ショートストーリィ(フォレストシンガーズ)

FS「J-BOY」

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フォレストシンガーズ

「J-BOY」


 芦屋に住んでいる往年のアイドル。彼女の要望で、レコーディングは神戸のスタジオで行われることになった。俺は仕事を終えて、勤務先から遠くはないスタジオに向かった。

 俺自身はレコーディング経験はないが、フォレストシンガーズと無関係というわけではなくなってからは、誰かのレコーディング風景を見学に来ることはたまにある。トリビュートやカバーが流行の昨今、フォレストシンガーズと花園レナがそのたぐいのアルバムのためにコラボする。俺は彼女と彼らが仕事をしているスタジオを訪ねていった。

「彼は俺たちの友人で、小笠原英彦っていうんですよ。最近はフォレストシンガーズのために曲を書いたりもしてくれています。ヒデ、花園レナさんだ」
「はじめまして、お会いできまして光栄です」
「ヒデ? ああ、そう」

 彼女がアイドルとして全盛だったのは、二十年以上前だっただろうか。俺が小学生のころに、妹と見ていたテレビの歌番組に彼女が出ていた記憶がある。ミニスカートから伸びた脚がまぶしいほどに綺麗だった。
 その花園レナは十五年ほど前に結婚して、正式に引退したというのでもなく人前には出てこなくなっていた。関西の金持ちと結婚してセレブ主婦になったようで、美人はいい目を見られるんだねぇ、の典型的な女なのだ。

 ということは、四十歳くらいなのか。俺には痩せすぎに見えるが、俺がグラマー好きだというだけのことで、アンチエイジングとやらに金をかけているようだし、もとが美人なのだから今でも十分に綺麗だ。

 現役のシンガーと過去のひとを組み合わせる、花園レナにはそうは言っていないのだろうが、そういうネタでフォレストシンガーズと彼女がペアになっているらしい。昭和のヒット曲のカバーアルバムだそうで、それならば大好きな幸生が張り切っていた。

 こっちのメインヴォーカルは幸生、プラス花園レナ、他の四人は男声のハーモニーをつける形で、「水色の恋」のリハーサルはとうにはじまっている。なんで私の歌じゃないのよぉ、とレナは文句をつけていたらしいが、彼女はアイドルであって流行歌手でもなかったらしく、人々の心に残るヒット曲はないのだそうだ。

「幸生……苦労してるなぁ」
 ひそかに、俺は笑っていた。

 フォレストシンガーズの面々ほどになると、音痴とデュエットしたところでつられはしない。他人につられていてはハーモニーができないのだから当然だ。レナは音痴というほどでもないのだが、もともと下手だった上にブランクもあって、プロではない俺の耳にも心地よくない歌になっている。本橋さんや乾さんがレナにアドバイスし、章は横を向いて舌を出していた。

「あんた、誰?」
「は? おまえこそ誰だ」
「僕、テオ」
「テオ? 日本人だよな」

 いきなり話しかけてきたのは、幼稚園ぐらいの男の子だった。四歳か五歳か六歳か、こんなところに入ってきても誰も咎めないところを見ると……と思っていると、ちょっと休憩、と皆に言って、レナがそばにやってきた。

「ヒデ、暇でしょ。ちょうどいいわ、テオを頼むね」
「花園さんの息子さんですか」
「そうなの。スタッフとなにかしてたみたいだけど、飽きちゃったんでしょ。テオ、ヒデと遊んでてね」
「いいよ」
「テオって、どんな字を書くんですか」

 得意げな顔をして、テオが首にかけていた名札のようなものを取り出した。それはセーターの中にたくしこまれていて、そこには名前と住所と電話番号や血液型が書いてある。名前は「中御門天狼星」だった。

「なんて読む……って、こう書いてテオ? 苗字は……ナカミカドか?」
「読めるでしょ、普通。読めなかったら教養ないのよ」
「すみません、俺は教養ありませんから」

 ふふんと鼻で笑って母親は仕事に戻り、乾さんと目が合った。苦笑いしている乾さんだったら、天狼星と書いてテオ? テンロウセイじゃないのか……天狼がテオだったらどうにか読めるにしても、星はどこへ行った? と言いそうだ。俺もそう言いたかった。

 なんと御大層な名前だろうか。この漢字を見れば、なんと読むんだ? が普通の人間の反応だろう。ナカミカド・テオと一発で読める人間なんかいるもんか。しかし、子どもに罪はないので、俺はテオに話しかけた。

「なにをして遊ぶ?」
「ヒデはなにして遊びたいの?」
「……俺はおまえよりも三十歳ほど年上だ。呼び捨てにすんな」
「ママァ、ヒデが怒る」
「ほっときなさい」

 ママは言い放ち、テオは勝ち誇った顔をする。乾さんが、その姓からするとお公卿さんですか、と尋ね、そうよ、とママは鼻高々に答えた。京都のお公卿さんは現代では芦屋に住んでいるのか。
 阪神間の高級住宅地に住む金持ちは、関西アクセントはあるものの、モロ関西弁は使わない場合も多い。関西弁なんて下品だからなのか、テオもそんなふうな喋り方をした。

「ママはお仕事なんだから、邪魔しないでね。ヒデと遊んでやりなさい」
「しようがないな。遊んであげるけど、なにをしたいの?」
「おまえはなにがしたいんや?」
「僕はおまえじゃないよ」
「おまえが俺をヒデと呼び捨てにするんやったら、俺もおまえをおまえと呼ぶんや」

 生意気なガキは身近にもいる。俺の勤めるヒノデ電気店の御曹司、日野創始も相当に生意気だ。けれど、あいつは幸生みたいに調子がいいので、俺が怒りそうになるとうまく身をかわす。テオと喋っていると本気で怒りそうになって、落ち着け、ヒデ、相手は子どもじゃきに、と自分に言い聞かせた。

「おまえ、いくつ?」
「五歳」
「幼稚園か」
「神戸のインターナショナル……えーっと、インターナショナルスクール付属幼稚園。今日は早く終わったから、運転手の堀内が迎えにきて、ここまで送らせたんだよ」
「えっらそうな口のきき方やな。堀内さんとは呼ばんのか」
「使用人にはさんなんかつけないの」

 そういうものなのかもしれない。五歳にして帝王教育でもされているのかもしれないのだから、庶民は口出ししないでおこう。

「ベンツか」
「車? そうだよ。ヒデも車が好き?」
「おまえも好きか」
「好き好き。堀内はあとでまた迎えにくるって、一回帰ったけど、ベンツだよ。メルセデスベンツ・マイバッハ」
「最高級車やな」
「あとで見せてあげるよ」

 近頃の若い男には車に興味のない奴が増えているらしいが、まだ「若い男」ではない幼い男は車好きのようだ。運転手の堀内さんとやらも車好きなのだそうで、テオがリュックから取り出したノートには、彼が描いてくれたのだという車のイラストがたくさん描いてあった。

「このイラストなんか、色をつけたらなにかに使えそうやな。堀内さんって絵がうまいんや」
「画家になりたかったって言ってたけど、絵では食べていけないんだよね」
「……一人前の口を……おまえは大きくなったらなにになる?」
「決まってるよ。パパの会社を継ぐんだ」

 たった五つのJ-BOYは、まだそれを疑問にも感じていないのだろう。これからだ。
 もしかしたら永遠に、自分の歩く道を疑問には思わないままなのかもしれない。そうだとしたらそれも幸せなのか。生意気ではあっても、車の絵を指さして、これはポルシェ、これはランドローバーなどと言っているテオは無邪気な子どもだった。

「J. Boy 頼りなく豊かなこの国に
 J. Boy 何を賭け何を夢見よう
 J. Boy…I'm a J. Boy.」

 J-BOYという言葉が浮かんだものだから、こんな歌詞も浮かんだ。口ずさんでみて、ああ、ここはスタジオだった。レコーディングの邪魔だな、と口をつぐむと、テオが言った。

「ヒデ、歌が上手だね。ママよりもうまくない? ママ、困ってるみたいだから、ヒデがかわりに歌ってあげてくれたらいいのに」
「こら、黙れ」
「なんで?」

 きょとんとした顔をしているテオに、しーっ、と言い聞かせながら、フォレストシンガーズとレナのほうを見る。テオも気にしていたようだが、どうもスムーズに進んでいないらしい。よそ見をしていた章がこっちを向いて、口を動かした。

「そうだそうだ、その通りだよ」
 と言っているようなのは。章にはテオの声が聞こえていたせいだろう。さっきから章は気が乗っていないと見える。こら、おまえも黙れ、と睨んでやると、章はわざとらしいあくびをした。

END








 
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~ Comment ~

NoTitle

子どもに帝王学。。。
・・・というのもどうなんでしょうね。
人生どうなるか分からないから人生。
予定調和な人生はいつの世の中もないものですからね。
現在であればなおさら。
まあ、育て方は人それぞれか。。。
( 一一)

LandMさんへ2

こちらにも、いつも本当にありがとうございます。
特別な親のもとに生まれた子どもには、特別な教育をするっていうのもよくあるんじゃありません?

でも、どうなるかわからないから人生。
っていうのも真理ですね。
なにが起きても自力でしっかり食べていける人間に育てる。それが大切かもしれません。

そのためには多少は人を押しのけても、うまく立ち回る。
そうなってしまうかもしれませんけど……。

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