ショートストーリィ(しりとり小説)

131「がんばらなくっちゃ」

 ←FS超ショートストーリィ・四季のうた・真次郎「秋の空」 →FS「J-BOY」
しりとり小説131


「がんばらなくっちゃ」

 裕福な家庭に生まれて育ち、お嬢さま大学付属の幼稚園から高校までエスカレータ式に進学した野間佳也子は、高校生になると教師に言われるようになった。

「野間さんは成績がいいね。それほど一生懸命勉強しているようにもないのに、頭がいいんだ。記憶力もいいし、要領もいいんだね。うちの大学に内部入学するんじゃなくて、○○大学を受験してみたら?」
「私が○○大学ですか」

 表面上はおっとりした、女ばかりの世界だ。お嬢さまといっても歪んだ女の子もいるらしいが、佳也子を取り巻く友人たちは皆、文字通りの絵に描いたようなお嬢さまたちだった。
 そんな世界から外に出ていくのはいささか恐怖だったのだが、両親も乗り気になり、教師にも熱心に勧められたので○○大学を受験し、スムーズに合格した。

 ○○大学には全国各地から学生が集まってくる。十八歳までの佳也子がいた世界とは一変して、境遇も性格も考え方も、その他諸々がまったく異なる友人が増えていった。

「野間が私の友達? 友達じゃなくて同じ大学だってだけだよ」
「友達じゃないの……?」
「私は友達だなんて思ってないね。迷惑だよ」

 決めつけたのは国吉颯。彼女は青森から上京してひとり暮らしをしていて、異世界で育ったのかと佳也子には思えるほどの女の子だ。サツという名前なのでさっちゃんと呼ぼうとしたら、国吉と姓で呼べと怒られた。

「でも、私は国吉さんを友達だと思ってるから……」
「野間が勝手にそう思ってるだけだったらいいけどね。ところで、野間は就職はどうするの?」
「共学の大学に行っただけで、社会経験は十分だろって両親は言うの。就職はしない。一年くらいは花嫁修業をして、お見合いをして結婚するわ。相手は父がおよそは決めてくれてるのよ」
「あ、そ。勝手にすれば?」

 大学の卒業式から一週間後、両親が愛娘の卒業祝いパーティを開いてくれた。お見合いを兼ねてのパーティだったようで、そこで引き合わされたのが野間真造。遠い親戚にあたるのだそうで、佳也子とは姓が同じだ。もちろん結婚するには支障のない遠い親戚だから、結婚しても姓が変わらないのは佳也子には嬉しいことだった。

 良家の息子と娘らしくつつましくも優雅な交際を経て、佳也子が二十四歳、真造が二十七歳で華燭の典を挙げた。高校、大学時代の友人を大勢招いた中には国吉颯もいて、彼女がいちばん目立っていた。

「若い女性がいっぱいいて華やかだったけど、あの黒いスーツの女性は……」
「国吉さんでしょ。彼女は結婚式なんて馬鹿馬鹿しいから行きたくないって言ったの」
「キャリアウーマン?」
「私と同い年だから、キャリアってほどでもないけどしっかり働いてるひとよ」

 その夜は結婚式を挙げたホテルに宿泊し、翌朝、ヨーロッパ一周新婚旅行に旅立つ予定だ。はじめての夜、佳也子は真造に颯の話をした。

「総合商社の総合職で、幹部候補生ってところ?」
「そんな女性がなんで友達の結婚式に黒いスーツ?」
「ドレスなんか着たくないって。服装はなんでもいいから出席してってお願いしたのよ」
「会社関係の結婚式でも、あんな服装で行くのかな」
「さあ? 気を悪くなさった?」
「いいけどね」

 苦笑いしていた夫との新婚生活は、穏やかにゆったりとすぎていった。
 タワーマンションの一室を買ってもらい、佳也子は当然、専業主婦としてすごす。夫は父親の会社で修行中で、適度に忙しく働いていた。

 妊娠するまでは余暇には夫と旅行や外食に出かけたり、パーティに出席したりもした。佳也子の大学時代の友人はなかなか結婚せず、したとしても結婚式に招待されることもなかったが、高校時代の友人のゴージャスな結婚式に、夫ともども出席したりもした。

 そうはいっても高校時代までの友達とはそれほど密なつきあいはしていない。大学時代の友達は仕事が多忙になってきて、暇な専業主婦とはなかなか遊んでくれない。なぜか、あんたは友達じゃない、と言い切った颯とだけ、細々と交流が続いていた。

「国吉さんは結婚しないの?」
「しないよ」
「彼氏、いないの?」
「いるよ。あいつは結婚したがるんだけど、私がしたくないの」
「三十までにはしたほうがいいと思うけどなぁ」
「大きなお世話っ!!」

 電話でそんな話をして、颯が怒って切ってしまったりもしたのだが、たまにはふたりで夕食をとり、佳也子が颯に、うちに遊びにきてよ、とねだった。

「やだよ。会うんだったらこうして外で、おいしいものを食べるほうがいいじゃないか」
「私も料理の腕は上がったのよ。国吉さんに家庭料理をごちそうしたいな」
「いらないってば」

 つめたく断るくせに、あんたとなんか二度と会いたくない、とは颯は言わない。お節介は承知の上で、佳也子は言った。

「彼氏とは仲良くやってるの?」
「彼氏? ああ、まあね」
「結婚しないの?」
「しないって言ってるだろ」
「……彼、かわいそ」

 結婚して一年ばかりが経過し、佳也子の妊娠がわかった。それからは主婦でも忙しくなって、颯ともめったに会うことはなくなった。それでも颯は佳也子を気にかけてくれているようで、出産祝いを持って訪ねてきてくれた。電話もしてくれた。

「国吉さん、結婚しないの?」
「あんたもしつこいね。しないって言ってるだろ。あんたを見てると結婚なんか、絶対したくなくなるんだよ」
「私って不幸に見えるの?」

 驚いて問い返すと、颯は言った。

「家畜の幸せってのもあるんだからいいんだろうけど、あんたって夫と子どものためにしか生きてないだろ。自分も贅沢して好きなことをしてるんだから、優雅な専業主婦は幸せだって言うのかもしれないけど、私はそんな生き方はまっぴらなの。私から見れば野間はかわいそうなんだよ。私はあんたみたいになりたくないの」
「結婚したからってそうなるとも限らないし……」
「いいんだよ。ほっといて」

 きっちり働いてなに不自由ない生活をさせてくれる夫がいて、お小遣いをくれたり手助けをしてくれたりする実の両親もいる。夫の両親も優しくて、ひどい干渉はしてこない。そんな暮らしの中で長男、長女が誕生して育っていく。佳也子にはそれ以上の幸せは考えられなかった。

 が。
 好事魔多しとはこのことか。長男が十歳、長女が八歳になり、佳也子も真造も三十代半ばになった結婚十二年目のある日。佳也子は夫の母親と向き合っていた。

「まあね、主人が浮気するっていうのは、妻が悪いっていうのもあるのよ」
「そうなんですか」
「そうなんですかって、決まってるじゃないの。佳也子さんは子育てと家事だけで楽に楽に生きてきたけど、真造は大変だったのよ。うちに帰ると佳也子さんは子どもにばかりかまけて、主人は二の次って扱いをする。真造が私にこぼしていたこともあるわ。そんなときにふとよそ見をしたからって、責められるものじゃないんじゃない?」
「……そう、ですか」

 ため息をひとつついて、義母は続けた。

「所詮浮気でしょ。そんなの、よくあることよ。真造はお金も持ってるし、社会的な地位もある。若くて綺麗な女にふらっとするなんて、男としては当たり前かもしれない。奥さんにないがしろにされてるんだから、無理もないと私は思うわね。あなたは我慢すればいいのよ。我慢して待ってればいいの。真造が帰ってきてもそんなことには気づいてもいない顔をして、おいしいものを作ってもてなして、肩でももんであげればいいの。そうしていたら主人も家庭に戻ってくるわ」
「……そう、なんですね」

 義母に言われた通りにしてみようとしたが、そうすると夫は図に乗る。それから二年の間に三人の女性と浮気したと判明したのをきっかけに、佳也子の堪忍袋の緒が切れた。

「きみの忍耐強さってそんなもんだったんだな。いいよ、そしたら離婚しよう」
「……望むところです」
「こんなときには僕が悪いって言われるんだよな。きみは実家に帰ればいい。親権がほしいとも言わないよ。慰謝料も払うよ」
「……当然です」

 交渉もなにもあったものではなく、簡単に離婚になった。夫の両親は息子を諌めようとしたらしいが、本人が聞く耳を持たないのだからどうしようもない。佳也子の両親は、孫を連れて帰ってきた娘をあたたかく迎え入れてくれた。

 相談すると嘲笑されそうな気がしたので、離婚が成立してから颯に報告した。就職してから十年以上になる颯は独身のまま、キャリアを重ねている。時々は電話で話して、彼女がどうしているのかを聞いていた。

「そんなことになってたんだ。慰謝料とか養育費とか、がっぽりせしめた?」
「せしめたって、人聞き悪いんだから。その話はちゃんとしてますよ」
「で、これからどうするの?」
「むこうの親も私に悪いとは思ってくれたみたいで、慰謝料や財産分与とは別に出資してくれたの。洋菓子店を出すことにしたのよ」
「はーん。ま、やってみたら?」

 勤労経験のない佳也子が洋菓子屋のオーナーになるとは、当の佳也子だって危ぶんでいた。不安だった。けれど、父の会社の経験豊富な部下たちがなにくれとなくアドバイスしてくれ、手伝ってもくれた。父が貸してくれた人材が首脳部を結成して、実務の部分を完璧に支えてくれた。

 腕のいいバテイシェと好条件の立地と、辣腕経営陣。などなどがついていたのだから、佳也子の店は売り上げを伸ばし、五年後には支店を出すまでに成長した。子どもたちも成長し、ママって仕事をしても有能なんだね、と褒めてくれるようになっていた。

「……あの、オーナーはこちらにいらっしゃるんですか」
「えーっと、どちらさまですか?」

 本店の執務室にいる佳也子の耳に聴こえてきたのは、かつての夫の声。佳也子がそっと覗いてみると、四十代になった元夫はなにやらうらぶれて見えた。彼の応対をしている女性店員に、私はいないって言って、とそっと合図して、佳也子は窓辺から離れた。

 結婚していたころも離婚してからも、私は幸せよ。夫はろくでもなかったかもしれないけど、周囲の人々に恵まれてきたのね、そんなふうに佳也子が考えていたころ、久しぶりに食事をした大学時代の友人から、颯の噂を聞いた。

「そういえば最近は、私もごたごた忙しくて、国吉さんとは疎遠になっていたのよ。国吉さんの会社がつぶれたって?」
「つぶれはしてないんだけど、風前の灯火みたい。国吉さん、リストラされたみたいよ」
「それは……」
「国吉さんは仕事一筋で、彼氏もできたことがないんだよね。それだけに相当にキャリアを積んだわけだけど、ずっと同じ会社にいた人間には転職もむずかしいみたい。こんな時代だしね」
「能力はあるんでしょ」
「そりゃああるけど、四十代半ばって年だしね」

 いつ尋ねても颯には彼氏はいると言っていたが、その友人、山辺に言わせると、見栄なんじゃない? となる。それからじっくり考えてから、佳也子は何年ぶりかで颯に電話をかけた。

「そっか、山辺から聞いたか。その通りだよ」
「それで国吉さん、転職先は見つかったの?」
「来てほしがってる会社はたくさんあるんだけど、決め手に欠けるんだな」
「それだったらいいんだけど……」
「なんかあるの?」

 気を悪くしないでね、と前置きして、佳也子は言った。

「うちの店、四軒目の支店を出すことになったの。国吉さんは店舗経営的な仕事をしてたって聞いたから、その支店のマネージャーみたいな立場でお願いできないかなって思って……」
「ふぅん」
「だけど、次の就職先の候補があるんだったら無理よね」
「それはつまり、私があんたの雇われ人になるってことか?」

 早い話がそういうことだろう。ふぅん、ま、考えておくよ、と呟いて、颯は電話を切った。

「怒られちゃったよ」
 翌日、今度は山辺が電話をかけてきた。

「カヤちゃんによけいなことを言うなってのもあったみたいだけど、それよりもね……」
「それよりも?」
「言ったらいけないのかもしれないけど、滑稽ったら滑稽だから、言いたいのよ」
「なんなの?」

 離婚した夫の親がお金を出してくれてはじめた奥さん商売。そんなものが軌道に乗って四軒目の支店? それはそれは、おめでたいことで。
 揶揄するような口調で言ってから、颯は山辺にまくしたてたのだそうだ。

「その店に私を雇ってくれるんだってよ。キャリア二十年の私が、奥さん崩れの女に使われるんだってよ」
「ありがたい話なんじゃないの?」
「なに言ってんだよ。馬鹿にすんなよ。なめんなよ」
「怒ってるの? 要するに……なんて言うのかな。国吉さんは野間さんの片腕として……とでもいう立場だったらともかく、彼女に雇われるなんて許容できないと……」

 ふんっ、と鼻息を残して、颯は電話を切ったのだそうだ。

「きっとそうだと思うよ」
「もっと国吉さんを頼りにしなくちゃいけないって意味? うちの店で働いてほしいって言ったらいけなかったの?」
「国吉のプライドが許さないって意味みたいね」

 ふぅううん、とは佳也子が言いたい。佳也子にはそういう意味でのプライドはないから、颯の気持ちはさっぱりわからなかった。


つぎは「ちゃ」です。




 

 
スポンサーサイト



【FS超ショートストーリィ・四季のうた・真次郎「秋の空」】へ  【FS「J-BOY」】へ
  • Tag List 
  •  * |

~ Comment ~

NoTitle

どんな生き方が幸せで。
どんな生き方は不幸なのか。
そういうのは自分が決めることでありますけど。迷うからこそ分からなくなるんですよね。
昔は結婚が幸せって決まっていましたし、今もその風潮がありますけど。そういうわけではないですから、離婚があって、再婚があって。シングルマザーがいるわけですからね。
・・・深い小説だ。
( 一一)

LandMさんへ

コメントありがとうございます。
世の中は不公平にできてるんですよね。

生まれてから死ぬまで順風満帆、誰かが協力してくれたりもしてうまく生きていける人と。
なにをやってもついてなくて、自分はちゃんとしているのにうまくいかない人と。

まあ、それが人生ってやつなのでしょう。
達観は大切かもしれません。悟りを開くと楽になります。
というようなことが書きたかったのでした。

管理者のみ表示。 | 非公開コメン卜投稿可能です。

~ Trackback ~

卜ラックバックURL


この記事にトラックバックする(FC2ブログユーザー)

  • 【FS超ショートストーリィ・四季のうた・真次郎「秋の空」】へ
  • 【FS「J-BOY」】へ