ショートストーリィ(花物語)

花物語2015/十一月「菊花賞」

 ←ガラスの靴54 →FS「業務命令」
iskiku.jpg
花物語2015

十一月「菊花賞」

 京都競馬場で開催されたレースで、山村啓二騎手が乗った競走馬、キクヒメビジンが菊花賞を獲得した。
 一般的高校生には競馬は縁遠いが、山村啓二といえば同級生の菊花の父親だ。一子の高校では俄然、その話題で沸騰した。

「菊花のお母さんはほら、殿辻リナなんだよ。知ってた?」
「殿辻リナ? 誰だっけ?」
「日本では意外と有名でもないんだけど、パリコレにも出る世界的なモデルなんだって」
「一子は菊花と仲いいんじゃなかった?」
「仲良くはないけど、中学から一緒だから知ってるよ」

 そんな有名人の子だったら、私立なりインターナショナル学校なり、高校からはアメリカに留学するなりすればいいのにどうして? と訊かれて、親は私を普通に育てたいんだってさ、と菊花は言っていた。

「うちのママ、日本ではそれほど有名でもないしさ」
「パパも有名でもないよね? パパってなにしてるひと?」
「なんだっていいじゃん」

 中学生のときには菊花は言葉を濁していたのだが、父親が脚光を浴びるようになると口にするようになった。

「ガキのころって、パパがママより背が低いのが恥ずかしいなんて、つまらないことを悩んでいたんだよね。ママは百八十センチ以上あって、パパは百六十センチもないの。家族で歩いてるとよその人に見られるからいやなんだ。でもね、ママが話してくれたの」

 同級生の父親が有名になったので知ったのであるが、騎手は背が低いものだそうだ。世界的なファッションモデルだったら長身だろうとは、モデルというものに憧れる少女たちも知っていた。

「男性は身長じゃないのよ。パパは立派なひとなんだから、自分に自信があるからこそ、二十センチ以上も背の高いママに堂々と告白してプロポーズだってしたのよ。菊花も男性を身長で選んだら駄目よ」

 そうはいっても競馬の騎手なんて、それほど立派だとも思わない、が同級生たちの正直な感想だったのだが、妻があの殿辻リナだというのが相乗効果になったのか、最近は山村啓二の顔をテレビでもよく見るようになった。彼は小柄で痩身ではあるが、顔立ちは整っている。テレビ写りがよいのであった。

「ひとり娘がいましてね、いつかはこの賞を……と思っていましたので、今回の賞と同じ名前です。妻に似て背が高くて美人ですよ。僕のほうが娘よりも背が低いので、少々見下されていたんですが、今回の受賞で見直してくれたようです」

 なんかださい名前、と、菊花という名を陰で笑っていたクラスメイトたちも、テレビで当人の父親が誇らしげに発言し、人気のあるお笑い芸人が、いやぁ、ええ名前や、俺も女の子が生まれたらその名前、つけよ、と言うに至って見直したようだ。

「毎年発表される、去年産まれた赤ちゃんの名前ベスト10、十位に菊花が入ってたよ」
「うわ、すごい!!」

 高校三年生になる年にはそんなニュースも飛び込んできた。昨年、菊花の母の殿辻リナが、フランスで権威のある賞「ANDAM Fashion Award」を受賞したせいもあったのだろう。菊花はますます意気軒昂になっていっていた。

「モデルはステップだったらしくて、ママはファッション業界で起業するんだって。私も将来はフランスかな。パパの仕事は年を取ったらできないから、芸能人になろうかななんて言ってるよ。私も芸能界でもいいんだけど、ファッションの仕事のほうがやり甲斐はありそうだよね」

 中学校から同じの菊花と一子は、大学も同じになった。公立の場合は学力が似ていたからなのだろうが、境遇はちがいすぎる。一子は平凡な地方公務員夫婦の娘で、妹と弟がいるのだから、有名人夫婦のひとりっ子である菊花のようにはいかない。そんなことはわきまえていた。

「キッカってださいって言われたけど、最近は流行の名前だよね。イチコはいつの時代だってださいだろうけど、名前にも流行りがあるんだよね」

 聞こえよがしに菊花が言っていたこともあるので、一子は彼女に好意は持たれていないのだろうとはわかっていた。

 ふたりともに進学した大学は、日本では名の通った学校だ。一子は一生懸命受験勉強をして合格したのだが、菊花は有名人枠で受験したのではないかとの噂もある。どっちだって一子には関わりはないのでコメントするつもりもなかった。

「だけど、やっかむ子もいるんだよ。生まれつきの差もあるんだからしようがないじゃん? ほら、あそこを通る子、なぜかあの子は中学から私のそばにいるの」
「友達?」
「あの子も境遇がちがいすぎて、友達にはなれないな」
「だよね」

 キャンパスには菊花を囲んで、男女の学生の輪ができている。そばを通りがかった一子を話題にして、若者たちがどっと笑う。一子は自分には関係ないという顔をしてやりすごした。

「……お姉ちゃん、山村啓二って知ってるよね?」
「大学まで同じだった、菊花ちゃんのお父さん、騎手でしょ」
「騎手は引退して。バラエティ番組なんかに出てたみたいね」

 大学を卒業した一子が親の後を継ぐかのように、公務員になって約二年、就活真っ只中にいる大学生の妹が新聞を見せた。そこには大きな文字が躍っていた。

「菊花賞騎手の山村啓二、仏ファッション界で活躍中の殿辻リナ夫婦が脱税!!」

 疑惑ではなく真実であるらしい。

「お金を稼ぎ過ぎたせいなのかな」
「そうなのかなぁ」
「菊花さんはどうしてるの?」
「知らないよ」

 フランスに行くか、芸能界に入るか、と華やかに悩んでいた菊花とはもとより友達ではなかったのだから、卒業してからはまったくの疎遠になっていた。

 有名人のスキャンダルはテレビや雑誌の恰好のネタになる。一子はワイドショーなどは見ないので知らないが、雑誌では夫婦のひとり娘、菊花についても取り上げられていたので買ってみた。菊花は父親の友達である五十代の芸能人とつきあって妊娠し、結婚話が出ていたと、雑誌では報じられていた。

「結婚するつもりでしたよ。しかし、親があれではね。考え直すつもりでいます。子ども? 彼女は産むと言っていますので、出産したらDNA鑑定をしますよ。認知などについては結果が判明してからですね」

 昔も今も人気のある芸能人はつめたく言い放っているとも、雑誌には載っていた。

 今年も菊の花の季節、菊花賞レースについても愛好者たちが口にする季節だ。一子が働く公共機関にも、競馬の好きな男女がいる。一子は競馬には関心はないが、菊花賞といえば思い出す。有為転変の人生って菊花のようなのだろうか。親や周囲に振り回されて、一輪の菊の花はどこに舞い降りていくのだろうか。

END







スポンサーサイト



【ガラスの靴54】へ  【FS「業務命令」】へ
  • Tag List 
  •  * |

~ Comment ~

NoTitle

この前一度は読んでいました。
菊花賞知ってはいたけどあまり関心がなかったので
そのままになっていました。
今度もう一回読んで私の話と似てるとこあるな、と思い
ました。
親の職業で子供の運命ってある程度は左右されますよね。それをそのまま受け入れるか、自分の信念をもって
生きるか? でもこれは難しい。
考えさせられるお話でした。
一子さんずっと近くにいたのだから、本当の友だちになってあげられなかったのかしら。
そうだと最後ちょっと救われた気持になれた気がします。
生活環境が違い過ぎると無理なのかもね。

danさんへ

コメントありがとうございます。

この間、読ませていただいたdanさんのお作も、菊でしたよね。
この季節、菊の花が頭に浮かびます。

私も競馬には別に興味ないんですけど、今年の花物語はちょっとだけひねったタイトルにしたくて、「菊花賞」なんてものにからめてみました。

ジャイアンツの選手が野球賭博に関わって、三人ばかり永久追放されたでしょう?
そのうちのひとりには三人も子どもがいるとか。

奥さんはまだしも、子どもたち、かわいそうだなぁ、と思ったところからできたストーリィでした。

菊花と一子が友達ってのは無理でしょうねぇ。菊花は一子を完全に見下げてますもの。
で、一子のほうはクールで、菊花なんて私には関係ない、ですし(^^ゞ
管理者のみ表示。 | 非公開コメン卜投稿可能です。

~ Trackback ~

卜ラックバックURL


この記事にトラックバックする(FC2ブログユーザー)

  • 【ガラスの靴54】へ
  • 【FS「業務命令」】へ