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小説387(歌の森2)

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フォレストシンガーズストーリィ387

「歌の森2」

1・戸蔵一世

 みずき霧笛氏脚本のドラマ「歌の森」。フォレストシンガーズの学生時代をメインとして描いた深夜ドラマだ。みずきさんがフォレストシンガーズと親しいのもあり、歌を愛する若者たちは世の中に大勢いるのだから共感を抱いてもらえるだろうとの意図で、テレビ局が取り上げた。

 リーダー、本橋真次郎・三村真次郎
 サブリーダー・乾隆也・石川諭
 縁の下の力持ち・本庄繁之・琢磨士朗
 ジョーク担当・三沢幸生・川端としゆき
 ロック担当・木村章・VIVI

 元メンバー・小川清・戸蔵一世
 後のマネージャー・山田美江子・阿久津ユカ

 オーディションで選ばれたキャストが長丁場の撮影に挑む。深夜枠なのもあって、半年間放映されるのである。
 撮影も進んできて、人間ドラマが繰り広げられている。俺は本名の小笠原英彦を仮名にした元メンバーの役なので、他の六人とはいくぶん立ち位置が異なる。そのせいもあり、年齢もやや離れているのもあって傍観者的な立場でもあった。


2・川端としゆき

 最年少の僕はみそっかす扱いされることもよくある。

「としくん、受験勉強はしてるのかい? 上の大学に進めるからって安穏としていてはいけないよ。勉強は大切だ。学問を習得していない人間は薄っぺらになるんだよ。だから俺はきみにも進学を進めるんだ。きみは他の奴らとはちがって、成長の余地があるからね。遊んでないで早く帰って勉強しなさい」

 顔を合わせると説教したがる石川さん。

「大学に行ってみるのは悪くはないね。勉強もいいけど人間関係が広がるじゃない? だけど、無理して卒業する必要もないんだよ。中退したっていいんだからさ」

 自分も中退しているのだそうで、中退のススメを説くユカさん。

「おまえとメシになんか行きたくないよ。年下はお断りだ。なんの義理でおごらなくちゃなんないんだよ」

 おごってほしいなんて言ってないのに、ひとりで怒っている琢磨さん。

「ガキはいいねぇ。悩みなんてないんだろ。おまえはいいうちの坊ちゃんなんだから、役者としては駄目でも潰しもきくよな。そんな奴には俺に気持ちはわからないんだよ」

 すみません、わかりません、としか答えようのない三村さん。

「おー、とし、おいでおいで」

 逃げようとする僕をつかまえて、頭を抱え込んでぐりぐりやって笑っているイッセイさん。
 そんな共演者たちの中で唯一、VIVIだけは僕と遊んでくれる。石川さんとVIVIは二十一歳だから僕とは三歳しかちがわないのだが、石川さんはカンペキ上から目線で、VIVIは同じ目線で話もしてくれるのだった。

「おまえはクラシックが好きってのは気に入らないな。ロックを教えてやるから行こう」
「えー、ロック?」
「いいから来いよ」

ビジュアル系ロックバンド「ブラッディプリンセス」のヴォーカリストだから、VIVIにはロック友達がたくさんいる。三村さんもロックが好きで、ユカさんや他の共演者とブラッディプリンセスのライヴにも行ったようだ。僕は怖そうなので行きたくなかったのだが、未成年でも入れるという店に連れていかれた。

 木村章さんはもとロックヴォーカリストだから、VIVIは適役だ。小柄で骨っぽくて声が高くて歌がうまくて顔が綺麗。ふたりには共通点も多い。僕は僕が演じている三沢幸生さんになら可愛がってもらっているが、木村さんは怖いのであまり近づかない。おまえは臆病者だな、木村さんは怖くはないぜ、あいつは単なる小心者なんだよ、とVIVIは言うが、本当なのだろうか。

 連れていかれた店はロッカーたちの溜まり場、魔窟のようだ。ブラッディプリンセスはVIVIに人気が出てバンド自体も売れてきているようだから、VIVIに声がかかる。僕はVIVIの隣で小さくなっていた。

「……未成年だっけ?」
「そうだよぉーん、なっちゃん、まだ十七歳だもん」
「サバ読んでんじゃないの? ほんとの年は?」
「十七歳だってば」

 誰かに呼ばれてVIVIが立っていってしまったのでぼけっとしていると、近くの席の会話が聞こえてきた。

「十七歳だったら酒は飲めないだろ。最近は未成年の飲酒にはきびしいじゃないか」
「どっち道、写真撮られたら駄目だから飲まないの」
「どっち道っていうと……」
「もう、うるさいね。黙れ!!」

 長身の男の顔を押しのけ、ふくれっ面をしている女の子……ハルナツデュオのなっちゃんじゃないか。彼女といちゃついている男にも見覚えはあるが、誰だっけ?

「うん? ほんと? だろ? だからさ……」
「んんっと……うん、だけどさ……」
「……うんうん、だからさ……」
「……えとえと、でもさ」

 くっついて内緒話をしているので、僕には断片的にしか聞こえない。なっちゃんの危機だ。あいつの毒牙から救ってあげなくては。けれど、僕はどうしたらいいんだろ。うろたえて見回すと目が合って、VIVIが席に戻ってきた。

「僕の妹が……」
「妹? ああ、ハルちゃんだっけ? なっちゃん?」
「なっちゃんだって自分で言ってたから、なっちゃんみたい。ハルちゃんはいないみたいだね。男は知ってる?」
「レイラのレイだよ。希代の遊び人とその名も高いレイ」

 ますます大変じゃないか。助けてあげなくちゃ。

 三沢幸生には妹がふたりいて、雅美と輝美という。ドラマでは幸生は大学生ひとり暮らしなのだが、妹たちもたまには登場する。その雅美と輝美の役がアイドルのハルナツデュオで、ハルミとナツミは双生児だ。なのだから、彼女たちは僕の妹同然。遊び人の毒牙にかかりそうなのを見殺しにはできない。

「やっぱそうじゃん。だったらいいじゃん」
「結婚してくれる?」
「あれぇ、おまえ、そういうこと言う女?」
「嘘だよ。結婚なんかしてられっかっての。なっちゃん、これからなんだもんね」
「結婚してから飛躍するってのもアリじゃない?」
「レイがその役に立つとも思えないな。ま、いっか。行こうぜ」
「ああ、行こうぜ」

 行こうぜって、先になっちゃんが言ったの? 僕は耳を疑い、手をつないで出ていくレイとなっちゃんを見ている我が眼をも疑っていた。

「としは純情だね。今まで言わなかったけど、ハルもナツもロッカー殺しで有名だよ」
「う、そ」
「その目で見ても信じないのか?」
「……なっちゃんがあいつに遊ばれ……」
「お互いに遊んでるんだよ。そういう奴ら、男にも女にもいっぱいいるんだ。そういう世界なんだよ」
「VIVI……」
「泣いてもいいよ」

 清純無垢だと信じていたアイドルの裏の顔……そんな世界で僕はこれから生きていくのか……気持ちが暗澹としてきた。抱き寄せてくれるVIVIの肩にもたれたら、涙がこぼれてきた。


3・阿久津ユカ

「あたし、山田美江子って大っ嫌いさ。復讐してやりたいんだけど、乗らない?」
「どうして嫌いなの?」
「憎たらしいからに決まってんだろっ」

 深夜のバラエティ番組で、お笑いタレントの客来と共演した。こう書いて「キャラ」と読むのは本名だそうで、両親が食堂を経営しているので、お客が来るようにとつけた名前なのだそうだ。

 「歌の森」以外の仕事といえば、所属している劇団の芝居とCMくらい。最近はすこし知名度が上がって、バラエティにだったら出られるようになった。キャラは司会、私はひな壇にすわっている賑やかしタレントのひとりなのだから、格がちがいすぎる。けれど、キャラは私を知っていた。

「歌の森、見てるよ」
「ありがとうございます」
「暇があったら飲みにいこうよ」

 仕事でもキャラが私に話を振り、テレビに映る時間を長くしてやろうと気を使ってくれていた気がする。なぜそうだったのかは、ふたりで飲みにいって判明した。

「あたし、本橋と寝たいんだ」
「はぁ、寝たいって、ずいぶんと直截な……」
「ちょくさい? なに、それ?」
「いえ、いいんだけどね……本橋さんが好きなんだね」
「好きってのか、最初は思ったんだよ。いい男だなって。あたしはイケメンとかって嫌いなんだよね。本橋真次郎みたいな、たくましい身体をした男がいいの」
「三村くんでもいいんじゃない?」
「あんな無名の奴はお断りだよ」

 フォレストシンガーズはスターというほどでもないが、三村真次郎よりは有名だ。キャラは自分のためになる程度の位置にいる男としか寝たくないのだと言った。

「かといって超有名なのもいやなんだ。見下げられるとそいつをぶん殴りたくなるもんね。本橋に目をつけたときには、フォレストシンガーズって全然売れてないと思ってたんだよ」
「全然ではないよね」
「そうなんだよな。それでさ……」

 ラジオ局で出会った女、彼女はタレント志望の一般人だろうと、キャラは決め込んだ。親切気分になっていたキャラは、彼女にタレントとして売り込むための秘訣をレクチャーしてやり、その合間には、本橋と寝たいなぁ、とも言ったのだそうだ。

「知らない女にそんな話をしたの?」
「あたし、気分の波が激しいんだよ。そのときには躁がかってて、喋りたくてたまらない気分だった。だもんだから喋りまくっていたら、フォレストシンガーズの乾隆也があらわれてさ……」

 彼女は我々のマネージャーでもあり、本橋の妻でもある山田美江子です、と乾さんが紹介してくれた。

「あったま来たぞ。ぶっ殺してやりたかったんだけど、そこまではできないしさ。だから、復讐するって決めたの」
「どうやって?」
「本橋を寝取るんだよ」
「……」

 今夜も躁の波が来ているのか。キャラの眼はぎらぎらしていた。

「山田美江子ってむかつく女だろ」
「言えてるね」
「あんたも嫌いか?」
「嫌いだよ」

 では、と彼女も私もにやりとして、山田美江子に復讐する作戦を練りはじめた。私は山田さんが嫌いというわけでもないが、本橋さんの奥さんは憎らしいというのは同感だ。キャラは本橋さんが好きなのではなく、寝たいだけ。好みのタイプの男と寝たいだけの女だっているだろう。第一、キャラが本気で本橋さんに恋をしたとしても、私のライバルにはなりっこない。

 太目で脂っこいお笑い系タレントと、清楚な美人だと言われる女優の阿久津ユカ、本橋さんは浮気するだけでも私を選ぶだろう。復讐なんてできるのかどうかはわからないが、互いにターゲットにしている女を罵るのは快感ではあった。


4・琢磨士朗

 モデルとつきあいたいというのが俺の夢だと話したら、三沢幸生さんが紹介してやると言った。約束はしてくれたものの、いっこうに紹介してくれないので、フォレストシンガーズがリハーサルをやっていると聞きつけたところに行ってみた。もうじきにア・カペラグループジョイントライヴが行われるので、出演するグループたちが一堂に会しているらしい。

「よっ、琢磨くん。今日は休み?」
「ああ、こんにちは。そうなんですよ。桜田さんも出るんですか」
「俺も出たいんだけど、俺はソロだから出してもらえないんだよ」
「出たいのに出してもらえないって、桜田さんもたいしたことないんですね」
「……そうだな。たいしたことないね」

 「歌の森」のメインキャストにはスターなどいない。俺がもっとも有望だと俺は思っているが、阿久津も石川もそう思っているらしく、役者志望の奴は自惚れが強いと知った。

 ゲストにはスターも出ていて、アイドルなども顔を出す。その中でもいちばんのスターはこの桜田忠弘だろう。ソロシンガーとしてデビューしたものの人気が出ず、役者としてブレイクしたと聞いている。現在では歌もドラマも映画も舞台もやっているのだそうで、ものすごく稼いでいるのだろうな。

 背が高くてかっこいいのは認めるが、彼は俺よりも二十歳も年上だ。おっさんではないか。あとは年を取って衰えていく一方の中年ではないか。十年後には俺と彼の立場が逆転するのはまちがいないはずだ。

「フォレストシンガーズは……」
「三沢と木村が来てたけど、昼メシ食ってくるって出かけたよ」
「そうですか。そんなら三沢さんを待っていようかな」
「三沢になにか用?」

 あんたに関係ないだろ、と言いたいところだが、教えてやった。

「モデルかぁ。モデルとつきあうのが夢ね……前にどこかの野球選手も言ってたな。好きな女性のタイプは? って質問に、ハーフの可愛い子だって。ずっこけそうになったよ」
「いけないんですか?」
「いけなくはないよ。すると、きみの好きな女性のタイプは?」
「細くて背の高い美人。俺よりも高くないと趣味に合わないな」
「そっか。俺より高いとちょっと高すぎるけど、きみより高い女はかっこいいよな」
「ですよね」

 桜田忠弘は俺よりも十センチ以上背が高いが、男の値打は身長ではない。俺も逆に質問してみた。

「桜田さんの好きな女性のタイプは?」
「あなたひとりの女になりたいとか、結婚したいとか、できちゃったとか言わない女だよ」
「それも大切かもしれませんね。だけど、そういうのって二十代の男の台詞でしょ。桜田さんは結婚したくないんですか」
「今はしたくないな」
「もったいないから?」
「もったいないとはどういう意味で?」

 さぞかし稼いでいるのであろうこの男は、家族を養うのがもったいないのではないか? その気持ちもわかる。稼ぎのいいおっさんのくせにみみっちいとも思わなくないのだが、そこは俺も同感だ。

「桜田さんだっていつなんどき、売れない歌手に戻るかもしれないんですもんね。稼ぎのいい女と結婚したほうがいいですよね」
「そうかもしれんなぁ」
「俺も自立した女がいいですね。若いときにはモデルで、ばばあになる前にモデル事務所でも作って独立して、なんて才覚と気概のある女がいいですよ」
「ふむふむ」

 広いスタジオを借り切って、リハーサル会場として使われている。あちこちでシンガーズが固まって話をしたり、歌の練習や音合わせをしたりしている。三沢さんも木村さんも姿を見せそうにないので、桜田さんに言ってみた。

「桜田さんだったらそんな女の知り合い、いるでしょ」
「いなくはないな」
「紹介して下さいよ」
「……うん、モデルだったらいいのか? 美人なのはまちがいないけど、きみの理想のすべてはかなわないと思うよ」
「すべてじゃなくてもいいかな。妥協できるところはしますよ。今はまだ結婚相手としては見ないから」
「そっか」

 スマホを取り出してアドレスでも調べていたのか、桜田さんはメモをくれた。

「ここ、行ってみろよ。モデル事務所だ。俺の紹介だって書いておいたから、通してくれるはずだよ」
「わかりました。行くだけ行ってみます。期待しないで行ってみますよ」
「ああ、そうしてくれ」

 軽く頭を下げて出ていこうとしていたら、背中に桜田さんの声がかすかに聞こえた。おとといおいで? 意味不明だ。

 メモに書かれた住所はここからだと遠くもないビルで、二階に「チェリーボムモデル事務所」が入っているのが認められた。先に電話をしてみると、桜田さんから聞いてるわよ、どうぞいらしてね、待ってるわ、との返事だった。

「……こんにちは」
「あらぁ、琢磨さん? 士朗くん? よく来たわね。どうぞどうぞ。お茶がいい? コーヒー?」
「……あの、あんた、あの……」
「あんたって失礼ね。士朗くんってば美人のモデルとつきあいたいんだってね。私はどう? 若くはないけど独身よ」
「あの……えと……」

 出迎えてくれた人物は細身で背が高くて化粧が濃くて、綺麗な顔はしているが声が低い。体格も若干ごつく感じられた。

「結婚はしたくないんでしょ。だったらいいじゃない?」
「あの、あのっ……」
「入ってよ。遊んであげるわよ。ここででもいいわよ」
「ばっ、ばっ……」

 馬鹿野郎!! と怒鳴りたいのをかろうじて我慢して、俺は階段を駆け下りていった。桜田忠弘の野郎、すべての理想はかなわないって……そこがかなわないんだったら最悪じゃないか。俺はゲイじゃないっ!!


5・三村真次郎

 唯々諾々と好きな女の頼みを聞く、不甲斐ない男。乾さんは俺をそう評した。そう言われても言い訳もできない。奥さんのいる本橋さんを好きな阿久津ユカにそそのかされて、俺はユカと本橋さんがふたりきりになるための手筈を整えてしまった。

「あんた、使えるんだね。あたしにも手を貸してよ」
「……あの……」

 「歌の森」キャストつながりなのか、この前には阿久津ユカがキャラが司会を務める深夜のバラエティ番組に出、今回は俺に声がかかった。お笑いのスターになりたかった俺なのだから、この番組がはじまったばかりのころにも出してもらったことがあるのだが、あのときにはキャラは俺など見えてもいないようだった。

「お礼はしてあげるよ。あんたの話はユカから聞いてたんだ。ご褒美として寝るだけだったらいいよ」
「いえ、そんなのは……」
「遠慮しなくていいんだってば」

 暑苦しい身体つきをしてはいるが、グラマーだのセクシーだのと言う奴もいる。俺はスリムで涼しそうなユカがいい。けれど、スターの一員であるキャラにははっきりとは言えなかった。

「照れてるんだ。大きい図体して可愛いよね。で、どうやるの?」
「どうって……考えてませんが」
「考えてないのかよ? 役立たず!! とっとと考えろ」
「はぁ……」

 なんだって俺が罵られなくちゃいけない? ここに来たのはまちがいだった。

 好きな女には俺は弱い。キャラがスターではなかったとしたら、あんたみたいなデブの頼みを聞く筋合いはない、と言えるが、ユカには言えない。本橋さんとふたりきりになるのも手伝ってやったし、三村くんにお願いがあるの、と可愛く頼まれると、いやだとは言えなかった。

「考えたのか?」
「考えても思いつきませんよ」
「手のかかる男だね。思いつかせてやろうか。先払いでご褒美をやるよ」
「……あのっ……」
「いいから来なって。まったく、煮え切らない男だ。あたしが抱いてやろうってんだから喜べよ。嬉しいだろ? え? 嬉しいんだろ」
「は、はい」

 煮え切らないってのも当たっている。俺がキャラに迫られて断固断ったとして、キャラに嫌われるだけだったらまだいい。しかし、あることないこと言い触らされてスキャンダルになったら? それならば、キャラにおもちゃにされたと言われるほうがまだしもだ。

「本橋さんは俺の頼みだったら聞いてくれますから、キャラさんの指定の場所に来てもらうってことだったらできなくもないかな」
「そんなもんか、あんたの考えは。頭わるっ」
「すみません」

 隠れ家みたいなキャラの行きつけの店から、近くのホテルに移動した。

 あたしのテクニックでイカセてやるよ、と豪語していたわりには、別にどうってこともないセックスだった。モトカノと別れてから一年ばかり、遊びでだったら何度か寝た名前も忘れた女たちと、どこがちがうんだ? キャラって名前だけがちがうのか。排泄したことによるすっきり感だけがあった。

 これで俺は、ユカを好きでいる権利もなくなったのか。
 ユカとキャラは通じている。ふたりして悪だくみをしようとしている。ユカは本橋さんを好きなのに、どうして他の女とつるむんだろう。本橋さんが結婚しているからか? ユカだって本橋さんの奥さんにはなれないのだから、本当の奥さんを怒らせたい、そのためだけか? そんなの哀しすぎる。

 なんにしたって、俺がキャラと寝たのはユカにも伝わるだろう。俺はユカに軽蔑される。キャラにももはや、利用できるだけ使ってやれる男だとしか見られていない。それでも俺は俳優として成功したいから、女たちにいいように使われるのを甘受するしかないのか? ユカを諦めるのは可能だ。というか、こうなったら諦めるしかない。

 その上に、役者としての将来も諦めるのか。テレビ業界からは追放されたとしても、他に生きる道はあるのだろうか。そもそもキャラに目をつけられたら、役者としての道を閉ざされるのか? 誰に相談すればいいのかもわからなくて、俺はただ、ベッドで煙草を吸っている女を呆然と見ているしかなかった。


6・石川諭

「俳優になる道を選ぶ? 石川くんが学問を捨てるなんて……私は認めたくないな。きみは近い将来、ノーベル賞だって取れる逸材だよ。俳優だなんてやめなさい。大学院に進むべきだよ」
「いや、でも、僕は役者としても逸材だと言われてるんです。このルックスの持ち主なんですから、役者のほうがふさわしいかとも思うんですよ」
「いや、学者を志すべきだ」
「教授、だったら両方は……」
「両方か……うーん」

 そいつはむずかしいな、と大学の教授が腕組みをする。そんなにも引き止められると、俺としても学問にも未練があるので心が揺らいでしまう。ひとまず結論は保留にしておいた。

「歌の森」の撮影現場では、悩みのかけらもなさそうなノーテンキな奴らが笑いさざめいている。凡人がうらやましくなってきた。

 二十代が大半の役者の卵たち。この中の何人が十年後にもテレビに出ているだろうか。阿久津ユカあたりは小金持ちと結婚して、子持ち中年太り主婦になりそうだ。三村は転落して覚醒剤の売人とか? ヤクザとか? 琢磨は時代劇の斬られ役だったら似合いそうだ。戸蔵は劇団に戻って舞台俳優がいいところ。

 としくんは役者ではなく、まともに大学を出て公務員にでもなればいい。VIVIはロッカーだから、やはり麻薬で身を持ち崩しそうな予感。脇役の役者たちなんぞは消えていくしかない。

 となると、スターとして残るのは俺だけだ。やはり役者を辞めるのはまちがいだ。両方……役者と学者の二足のわらじ。文系ならばできなくもないのだろうが……うう、頭痛がする。ドストエフスキーの小説に出てくる、苦悩する美青年を地でいっている俺は、こいつらとは次元も世界も人種もちがうのだろう。

 選ばれし者の苦悩、我にあり。


7・戸蔵一世

顔色がよくないような気がする三村を気にしていたら、彼のほうから話しかけてきた。

「うちの劇団の? ああ、イッコウさんも飲み会に来るって言っていたから、この次の金曜日にだったら……」
「イッコウさんに聞いてもらえるのもいいかも」

 どうかしたのか? とはそのときに質問することにして、三日後の金曜日、劇団ぽぽろの飲み会で改めて三村を皆に紹介した。ぽぽろの主催者は台湾人のゆうゆさんと、有名人ではないが演劇界でのキャリアの長い斎藤さん。三村はそのふたりに相談に乗ってほしいらしく、劇団事務所に三人でこもってしまった。

「イッコウさんにも聞いてもらえたらって言ってましたけど、なんなんだろ。深刻な話なのかな」
「俺なんか役に立たないんじゃないの?」
「どうなんでしょうね。なんなんだか俺は知らないから」

 時には居酒屋などにも行くが、今夜は劇団の練習場での飲み会だ。コンロを持ち込んで鍋をやったり、スルメや乾きもののつまみやら、どこかのスーパーで買ってきたお総菜やら寿司やらもあって、なかなか豪華な肴もそろっていた。

 遅れてきたイッコウさんに、「歌の森」の話をする。イッコウさんにもゲスト出演してもらいたいとの話は出ていたが、今や売れっ子のイッコウさんは忙しすぎて実現していない。

 劇団ぽぽろの二枚目役者だったイッコウさんは、メジャーなテレビ番組にスカウトされて一躍人気者になった。イッコウさんに次ぐナンバー2役者だった俺が彼の後継者に指名され、イッセイという芸名をもらった。イッコウさんはめったとぽぽろの芝居にも出られなくなり、スター街道驀進中だ。

「俺も出たいんだよ。桜田さんはライヴハウスのオーナーで、不良オヤジの役だろ。俺だったら若くもないけど売れてるホストの役なんてどうかな」
「俺が街で喧嘩を売るなんてのいいですね」
「それ、いいよな。ヒデさんって喧嘩っ早いらしいもんな」

 無名だったころから、イッコウさんはフォレストシンガーズの面々と親しくしていた。そのつながりで、俺もフォレストシンガーズのライヴでの寸劇やら、DVDになった芝居やらに出演させてもらった。ドラマでは小川清彦になっている小笠原英彦役も、俺が何度か演じさせてもらっている。

 CDの付録にするDVDでの芝居だと、フォレストシンガーズ全員は本人が演じる。山田さんとヒデさんは役者をあてるのが普通で、近頃は俺がヒデ役の定番となっていた。

 なのだから、俺もいつしかフォレストシンガーズとは仲良くなれた。脚本家のみずきさんも俺には目をかけてくれていて、オーディションとはいえ、ヒデ役だけは最初から決まっていたようなものだとか。

「三村、出てきたよ」
「ひとりで出てきましたね」

 板張りの練習場にやってきた三村は、真っ青だった顔色をだいぶ晴れ晴れさせていた。

「そこまで悩まなくても大丈夫だって、斎藤さんもゆうゆさんも言ってくれました。女の話は自分たちで解決するしかないけど、俺の役者生命ってのか……それは大丈夫だって」
「女と役者生命か。大ごと……でもないのかな」
「はい、イッコウさんに聞いてもらうほどでもないみたいです」
「そっか、よかったな、かな?」
「よかったんだと思います。あとは俺の問題ですから」

 ゆうゆさんと斎藤さんは事務所で相談の続きか。俺には深い部分までは読めないが、本人の三村の顔色がよくなったのだから、まあいいだろう。女ってのは阿久津ユカだろうか。なにはともあれ、さほどに深刻でもなかったようで、三村がひとりで考えすぎていたのであるらしかった。


8・VIVI
 
 ふざけんじゃねぇっ!! なんだって俺が男と熱愛しなくちゃいけねえんだよっ!! と叫んでいる俺をGOAがうしろから引っ張る。離せ離せとわめいてあばれてみても、でかいGOAにかなうわけもない。GOAは片手に週刊誌を持ち、片手で俺の襟首をひきずってずんずん歩いていった。

「離せーっ!! ここの出版社に怒鳴り込みにいくんだからっ!!」
「こんなのジョークみたいなもんだよ。そう怒るな」
「怒るよっ!!」
「ちっこいくせに馬鹿力だな。あばれるな」

 暴れるよっ!! と叫び返したら、ライヴハウスの物置に放り込まれてしまった。

「そこでしばらく頭を冷やせ」
「くそーっ!! 出せっ!!」

 ライヴハウスの中庭に建っている丈夫そうな物置だ。俺が中で暴れてもこわせないだろう。そう思うとちょっとだけ頭が冷えたので、床にすわり込んだ。

 ドラマにも出てはいるが、俺の本業はロックだ。ブラッディプリンセスのヴォーカリストが本当の仕事だ。「歌の森」ではロックヴォーカリストの役なので素に近いが、歌っているほうがはるかに楽しい。ブラッディプリンセスも徐々に人気が出てきたので、歌える仕事が増えている。

 今夜はこのライヴハウスで歌える。以前にも二度ばかり出演したことがあり、お客のノリもよくて楽しかった。早めにやってきて楽屋に入ったら、畳敷きの部屋の真ん中に置いたテーブルの上に週刊誌があった。開いたページの「VIVIと三村としゆき、熱愛発覚?!」との記事がしっかり読めた。

 そのせいで爆発した俺をリーダーのGOAがなだめ、こんなところに放り込みやがったってわけ。俺はお仕置きを受けている小学生か。俺はGOAにかかったら小学生にも見える体格だから、ちょくちょくこんな扱いをされるのだが。

「GOA、VIVIは? え? こん中? なんで? 悪さでもしたの?」

 考えることは皆同じ。GOAに質問しているのは、元ラヴラヴボーイズのポン。現在はアイドルグループを解散してアクション俳優を目指しているらしい、最近友達になった男の声だった。

「VIVI、落ち着いた? 出してやっても殴りかかってこない?」
「おまえが悪いんじゃないからおまえは殴らないよ」

 本名は麻田洋介、彼が物置の戸を開けてくれた。GOAはどこかに行ってしまい、他のメンバーはまだ来ていない。見せたくはなかったのだが、楽屋で洋介に週刊誌を見せた。

「うへ、今どきって男同士も熱愛するんだ」
「笑うな」

 麻田洋介と木村章の熱愛発覚!! って記事だったとしたら、俺も爆笑するだろう。洋介がげらげら笑うのも無理はない。

「そういやぁ、聞いた?」

 二、三分にも感じられる時間、笑っていた洋介が静かになって、俺に尋ねた。

「俺、遊園地で土、日にやる、ヒーローショーのバイトに行ってるんだけど、そこで一緒にバイトしてる奴に、ニューハーフモデルっていうのかな、そういう仕事の奴がいるんだよ、心は女だけど身体は男だから、肉体労働で稼いでるんだ」
「ニューハーフモデルか。俺たちもそういうのかって誤解されることもあるよ」
「ヴィジュアル系とはちがうんだけど、そいつが言ってた」

 モデル事務所の社長は桜田忠弘と懇意にしていて、数日前に桜田さんから電話がかかってきた。

「モデルとつきあいたいって男がいるから、おまえさんとこの事務所を紹介してやったよ。適当に相手をしてやってくれ」
「うちの事務所がなんなのか知ってるの?」
「察しのいい奴だったらわかるかもな」

 が、彼は察しがよくなかったらしく、社長に対応されてそうと気づいて逃げていったらしい。

「VIVIって桜田さんには可愛がってもらってるんだろ」
「同じ事務所だから、ライヴに連れてってくれたり、メシや酒をおごってくれたりってあるよ」
「桜田さんがいたずらした奴って誰?」
「ドラマの共演者か? 歌の森の?」

 だとしたら、モデルとつきあいたいと言っていたのは琢磨司朗だ。琢磨だったら自己中で空気読めない男だから、そんなこともあるのかもしれない。

「本人に確認してみよっか。はっきり訊くか、さりげなく訊くか、洋介はどっちがいいと思う?」
「ほんとにそうだったらそいつがどんな顔をするか、俺も横で見ていたいな」
「趣味悪い……気持ちはわかるけどな」

 そんないたずらをされるよりは、としとの熱愛発覚のほうがいいのか? いや、なんだってそんな記事が出たんだ? もう一度よく見ると、三村としのりが俺の肩に頬を寄せて涙ぐんでいる写真だった。これはとしと俺の熱愛発覚ではなくハルナツのなっちゃんが遊び人だと、としに発覚したあのときではないか。

 年下の坊やがかわいそうになってなぐさめてやったら熱愛か? ふざけるな。改めて腹が立ってきた。この雑誌からインタビューの話が来ても、絶対に引き受けてやらない!!


 END








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