ショートストーリィ(花物語)

花物語2015/十月「チョコレートコスモス」

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チョココス
花物語2015

「2013/二月・こでまり」の続編のようなものです。


十月「チョコレートコスモス」

 ダリアの球根だと勘違いして植えたら、変わった色の花が咲いた。これはコスモス? 美景は繊細な花に鼻を近づける。甘い香り……チョコレートに似ていた。

「チョコレートコスモスだよ」
「あ、やっぱりチョコレート?」

 ふたりで暮らすようになった、夫が生まれ育った家には小さな庭があったので、ガーデニングには特に興味もなかった美景も、たまさか花を植えるようになった。夫にしても詳しいというほどでもないが、美景の知らない花の名前を知っていたりする。

「他にもノエル・ルージュ、ショコラ、ストロベリーチョコレートといういろがあるんだけど、これはキャラメル・チョコレートだね。美景さんの絵の題材になるんじゃないの?」
「そうね。久しぶりに花の絵を描こうかな」

 よく見ればオレンジいろ味が勝っているのだが、チョコレートのような褐色にも見える。香りは甘いが、外見はコスモスらしくたおやかだ。けれど、白やピンクのコスモスのような少女っぽい印象はなかった。

「花の絵……昔、描いたことがあったな。私がはじめてまともに描いた絵って、花だったような気がする」
「そうそう。中学生か高校生のときに転校して、憧れた美少女の絵だったんじゃない?」
「転校したんだったら中学生のときよ。白い花……白い手……あなた、よく覚えてるね」
「素敵な話だったからね」

 結婚してから数年後、庭に咲いていた可憐な白い花を見て、夫に少女時代の思い出話をした。白い花、白い手、少女の白い横顔。あれは誰だったのか? 結婚してからだと四十年近くもたっているのだから、思い出話をしたという事実は記憶にあっても、細かい部分は忘れてしまっていた。

「僕も細かくは覚えていないな。美景さんが憧れた美少女の絵を描いたってことだけ、ぼんやりと覚えてるだけなんだ。白い花ってなんだろうね。白い花は多いからなぁ。その絵は手元にないんだよね?」
「ないわね。なんの絵だったんだろ」

 霞がかかって感じられるほどに遠い、時の彼方に、ふたりの少女がいる。夫の言う通り、美景はその少女に憧れた。憧れて彼女を描いたときに、白い花をも描いた。

 今、久しぶりに花の絵を描こうと準備しながら、つながって思い出される。あれは白いコスモスではなかったはず。あの女友達の名前と似た、イメージも似た可愛い花だった。
 追憶はそんなふうにしてふいによみがえるものなのか。美景はチョコレートコスモスを見つめ、絵にするための構図を考えつつも想い出とたわむれていた。

 中学生のときに父の転勤で転校し、憧れの少女を形にしたくて絵を描いた。あれはまるで美景の初恋のようだ。

 英語の弁論大会で友達が優勝したのではなかったか。そのお祝いの意味もあって描いた絵を彼女は褒めてくれ、絵画展に出品するように勧めてくれた。美術クラブの教師に見せたら乗り気になって、それまでは遊びでしか描いてこなかった美景が、初に展覧会に出品したのだ。

 佳作を受賞し、新進気鋭の画家として注目を浴びるようになったのも、中学生という年頃だったからだろう。美景は友達ほどの美少女ではなかったが、枕詞のように「美少女画家」とも呼ばれた。

 高校でも美術クラブに入って絵を描き、大学は美大に進学した。画家で食べていかれるほどではないけれど、時折絵を描くと買ってくれるひともいて、何年かに一度は個展を開いたりもした。収入の面では主婦のパートタイマーよりはずっとお金になっていた。

 独身だったり一家の大黒柱だったり、老人や子どもを抱えた主婦だったりしたら大変だったかもしれないが、美景の立場だとアマチュア画家程度なのだから気楽なものだ。
 そこそこ稼いでくれる夫がいて、夫の両親も美景の両親もとりたてて介護をすることもなく安らかに逝った。子どももできなかったので、今では美景と夫がこの家で静かに老後をすごしている。

「あの花は……思い出した。コデマリだ」
「ああ、そうだよ。すると、美少女の名前は……」
「名前もコデマリよ」
「コイデマリエさんだったよね」
「そうよ。思い出した。すっきりしたーっ」

 人の記憶の中にいる人は、変わらないものだ。美景はおばあさんと呼ばれても怒れない風貌になっているのに、美景の心の中のコデマリは、あのころ美景が憧れた美少女のまま。

「チョコレートコスモスの花言葉は、「恋の思い出」、「移り変わらぬ気持ち」なんだよ」
「私のコデマリへの気持ちって、やっぱり恋だったのかしら」
「コデマリさんが男だったら、嫉妬してるところだったね」

 花の絵、が呼び覚ましてくれた少女のころの記憶。なんだかくすぐったいような気持ちでいる美景に、夫がそっと身体を寄せてくる。夫のそんな行為も、チョコレートコスモスに似た甘い香りがした。


END







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~ Comment ~

NoTitle

チョコレートコスモスかあ。。。
そんなものもあるんですね。
そこはかとなく大人の香りがするじぇ。。。
あかねさんが書いている小説の影響もあるのでしょうが。

LandMさんへ

いつもありがとうございます。
コスモスの季節ですね。
いろーんな色があって、私の大好きな花です。
チョコレートコスモスは珍しいかな。オレンジのコスモスはわりによく見ますが。

初老の夫婦ですから、大人を通り越して加齢の香り、
だったりして。

NoTitle

しばらく振りの花物語。
あれはチョコレートコスモスというのですね。
私もコスモスは大好き、儚い恋にぴったりな感じです。
老夫婦の穏やかな日常が、二人の思い出話から想像
出来て、心温まります。
その思い出がまた素敵で私の好みにびったりはまりました。
羨ましい夫婦像です。

danさんへ

コメントありがとうございます。

先月末に武庫川コスモス園というところに行きました。
兵庫県にありまして、関西では有数のコスモス園なのだそうです。そこにはチョコレートコスモスはありませんでしたけど、あれだけいっぱいのコスモスははじめて見たような気がします。

でも、コスモスは二、三輪だったりしてもいいですよねぇ。
コスモス、大好きです。

今回はdanさんのお好みの世界だったようで、そう言っていただけて嬉しいです。
ひねくれたストーリィが多くてご不快になられることもあるかと思いますが、またぜひいらして下さいね。
お待ちしています。
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