ショートストーリィ(FSいろは物語)

いろはの「ち」part2

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フォレストシンガーズ

いろは物語part2

「散りぬるを」


 淡路島の桜の名所を、私は婚約者と歩いている。

 大学一年生のとき、合唱部の先輩に恋をした。本橋真次郎、背が高くてちょっぴりいかついタイプで、本橋さんって怖そうと言う女の子もいたけれど、私はそんな男のひとが好きなタイプだった。
 さりげなく近づいて、本橋さんから告白してもらった。十八の女の子の可愛い計算。

 合唱部の活動が忙しくて私をほったらかす本橋さんとは喧嘩ばかりして、本橋さんが親友の乾さんに怒られていたりもしたけれど、仲直りすれば幸せ気分に戻れた。

 けれど、若くてわがままで我慢のできない男の子と女の子は、じきに別れてしまった。
 あれから五年以上がすぎて、本橋さんと乾さんはフォレストシンガーズとしてデビューし、私の手の届かないところに行ってしまった。

「あれ? 下川さん? 下川乃理子さんだろ?」
「え、ええ……あーっ!! 徳永さん!!」

 本橋さんや乾さんと同い年で、互いに互いをライバル視していた徳永渉さんだ。彼とは合唱部の合宿でちょっとした思い出があった。

 合宿なんだから、みんなもいるんだから、と避けたがる本橋さんと海辺をデートしたくて、一生懸命せがんでかなえてもらったのだが、本橋さんは照れているらしくてそっけない。すねて駆け出してしまった私は十八歳だった。

「あんな奴に女心なんかわかるはずないだろ。下川さんも本橋とつきあってる以上は、そういうのは求めるな」

 走っていった先で顔を合わせた徳永さんにそう言われ、それだけのことだったのに、追いついてきた本橋さんに嘘をついた。

「徳永さんがね、本橋と別れて俺とつきあおうって」
「……つきあうのか?」
「いいの?」
「駄目だ。おまえは俺のものだ」

 そんな言葉が息が止まりそうに嬉しくて、嘘だよ、嘘だから、って泣いたっけ。
 その徳永さんが私の目の前にいた。

「そっかぁ、下川さんはうちの学校の事務員になってたんだ」
「そうです。徳永さんは?」
「俺は歌手になるつもりだけど、なかなかだな。本橋たちに先を越されちまったよ」

 苦笑いしていた徳永さんと、どうしてあんなことになったのだろう。私には彼氏はいなくて、本橋さんをひきずって未練たっぷりだったけれど、徳永さんにはあちこちに女のひとがいたらしい。恋人というのではなく、遊び相手? セフレっていうの? 私もそのうちのひとり? それでもいいかな。

 特に徳永さんが好きなわけではない。ルックスがよくて歌手志望の徳永さんの彼女たちみたいな、華やかな女でもない。私が徳永さんのセフレのひとりだなんて、笑えてきそう。本気で徳永さんに恋してる女のひとと会ったら、どんなふうに罵られるんだか。

 学生時代から暮らしているアパートの、古ぼけた畳の上、押し入れから布団を出してふたりして横たわり、徳永さんに抱かれた。ロマンティックのかけらもないはじめての夜。徳永さんが吸う煙草の煙が漂っていた。

「遊びだよね」
「……まあ、そうだな」
「それでいいんだけどね」
「おまえだってさ……」
「私がなに?」
「いや、いいんだよ」

 おまえだって、いつまでも本橋にこだわってるんだろ? と徳永さんは言いたかったのだろうか。徳永さんもライバルの本橋さんにこだわっているんでしょ? あいつらには絶対に負けないって言ったときの目の光は怖いほどだった。

 ある意味、似た者同士だね。

 別々の意味で本橋さんにこだわっている男と女は、男と女だからこうなった。徳永さんは慣れているんだろうけど、私は遊びで男のひとと抱き合うなんてはじめてだから、戸惑ってしまう。だけど、愛情なんかなくても、抱かれているとあったかい。

「乃理子、もうええ加減うちに帰っておいで」
「帰らないって何度も言ったでしょう」

 故郷、淡路島の母からはしつこく電話がかかってくる。来たって会ってあげないよ、と言ってあるので上京はしてこないが、電話に出ないわけにはいかない。私の同級生だった子たちはみんなとっくに結婚した、乃理子も早く……と、母の台詞はそればかりだ。

「縁談があるんやけどね」
「縁談?」
「そうや。お見合いしてみいへんか?」
「そんなん……」

 これこれこういうひとなんよ、と母が相手のプロフィルを口にする。具体的に言われたせいなのか、心が動いた。

 最近ついにデビューした歌手の徳永渉、私は彼とつきあっているの。お母さんはセックスフレンドってのを知ってる? それなんだよ。すごいでしょ。徳永さんってかっこいいんだよ。そんなひとに抱かれてるの。彼、セックスがとっても上手。遊び慣れてるんだよね。

 正直に話したら、母は電話のむこうで卒倒するかもしれない。今すぐ私を連れ戻しに飛んでくるかもしれない。想像すると笑えてきた。

「そうだね。お見合いしてみようかな」
「え? そう? ほんなら善は急げやわ。はよう帰っておいで」

 お見合いしたって決まるかどうかもわからない。決まらなかったらどうしたらいいのかわからないけれど、東京にもこの暮らしにも疲れてしまったのかもしれない。
 そして私は、一筋のあてにすがって故郷に帰ってきた。

 好都合にも彼は私を気に入ってくれ、結婚したいと言ってくれた。母親と同居というのがひっかかったが、田舎ではよくある話だ。

 だからね、本橋さん、私、結婚するんだよ。本橋さんにはもう関係ないけどね。
 ね、徳永さん、私、結婚するの。徳永さんにも関係ないだろうけど、本橋さんは私を忘れてしまっていたとしても、徳永さんはまだ覚えてくれているでしょう?

 淡路島にも桜の名所があって、今日は婚約者とお花見にきた。彼に言ったらどうなるだろ? お見合い話を聞かされたときに、母に言いたくなって言わなかったことを口にしたら、破談になってしまうんだろうか。

 言うはずもないのに、暗い想像をして心の中で笑う。
 花が散って舞っている。私の東京生活もあの花びらみたいに散って、現実に埋没して淡路島のおばさんになるんだな。そのほうが乃理子には似合いだよね。

 東京生活のほうこそが、本橋さんや徳永さんに抱かれたことのほうが幻だったのだから、淡路島生まれの乃理子は淡路島に戻って結婚して、あとはおばさんになっていくだけ。それでいいんだね。

END








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~ Comment ~

NoTitle

・・・。
・・・・。
・・・・・。
意味が分からん。

いや、小説ではなくて。
思考の意味が。
男女ともに、そういうセックスをすることで優越を感じるのかな。。。
それはそれで時代を象徴しているのだろうか。。。

LandMさんへ

コメントありがとうございます。

LandMさんは愛のないベッドイン否定派でいらっしゃるわけですね?
私もこういうのは共感はできませんが、否定もしないかな。

時代という意味では、現代のそちらの事情はよく知りませんが、ひと昔前の流行歌などには「ゆきずりの……」「一夜限りの」みたいなフレーズが多いみたいで、そのころのほうが流行っていたのかもしれませんね。

とはいえ、もちろん、実践していたのはごく一部のひとなんでしょうけど。
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