ショートストーリィ(しりとり小説)

130「きみだけが」

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しりとり小説130

「きみだけが」

 履歴書に目を通しながら、面接担当者が宗代に質問した。

「犬山宗代さん、三十六歳。独身ですね」
「はい」
「三十六歳……婚期を逸してしまったわけですね」
「……ああ、はい」

 婚期を逸した……言われてみればそうかもしれない。結局、そのアルバイトは不合格になったので、美人で有能そうで、あんなことを言うのだから結婚もしているのであろう面接官とは縁が切れたわけだ。それでよかったのだと強がってはみたが、あの台詞は胸に突き刺さった。

 二十四歳のとき、当時働いていた職場の先輩に告白されて彼とつきあった。二十五歳くらいで結婚するのが理想だったから、宗代としては彼にプロポーズされたら喜んで受けるつもりだったのだが。

 つきあいはじめて半年ほどは順調だったのだが、徐々に連絡が間遠になっていく。彼は営業マンなので、外回りや出張も頻繁で、同じ会社でも顔を合わせないことも多い。現在ほどにはメールは発達していなかったので、じれったい想いで宗代は彼からの電話を待っていた。

 が、一ヶ月に一度の電話もなくなって、思いを持て余した宗代は、自分から彼に電話をかけた。五つ年上の彼はひとり暮らしで、帰宅も遅い。ようやくつかまった彼は、電話のむこうで頭を掻いているような声を出していた。

「悪い。仕事が忙しくてさ」
「そんなに?」
「忙しいよ。大事なプロジェクトが進行中なんだ」
「なんのプロジェクト?」
「……ああ、そっか。宗代ちゃんは同じ会社だな」

 忘れてたの? と詰ろうとした宗代に、彼は醒めた声で言った。

「悪い。別れよう」
「は?」
「やっぱ同じ会社の女はやりにくいよ。忘れてくれ」
「……私たち、つきあってたんじゃなかったの?」
「つきあってたんだっけ?」
「彼女になってほしいって言ったじゃないの」
「言ったかなぁ、いつ?」

 そうだったかなぁ、うーん、へぇぇ、俺もいい加減な奴だね、などとへらへら笑っていた彼は、語調を変えた。

「とにかく、仕事が忙しいんだよ」
「……暇ではないだろうけど」
「ここまで言ったら察してくれよ」
「他に好きな女性でもできたの?」
「そんなの、はじめっから何人でもいるよ」
 
 ショックを受けた宗代を置き去りに、彼は電話を切ってしまった。
 部署はちがっても同じ会社なのだから、顔を合わせることもある。宗代と仲の良い女子社員には彼とのつきあいを知っている者もいたが、社内恋愛はなるべく秘密にするものだと心得ていたから、知らない者のほうが多いはずだ。

 それをいいことに、彼はなにもなかったかのようにふるまう。宗代はそんな彼を見ていると怒りに震え、震えついでに仕事に対する集中力が切れて失敗を重ねるようになった。宗代と彼の仲を知っている者たちの間に、変な噂が広まっているとも聞いた。

「宗代ちゃん、最近、区立病院に行った?」
「おなかの調子がおかしいから、内科にだったら行ったよ」
「産婦人科じゃないの?」
「胃や腸じゃなくて婦人科系かもしれないって言われたから、診てもらったけどね」

 原因は失恋の後遺症で、神経的なものらしかったのだが、産婦人科には一度だけ行った。

「そうだよね。私は信じるけど……」
「え?」
「宗代ちゃんが妊娠して中絶して、その子の父親は彼じゃなくて、そのせいであのふたりは別れたって言ってるひとがいるの」
「中絶なんかしてないよ」
「私は信じるけど……誰だろ、そんな噂を広めたのは……もしかして……まさかね」
「彼だって言うの?」

 まさかねぇ、と同僚は言ったが、宗代のおなかの調子はいっそう悪くなり、神経も異常になり、このままでは精神的肉体的に病んでしまいそうで、会社を辞めた。

 軽い男に告白されて舞い上がって、あんな奴とつきあった私が馬鹿だった。
 よくあることよ。忘れればいいの。新しい仕事を見つけて、そしたらまた新しい恋ができるかもしれない。前向きに進まなくちゃ。

 自分にそう言い聞かせて励もうとしたが、あれから十二年、正社員にもなれずアルバイトを転々として、恋愛もできず歳を重ねただけだった。

 三十歳をすぎると女は値打が下がる。三十五歳をすぎるともっと下がる。四十歳をすぎると値打なんかなくなる。出産を考えると、腹立たしいが一面は真理かもしれない。ならば完全に賞味期限が切れる前に、本当に婚期を逸する前に、四十歳になる前に婚活しよう。

 あの面接官のきつい一言のおかげで、宗代は決意した。アルバイトは不合格だったが、その後に受けた小さな工場事務員の面接に合格し、零細企業とはいえ正社員にもなれた。今どき、家事手伝いやアルバイトでは婚活には不利だと聞いたので、正社員になれたのはよい条件だろう。

 あと数か月で三十七歳になる宗代の、婚活は正念場だ。早いとこ男性とつきあって、早いとこ結婚したら子どもも産めるかもしれない。近頃めっきり、結婚しないの? とも言わなくなった両親にも、孫を見せてあげられる。

 その決意のもと、宗代は結婚相談所の紹介で三度、お見合いをした。

 一度目は四十九歳バツイチ。人間的には悪いひとではないと思えたが、前妻との間に子どもがふたりいると聞いて、どうしても踏み出せなかった。
 二度目は四十歳初婚。お見合いの日に次の約束をしてデートしたときに、彼が宗代の手をじっと見て言ったのだった。

「こういうぽちゃっとした手は我慢できない。ダイエットしてくれませんか」
「ダイエットですか……」
「僕はスリムな女性が好きなんです。スリムで、それでいて胸は大きいと理想的だな。宗代さんは胸はあるみたいだから、痩せてくれたら他の欠点には目をつぶりますよ。痩せたら結婚してあげるから」
「……失礼します」

 そこまでして結婚してくれなくていいわよっ!! と心でだけ啖呵を切って、宗代からお断りした。

 三度目は四十五歳初婚。彼とも一度はデートをした。
 待ち合わせてお茶を飲んで、映画を見て、王道デートのあとで彼は言った。

「食事をしてから帰りましょうか」
「はい」
「僕の行きつけの店があるんですよ」

 連れていかれたのは牛丼屋。彼は大盛りを頼み、他にも小鉢や生卵を頼んでうまそうに食べていた。宗代はたいして食欲もなかったので普通盛りの牛丼のみで、話もはずまないままに食事を終えた。ゆっくりすわってもいられない店ではろくに会話もできないから、はずむもはずまないもなかったのだが。

「安くついたでしょ。えーと、じゃあ、半分」
「ああ、はい、半分ね」

 あなたのほうがずーっとたくさん食べたのに、半々の割り勘? みみっちすぎて言いたくもないのでおとなしく、一円単位までをきっちり半額払った。
 
「宗代さんは庶民的でいいですね。牛丼が似合いますよ」
「ああ、どうも」
「次はどうしましょうか? 僕の行きつけのラーメン屋に連れていってあげようか。映画なんてたいして面白くもないのに高いから、他のデートがいいかな。ハイキングにでも行きます? お弁当を作ってくれると嬉しいな。僕は甘い卵焼きが好きです。おにぎりは梅干しに限りますね。宗代さん、梅干しは漬けてる? それから……」
「失礼します」

 結婚したあとならそれでもいいけど、哀しすぎる。その彼も宗代からお断りした。
 牛丼でも弁当持参のハイキングでもいいじゃないか。三十七にもなってなにを乙女みたいなことを言ってるの? 結婚は現実なのだから、哀しくなんかないじゃないの。自分を叱ってみても、心の中のちっちゃな宗代は涙ぐんでかぶりを振るのだった。

「三人くらいでめげていてどうするんですか。これからですよ」
「疲れました」
「そんなこと言わないで。次の男性は三十代です。わりと背も高くて大企業にお勤めですよ」

 相談所のアドバイザーが次の相手に選んでくれた男性の写真を見せてくれる。三十代といっても三十九歳だったが、宗代は三十七歳なのだから、釣り合いは取れている。やや太り気味で恰幅のいい、感じのいい笑顔の男性だった。

「このひとも駄目だったら、退会しようかなぁ」
「弱気にならないで。百人も会ったって女性もいるんですよ」
「私は無理です」

 百人も紹介された女性はどんなひとだろう。私にはそんなにふさわしい相手がいるはずないじゃないの。弱気にならないでと励まされてもならざるを得ず、最後のつもりで彼に会いにいった。

「はじめまして。森下です」
「あ、ああ、はじめまして。犬山です」
 
 やや肥満? どころではない、立派な肥満体だ。まだしも痩せていたころの写真を使っていたのだろう。詐欺じゃないのと思わなくもなかったが、宗代は痩せすぎた男性よりは太っているほうが受け入れやすい。外見で差別してはいけない。宗代だって見た目はよくないのだから。

 お見合いの場所はホテルのティルーム。上場企業の営業部勤務で、仕事が忙しすぎてこの年になってしまった、と森下は笑う。はじめての彼を思い出しそうになって、宗代は胸の奥に悪しき記憶を押し込めた。

「私はごくごくちっちゃな会社で、就職してから一年もたってなくて、平凡な事務員で……」
「いいんじゃないでしょうか。女性は結婚したら主婦になるって道もありますしね」
「私、家事は得意です」
「それは嬉しいな」

 自然にスムーズに会話が盛り上がり、次の約束もできた。
 上天気の日曜日、大きな公園を散歩してお茶を飲み、美術展を見て水族館に行き、夕食になった。宗代が財布を出そうとするたび、ここは僕が、と森下が払ってくれた。

「全部出してもらってしまってすみません。ごちそうさまでした」
「気にしないで下さい。次も会えますか」
「次……はい」

 太っているのはまったく気にならなくなって、むしろ頼もしい気がしてきた。幾度目かのデートのときに、宗代は森下に尋ねた。

「私は太目だから、食べるのが好きでダイエットなんて考えられずにきたんだけど、そういうのってだらしないですよね。痩せたほうがいいと思います?」
「宗代さんぐらいで太ってるんだったら、僕はどうなるんですか」
「あ、いえ、そんなつもりじゃ……」
「宗代さんは料理が得意なんでしょ。宗代さんが僕を痩せさせてくれないかなって期待していいですか。おいしいダイエット料理ってあります?」
「はい、研究します」

 えてして太った男性は痩せた女性を求めるとも聞くが、森下はそうでもないらしい。背は高いのだからダイエットさせて成功したらかっこよくなりそうだ。けれど、かっこよくさせるよりも、このままのほうが太目の宗代が気が引けなくていいかもしれない。

 どちらでもいい。四度目の正直で素敵な男性と出会えた。三ヶ月ばかりつきあってプロポーズされた夜、結婚を承諾してから宗代は尋ねた。

「私なんかって言ったらいけないかもしれないけど、私なんかの……どこがよくて結婚しようと思ったの?」
「正直に言っていい?」
「言って」

 フレンチレストランのテーブルで向き合っている、森下は不可思議な笑みを浮かべていた。

「そりゃあね、若くて綺麗なプロポーションのいい女性がいいよ。理想を言えば二十代がいい。だけど、そんな女性が僕なんかと結婚してくれるはずないでしょ。そういうことだよ」
「……そういうこと、ね」
「宗代ちゃんだってそうだろ。同じだろ」
「んんと……そんなことは……」

 ない、とは言えないが、そこまで正直に言わなくてもいいのではないだろうか。嘘でもいいから、きみを好きだから、きみだけが好きだから、と言ってほしかった。結婚は現実。そんなこと、求めるほうがまちがっていると知っているけれど。

次は「が」です。









 
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こちらでお礼を

Sさん、ツィッターでいつもコメントいただきまして、ありがとうございます。
とーっても嬉しいです。

今後ともよろしくお願いします。

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