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小説386(歌の森)

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フォレストシンガーズストーリィ86

「歌の森」


1・阿久津ユカ

「きみはどこの劇団にいるんだっけ?」
 これまでにした仕事の中ではもっとも大きな役、とはいっても主役ではないが、私にすれば女優として飛躍するチャンスかもしれない。そんな仕事の休憩時間に、戸蔵一世が話しかけてきた。
「イッセイさんは知らないんじゃないかな。パーマネントブルーっていうんです」
「ちらっと聞いたことはあるかな。主催者は誰?」
「オノバン・タロー」
「うん、なんとなくだったら知ってるよ」
 ほんとに知っているの? とは思ったが、彼も劇団員なのだから知っているのだろうということにしておいた。
「イッセイさんの劇団とは格がちがいますけどね」
「いやいや、ぽぽろだってたいしたことはないよ。イッコウさんが有名になったから、ちょっと名が知れたってとこかな」
 お茶でも飲もうか? と誘われて、ふたりで自動販売機コーナーに行く。ここはテレビ局のドラマ撮影スタジオだ。長い休憩時間ではないので、外にお茶を飲みにはいかれない。
 深夜枠の新番組「歌の森」は、フォレストシンガーズというヴォーカルグループをモデルにしたドラマである。実在のヴォーカルグループなのだから、脇役たちは名前を変えてあるものの、主役のほとんどは実名のままだ。オーディションで選ばれた若手俳優たちの中では、イッセイさんはまだしも有名なほうだろう。
 会話に名前が出てきたイッコウさんとは、KCイッコウ。三年ほど前からメジャーシーンでも売れてきていて、再来年の大河ドラマに出るとの話もあるらしき彼は、イッセイさんと同じ「劇団ぽぽろ」の出身だ。
 長く売れなかったフォレストシンガーズは、ぽぽろと関わりがあったらしい。三沢幸生が客演としてぽぽろの芝居に出たり、木村章が舞台音楽を作曲したり、乾隆也がぽぽろの中心人物、台湾人のゆうゆさんに中国語を教わっていたり。
 看板スターのイッコウさんが売れて舞台に立つことがむずかしくなり、ぽぽろの二代目スターになったのが戸蔵一世だとは私も耳にしている。イッセイさんはフォレストシンガーズのDVDにも出演していて、私もそれは観た。イッセイさんもオーディションは受けたのだそうだが、彼だけは出来レースだったのかもしれない。
「イッセイさんはフォレストシンガーズとは親しいんでしょ?」
「それほどでもないよ。イッコウさんが三沢さんや木村さんと仲良くしてるから、俺も一緒に飲みに連れてってもらったりはするけどね」
「いいなぁ」
「ユカちゃんだって、フォレストシンガーズのみなさんには会ったんだろ」
「会ったけど、それだけだから」
「個人的に話はしていない?」
「個人的にはしていません」
「ユカちゃんの場合は、山田さんとじっくり話すべきだよね」
「山田さんって呼んでるんですよね」
「ああ、彼女は仕事では旧姓を使ってるから」
 オーディションに合格した七人は、自分たちが演じる本人に会わせてもらってはいた。フォレストシンガーズ五人を演じる五人は、各々の本物と個別に会って話したりもしているのだそうで、私もその話は聞いていた。
 七人の中ではいくぶん特殊な立場なのが、イッセイさんと私だ。それでもイッセイさんは、この仕事の前からフォレストシンガーズとは知り合いである。DVDでも演じた小笠原英彦。ドラマでは小川清彦と名前の変わっている、デビュー前のメンバーを演じるのがイッセイさんだ。
 マネージャーの山田美江子を演じる私は、メインキャストの中では紅一点。なんだか微妙な立ち位置だ。
 ドラマの中では美江子と、フォレストシンガーズのリーダー、本橋真次郎は喧嘩ばかりしている友達といった関係だが、現実では夫婦。顔合わせのときには山田さんも来ていたが、私はすこしだけ、内緒だけれどすこしだけ、彼女に反感を持った。
「本橋くん、髪のうしろ……」
「え? あ、おっ立ってるな」
 後頭部に手をやった本橋さんが言い、あなたの髪は硬いから、なんて言いながら、山田さんは整髪料を取り出していた。本橋さんの髪にムースをつけてあげている姿は、マネージャーではなく生々しく「妻」に見えた。
「失礼。阿久津さんですよね。山田美江子です。よろしくお願いします」
「こちらこそ。よろしくお願いします」
 わけもなくおどおどしてしまって、頭を下げて挨拶をかわした。山田さんと私の触れ合いはそれだけだった。
 三十五歳、よく言えば大人の女。悪く言えばおばさん。私よりも十年上。私のほうがプロポーションもよくて美人。私があなたを演じるって、もったいないんじゃない? こういうのを役不足っていうんだよね。口に出せるはずもないが、私はそんなふうに思っていた。
 最年長はイッセイさん、川端としのりくんが最年少。あとは二十歳をひとつ、ふたつ出た年ごろの男性ばかりだから、私はイッセイさんに次ぐ年齢だ。
 二十五歳の無名の女優……山田さんよりははるかに美人だとはいっても、女優の世界ではたいしたものでもない。今回のドラマで飛躍することを夢見てはいるけれど、メインキャストの中ではいちばん格落ちの紅一点。山田さんの境遇のほうがずっとずっといい。
 この役を得るまではろくに知らなかったフォレストシンガーズだが、歌を聴いて好きになった。そんなフォレストシンガーズのマネージャーという仕事は大変だろうけれど、私生活では本橋真次郎の妻。収入も私よりもいいんだろうし、なによりも、稼いでくれる夫がついている。
 背が高くて筋肉質で、声が太くて低くて魅力的で歌が上手で、フォレストシンガーズのリーダーである本橋さん。性格的にも「俺についてこい」タイプかな。山田さんは素直についていくようなタイプじゃなさそうだから、合わないんじゃない? 友達夫婦?
「本橋さん……あの……」
「おぅ、山田役の女優さんだね。よろしく」
 それだけしか言ってくれなかった本橋さんの背中を見つめて、もっと話がしたいと願っていた。
「木村さんと三沢さんが内緒話してたよ」
 こうしてイッセイさんとペットボトルのお茶を飲んでいても、一度しか会っていない本橋さんの笑顔を思い出してしまう。イッセイさんが言っていた。
「山田さんをやるには、ユカちゃんって美人すぎるよな、って木村さんが言ったんだそうだ。そしたら、本橋さんが熱心にうなずいてたって。リーダーもそう思ってる? って三沢さんが突っ込んだら、いや、まあ、女優は美人で当然だろ、って本橋さんが言ったそうだよ」
「私はそれほど美人じゃないけど……」
「ご謙遜を。山田さんだって美人だけど、あのひとは芸能人ってわけでもないもんな。そりゃまあ、山田美江子の役は美人女優が演じるのも当然だよ」
 それほどの美人ではないけれど、私は山田さんよりは上。言うわけにもいかないが、本心からそう思っていた。


2・三村真次郎

コメディアンになりたくて修業していた俺に、おまえに合いそうな役のオーディションがあるんだよ、との話が持ってこられた。ものはためしに応募してみたら、声が似ている、体格や雰囲気も似ている、空気も似ている、と言ってくれたひとがいた。
 彼の名はみずき霧笛。「歌の森」の脚本を書いた中年男性だ。
 演技は素人に近かった俺を選んでくれたのはみずきさんだから、俺は彼に感謝している。俺に雰囲気が似ているという有名人がいたことにも感謝していた。
「うん、たしかに似てるよ。おし」
 フォレストシンガーズプラス、後のマネージャーである山田美江子、物語のころにはメンバーだった小川清彦、七人のキャストが本決まりになると、俺はフォレストシンガーズのアルバムとDVDを全部買い込んで聴き込み、夢中になって芝居も観た。
 リーダーの本橋真次郎が俺の役だ。現在の彼よりは十歳以上若い、十八歳から二十五歳ぐらいまでを演じるわけだが、リーダーであるだけあって露出度は高いので、歌でも芝居でも参考にしやすかった。
 長身で豪快で世話好きの親分気質。俺は彼よりは醒めているだろうが、性格も体格もたしかに似ている。それに、なによりも声が似ている。役者として動きはじめるにあたって芸名を三村真次郎と改めたのもあって、本橋真次郎には親近感湧きまくりだった。
「俺は歌にも自信なくもないんだ。カラオケ、行こう。フォレストシンガーズの歌を聴いてくれよ」
「いいよ」
 高校のときからつきあっている彼女とカラオケルームに行き、本橋真次郎ソロの歌を歌ってみせたら、彼女は本気で拍手してくれた。
「シンちゃん、うまーい!!」
「俺の歌、聴いたことなかったか?」
「マジに聴いたのははじめてみたい。本物のフォレストシンガーズにも負けないよね」
「それは言いすぎだよ」
 本名は進一というのだから、シンちゃん、の呼び名にもまったく違和感はない。シンイチよりもシンジロウのほうがかっこいい。いかにもコメディアンとしか言いようのない、前の芸名と較べたって、三村真次郎は格段にかっこよかった。
 カラオケルームではフォレストシンガーズの歌を歌いまくり、俺ひとりでマイクを独占していたが、彼女も喜んでくれていた。
 故郷の高校を卒業して、東京で就職した俺。故郷で美容専門学校に通い、卒業してから東京のヘアサロンに就職した彼女、杏奈。二年間は離れ離れだったから俺は浮気もした。杏奈もしていたのかもしれないが、同じ東京で暮らすようになってからは、以前と同じ恋人同士に戻った。
 就職先は一年も保たずに飛び出して、コメディアンの仕事に就いた。仕事とは名ばかりでバイト必須ではあったが、杏奈はそんな俺に金銭的な応援もしてくれた。彼女にしても見習いのようなものだから給料は安いが、俺よりは安定した仕事だ。
「シンちゃん、ほんと、歌もうまいよ。これでスターになれるのかな」
「スターかぁ……そこまでは、なんて言ってちゃいけないな。なってみせるよ」
「うん、約束だよ」
 約束を果たすのは何年先になるかわからないが、俺はその気だった。なのに、俺が忙しくなって会う機会が間遠になると、ごめんね、のひとことで杏奈は去っていった。
 慣れない役者としての日々に疲労困憊はしてしまうけれど、しっかり仕事があるのはありがたい。忙しくなって女とデートをする時間もなくなってはいるけれど、彼女がほしいなぁ。お笑い系の女とはちがって、ドラマの世界には美人がいっぱいいる。今回のドラマ「歌の森」のキャストにも女優は大勢いるから、目移りしていた。
 フォレストシンガーズ五人の学生時代を描いた現在は、女子大生役の若い女優も出ている。乾隆也の恋人役の女優は重要な役柄ではないが、小柄な美人だ。モデル出身の美人もいる。本橋の彼女役の女優は美人ではないので却下。誰にしようかな……阿久津ユカは?
「シンちゃん、彼女はいるの?」
 大学のキャンパスのセットから出て、帰ろうとしていると、女優がそばに寄ってきた。彼女だって女優ではあるし、キャリアの長いわりあいに有名な美人なのだが、キャリアが長いということは、むろん年齢を重ねているのであった。
「いえ……」
「いないの? 嬉しいわ」
「嬉しいんですか」 
 乾が金沢、小川が高知、本庄が三重、三沢が神奈川、木村が北海道、山田が栃木。メインのうちの六人は地方出身なので、家族は回想シーンなどにすこし出てくるだけだ。本橋のみは東京出身で親元で暮らしている。この女優はマチ子さんといって、真次郎の母、本橋友恵を演じている。本橋の母親の名前は「巴」だそうだが、ドラマではちょこっと変えてあるのだ。
 母親役なのだから年増なのも道理、マチ子さんは俺のおふくろに似てるよ、と本橋さん本人も言っていたのだから、巴さんはこういう大柄な豪傑女ふうなのだろう。
「二十歳はすぎてるんでしょ? 彼女いない歴イコール年齢ではないよね」
「そうではないですよ」
 ついてこられては拒むわけにもいかず、肩を並べて歩き出した。
「本当はいるのに、いないって言ってない?」
「いませんよ。嘘は言ってません」
 そぉぉ? とか言って、気持ちの悪い笑みを浮かべて、マチ子さんが俺の腕に腕を入れてこようとする。俺はさりげなく避けた。
「シンちゃんって好みなのよ。彼氏にしてあげるとは言わないけど、なってあげてもいいけど、どう?」
「マチ子さんは結婚してるんでしょ」
「三回ほど結婚はしたけど、今はフリーよ」
「……俺、好きなひとがいますから」
「誰?」
「いえ、まだ……まだ言えないけど、とにかく、マチ子さんと遊ぶ気はありません」
「なんだ、残念。ま、いいわ。なにもあんたにこだわらなくてもいもんね。じゃあね、バイバイ」
 冗談だったのか俺をからかったのか、それとも、少々はマジだったのか。俺が断ると、マチ子さんはあっさり去っていった。
「……よかった。俺は……うん、やっぱりユカだな」
 心で宣言したらそのつもりになってきた。彼女と俺とは役柄上、からみが多い。彼女だって俺を意識しているだろう。押してみるべきだな、と考えているうちに徐々に気分が高まってきていた。
 
 
3・石川諭

 頭のよさと勉強の出来不出来は無関係だと言う奴もいるが、そんなふうに言う奴は頭がよくないのだ。頭がよくなければ勉強はできないのだから、俺は頭がいいのだ。このたびのメインキャスト七人の中では、俺がいちばんルックスがいい。頭だっていい。
 阿久津ユカは大学中退、戸蔵一世、三村真次郎、琢磨士郎は高卒、川端としゆきはまだ高校生、VIVIに至っては高校中退。芸能界には学歴は無用だとの考えもあるが、近頃はお笑い芸人でさえも一流大学卒業を売りにするのだから、学歴は武器になる。
「きみは……俺を演じるには顔が整いすぎてるね。きみを見てると気恥ずかしくなってくるよ」
 照れ笑いで言ったのは乾隆也。俺が彼の役だと恥ずかしいとは、彼の学歴とルックスからすれば当然の感慨だろうと思えた。
 木村章以外はフォレストシンガーズの面々も、山田美江子も大学を卒業している。が、俺の大学とは偏差値がちがいすぎる。彼らの大学名を聞いたときには、ごく軽い侮蔑の念も起きた。
 どこの大学に通っている、どこの大学を卒業している、という事実は、人間性とも関連がある。資質や教養や人としてのレベルとも関わってくるのだから、あだやおろそかにしてはいけないのだ。けれど、学歴ゼロみたいな奴らばかりに囲まれている、現役超難関大学生の俺は、そんな気持ちはおくびにも出さずに謙虚にしていた。
「だけど、石川くんの大学の演劇部は、それほど実力はないんだよね」
 難癖をつける部分が他にはないからか、ユカはそんなところを攻撃してきた。
「そうでしょ? みんなでオーディションを受けて、石川くんだけが合格したんだもんね」
「受けたのは有志だけだし、真剣じゃない奴もいたからね。それに、みんな学業のほうが大切で、演劇は趣味、遊びって奴のほうが多いから」
「石川くんは演劇が大切?」
「考え中だよ。このオーディションに受からなかったとしたら、院に進んで研究職に就こうかと思ってたんだけど、俺には役者としての道も開けたわけだ。両方は無理だろ」
「なんの研究?」
「あなたに言ってもむずかしすぎるだろうから」
「あっそ」
 地方大学の英文科を中途でリタイアした女には、俺の専門分野は理解できないだろう。乾隆也も偏差値の低い文学部卒業だから、俺とはその部分の話が合うはずもない。彼と会ったときには映画の話に終始した。
「理系だっけ?」
「工学部だから、理系といえば理系かな。きみには技術系と理系の厳密な区別はつく?」
「サイエンスとエンジニアの差かな」
「簡単にいえばそうかもね」
 このくらい言えれば上出来かもしれない。阿久津ユカは美人だが、俺の彼女としては物足りない。彼女が言い寄ってくるのならば遊んでやってもいい、その程度だ。
 

 撮影は順調に進み、回によってはゲストも登場するようになった。現在撮っているのは、木村章が主役となる回だ。章は大学を中退し、ギリーという名の女の子バンドのヴォーカリストになっている。こんな役なのだから、ヴィジュアル系ヴォーカリストのVIVIはぴったりだ。
 VIVIが所属する事務所の先輩だとの縁もあってか、ここ数回は桜田忠弘がゲスト出演している。彼の役はギリーが仕事をもらっているライヴハウスのオーナーで、かっこいい不良中年。この役も彼にぴったりだった。
「桜田さんはベテランですものね。演技を見せてもらってると勉強になりますよ」
「ああ、きみは石川くんだっけ。きみもいいセン行ってるよ」
 ふたりともに出番は終わったので、一緒に帰ることにした。
「桜田さんはどちらの大学ですか」
「いや、俺は富山の高卒」
「ああ、そうなんですか。失礼しました」
「失礼でもないけどね」
 ちらっと面白そうな顔をしてから、桜田さんは言った。
「フォレストシンガーズの本物たちは、今日はア・カペラライヴのリハだそうだよ」
「ア・カペラライヴですか」
「ヴォーカルグループがたくさん集まってのセッションライヴだよ。大がかりなものだから準備に手間取ったりもして、開催日がようやく決まった。発起人はダーティエンジェルズのやっさんとロクさん、ったって、若い石川くんは知らないよな」
 そんな名前、聞いたことはあるかな、くらいしか知らなかった。
「そうだろうな。俺はデビューしてから二十年ほどになる、本職はシンガーだ。二十年前だったらダーティエンジェルズは人気者で、かっこよかったよ。やっさんもロクさんも、俺にも気さくに声をかけてくれた。飲みにつれてってもらったりもしたよ。だから、できれば俺も出してほしかったんだけど、俺はソロだからね」
「そうですか」
「フォレストシンガーズはライヴでは、ダーティエンジェルズの次のポジションってところかな。表敬訪問に行くつもりなんだけど、石川くんもどう?」
「お供させてもらいます」
 このあとの予定はないのだし、歌だけが取り柄のような乾隆也を演じていくためには、シンガーたちの世界に触れておくのも大切だろう。そのつもりで承諾すると、桜田さんがタクシーを止めた。
 タクシーの中では中年の回顧談を聞かされて、多少は辟易もしたものの、ためにならなくもないのだから拝聴した。売れない芸能人は苦労するものらしいが、俺は売れなかったとしたら研究に戻ればいい。学歴がないと選択肢もないのだから、俺の思想はまちがってはいないのだと再確認した。
「乾たち、来てないみたいだな。残念」
「そうなんですか。でも、見学させてもらっていいんですよね」
「いいよ。紹介しよう」
 むこうのほうからひとりの男が早足でやってきた。彼は桜田さんに深く深くお辞儀をしてから、俺を真っ向から見据えた。顔面偏差値の高い男だ。
「彼は玲瓏のリーダー、村木くんだ。こっちはフォレストシンガーズのドラマで乾隆也を演じる、石川諭くん。きみら、気が合うかもな。おー、ロクさん、久しぶり」
 別のほうには中背の中年男がいて、桜田さんは村木と俺をこの場に残して、ロクさんと呼んだ男のほうにと行ってしまった。
「僕とあんたが気が合いそうって……あんたは俳優でしょ」
「そうですよ。あんたは歌手ですよね。玲瓏って知らないな」
「僕も石川って役者は知らないけど、フォレストシンガーズのドラマだったら見てるから、ああ、あいつね、ってぐらいはわかるよ。石川くん、きみ、嫌いなひとがいる?」
「嫌いなひとはいるけど、村木くんとの交友はかぶらないんじゃないのかな」
「乾隆也は?」
「……どういう意味?」
「いいんだけどね」
 村木は乾隆也が嫌いなのか? どうして? 俺は乾さんを嫌いになるほどには深く知らないが、村木が嫌う理由は知りたかった。
「村木くんはどこの大学?」
「オーストリアの……」
 聞いたこともない名前の大学は、音大なのだそうだ。芸術系の大学、まして外国ともなると俺の大学とは次元が異なる気もするので、偏差値は云々しないことにした。
「石川くんは?」
 答えると、ふーん、と呟いてから、彼は仲間らしき男を呼んだ。
「玲瓏の中井といいます。僕はきみと同じ大学ですよ」
「へぇ、そうなんですね。俺は現役だから、先輩ですよね」
「うちの場合、井村は……吉田は……田中は……」
 と連ねた大学名は、全部が芸術系、俺にはわかりづらいのだった。
「吉田くんはウィーンの歌の学校にも……」
「僕はパリの音楽学院に留学もしてましたよ」
 なぜか俺をほったらかして、彼らは自分たちの学校の話をしている。どこかに行っていたらしき他の三人も戻ってきて、外国の音楽学校の話ばかりをしていた。
「……」
 そろそろっと後ずさりしていると、桜田さんも戻ってきた。
「どうした? 話が合わなかった?」
「というのか、話にならないというか……」
「気は合わなかった?」
「そこまではわかりませんでしたが、好きなタイプでもないですね。男だから好きでなくてもいいし、関係ない世界の人だからいいんですけど」
 うつむいた桜田さんは、笑いをかみ殺しているようにも見える。同類嫌悪……と呟いたように聞こえるが、意味不明だ。誰と誰が同類なのだろう。
「桜田さんは乾さんが好きですか」
「好きだよ。恋してはいないけど、ああいう男に生まれてきたかったもんだ、とね」
「顔がちがいすぎて無理でしょ」
「うん、そうとも言えるか」
 こらえかねたように笑い出した桜田さんの意図は、俺にはさっぱり読めないままだった。


4・琢磨士朗

 戸蔵一世、阿久津ユカ、琢磨士朗、三村真次郎、VIVI、石川諭、川端としゆき。七人を年齢順に並べるとこうなる。川端は高校生、石川は大学生だ。
 イッセイさんとユカさんは劇団所属の役者。三村はもとはコメディアンの卵、VIVIの本職はロックヴォーカリストで、俺はイッセイさん以外はまったく知らなかった。もちろん、他のみんなも琢磨士郎を知らなかっただろう。俺は高校時代にはテニスをやっていて、ウィンブルドンに出場するのが夢だった。
 けれど、テニスでは伸び悩み、高校時代に人に誘われてやってみた映画のエキストラのバイトにはまってしまう。高校を卒業してからは大部屋俳優みたいになって、CMや映画の通行人役が俺の仕事のひとつになっていた。
「琢磨くんって似てるよ」
「誰に?」
「この男に」
 アルバイトしていた酒場の常連客、映画会社の男が見せてくれたのは、オーディションのポスターだった。
 世間には未発表で、彼は仕事柄知っていたそのオーディションはテレビドラマのもの。「森の歌うたいたち(仮題)」のタイトルの主役は、学生時代のフォレストシンガーズだという。
「フォレストシンガーズって名前だけは知ってますよ。そのうちの誰かに俺が似てるんですか」
「この男だよ」
「本庄繁之?」
「写真ではわかりづらいけど、似てる。俺は先日、本庄くんと飲んだんだよね。前からそう思ってたんだけど、本人と会って確信したね。琢磨くん、このオーディション、受けろよ」
 その言葉がきっかけになって、俺にも俳優らしい俳優の仕事ができるようになった。
 オーディションでも、おー、生き写しだ、似合いすぎる、と言われたし、本人も複雑そうに、俺の若いころにそっくりだと言っていた。背格好や顔や低い声は俺自身も似ていると思う。俺のほうがかっこいいのは若いからだ。本庄繁之はもてないと言われているが、俺はもてなくもないのだし。
 こうして俳優だと名乗れるようになったのだから、俺はモデルとつきあいたい。すらっと背の高い美人が好きで、モデルの彼女を持つのが憧れだったのだが、俺がもてるのは平凡な女に限られていたから、実現はしなかったのだ。
「三沢さん、モデルを紹介して下さいよ」
 VIVIが演じる木村章が仕事をしているライヴハウス、そこのオーナーが桜田忠弘、客としてやってくるのが三沢幸生。今回のゲストは豪華版だ。三沢さんの撮影が終わったので、思い切ってお願いしてみた。
「いきなり言われてもね……きみも仕事はすんだ? 俺は深夜にラジオがあるから飲めないんだけど、軽くメシでも行こうか」
「はい」
「よく食うんだってね。シゲさんに聞いたよ」
「シゲさんほどじゃないはずです」
「まあね、あれほどよく食う男はそうはいないから」
 連れてきてもらったのは、「向日葵」という名のレストランだった。
「ここは俺たちの大学の同窓生が、時々は来る店。マスターがのほほんとしてるせいもあって繁盛してるほうじゃないんで気楽なんだ。しっかり食ってやって」
「……あのぉ、お金は……」
「まかせなさい」
「ありがとうございます」
 身体は小さいが、三沢さんは太っ腹なようだ。安心してたくさんオーダーした。
「いい感じで撮影、やってるみたいだね」
「撮影はうまく進んでますよ。イッセイさんとユカさんを別格としたら、琢磨くんがいちばん達者だって言ってもらえます。ただ、俺は歌があまりうまくなくて……」
「シゲさんはベースだから、バスの声を出す努力が重要だね。きみは声は低いじゃん」
「ベースヴォーカルはむずかしいです」
「レッスンすれば?」
 その金はどこから出るんだろ、と考えつつ、テーブルに並んだ料理を食った。
「うまいですね」
「でしょ? ここはチキンと卵料理が絶品なんだな。マスターはどこかで鶏を飼ってるんだろうか」
「そんなのどうでもいいんですけど、モデルは?」
「モデルねぇ」
 顎に手を当てて考え込み、三沢さんは煙草をテーブルに置いた。
「俺、煙草は嫌いです。遠慮して下さい」
「ああ、ごめん。嫌いな人の前では吸わないよ。モデルの知り合いってのはいなくもないんだよね。モデルから女優になったり、歌手になったりって女性だったら駄目なのかな」
「それでもいいですよ。背が高くて細くて、ファッショナブルな女だったらいいんです」
「きみはシゲさんと同じような背丈だろ。モデルだときみよりも高くてもいいの?」
「いいですよ。背の高い女はかっこいいじゃないですか」
 腕組みをして、三沢さんはチキンカツをかじった。
「シゲさんから聞いたけど、きみもテニス、やってたんだってね」
「はい。三沢さんもですか」
「俺じゃなくて、シゲさんの奥さんはテニス選手だよ。出産して引退したけど、知らなかった?」
「知りません」
 女のテニス選手だったら知り合いにたくさんいる。その女たちを思い出した。
「テニスやってる女はごついんですよね。筋肉がついてて腕も脚もぶとくて、女なんだか男なんだかわかりゃしない。そういう女が子どもを産んで太ったら醜いだろうな。俺は太った女もごつい女も大嫌いです」
「太めの可愛い子にふられたからとか?」
「太めで可愛い子なんていませんよ」
「いますよ」
「いません。矛盾してます」
 ほっと溜息をついてから、三沢さんは言った。
「おまえ、まさかその台詞、シゲさんの前で言ってないだろうな」
「近いことは言いましたけど……シゲさんの奥さんがテニス選手だなんて知らなかったから……」
「知った以上は言うなよ。シゲさんのことだから苦笑いですむだろうけど、知っての上で言ったなんて聞かれたら、乾さんにこてんばんに叱られるからな」
「乾さんなんて関係ないでしょうに」
「言うなって言ってんの。知らなかったらまだしようがないけど、知ってて言う奴は最悪だ。思ってしまうのは好みだから仕方ないかもしれないけど、言っていいことと悪いことがあるってわかるだろ」
「なんでそんなに……わかりました」
 なにを怒っているのか知らないが、へらへらした男だと思っていた三沢さんの口調がきびしくなると、なんとなくびびってしまった。
「言いません」
「そんならいいよ。そういう趣味だからモデルか。わかるけどさ……俺は背の高い女は苦手だからなぁ……いなくもないけどな……心がけておくよ」
「お願いします」
 すこし怒っていた表情がゆるんで、三沢さんは俺の顔をじーっと見た。
「見れば見るほど似てるな。俺も若返ってシゲさんとメシ食ってる気分だよ。俺たちを演じてくれてるきみらは、仲良くしてるのかね?」
「みんなで飲みにいったりはしますけど、仲良くはないですね。俺は石川が嫌いです。シゲさんは言ってませんでした?」
「シゲさんが言ったのは、琢磨くんと焼き肉を食った、琢磨くんはよく食う、琢磨くんは高校生のときにテニスをやってたそうだ、そのくらいだね。シゲさんはよけいなことは言わないよ。どうして石川くんが嫌い?」
「自慢ばっかしてるからです」
「なんの自慢?」
 頭が良くて顔もよくて、演劇の才能とセンスもある俺。おまえらはみんな大学出てないんだろ。そういうことではこの日本では、とまでは言わないが、そう考えていると石川の言葉の端々にあらわれるからだ。
「若者のいるところには確執も苦悩も生まれるんだね。若者よ、悩みたまえ」
「悩むのはいやですよ。それよりもモデル……」
「がっつくともてないよ。心がけておくからさ」
 期待しすぎないようにして待っていよう。今日のところはただメシが食えたのだから、三沢さんに怒られたのも無駄ではなかった。なんで怒られたのかは全然わからなかったが。
 

5・川端としゆき

 若いころには演出家になりたかったらしい。その夢は断念して父親の会社を継ぎ、結婚して僕が生まれた。そんな父は大人になっても演劇が好きで、僕も小さなころから父に連れられて劇団のお芝居も観た。
「そうなんだ。若いのにとしくんはぽぽろを知ってるんだ」
「はい、KCイッコウさんに握手してもらったこともあります」
「じゃあ、そのうちにはぽぽろの飲み会に誘うよ。としくんが成人したらね」
 イッセイさんはそう言ってくれた。
 ドラマに出演しているひとたちには大学生もいるが、大学ならば単位さえ取れば休んでもいい。僕は高校生なので、卒業するまでは一生懸命両立させるためにがんばらなくてはならないのだった。
「としくんは高三だろ。大学はどうするの?」
 質問しているのは石川さん。彼は大学生だ。
「きみの高校、付属だよね。エスカレーターで大学には入れるんだっけ」
「それほどむずかしくはない試験に合格したら、大学には行けますよ」
「偏差値は?」
「普通です」
 あいつは偏差値って言葉が口癖だな、顔面偏差値とかも言ってたぜ、と笑っていたのは三村さん。今は石川さんは本当の意味での偏差値と言っていた。
「頭はあまりよくないのか。勉強は嫌い?」
「嫌いではありませんけどね」
「得意教科は?」
「音楽」
「音楽は教科とは別だよ」
「んんと……語学は好きかな。うちの高校は英語と中国語が必須で、韓国語もやってるんです。日本語も好きですよ。だから国語は得意です」
 文系か、と石川さんはがっくりしてみせた。
「文系はいけないんですか?」
「いけなくはないけど、本来の意味では頭がいいってわけでもないんだよな。俺はきみには見どころがあると思ってたけど、ハズレだな」
「大学も行きたくないってわけでも……」
 途中で遮って、石川さんはひとりで喋った。
「きみの高校の大学なんか、行かないよりはましかって程度だよ。フォレストシンガーズの大学といい勝負だろ。他の奴らはもうどうしようもないけど、きみはこれからなんだから、俺が導いてあげようかと思ってたんだ。だけど、一年もしないうちに卒業じゃ手遅れだな。それでも大学には行かないよりは行ったほうがいい。頭がよくもないのにこんなアルバイトをしてるんだから、勉強の時間も足りないだろ。文系だったらそこでもいいよ。上の大学でいいんじゃないかな」
「そう、ですか」
「役者として成功するように祈ってるよ。それしかきみの生きる道はない」
 そんなに決めつけなくても、と不満に思っている僕を置き去りに、石川さんは行ってしまった。
「お兄ちゃあん」
「ハルちゃん、ナッちゃん、おはよーっ!!」
 今日の撮影にもゲストが来ている。三沢幸生の妹役の双生児アイドル、ハルミちゃんとナツミちゃんだ。彼女たちは十六歳の高校生で、デビューしたばかりのデュオ。ハルナツデュオの彼女たちが、三沢雅美さんと輝美さんを演じると聞いて、本人たちが言っていたと三沢幸生さんが話してくれた。
「あいつら、三十すぎの子持ちになってもきゃぴきゃぴしてるんだよな。ハルちゃんナッちゃんには内緒だけど、私たちの若いころのほうが可愛かっただとか、死にそうにどあつかましいことをほざいてたよ。俺もハルナツデュオに会いたいな。としくんが会ったらよろしく言っておいて」
 会うのは二度目のハルナツデュオの歌はまだ聴いたことがないのだが、可愛いのはまちがいない。同じ服を着ているのでどっちがハルちゃんでどっちがナッちゃんなのか不明のふたりは、同じ声で言った。
「お兄ちゃん、猫がいたよ」
「スタジオの外にちっちゃいのがいたの」
「三沢幸生さんも猫が好きなんだってね。お兄ちゃんも好きでしょ?」
「あたしたちも猫、大好き」
「見にいこうよぉ」
「うんうん、行こう」
 猫好き三きょうだいというのは、三沢兄妹たちも、臨時三兄妹の僕たちも同じだ。両側から手をつながれてでへへとなりそうになる。
 小さくて細い女の子の手が、僕の手を引っ張る。今どきの女子高校生、しかもアイドルでこんなに無邪気だなんて、ああいう子たちもそのうちにはすれるんだろうね、と阿久津ユカさんは言っていたが、ハルナツデュオはすれていったりしないと僕は信じていた。
「いないねぇ」
「ここにいたんだけどな……」
「おーい、猫ちゃあん」
「歌ったら出てないかな?」
「あたしたちの歌で? 出てくるかなぁ。歌ってみようか」
「うん、歌ってよ」
 ロケをやっている現場をすこしだけ離れたところまで行って、ハルナツデュオが歌い出す。彼女たちの歌を聴くのははじめてなので、僕はわくわくしていたのだが次第に肩が落ちてきた。
 アイドルの歌に期待したのがまちがいだった。三沢さんの妹さんたちは三沢さんの妹なんだから歌は下手じゃないでしょ? 僕だって、絶対音感とまでは行かない音感を持っていて、歌は上手なほうだと思う。なんせ三沢幸生役ができるんだからね。
 僕の家にお招きした三沢さんが歌ってくれた、「猫になりたい」は絶品だったなぁ。としくんもさすがにうまいね、と言ってもらって、僕は嬉しかったなぁ。俺とデュエットしてついてこられるんだから、としくんの歌は最高だよ、とも言ってもらった。
 こういう歌は僕には苦痛なんですけど、どうしましょうか? やめろとも言えないしな、と思っていたら、三沢さんの声が聞こえた気がした。
「としくんは聴覚をシャットアウトできるんじゃないのか? やってみろよ。そうしたら目だけでこの子たちを愛でたらいいんだからさ」
「聴覚……目だけ……やってみます」
「そうさ、見てる分にはとびきり可愛いんだからいいじゃん」
「……ですね、ほんとだ」
 ハルナツデュオは声も可愛い、姿も可愛い。なるべく聴覚を遮断するようにすると視覚が鋭敏になるようで、彼女たちの可愛らしさだけが際立ってくる。そのうちには猫を探してうろうろしている彼女たちが、二匹の仔猫に見えてきた。


6・戸蔵一世

 すこし久しぶりにぽぽろの仲間たちと飲むことになった。イッコウさんも来てくれて、俺も参加すると、劇団主催者のひとり、ゆうゆさんが皮肉っぽさはない口調で言った。
「うちの劇団からもスターがふたりもねぇ。私としても嬉しいですよ」
「イッセイとイッコウに乾杯!!」
 ベテラン女優のてい子さんが音頭を取り、みんなで乾杯する。俺は「歌の森」ドラマ撮影のエピソードなどを披露した。
「ハルミとナツミっていう、ハルナツコンビのデュオがいるんですよね。歌のアイドルとしてデビューしたんだそうで、アイドルがドラマに出るのもよくある話でしょ」
 知ってる知ってる、という声やら、ハルナツ? 知らないな、という声やらの中、俺は続けた。
「その子たちは三沢さんの妹役で、当然のように三沢幸生役の川端くんになついています。俺はそれほど触れ合ってないんだけど、川端くんに言わせると、近頃の女子高校生だなんて思えないほどに無邪気で可愛いんだそうですよ。阿久津ユカあたりは懐疑的な顔をしてましたけど、他の男たちも、可愛いなぁ、って相好を崩してました。イッコウさん、異論のありそうな顔をしてます?」
 テレビや映画にも出るようになり、アメリカ人とのハーフにしては純和風も似合うと言われて時代劇にも出演している。侍役もはまると評論家にも言われているイッコウさんは、ふふんと笑った。
「いや、俺がとやかく言う必要もないけど、俺は一度……いいよ、イッセイ、続けろよ」
「聞きたいな」
「あの子たち、映画にも出るんだよ。俺が主役のひとりになってる映画に、別の主役の男の妹役で出る。妹ってイメージだからなんだろうな。だから俺はハルナツとはちょっとは関わった。あいつら……いいよ、続けろって」
「そこまで言われたら気になるけど、あとでね」
 あとでじっくり内情を聞くことにして、エピソードを続ける。
 三村は阿久津を好きらしいが、相手にしてもらっていないとか。僕は謙虚だから、と口では言う石川は、メインキャストの中ではいちばん優秀だとの自評がありあり見えているとか、空気読めないって奴の典型、琢磨は本当に本庄繁之そっくりの外見をしているとか。
「川端はガキで、なーんにもわかってませんね。ハルナツはそう装ってるのかもしれないけど、川端は育ちがいいせいか本物の無邪気なのかもしれない。VIVIは役者じゃないんだし、演技者としての志向も少ないようだから、俺たちとは感覚がちがってるのかな」
「で、もうひとりは?」
「……俺ですか。なんだか他人の悪口ばかり並べたみたいだな。うん、俺は……他の奴らよりはこの世界になじんでる分……」
 なんなんだろう。もうひとりは? と尋ねたてい子さんの顔を見返して思う。イッセイ、おまえは他人の論評してる立場じゃないだろ。自分のことで手いっぱいのはずなのに。
「すみません。口がすぎたかな」
「責めてるわけじゃないわよ。イッセイくんの話、面白かった。私なんかキャリアだけは長いけど、メジャーシーンを知らないもんね。乾さんのおばあさん役をさせてもらえないかしら」
「回想シーンにだったら出てくるかもしれませんね。みずきさんに言ってみましょうか」
「希望があるんだったら話してよ」
 それとなく売り込むことだったらできるかもしれない。やってみます、とてい子さんに応じると、そのあたりで座がばらけて、あっち、こっちと少人数の雑談になっていった。
 劇団OBが経営している居酒屋だ。なにかと便宜をはかってもらえるので、みんなで飲むとなるとよくこの店に来る。イッコウさんにおごってもらうようなときには別の店だから、彼とここで飲むのも久しぶりで、俺はイッコウさんと話す格好になった。
「ハルナツの話って?」
「どこが無邪気なんだよ、上手に人を欺く奴らだなって話だ」
「迫られたりしました?」
「女に迫られるのも慣れたけどな。それより、イッセイ、桜田さんとも共演したんだろ」
「させてもらいました。イッコウさんは桜田さんと大河ドラマなんでしょ」
 さ来年の大河ドラマは「平賀源内」で、主役がイッコウさん、桜田忠弘さんが源内の親友役だと決まっていた。
「すげぇなぁ」
「大城ジュンも出るんだぜ」
「イッコウさんはジュンさん、嫌いだっけ?」
「嫌うほどの大物じゃない、とは言えなくなっちまったな」
 イッコウの跡を継げ、とつけてもらった芸名だから、俺はイッセイなのだ。跡を継ぐ……俺がイッコウさんのあとを追いかけていって追いつけるのだろうか。大河ドラマの主役を張る役者なんて、俺から見れば殿上人だ。
「そんなことより、カリコ・キリコの……」
 大河ドラマが「そんなこと」とは、と俺はかえって落ち込みたくなる。そんな俺を励ましてくれようとでもしているのか、イッコウさんは内緒話っぽく言った。
「ヌードシーンがさ……」
「キリコさんのヌード?」
「ドラマのワンシーンの撮影で、彼女の裸身のうしろ姿をほんの一瞬、カメラがとらえるんだよ。実際は裸じゃないんだけど、視聴者にはオールヌードに見えるってわけだな。大女優なんだからその撮影は極秘で行われた。ということになってるけど、俺は見たよ」
「見たんですか」
「彼女がバスローブを羽織って、スタジオから出てくるところをさ。バスローブを着てるんだからいいだろうに、おっかねえ顔して、しっしっ!! って追い払われたよ。しかし、綺麗な脚だったなぁ」
「いいなぁ、俺も見たいなぁ」
「あと、マルセラのスカートが……」
 そのあとも女性スターの色っぽい逸話が次々に出てくる。いつの間にやら劇団員の男たちも周りを取り囲んで興味津々で聞き耳を立てていた。


END


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