電話したんだ」
「いたずら?」
 
 それとも、もっと悪辣な電話か。けれど、彼女の声にはまちがいなく涙が忍び込んでいるから、無下に切り捨てる気にはなれなかった。

「俺は甘ちゃんなんだよ。泣いてる女性をほっぽって電話を切るなんてことはできないな」
「ふーん……嘘泣きかもしれないとは思わないの?」
「嘘の涙声は電話のほうがわかりやすいものだよ」
「そうかな?」

 むろん、彼女は俺を知らない。隆也とだけ名乗った。

「よかったらあなたの話を聞かせてもらいたいな。涙は止まった?」
「うん、ちょっと待ってね」

 なにをしているのかは知らないが、まさか、変なサイトにつないで俺のケータイから金を搾取しようとしているのでは……そんなことが可能なのかどうかもわからないのに、ちらっとそうも考えた。

 が、そんなふうには考えまい。
 ごそごそしているような気配が伝わってくる。俺は彼女が再び話し出すのを待っていた。

「あ、ブエナビスタだね」
「この音楽? ブエナビスタ・ソシアル・クラブ。知ってるんだね」
「知ってるよ。そのバンドのおじいさん、死んだでしょ」
「ずいぶんと長生きだったんだよね」

 流していた音楽から糸がほぐれていって、彼女は言った。

「隆也さん、家出したいって思ったこと、ある?」
「ガキのころにだったらあるよ。俺は祖母に育てられたんだけど、小学生くらいの俺から見ると鬼ババアでね、悪さをして蔵に入れられて、泣いたりすると悔しいから、歯を食いしばって考えていた」

 ここから出してもらったら、荷物をまとめて家から出ていってやる、と考えたことは事実、ある。蔵から出してもらって祖母に詫びて、わかればいいんだよ、と頭を撫でてもらったら悔しさも激減したから、実行に移しはしなかったが。

 子どものころの話をする俺の声に聞き入っているナホは、高校生くらいなのだろうか。きゃははと笑う声は幼くて、家出という話題も大人ではないと思えた。

「今泣いたカラスがもう笑った」
「なに、それ?」
「今どきは言わないのかな。うちの鬼ババァが言ってたよ」
「それっていつの時代?」
「俺がガキのころだから……」

 実際には二十数年前だが、嘘をついてみた。

「五十年ほど前かな」
「ええ? 隆也さんってそんなお爺さん?」
「爺さんじゃないでしょ。中年のオヤジだよ」
「嘘だぁ。お兄さんだよ」

 自らお兄さんだと言うには面映ゆい年齢ではあるので、笑ってごまかしておいた。

「ナホちゃんは家出したいの?」
「そうなんだ。うちの親ってわからず屋なんだもん」
「ジェネレーションギャップかな。親はわからず屋なものだよ」
「隆也さんにも子どもがいるの?」
「子どもはいないけど親だったらいるよ」
「そりゃそうじゃん」

 両親とは喧嘩もしたことはないよ、と言うと、ナホはうらやましがるのだろうか。わからず屋の親に腹を立てて家出したいと思うのは、若い子だったら健康的だ。若かったころの俺は両親のかわりに祖母と喧嘩をしたから、同じようなものだったのだろう。

「高校生は男の子とつきあったらダメだって言うんだよ」
「告白でもされた?」
「されてないし、好きな男の子だったらいるけど、片想いなんだ。なのにね、男の子から来た年賀状を見て、お父さんが言うの。こいつは誰だ、ナホはまだ男とつきあうのは早い、って怒るの。お母さんも、つきあうんだったら家に連れてきなさいって言うんだよ」

 ふむふむと相槌を打ちながら、俺は笑わないように努力していた。

「気が早いんだよね。それもあるけど、年賀状であんなことを言われたら、ほんとに彼氏ができたらどうすりゃいいの?」
「そうだねぇ」
「あんな親がいたら、ナホ、彼氏ができないよ」
「そんなことは……」

「隆也さん、笑ってる」
「笑ってないよ」
「さっき、隆也さん、言ったじゃん。電話のほうが嘘泣きはわかるって。声が笑ってるのも電話だとわかるんだよ」
「……お見それしました」

「なんなの、それ? 隆也さんってほんとにお爺さん?」
「いえ、中年のオヤジですよ」

 三十代は高校生から見れば中年だろう。俺は中年じゃない、と反発したがる心の声を抑え込んで、俺は言った。

「だけど、家出すると……」
「わかってるよ。お金がないから学校にも行けなくて、好きな男の子とも会えなくなるし、家出はできないの。だからさ、こんな話、友達でもない誰かにしたかったの。話をしたらちょっとすっきりするもん」
「すっきりした?」
「うん、ちょっとだけね。ねぇ……隆也さんの声って……」

 数秒の間のあとに、彼女は言った。

「誰かの声に似てるって思ってたの。隆也って……フォレストシンガーズの乾隆也? そんなはずないよね。あり得なーい」

 涙などはすっかり引っ込んだようで、ナホはけらけらと笑い声を立てる。ここで、そうだよ、と答えたら、彼女はどんな反応を示すのか。フォレストシンガーズに乾隆也という男がいると知ってくれていることにだけでも、お礼を言いたくなった。

「高校生は寝る時間だね。ナホちゃん、おやすみ」
「ああ、もうこんな時間なんだ。隆也さんって歌、うまい?」
「うまいつもりだよ。フォレストシンガーズの歌、歌おうか」
「うんうん、歌ってっ!!」

 リクエストにお応えして、俺が作詞作曲した「GOOD NIGHT SWEETLADY」を歌う。シングルカットはしていないこの曲を、ナホは知っていた。

「きゃあ、その歌、フォレストシンガーズのアルバムで聴いたよ。そっくり、うまーい」
「ありがとう」
「お礼を言うって変なの。じゃあね、乾さん、おやすみなさい」
「はい、おやすみなさい」

「隆也さん、なり切ってるね。ま、いっか。じゃあねっ」
「おやすみ、ありがとう」

 電話はむこうから切れた。
 泣き声がはしゃいだ声に変わって、これで彼女は安眠できるだろうか。俺もこのひとときで、安らかに眠れそうだった。

 もしも彼女が今の着信履歴を残しておいて、またもや電話をしてきたとしたら……なんてことも、考えないようにしよう。

END




 

 
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