ショートストーリィ(フォレストシンガーズ)

FS天空物語「Over The Rainbow」

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フォレストシンガーズ

「Over The Rainbow」

 
 少年時代を思い出すと、凛々しくも美しい先輩の顔が浮かぶ。ふたつ年上の吹奏楽部のキャプテン、小林華絵さん。小林さんとの想い出の中には、この歌もあった。

「Somewhere over the rainbow
 Way up high
 There's a land that I heard of
 Once in a lullaby
 
 Somewhere over the rainbow
 Skies are blue
 And the dreams that you dare to dream
 Really do come true

 Some day I'll wish upon a star
 And wake up where the clouds are far behind me
 Where troubles melt like lemondrops
 Away above the chimney tops
 That's where you'll find me

 Somewhere over the rainbow
 Bluebirds fly
 Birds fly over the rainbow
 Why then, oh why can't I?」

 公園でトランペットの練習をしていて、中学時代の知り合いの不良たちにからまれた、高校一年生の夜。僕を助けてくれたのは、アマチュアヴォーカルグループのお兄さんだった。

 彼らに小林さんがお礼を言ってくれて、僕らの高校の吹奏楽部の演奏を聴いてもらって、そのときにお願いして歌ってもらったこの歌。アマチュアだったけど、フォレストシンガーズのハーモニーはとてもとても素晴らしくて、僕も聴き惚れていた。

「きみらはたいしたもんだよ。歌をつくる才能も、歌うほうの才能もある。シンガーズってのは顔がいいにこしたことはないけど、そこらへんはま、男だし、どっちでもいいっちゃいいわな。がんばれよ、フォレストシンガーズ」
「ありがとうございますっ!!」

 失礼だと受け取れば受け取れるような激励の言葉を彼らに送ったのは、僕の祖父。祖父は若いころにはジャズプレイヤーだったのだそうだ。
 いつの間にか集まってきていた公園の聴衆たちも、僕たちも拍手して、野外ライヴの会場みたいになっていた、初夏のあの日。きらきら木漏れ日が目に浮かぶ。

 翌年には小林さんは卒業してしまったが、僕が在学中に彼女がフォレストシンガーズを学園祭に招待してくれたこともあった。フォレストシンガーズはプロになっていたので、正式に学校と事務所が交渉しての、学園祭のゲストとしてだ。

「フォレストシンガーズって、良平が高一のときに会った、あの兄ちゃんたちだろ。デビューしたのか。聞かんな」
「テレビに出たりはしていないから、僕も知らなかったんだけど、プロにはなったみたいだよ」
「そうか。わしも近頃はとんと仕事もしてないから、知らなくてもしようがないな。わしも聴きたかったよ。どうだった?」
「うん、最高だった」

 報告した祖父は、デビューしたか、そっか、よかったな、と目を細めていた。

「時に、良平はミュージシャンになりたくはないのか?」
「僕にはそこまでの才能もないから、教育大にしようかな」
「教師になるのか。それもいいことだ。教師は素晴らしい職業だよ」
「そうだよね」

 希望通りにスムーズに、僕の大学生活がスタートした。志望校に合格して、勉強も特別に大変でもなく、バイトをしたり友達と遊んだりして楽しくやっている。ただ一点、物足りないのは彼女ができないことだ。

 もてないわけでもなく、それとなく、青木くんの彼氏になりたいな、とほのめかされたこともあった。だけど、子どもっぽいだとか意地が悪そうとか、嫉妬深そうな目をしているとか考えてしまう。小林さんほどの美人はそうはいないし、小林さんだって完璧な性格でもなくて、誰かの悪口を言っていたりもしたのに。

「青木くんって女嫌い?」
「そうじゃないよ」
「ゲイなんじゃないの?」
「ちがうよ」
「だったらどうしてよ? 私みたいな魅力的な女に告白されて、つきあおうって気にならないのはなぜ? 正直に言って」

 ならば正直に言ってあげよう。

「僕は女嫌いじゃないけど、あなたが嫌いなんだ」
「……ああ、そう」

 青くなって僕を睨み据え、彼女は行ってしまった。
 彼女が言い触らしたのもあったのかもしれなくて、それきり僕に近寄ってくる女性は途絶えた。男には皮肉を言われるようになって、同性の友達も少なくなった。

 それはそれとしても、大学を卒業すると隣県の県立高校に奉職した僕は、高校教師と呼ばれるようになった。進学校なので、陰では遊んでいる生徒もいるのかもしれないが、おおむね勉強熱心な優等生だ。こんな学校では基本的には教師は楽だ。青春を謳歌している熱血高校生なんてのもいないので、変な議論を吹っかけられることもなかった。

 大学時代のあれが尾を引いているわけでもないのだろうが、青木良平は変人だとでも思われているらしく、親しくしている教師もいない。祖父は、おまえ、彼女もいないのか? と嘲笑う。両親は、結婚しないの? と心配する。まだまだだよ、と答えているうちに、結婚してもおかしくない年齢になってしまった。

「時のたつのは早いですよね」
「なにを年寄りみたいなことを言ってるのよ」
「いやぁ、僕はおじさんじみてきたってのに、小林さんはあいかわらず綺麗だな」
「ありがとう」

 堅そうな空気をまとってはいるが、街でばったり会った小林さんは変わらず美しい。理系大学で地球環境を専攻していた小林さんは、教育図書出版社の学校教科書部門に就職したそうだ。堅そうなのも道理で、堅い職業なのだろう。

「僕は社会科の教師になったんですよ。積もる話がしたいな。小林さん、時間はありますか」
「時間はないのよ。婚約者と会う約束してるの」
「婚約者……そうですか」

 別段彼女への感情に縛られていたのでもないが、もっと早く再会していたなら、僕は彼女の恋人になりたかった。婚約者がいるのならば、高校時代の後輩となんかふたりきりでお茶を飲むのもよくないのか。僕らはその場で立ち話しをした。

「婚約者ってなんの仕事をしてるんですか。同僚?」
「大学のときからの友達なんだけど、今は信用金庫につとめてるの。だけど、彼は子どもができたら退職して、専業主夫になる予定なのよ」
「夫のつくシュフですか」
「そうよ。私から彼にプロポーズしたの。私についてこい、幸せになろう、って感じ」
「へぇぇ」

 まったく、小林さんはまったく変わっていない。彼女の婚約者の外見や性格も知りたくなってきた。僕が小林さんとつきあっていたとして、そんなプロポーズをされていたらどうしただろう? ちょっとぐらいはむっとしたかもしれないのだから、泰然として承諾したらしき彼を尊敬したくなった。

 きっと僕では、小林さんにはついていけない。思い知らされてよかった。だからといって小林さん以外の女性と交際して結婚する気になるかどうかは、また別問題だが。

「フォレストシンガーズもあれからだいぶ有名になったんだよね」
「そうですね。僕らはもはや、会えるような存在でもなくなってしまったみたいだ」

 フォレストシンガーズの本橋さんと本庄さんは結婚したと聞く。結婚ってものは僕にとっては虹のむこうの世界のように思えて、そこってどんな世界なんですか? と経験者に質問してみたくなってきた。

END






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