ショートストーリィ(FSいろは物語)

いろはの「ほ」part2

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フォレストシンガーズ

いろは物語part2

「ほのかに薫る」

 ものわかりのいい男は嫌いだと言って、二度も彼と別れた私。

 一度目は大学生のとき、同じ大学の同じ合唱部にいた乾隆也とつきあって、隆也くんは優しすぎる、ものわかりがよすぎると言ってふった。
 二度目は二十六歳のとき。偶然にもドライヴインで再会した隆也くんと再びつきあうようになって、学生時代と同じ理由で別れた。

 大人になってからの「ものわかりがよすぎる」は、学生時代とは微妙にちがっていたけれど、隆也くんと私はやっぱり、どこか噛み合わないのだと思っていた。

 隆也くんも私も三十代になり、彼はフォレストシンガーズというヴォーカルグループのメンバーとして活躍している。フォレストシンガーズは全員が私のいた合唱部に所属していたから、一応は知っているひとばかりだ。私にはとても親しみのもてるグループで、CDも買いコンサートにも行っていた。

 若気の至りだったのかしらね。ものわかりのいい男は嫌いだなんて。ものわかりのいいのは決して嫌いではなくて、よすぎるのが苛立ちにつながったんだろうか。私が結婚した相手もとてもものわかりのいい男だ。

「あなたとだったら自分のペースを崩さなくてもよさそうだから、結婚しようか」
「結婚かぁ。香奈とだったらしてもいいかな」

 プロポーズというほどのこともなく、結婚しようか、それもいいね、で夫婦になった。私は当然、翻訳家の仕事を続けているから、子どもはどっちでもいいという夫はたいへんにものわかりがよくて都合がいいのだった。

「ただいま、香奈、聞いてくれる?」
「はいはい。一緒に食事を作りながら聞いてあげるよ」
「まだごはん、できてないのか。しようがないな」

 家事は女の仕事だとは夫は言わない。私は食べるものにあまり興味がないので、夫がいなかったら料理をする気にもならない。こんな遅い時間でも、夫が食べたいのだったら一緒に作る。夫は不満でなくもないようだが、できていないものは仕方ないので、玉ねぎを刻みはじめた。

「レトルトのミートソースに玉ねぎやひき肉を足して、パスタとサラダでいいよね。私はサラダだけでいいわ」
「あなたがいいんだったらいいけどね。で……」

 聞いてほしがっていた夫の話とは、こうだった。

 英米文学をメインとする翻訳もの文芸雑誌の編集者である夫、滝沢優とは互いに三十歳をすぎてから知り合った。それまでの話もちょこちょこ聞いてはいたが、恋愛って面倒だね、が持論の夫にも恋をした経験があったのだとは初に聞いた。

「好きだったんだよ。だけど、彼女は僕とは恋をしてくれなかった。僕とだけではなくて、誰とも恋なんかしないんだって言ってた。だったらしようがないから僕も諦めたんだ。彼女は香奈と似たような仕事をしていて、よその国に行ったり日本にも来たり、故郷の国に戻ったり、世界中を股にかけていたんだよ」
「どこの国のひと?」
「フランス人。専門はイギリス文学だった」

 たしかに、仕事は私と似ている。恋愛は面倒だという思想は、彼女も夫も私も似ている。そんな主義でも若いときには恋をするものだ。私だってしていた。

「あれから五年くらいになるんだね。僕は彼女を諦めて香奈と結婚した。彼女のほうは昔と変わらない暮らしをしていたそうで、久しぶりで会ったんだよ」

 感動した夫は彼女を抱きしめ、好きだったよ、と告げたのだそうだ。あなたと再会してみて、今でも好きだと知った、僕にも女性を愛する心はちゃんとあるんだな、と。

「香奈には家族愛だからね。家族のほうが異性を愛する感情よりも上ってのか……」
「言い訳しなくていいの。どっちが上ってものでもないでしょ」
「香奈、怒ってる?」
「怒ってないよ」

 あっけらかんとしているようでいて、私が怒っているのかと気にするところは可愛い。

「彼女も言ってくれたよ。私もマサルが好き、今でも好きだと言ってくれて嬉しかったわって」
「それでどうしたの?」
「どうもしないよ。それだけ。とっても嬉しかったから香奈にも聞いてもらいたかったんだ」

 昔、夫が愛した女。そんな女と再会して愛情を確認し合った。その話を妻にする夫。怒りもせず、へぇぇ、よかったね、と話を聞く妻。

 ずれてるんだろうね、私たち。
 だけど、あなたはあなたで私は私だもの。ずれてる同士でお似合いなんだもの。
 茹であがったパスタをお皿に盛り、ちゃちゃっと作った半ばレトルトのソースをかけ、レタスときゅうりだけのサラダとともに食卓に運ぶ。

「そりゃよかったね、なんだけど……」
「なんだけど……?」
「ほんのちょっとだけ……そうね、このくらい」

 食卓に飾った白い花はストック。私はストックを指でつついた。白粉のような香りがすると言ったひともいたが、ストックの香りのようにほのかに、ほのかに。

「この花の香りくらいにほのかに、妬けなくもないかな」
「香奈が妬いたりするの? ふーん、なんだかほんのちょっとだけ……」
「なによ」
「嬉しくなくもないかな……」

 変なの、と言い合ってふたりで笑う。ほのかに薫る程度のジェラシーは、平和な日常にはいいスパイスになるのかもしれない。

END








 
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~ Comment ~

NoTitle

私も料理自体は気にしない・・・方でもなくもないか。。。
毎日同じだと嫌ですが。

母親の作った料理は基本的に覚えるようにしてますし。
そういうのを気にしないさばさば感も必要なのかな。
女性のその辺は良く分からない。

・・・あまり人としては尊敬しない種類かな。
私にとっては。

LandMさんへ

いつもありがとうございます。

私もあまり食べ物に執着心はないほうでして、食べることに興味の少ないひとのほうが、性格的には私と合うかなと思ったりします。

小説のキャラでも、自分とかけ離れた人間を敢えて書く……これ、むずかしいですけど、すごーく嫌な奴を自分なりに書けたら快感だったりしますよね。
自分に似たキャラを作って、うんうん、わかるわかる、なんて自己満足するのも楽しいですし。

人として尊敬しないというのは、この主人公ですか?
私はこのカップル、好きです。自分で言うのもなんですが(^o^)
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