ショートストーリィ(フォレストシンガーズ)

FS「Bad feeling」

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フォレストシンガーズ

「Bad feeling」

 
 瀬戸内泉水に教えてもらったラジオ番組のクイズの答えを葉書に書いて投函し、それがなんと懸賞に当たってしまった。自分で考えたんじゃないのに、と思うと後ろめたくて、局のひとに相談したっけ。
 そんなのかまいませんよ、と軽く流されて、賞品をもらった。

 賞品とはいっても品物ではなくて、当時は人気のあったダーティエンジェルスのライヴにご招待というものだ。三重県の高校生だった俺が生まれてはじめて、東京で見たコンサートだった。

 時は流れて、三十四歳の妻子ありシンガーになった俺は、ダーティエンジェルスのロクさんと仕事をさせてもらうようになった。ダーティエンジェルスは解散していて、ロクさんはプロデューサー業に就いている。それでも時々は再結成をしたり、別の人間とグループを組んだりして、ロクさんは活躍中だ。

 二十歳くらいは俺よりも年上のはずのロクさんと、今夜も一緒にいる。もとダーティエンジェルスの仲間であり、現在はソロシンガーであるヤスシさんの作った音楽映画を、スタジオで観ようと誘ってもらったのだ。
 DVDになっている短編映画の上映が終わると、ウィスキーが出てくる。さて、どうだった? とロクさんに見つめられて、俺はこほんと咳をした。

 ドキュメント映画というのか、ストリートミュージシャンたちが被写体になっている。街角や駅前や大きな歩道橋の上や、ファッションビル前の広場などでギターを弾き、パーカッションを叩き、歌う若者たち。フォレストシンガーズも近いことはやっていた。

「あの、三番目でしたかね、ギターの弾き語りをしていた女性、いいですよね」
「シゲもそう思うか? あの女性はやっさんが偶然見つけたんだそうだよ。それで頼んで撮らせてもらって、デュークにもその話をしたら……」
「デュークってデューク・スミスですか」
「そうだよ」

 あれは俺が結婚してから一年ほどたったころだったか。幸生に高倉先輩からの仕事のお誘いがもたらされた。その仕事とは、アメリカのソウルシンガー、デューク・スミスとのデュエットだった。
 フォレストシンガーズを離れて個別仕事をするとなると、やはり仲間に尋ねてみたくなる。乾さんや本橋さんだって相談してくれるし、後輩は先輩にお伺いを立てたくなる。俺もロクさんに仕事の誘いを受けたときには、本橋さんや乾さんに相談してから、と言って笑われた。

 なのだから、幸生も本橋さんに相談し、おまえがやりたいんだったらやったらいいだろ、と言われて、なぜか殴られたと泣き真似をしていた。
 どうして殴られたのかは知らないが、下らないジョークをつけ加えたからなのかもしれない。デュークは幸生をユキという名の女の子だと思っていたとか、実際に会ったら抱きしめられて骨が砕けたとか、幸生は嘘だか本当だか不明なちゃらっぽこを言いまくっていたのだから。

 そうやって我々とも知り合った、大柄なベテラン黒人ソウルシンガー、デューク・スミス。彼は幸生を可愛がってくれ、あまり話もしたことのない我々をも買ってくれていて、日本に建てたスタジオつき山荘を貸してくれたりもした。

 日本にスタジオを建てるほどなのだから親日家で、デュークはたびたび来日もしている。お忍びだったり早足だったりする来日時に、昔から知り合いだったらしいヤスシさんに会ったのだろう。

「……そのデュークがさ……お?」
「あ、こんばんは」

 スタジオのドアが開いて、ものすごく見た目のいい男が入ってきた。俺とは初対面の彼を、ロクさんが紹介してくれた。

「青山冬威くんだよ。なんの仕事をしてるかは、シゲにだってわかるんじゃないか?」
「えーと、モデルですかね」
「その通り、この身長とプロポーションだもんな。顔だっていいから、俳優もやれって言われてるんだろ」
「はじめまして、本庄繁之です」

 青山……恭子のテニス仲間にそんな名前の男がいた記憶があるが、さして珍しい姓ではないから関係はないのかもしれない。トーイとは耳慣れぬ名前だが、今どきの子には珍しくもないのかもしれない。ハーフだろうか、と疑問に思っていると、トーイくんが言った。

「知ってるよ。ふーん、あんたがね」
「俺ですか? 俺がなにか?」

 長身の人間は声が低い場合が多いらしい。ロクさんも俺も中背だが声は低く、トーイくんも低い。低音トリオが低い声で話していた。

「あんたなんかがね、ま、いいけどさ」
「俺なんかがなんなんですか?」
「シゲ、トーイは二十二歳なんだからさ、シゲより一回り下だよ」
「ああ、そうですね」

 そんな年下に丁寧に喋らなくてもいいだろ、とロクさんは言いたいのだ。俺はよくそう言われるからわかる。初対面だったり親しくなかったりする相手には、俺はこうなりがちだ。

「その顔でね……」
「おいおい、トーイ、やめろよ」
「本庄さんって歌手なんだよね」
「そうですよ」
「ふーーん、その顔で……」
 
 おい、トーイ、おい、とロクさんは困った顔で彼を止めようとし、俺は彼がなにを言いたいのか、もうひとつ理解不能だ。
 その顔で? 俺の顔になにか文句があるのか? 俺の顔で歌手だったらいけないのか?

「シゲがその顔で歌手になれたんやったら、俺もなれたかもな」
 
 大学時代からの友人の実松はそう言う。実松の言い方は冗談めかしているし、気心も知れた友達に言われる分にはなんとも思わないが、トーイくんの口調や目つきには悪意がしたたっているようだ。

「あのぉ、なんなんですか?」
「鈍感だね、あんた」
「はぁ」

 鈍感だと言われるのは慣れているが、こんなに毒のある調子で言われたことはない。たいていの人は、シゲさんって鈍感、とあたたかく言って笑う。トーイくんは俺が嫌い? なぜ? 初対面なのに……その顔でって、俺は彼の嫌いな誰かに似ているのだろうか。

 表情にも悪意をいっぱいに込めて、トーイくんが俺を睨む。俺は頭の中を疑問符だらけにして彼を見返す。ロクさんは肩をすくめている。十分近くも無言で俺を睨んでから、トーイくんはぷいっとスタジオの一室から出ていってしまった。

 息をつめていたらしく、ロクさんが深呼吸した。はーっ!! と声に出してから、ロクさんは言った。

「あいつ、シゲに嫉妬してるんだよ」
「俺に? あの彼が? なんで俺があの美青年に嫉妬されるんですか」
「話せば長いんだよな。ま、どうぞ」

 紙コップにウィスキーを注いでもらって、ふたりともにぐいっと飲んだ。

「あいつは子どものころには神童だと言われてたんだ。二十歳すぎたらただの人、ってのはよくある話だけど、彼の場合は事故で指を骨折しちまったんだから、それがなかったら神童が天才ヴァイオリニストに成長してただろうなぁ」
「ヴァイオリンですか」
「そうだよ。だからあいつは、ミュージシャンを嫌うんだ。ミュージシャンの欠点を見つけて攻撃するのが趣味なんだな。フォレストシンガーズの「鱒」話題になっただろ」

 去年のクリスマスコンサートで、シューベルトのピアノ五重奏曲「鱒」をフォレストシンガーズが演奏したのは、狭い範囲では話題になっていた。
 五人のメンバーで、500回目の単独コンサートということもあり、乾さんが提案した演奏だ。本橋さんはピアニストでもあるので、メインがしっかりしていればどうにかなると考えてはいたが。

 メインは当然、しっかりしていたのだが、あとの四人は死にそうだった。乾さんがヴァイオリン、章がヴィオラ、幸生がチェロ、俺はコントラバス。乾さんが楽器まで買ってくれ、各自が練習に励んだ。初期には本橋さんが、おまえたちと音合わせをしていると頭が変になるっ、と悲鳴を上げたので、ある程度のレベルになるまではひとりでやっていたのだ。
 
 深夜にスタジオで練習していて、ロクさんに励ましてもらったこともある。ヤスシさんにアドバイスをもらったこともある。ウッドベースやコントラバスを弾く、アコースティック楽器の達人にも教えてもらった。

「幸生はうまいよ。素人としては、だけど、幸生の上達には舌を巻いた。章とシゲはまあまあだけど、乾もたいしたもんだな。いつの間に腕を上げた?」
「シンちゃんに褒められるとあとが怖いな。だけど、嬉しいよ、リーダー、感謝のキスをしていい?」
「あ、俺もいいかなぁ? シゲさん、リーダーを押さえて」
「やめんか、アホ」

 止めたのは俺で、本橋さんに感謝してもらった。
 むろん素人レベルではあったのだが、ピアニストの本橋さんが太鼓判を押したように、チェロとヴァイオリンはかなり素晴らしかった。あの演奏をトーイくんが聴いたのだそうで、ロクさんは言った。

「トーイは相当荒れてたよ。フォレストシンガーズは楽器のほうではプロじゃない。本橋だけはピアニストとしての水準も高いけど、ピアノ一本で食っていけるほどでもない。あいつはフォレストシンガーズの本橋真次郎の余技としてやってるんだって、自覚もあるよな」
「そうなんでしょうね」

「まぁ、お遊びみたいな特別企画だよ。だからこそファンも大喜びで拍手喝采してくれたんだ。トーイにだってわかってたんだろうけど、複雑な気分だったんだろうな。あいつがシゲに因縁つけたのにも、複雑な要素がからまりあってるわけさ。わかるか」
「わかるような……」

 わからないような、ではあるが、嫉妬ではなく因縁なのだったらわかる。俺は他人に嫉妬されるような男ではないのだから。
 そうすると、たまたまここにいたのか俺だったから因縁をつけられただけで、乾さんがいたならさらに激しかったのだろうか。俺は薄ぼけ反応しか示さないのであんなものだったが、トーイくんと乾さんだと舌戦になるのだろうか。

「なんだか気分を悪くさせちまったな。ごめんな、シゲ」
「いえ、ロクさんとトーイくんって関係あるんですか」
「トーイのことはガキのころから知ってるってだけだよ」

 帰ろうか、ということになったのは、やはりトーイくんに気持ちをそがれてしまったからもあったのだろう。ふたりで外に出ると、別れ際にロクさんが言った。

「やっさんの映画に出てた彼女、山際エミにデュークが興味を示してわざわざ聴きにいったんだそうだよ。聴きにいったら気に入っていきなりセッションした。その話題がネットで広まって、今度は音楽事務所のスカウトが山際エミに興味を示して、もしかしたらデビューするかもって話になってるんだそうだ。チャンスってのはどこにころがってるかわからないもんだね」
「へぇぇ、そうなんですか」
「じゃ、またな」

 さよなら、と俺は頭を下げ、ロクさんを見送った。
 そうか、あの女性がね……ギターの弾き語りの彼女にも、トーイくんは嫉妬するのだろうか。顔立ちも雰囲気も地味な彼女にも、あの顔で……と言うんだろうか。あの顔かぁ、うん、あの顔、レベル的には俺と同じようなものだったな。

 そんなふうに考えそうになって、失礼だろ、シゲ、と慌てて打ち消した。

END


」の後日談でもあります。

 


 

 
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~ Comment ~

NoTitle

ま、人それぞれ長所もあれば短所もあります。ケガにしても。障害にしても。そういうのを乗り越えるのもまたバンドの醍醐味なのかもしれません。1+1=2ではなくて、5、6になるようなのがバンドなんでしょうね。
(/・ω・)/

LandMさんへ

こちらにもありがとうございます。

人それぞれってよく言いますけど、他人もそれぞれ、人には何種類もの価値観がある、というのを認めないひともいるようですよね。
私のこの主義は絶対!! みんな従いなさい!! みたいな?

他人にお節介を焼きたがるのも、羨むのもまた人間。
ってことでしょうね。
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