ショートストーリィ(フォレストシンガーズ)

FS「業務命令」

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フォレストシンガーズ

「業務命令」


 一年だけしか大学には通っていないから、合唱部にだって一年しかいなかった。
 中退してロックの世界に身を投じてからは、大学のことは忘れようとつとめていた。そうしているうちに本当にだいぶ忘れてしまって、先輩のことなんかは記憶になかったりする。

 記憶にはなくても体育会系合唱部としては、先輩は立てなくてはならない。合唱部出身ったって、俺は一年しかいなかったってのに。

 三十代になった現在、無関係な人間ならば先輩だって無関係だ。けれど、我々の出身大学、出身サークルには音楽業界に入った人間が多くて、あちこちで出会う。放送業界にもけっこう多いのだが、フォレストシンガーズのいる音楽界にも、先輩シンガーが数人いるのだった。

 そのうちのひとり、徳永渉。俺は彼と仕事で関わるようになるまでは完全に失念していたので、うちの先輩たちから、どんな男なのかを聞いていただけだ。
 本橋さんや乾さんと同い年。なぜか彼がまだアマチュアだったころに美江子さんに告白したとか? 気の強い美人がタイプなのか?

「あいつは俺たちを目の敵にしてやがったんだよ。俺は売られた喧嘩は買う主義だから、買ったこともあるな。口ほどにもない弱っちぃ奴だったよ」
「あれには諸般の事情があるらしいけど、俺は別に徳永が嫌いってわけでもなかったよ。興味深い男だったじゃないか」
「俺だって徳永が嫌いってこともないさ。むこうが嫌うんだろ」

 徳永渉と同い年のふたりはそう言い、ひとつ年下のシゲさんは言った。

「徳永さんって学生時代から不可解で、俺には謎の人物だったよ。幸生はどうだった?」
「俺も徳永さんに嫌われてたんだよね。面と向かって、おまえみたいな男は嫌いだって再三言われた。学生のときにも同業者になってからも嫌われてるんだもんね」
「まあ、徳永さんの気性からすれば、おまえは嫌うだろうなぁ」
「シゲさんまで、ひどいわっ!!」

 毎度のことで、幸生はどこまで本気で言っているのか知らない。いずれにしたって男に嫌われたってかまわないじゃないか。
 その程度の知人にすぎなかったのだから、徳永さんにしても木村章という人間への認識はきわめて薄かったはずだ。合唱部にいた? ああ、あの発狂しそうな高い声の奴か、と言われたことだったらあったから、記憶には残っていたのだろう。

 ところで、こんなものがこの世にあるということを知っている人間がどれだけいるのか知らないが、「歌の森」というテレビドラマがある。みずき霧笛という中年男シナリオライターの脚本による、フォレストシンガーズの我々の学生時代を描いた深夜ドラマだ。

 そこには我々が実名で登場するのだが、ヒデさんをはじめとする合唱部仲間たちは匿名になっている。匿名ではあっても当事者や関係者が見たら、あ、これは彼だ、彼女だ、とわかるキャラもいて、金子将一や沢田愛理なんかはわかりやすい。

 合唱部出身者には有名人も少なからずいるのだから、現在、メディアや音楽業界で仕事をしている人間は匿名にしなくてもいいようなもので。
 
 ミャーコちゃんの話はみずきさんにはちらっとしたけど、出てきていないんだな。俺が合唱部時代に告白した女の子。彼女は一般人だそうだし、ちらっと話しただけではみずきさんだって、キャラとして動かせなかったのか。みずきさんはフォレストシンガーズのみんなに話を聞いてストーリィを構築したのだから、知らないことは書けない。

 知らないくせに、見てきたみたいな話を書くのが作家ではあるのだが。

 有名人代表者のひとり、徳永渉、微妙に役名を変えてある彼を演じるのが、渡田智光という名の新人俳優だ。彼はニヒルでクールな二枚目だから、ああ、このひと、徳永さんね、と見る者にはわかる。本橋真次郎に向かって、おまえは味覚音痴だもんな、と言っているのを見て、俺も吹いてしまった。

 ドラマでは毎回、本物の有名俳優やシンガーがゲスト出演する。アイドルの相川カズヤ、人気スターの桜田忠弘、ロックミュージシャン、お笑い、などなど。
 年齢不詳のベテラン女優が、渡田智光の相手役として出演していた。その彼女について、俺はうちの事務所の社長から命じられたのだ。

「光森房江さんがきみに会いたいんと言っておられるんだよ」
「徳永さんに言い寄って、つめたくそっけなくふられる美人のおばさんって役柄でしたよね、光森さんって」
「そうだったけど、そんなことは彼女に言うなよ」

 若い美人だったら会いたいけど、ベテラン女優には……いや、彼女にだったら会ってみてもいいかも。しかし、なんで俺?

「徳永さんみたいなタイプは嫌いなんだそうだ」
「女優だったら嫌いな男とだって、仕事として接するのは慣れてるでしょ。渡田って奴が嫌いなのか。徳永さんが嫌いなのか知らないけど」
「私もそこまでは知らんが、彼女は木村章が気に入って、きみ自身に会いたいと言っておられるんだよ」
「VIVIじゃなくて?」

 VIVIとは、木村章を演じるビジュアル系ロックシンガーだ。彼と光森房江のからみがあるのかないのか、それも俺は知らない。俺たちは物語がどう進行してどう終わるのかは知らないのだった。

「VIVIではなくて木村章だよ。命令だ。会いにいってこい」
「わかりましたよ」

 昔からこのオヤジは、命令だ、で俺たちを動かした。社長には数々の恩があるのだから、断るわけにはいかない。俺も絶対にいやでもなかったので、光森房江が指定したバーに出向いた。
 うちの事務所の先輩、杉内ニーナさんくらいの年齢なのだろうか。四十歳から六十歳までだったらアリってルックスをしている。ニーナさんと同じく胸がでかい。俺はでかすぎる胸は嫌いだし、そもそもおばさんに興味はないのだが。

「こんばんは」

 頭を下げた俺に、光森房江が無言でグラスを差し出す。すでに飲んでいたらしい彼女は、新しい水割りを作れと言いたいのか。俺はホストじゃないっての。しかし、拒否するわけにもいかないので命令に従った。

「あ、モコちゃん、ここよ」
「モコ? ああ、いたっけな」
「気づいていたの、木村くん?」

 大学生たちの群像劇というべき「歌の森」には合唱部仲間が多々登場する。モコ、チャコのデコボコ不細工コンビが出てきているのは知っていた。
 こんな感じの女の子はどこにでもいるだろう。長身でいかついチャコと、小柄でころころのモコ、いずれもブス。誰がモデルってわけでもなさそうだよ、と幸生は言っていたから、みずきさんが創作した適当な脇役キャラだ。

「はじめまして、立花モモ子です。木村さんにお会いできて光栄です」
「こちらこそ。モモ子さんと光森さんって親しいんですか」
「モコちゃんだってたまには慰労してあげなくちゃね」

 答えにもなっていない返事だが、俺にはどうでもいいので聞き流しておいた。
 先輩女優が売れない若手女優を慰労するのか。俺と会いたいと言ったのは光森さんなのに、なんでそこにこんなのを連れてくる? 若いってだけは光森さんよりもいい……だろうか。好みのタイプではない女は、若くてもおばさんでもどっちもいらないってのが正直なところだ。

「モコちゃん、積極的にならなくちゃ駄目よ」
「えええ……だって……」
「美人はつんと澄ましていたって、男性に誘ってもらえる。だけど、モコちゃんは自分から動かなくちゃ。ねえ、木村くん、そうでしょ?」

 三人で飲んでいると、光森さんが俺にそんな話題を振る。そう言われてなんと答えろと? そうだよ、俺だってブスを口説く気にはなんねえもんな、とは言えないから、曖昧に笑っているしかなかった。

「好きになったらモコちゃんから口説くのよ」
「でも、私、そんなことしたことないし……」
「お手本を見せてあげましょうか。木村くん、練習台になってよ」
「はあ」

 いやだとも言えないでいると、光森さんが俺をまっすぐに見つめた。

「今度の水曜日、お時間はあるかしら? おいしいお店を見つけたんですよ。女ひとりじゃ行きにくいお店だから、木村さんも一緒に行って下さると嬉しいな」
「光森さん、古典的すぎるでしょ」
「あら、そおお? だったら木村くん、誘ってよ」

 ん? これはもしかして、誘導尋問のようなものか? 実はこのモコが俺に惚れて、しかし、モコの名前では木村章は呼び出せないから、光森房江が手を貸してやったのか。

「私みたいなおばさんだとやりにくいでしょ。モコちゃんを誘ってみて」
「木村さんってもてもてなんですよね。木村さんは男性だけど、誘われるのにも慣れてらっしゃるでしょ? 女性はどうやって木村さんを誘うんですか」
「私も知りたいわ」
「……俺は自ら行動するほうが好きです」

 若いのと老けたのと、女たちの真意をはかりかねてそう言うと、ふたりして、きゃああっ、男らしい、かっこいい!! と来た。
 
「じゃあ、木村くんの流儀でモコちゃんを誘ってみて」
「嬉しいなぁ。お手本なんだとしても、モコ、嬉しくてわくわくしちゃいます」
「木村くん、早く」
「……咄嗟には無理です」

 社長、なんとかしろよ。あんたの命令だからやむなく、俺はこんなところにやってきたんだ。これは罰ゲームか。社長、あんた、どこかで見て笑ってるんじゃないだろうな?
 こんなことを続けさせるつもりだったら、社長、特別報酬でも出せよ。いや、いやいや、いくら金をもらっても続けたくない。どうしたら逃げられるんだ? 誰か、俺を助けて。

 トイレに立つふりをして逃げるか。男がそんなこと、やってもいいものか。あとで社長の立場がまずくなるのか。光森さんの誘導に乗りたくないのもあって、俺はうだうだ考える。ただひたすらに、早く時がすぎてくれるようにと祈っていた。

END









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