別小説

ガラスの靴54

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「ガラスの靴」


     54・育休

 日々、人の噂が聞こえる。ロック界にも主夫の世界にも、アンヌが触れ合う人々にも、僕が触れ合う狭い人間関係の中にも、変な奴、平凡な奴、ちょっとずれた奴、大幅にずれた奴、ずれてるのかどうかわからない奴など、いろんな人種がいるのだから。

 うちの奥さんは我が家の大黒柱で、ロックヴォーカリストとして勤労して夫と息子を養っている。なのだから、一般的な女性とも言えないのかもしれないが、お喋り好きだ。噂話も好きなようで、僕にも聞かせてくれる。それだけにむしろ、すこし日が経つと以前に聞いた話は忘れてしまうのだった。

「ああ、眸さんだっけ」
「笙くんの知り合い?」

 アンヌに連れてきてもらったパーティで、西本ほのかさんに会った。ひとことでいえば、僕のパパ友ミチの事実上の夫である吉丸さんの、次男を産んだ女性だ。

 それって……? へっ?!

 実際、ひとことでは言えない関係の、ほのか、吉丸、ミチ、メインの三人以外にも何人もの人がからまるのは、吉丸さんが悪いのか、ほのかさんがぶっ飛びすぎているのか。いずれにせよ、ほのかさんの噂は常に僕の周りを飛び交っているので忘れるはずはない。

 すらっと現代的でセンスのいい長身を、おしゃれなファッションに包んだ通訳。ほのかさんは現代女性が憧れる女性かもしれない。未婚で三人の子どもを出産して育てているというのは賛否両論、というか、否の意見のほうが多いだろうが、僕は彼女が好きだ。

 そんなほのかさんと談笑していると、おなかの大きな女性が見えた。忘れていたのは彼女なのだが、マタニティドレスを着た姿で思い出した。

 売り出し中の作曲家だと、アンヌが我が家に連れてきた三隅斗紀夫。彼と外で偶然にも会ったときには、女性とデート中に見えた。
 実はデートではなく、斗紀夫くんは彼女に責め立てられていたのだった。

 前の会社で同僚だった眸さんに、斗紀夫くんは迫られていた。上手に迫られてはめられてできちゃって、結婚してよ、責任取ってよ、と攻撃されているところに、僕が通りかかったのである。

 それからあのふたりはどうしたのか。アンヌは斗紀夫くんと交流があるはずだが、話さないので僕は知らない。友人、仕事関係のつきあいのあるひと、通りすがりの人間、飲み友達、昔からのファンなどなど、アンヌにはやたら知り合いが多いので、斗紀夫、眸のことも忘れてしまっているのかもしれなかった。

 やや離れた場所にいた眸さんも僕に気づいたようだが、目をそらした。ということは……? と考えていると、ほのかさんが言った。

「あのおなかの子ども、笙くんの?」
「まさか」
「吉丸だったりして?」
「吉丸さんがどこかの女のひとを孕ませてるってことはありそうだけど、あれはちがうはずだよ」
 
 これこれこうでね、と説明すると、ほのかさんはふむふむとうなずいた。

「結婚できなかったんじゃないのかな。だから僕をいやな目で見て、近づいてこないんだよ」
「よかったねぇ、私は彼女を祝福してあげたいわ」
「あなたの感覚はとっても特殊だから、祝福なんかしにいかないほうがいいよ」

 そう言っているのに、ほのかさんは眸さんに歩み寄っていく。心配なので僕もあとを追った。

「何ヶ月でいらっしゃるの? 私にも子どもが三人いるものですから」
「六ヶ月です」
「安定期ね。今のうちに海外旅行に行かれたら?」

 安定期だけど無理はしないでね、と声をかけるのが並の女性だろうが、ほのかさんは並ではない。え、ええ、と眸さんはためらいがちに応じていた。

「働いてるんでしょ?」
「ええ。ほんとは仕事を辞めたいんだけど、夫が……僕は主婦なんて認めないって言うんです」
「そこらあたりは見解の相違だけど、そしたら、夫に育休を取ってもらったら?」
「育休ですか」
「産休は女しか取れないだろうけど、育休は男性だって取れるでしょ」
「……そうですねぇ」

 あれれ? 結婚したのだろうか。結婚したのだったら相手はフリーの作曲家なのだから、育休なんか取れない。僕は口をはさまずに聞いていた。

「夫ってサラリーマン?」
「ええ、そうです」
「大きい会社?」
「そうですよ、大企業のエリートサラリーマンです」

 関係ないのになんでそう根掘り葉掘り……と怒りそうなものなのに、眸さんがきちんと応対しているのは、僕がそばにいるからか。ほのかさんは笙の連れだと認識しているからなのかもしれない。

そのあともほのかさんと眸さんは熱心に話し込んでいたが、出産話などには僕は入っていけない。眸さんは僕を嫌っているようだし、僕だって子持ち主夫だとはいえ、主婦ではないのだから出産だけはできないわけで。
 じりじりとふたりから離れて、僕はローストビーフのお皿の前に立った。一流ホテルのシェフが作った料理はおいしい。常に料理をしている身としては、他人の作った豪華な食事は魅力的だ。

 食べるほうに専念していると、ほのかさんが僕のそばに戻ってきた。なにやらむふふといった顔をしている。ローストビーフを飲み込んでから、どうしたの? と尋ねた。

「育休の話をしているうちに、ボロが出てきたの」
「ボロって?」
「彼女、やっぱりその三隈って男にはふられたみたいよ。結婚なんかせずに子どもを育てていくのがベストなのに、そうは思えない女もいるんだよね」
「そっちのほうが普通だから」

 自分は普通ではないという自覚もあり、普通ではない自分を誇らしく思っているふしもあるほのかさんは、そうね、と同意してから言った。

「だからね、いいことを教えてあげたの」
「なに?」
「うまく行ったら報告してあげる。幸い、候補もいるみたいだし……」

 候補? きょとんとした僕をその場に残して、ほのかさんはどこかに行ってしまった。

 その報告をしてくれるらしく、今日はほのかさんが僕を誘ってくれた。デパートの一画にあるティルーム。そこからはベビー用品売り場が見える。

「彼も育休は取ってくれないみたいだけど、結婚したい眸ちゃんにはお似合いの相手だよね」
「え? はれ?」

 今にも生まれそうな大きな大きなおなかをしたほのかさんが、知らない男と歩いている。前に会ってから三ヶ月ばかり経つから、あのおなかになっているのは当然だ。

「三隈くんじゃないよね。あのひと、ほのかさんは知ってるの?」
「私が知恵を授けたの。眸ちゃんは彼と結婚するみたいよ。出産前に籍を入れたら、彼の子どもってことにできるのよね。ま、そのほうがいいんだったらそうすればいいのよ」
「それって……」

 つまり、眸さんに恋をしていたあの男をたぶらかしたとか? 実はあなたの子なのよ、と言えとほのかさんがそそのかしたとか?

「私はそんな卑怯な真似は勧めません。あなたの子どもではないけど、私を愛してるんだったらこの子ごと受け止めてってところよ」
「ほんとに?」

 むふふって感じで笑うほのかさんは、おのれのことならばそんな卑怯なふるまいはしないだろう。けれど、眸さんに授けた知恵のほうは、いったいどんなものだったのやら。コワコワ怖っ!!

「でも、ふたりともなんだか幸せそうだよね」
「そうよ。子どもが産まれるって幸せなことなのよ」
「あの男には関係ないのに?」
「関係はあるの」
「うん、まあね……」

 よその女が産んだ子の継母のようになっている男もいるのだから、よその男の子を産む女と結婚して、その子のためにがんばって働く男がいても不思議はない。
 人生いろいろ、なんて、演歌みたいな歌を口ずさみ、僕はほのかさんに言った。

「せっかくデパートにいるんだから、今夜のおかずはデパ地下で買って帰るよ」
「今夜はアンヌは早く帰ってくるの?」
「うん。今日は夕食、家で食べるって」
「笙くんも幸せそうね」
「もちろん」

 他人がどうあれ、今の僕には今夜のおかずのほうが大切だった。

つづく







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