番外編

番外編21(ラヴストーリィは突然に)前編

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番外編21

「ラヴストーリィは突然に」前編


1

 長崎の中学、高校でテニスをやっていて、プロの道に誘われて卒業してから東京に出てきて、二十歳になるころにはプロのプレイヤーになれた。プロのランキングも悪い位置ではなくて、都会暮らしも楽しくて、毎日が充実していた。二十代になった私は、時おりアスリートとしてラジオにゲスト出演して、川上恭子さんのトークは楽しいね、と言われるようになった。
 可愛らしい声だし、ラジオのDJやらない? と誘ってくれた人がいて、トレーニングや試合がないときにはラジオ番組に出るようにもなった。放送の仕事も楽しかった。二十三歳の年に、FM局のプロデューサーにその話を持ちかけられたのだった。
「フォレストシンガーズって知ってる?」
「シンガーズ? 歌手ですよね。知りません」
「知らないか。まあ、無理もないんですけど、このたび、うちの局で彼らが番組を持つことになったんですよ。フォレストシンガーズってのは男五人のヴォーカルグループで、ふたりずつで早朝番組を担当する。ふたりずつなのでひとりあぶれる。そのあぶれたひとりと、川上さんが組んでくれないかな」
「あぶれたひとと? どんなひと?」
「本庄繁之っていうんだよ。フォレストシンガーズはむろんCDも出してる。聴いてみますか」
「はい。ぜひ」
 プロデューサー氏がフォレストシンガーズのアルバムを聴かせてくれた。
「低い声がバックヴォーカルやってるでしょ? この声が本庄くん。写真もありますよ。これがリーダーの本橋くん」
 五人が並んでいるうちの、右側の背の高いひとが本橋真次郎さん、左側のすらっとしたひとが乾隆也さん、本橋さんの左隣の綺麗な顔をした小柄なひとが木村章さん、乾さんの右隣の子供っぽい笑顔のひとが三沢幸生さん。私ははじめて見るフォレストシンガーズのメンバーを、写真を示してプロデューサー氏が教えてくれた。私がいっしょにラジオでDJをやるかもしれないひとは、真ん中に立っていた。
 背丈も五人の真ん中。年齢も真ん中なのだそうだ。写真を見た限りではまったくかっこよくはないけれど、好感は持てる。一応、彼とやるってことで進めますよ、と言ったプロデューサー氏にうなずいた。
「他の四人とも近いうちには会ってもらうけど、まずは本庄くんに会いますか」
「はい、お会いしたいです」
「その前に、彼ら、明日の深夜のテレビに出ますよ」
 テレビで歌うのかと楽しみにしていたのだが、彼らが出ていたのは深夜のバラエティ番組の突撃リポートコーナーだった。シンガーズがこんな仕事を? 大変なんだなぁ、と私は同情まじりに見ていた。
 深夜の街を徘徊している人々をリポートするのであるらしい。しかも、寂れた感じの街だ。写真を見ていたので誰が誰だか区別のつく五人が、マイクを手にして道行く人にインタビューをこころみる。酔っ払いに声をかけて殴られそうになった三沢さんが、必死になって逃げる姿をカメラが追う。と、乾さんが酔っ払いの前に立ちふさがった。
「すみません。ご無礼を申し上げました。では、おやすみなさい。幸生、行くぞ」
「はいはーい。ごめんなさーい。気をつけてお帰り下さいねっ」
 歌う声の高い乾さんは、話し声はそうは高くない。三沢さんは話していても声が高い。酔っ払いにお詫びを言って走り出すふたりの背中を、カメラが追っていく。しばらく走ると、三沢さんは道端にへたり込んだ。そこに他の三人も近寄ってきた。
「ふへー、声をかけた相手が悪かったですね。今度はあの綺麗なお姉さんにしよっと。げげ、シゲさん、あれ、お姉さん?」
 三沢さんが言い、本庄さんは首をかしげた。ふたりの見ている方向には、ドレスを着た背の高い人物がしゃなりしゃなりと歩いていた。
「話しかけてみたら、シゲさん? 声でわかるんじゃない?」
「いやだよ、章、おまえが行け」
 声の高い木村さんと声の低い本庄さんはもめていて、三沢さんは本橋さんに言った。
「リーダー、お願いします」
「俺かよ。よし、行こう」
 本橋さんも声は低いけれど、本庄さんほどではなくて、低いというより太いのだろうか。歌ではなく話し声を聴くのははじめてなので、私は彼らの声に耳を澄ましていた。本橋さんが歩み寄っていくのはお姉さんじゃないけどなぁ、大丈夫かなぁ、と心配していると、乾さんが言った。
「あの方はやはり……なにかあったら、シゲ、頼むよ」
「なにかあったらって、本橋さん、行かないほうが……」
 心配そうに本庄さんが言い、三沢さんは叫んだ。
「やっぱあれ、お兄さん? リーダー、危険警報が鳴ってますよーっ!!」
「本橋、戻ってこい」
 戻ってこーい、と手招きしている乾さんに向かって、本橋さんが言った。
「仕事だ。仕事なんだから俺は行く」
 カメラが本橋さんを追いかける。本橋さんがお姉さんのようなドレスを着た人物に、えーと、あのぉ、と声をかけると、そのひとは振り向いた。
「あら、あなた、いい身体してるじゃないの。顔は……ううん、顔なんか見ない見ない。あなたって私のタイプよぉ」
「は……あの、あの……」
 そのひとにいきなり抱きつかれて押し倒されて、本橋さんがもがいている。シゲ、なんとかしろよっ、と乾さんの声、乾さんがなんとかして下さいよっ、と本庄さんの声。きゃはっ、面白いけど怖いわっ、と三沢さんの声。木村さんは逃げ出し、大騒ぎになった。
「これがシンガーズの仕事? 大変だね……でも、でも……ごめんなさい。笑えるっ!!」
 ひとりの部屋でテレビを観て、同情したり大変だなと考えたり、ごめんなさいとあやまったりしながらも、かなり笑わせてもらった。それから数日後、本物の本庄繁之さんと会った。
「本庄繁之です。よろしくお願いします」
「川上恭子です。こちらこそよろしくです」
 局の応接室にプロデューサーが連れてきた本庄さんと初対面を果たし、挨拶をかわしながら、私は笑いたいのを我慢していた。
 プロのシンガーズのメンバーだというのに、服装にかまわない男のひとなんだな。なに、この、センスがどうこう以前のファッションは。これでもおしゃれしてるんだろうか。顔は四角くて目が細くて、身体つきも角ばっていてがっしりしているから、流行の服装は似合わないかもしれない。だけど、微笑ましくていい感じ。可愛いな、なんて思った。
 その日は挨拶をすませて、ちょっとした打ち合わせをした。仕事の話しばかりだったのでテレビを観た話もしなかったのだが、これからいっしょに仕事をするひと、という目で見たら、いいひとだと思えた。
 そして、本庄繁之と川上恭子の「FSの朝までミュージック」初日となった。番組がスタートする午前四時の数時間前には局に行って、はじめて本庄さんと個人的な会話をした。
「番組名の頭に「FSの」ってついてるの、川上さんには……」
「FSってフォレストシンガーズの略でしょ。フォレストシンガーズがメインなんだから、いいんじゃありませんか」
「そうですか。そう言ってもらえると……」
 にこっとして、本庄さんは言った。
「うちのリーダーと乾さんが、この番組の初回だったでしょ。第二回目が幸生と章でした。聴いて下さいましたか」
「はい、聴いてました。面白かった」
「第三者の方が面白いと言って下さると嬉しいんですけど、二回目は羽目をはずしすぎてませんでした?」
「本橋さんは緊張気味だったみたいですね。乾さんは最初から滑舌もなめらかで、本橋さんをリードしてらしたように聞こえました。本橋さんもだんだんほぐれてきて、楽しい放送になってましたよ。三沢さんと木村さんは……いえ、ただひたすら面白かったです」
「あいつら、あれで普段通りなんですよ。俺はいつだっていつだって……」
「いつだっていつだって? 今度ゆっくり、フォレストシンガーズのみなさんの話をして下さいね」
「そうですか。じゃあ、近いうちに、メシでも食いましょうか。今はそれどころじゃありませんよね。川上さんはラジオには慣れてらっしゃると伺いましたから、よろしくご指導下さい。リードもよろしく」
「責任重大ですね。私もそんなには慣れてないけど、がんばります」
「俺もがんばりますから」
 本庄さんとのトークは、思った以上になめらかに楽しく進んでいった。番組が終わって初日の反省会などもすむと、本庄さんは私に深く深く頭を下げた。
「ありがとうございました。俺の声ってこんなですし、うちの他のメンバーたちみたいに喋りも達者じゃないし、どうなることかと不安だったんですけど、川上さんのおかげでうまく行けましたね。今後ともどうぞよろしく」
「はい、よろしくお願いされてあげます。ごはんも楽しみにしてますね」
「え? ほんとに?」
「ほんとじゃなくて嘘だったんですか」
「嘘ではありません。近いうちにきっと」
 気をつけて帰って下さいね、と言い残して、本庄さんは帰っていった。
 今日、これからでもよかったのにな。本庄さんは仕事があるのかな。テニス選手の男の子なんかだったら、気に入った女の子はすぐさまデートに誘うのに、本庄さんは私を気に入らなかったのかな。ええ? デート? 恭子ったら馬鹿じゃないの。仕事のおつきあいだよ、彼とは。
 デートだなんて発想をするのは、遊び人もけっこういるテニス界に毒されてきているらしい。ひとりでくすっと笑って、私も帰ることにした。
「恭子さん、今日の午前中は、もしよかったら……」
 何度目かの放送が終わってから、本庄さんが遠慮がちに誘ってくれた。
「昼メシには早いけど、お茶だったら……」
「うん。プライベートなお話しもいっぱいして、もっと仲良くならなくちゃ」
「仲良く?」
「仕事仲間だって仲良くしなくちゃいけないでしょ」
「そりゃあそうだね。いつも年下の恭子さんにリードしてもらってるんだし、お茶となにかこう、軽く食べて……おごらせてもらっていいかな」
「おごってもらうのは大歓迎だよ。私、おなかがすいてるの。マイクにおなかが鳴いてる音が入らないかと心配だったんだ。なにか食べたい」
「俺も実は腹ペコだったんだよ」
 局から出て近くの喫茶店でモーニングサービスを頼み、食べながら話した。
「本庄さんは二十六でしょ。本橋さんと乾さんが二十七、木村さんと三沢さんが二十五歳で、真ん中だからサンドイッチシゲ? そう言ってたよね。サンドイッチの具って苦労してるの?」
「苦労はしてないよ。俺たちは全然売れてないけど、毎日が楽しい。ラジオのDJなんてのも初体験だからどきどきものだったんだけど、やってみたら楽しいよね。恭子さんのおかげだよ」
 放送中にもプライベートな話題は出るので、すこしずつフォレストシンガーズの知識は増えていた。あまりにも他人行儀な喋り方をすると、番組が堅くなると局側から言われたのもあって、普段もこんなふうに喋るようになっている。仕事で出会う前にはなんにも知らなかったフォレストシンガーズについて、私も勉強していたのだが、一から聞きたくなってお願いしてみた。
「ちょこっとは話したけど、一からとなると、俺が三重県から出てきて大学に入って、合唱部に入部した時点からだね。学生時代の話までするとやたらに長くなるんで適当にはしょって話すと、うちのメンバーたちとは全員、合唱部で知り合ったんだ。本橋さんと乾さんが卒業する前に、三人の後輩たちに言ってくれた。五人でプロを目指してヴォーカルグループを結成しようって」
「木村さんは中退してロックバンドをやってたんじゃなかった?」
「そうだよ。だから、あのころは別の奴がいた。そいつはやめちまったんだから、そいつの話は置いといて、章が入ってから、コンテストでうちの社長が俺たちを認めてくれて、デビューさせてもらったんだよ」
 適当にはしょったあたりも、いなくなったひとの話もいつかは聞けるのだろうか。本庄さんの目が一瞬暗くなった理由を知りたくて、けれど、そこまで聞いてはいけないのかとも思っていた。
「プロになっても売れない売れない、ずっとそうなんだけど、俺はこうやって五人で歌っていられたら満足だよ。貧しいんだけどさ、メシさえ食えたら生きていけるんだし。でも、足りない。こんなんじゃ足りない。悪いけど、追加を頼んでいい?」
「まだ食べるの? なーんちゃって、私も足りない。もっと食べたい」
「そう? なににする?」
 追加注文はオムライスとカレーライス、よく食べるんだねぇ、恭子さんこそ、と笑い合っていたら、ウェイトレスさんにまで笑われてしまった。
「恭子さんは身体が資本のアスリートだもんな。どんどん食べて」
「本庄さん、貧乏なんじゃなかった? 追加注文の分は私が出すよ」
「メシ代だけは確保してあるから大丈夫だよ。食えないと倒れる」
「じゃ、安心しておまかせしちゃお。チョコレートパフェも食べていい?」
 うっ、というような顔をしたものの、どうぞどうぞ、と言ってくれたので、デザートも注文した。
「だけど、有名になりたいよね。フォレストシンガーズってとってもとっても歌は上手なんだから、なにかのきっかけがあったら絶対に売れるよ。私も本庄さんとお仕事をさせてもらうって決まって、CDを買ったの。今ではすっかりファンだからね」
「ありがとう。俺はそこそこ売れたらいいかなぁ、って呑気にかまえてるんだけど、そう言うと本橋さんに叱られるんだ。俺たちは頂点を目指すんだ、ってね。本橋さんって情熱家なんだよ」
「そんな感じっぽかった」
 番組がはじまる前に、他の四人とも会った。挨拶をかわした程度だったのだが、テレビで見たキャラがそのまんま、といった雰囲気に見えた。彼らの放送も聴いているので、徐々にひととなりが理解できていっていると、私は勝手に思い込んでいる。けれども、自分勝手に理解しているだけでは物足りなくて、本庄さんの口から彼らの話をもっともっと聞きたかった。
「乾さんは理論家かな。ラジオを聴いててもそういうタイプだろ。俺はそもそもがのほほんとしてるから、乾さんにはよくそっちを突っ込まれるな。シゲ、おまえも言うようにはなったけど、言いかけたら全部言えよ、ってね。言えません」
「言えないようなことを言いかけるの?」
「議論なんかになったら、俺はうちのメンバーの全員に負けるよ」
「それもそんな感じかも」
「でしょ? 乾さんって温厚な人柄なんだけど、時にはびしっとね……手を上げるんじゃないよ。びしっと俺に活を入れてくれる。いつもいつも、本橋さんも乾さんも俺を励ましてくれる。最高の先輩たちなんだ」
「……後輩たちは?」
「あいつらは聞いての通りだよ。そういうあいつらがいてこそ、って部分もあるんだけどね」
「本庄さんが大好きな、先輩や後輩のみなさんともゆっくりお話したいな」
「大好き? かな?」
 照れたように笑って、本庄さんは言った。
「山田美江子さんもうちの大学の、合唱部の先輩だよ」
「マネージャーの山田さん? 山田さんにもお会いしたいな」
「そのうち、七人でメシを食おう。恭子さんは幸生や乾さんよりもよく食う……っと、失礼」
「本当のことだからいいのよ。あのね、とっておきの話、していい?」
「とっておきってなに?」
 チョコレートパフェを食べながら、私は言った。
「この間、テレビを見たんですよ」
「この間? 突撃リポート?」
「テレビ出演はあれ以来なかったの?」
「ないない。バラエティはできれば遠慮したいんだけど、うちの社長の方針なんだよ。おまえたちの名前と顔を売るにはテレビ出演が一番。なんだっていいから、話が来たらテレビに出ろ」
「テレビで歌う仕事は?」
「なくもないけど、ほとんどないな」
「今度あったら教えてね」
「あるといいけどね」
 気になっていたことを質問してみた。
「あれって賑やかではない繁華街を深夜にリポートして、三沢さんが酔っ払いに殴られそうになったり、お姉さんみたいなお兄さんに本橋さんが抱きつかれたりして、悪いけど笑っちゃったの。ものすっごく大変だったの?」
「そうでもないよ。俺はたいしてなんにもしてないけど、一部は演出……」
「やらせ?」
「そこまでじゃないよ。内緒だからね」
「うん、内緒にしておく」
 やらせか。そしたらそれほど大変でもなかったんだ。だなんて、私はなぜだかひどく安心したのだった。


 挨拶はしたけれど、みんなで食事をするのははじめてだ。今日は山田美江子さんも来てくれるというので、私はわくわく気分でランチの約束をしたレストランへと出かけた。先に六人とも来ていて、立ち上がって迎えてくれた。
「私ははじめまして、ですよね。マネージャーの山田美江子です。本庄がお世話になっております」
「まさにシゲがお世話になってます。前にも名乗りましたけど、乾隆也です。今後ともシゲともども、よろしくお願いします」
「こんにちは。木村章です」
「三沢幸生でーす。よろしかったらユキちゃんって呼んで下さいね。恭子さんのドレス、お花がいっぱいで可愛い。お似合いですよ。なんの花、それ?」
「幸生、あとにしろ。本橋真次郎です。本日はお日柄もよろしく……って変か?」
「変ですよ。シゲさんはご挨拶しなくていいんだよね。さあさ、ぱーっとやりましょう。恭子さんって呼んでいいですか。恭子さん、それ、なんの花?」
 今日のために買ったプリントのワンピースに、模様の花と同じ花のコサージュをつけてきた。セットになっていたので、なんの花? と三沢さんに尋ねられても答えられないでいると、乾さんが言った。
「マーガレットかな。恭子さんの清楚な容貌にぴったりですよ。ね、ミエちゃん?」
「マーガレットをアレンジした花みたいね。恭子さん、私も恭子さんって呼んでもいいですか」
「みなさんにそう呼んでいただけると嬉しいです」
「では、遠慮なく、俺も。恭子さんってお仕事柄か、食欲はシゲさん並だと……言ったらいけなかった、シゲさん?」
「言っちまったじゃないか。遅いんだよ。まったく幸生は……」
「本庄さんったら、言わなくていいのに」
「ごめん、恭子さん……つい」
 本庄さんはうなだれ、本橋さんが三沢さんの頭をこつんとやり、三沢さんはきゃっきゃっと笑っている。乾さんと山田さんはゆったりと微笑んでいる。木村さんはなんとなくつまらなそうに見えなくもなかったのだが、ランチがはじまると私に話しかけてくれた。
「テニス選手ってごついんだろ、ってシゲさんは言ってたけど、ごつくないよね、恭子さんって」
「本庄さんったら、そういうことも言ってたんですね」
「章、おまえまでよけいなことを……」
「ごつくないって言ってるんだからいいじゃありませんか。細くもないけど……えーーっと、恭子さんは俺より年下でしょ? タメ口でいい?」
「もちろんです。私は二十三ですから、この中では最年少。マスコットにして下さいね」
「マスコット? そんなタイプでもないような……シゲさん、睨まなくても言いませんって」
「なんですか、木村さん? 本庄さんは他にはなにを言ったんですか」
「性格も声も可愛いひとだって」
「嘘、悪口言ったんでしょ」
 言ってないよっ、と本庄さんが怒り声を出し、三沢さんが言った。
「恭子さんはなにもかもが可愛いじゃん。恋人はいるんですか」
「いません」
「そんなに可愛いひとがフリー? どう、俺と?」
 こらこらっ、と本橋さんが三沢さんを叱りつけ、乾さんも言った。
「幸生はナンパが趣味なんで、気にしないで下さいね。幸生、静まれ」
「静かにナンパ……じゃありませんよ。ナンパではなく、真面目に口説いて……あれれ?」
「おまえは女だったらなんでもいいんだろ」
「章ったら失礼ねっ。なんでもよくはないんだよ。恭子さんだからこそだよ」
「恭子さんはおまえのタイプじゃ……わわっち」
 静まれって言ってんだろ、と乾さんは三沢さんと木村さんを睨みつけ、本橋さんは言った。
「ごめんね。こいつらいっつもこうなんだから」
「ラジオを聴いてますから、知ってるつもりでしたけど、本物の三沢さんも木村さんもほんとにほんとに賑やかなんですね」
「そうなのよ」
 山田さんも言った。
「失礼っていうのは恭子さんに対してでしょう?」
「俺が、章が?」
「幸生くんも章くんも、ご両名ともにです。恭子さん、失礼な男たちはほっといて、女同士の密談でもしましょうか」
「ええっと……怖いかも」
「あなたもけっこう言うんだね」
 俺は失礼じゃないだろ、と本橋さんが言い、三沢さんが言った。
「リーダーはその存在自体が……きゃああっ、痛いーっ!!」
「なんにもしてないだろ。メシ食ってる間くらい静かにしてろ。恭子さん、騒々しくてごめん」
「いいんですよ。楽しいもん。私もたまには仲間に入れて下さいね」
「たまじゃなくて、みんなでたびたびこうやってメシを食おうよ。女性がひとりいると華やぐ場に、あなたが加わってくれるとますます華やぐんだから、俺たちも嬉しいよ」
「そうよね、乾くん、私は華やかではない女ですから」
「そうは言ってないでしょ。ミエちゃんがいると華やぎ、恭子さんが加わるとさらに華やぐと言ってるんだよ。ちゃんと聞いてる? ほら、恭子さんに笑われてるよ」
「恭子さんの若さと、可愛らしい笑い声で華やぐのよね。ちゃんと聞いてましてよ」
「美江子さん、ひがんでます?」
「そうなの、幸生くん、若さには勝てないわ」
「美江子さんだって若いですよ」
 しごく真面目に本庄さんが言い、美江子さんはくっくと笑い出した。私も爆笑してしまい、本橋さんが呆れ顔になった。
 三沢さんはナンパが趣味? 木村さんは面食い? 本橋さんはリーダーとして、よけいなことばかり言いたがる年下のふたりを抑えるのが大変みたい。乾さんはひがんでいるふりをしている山田さんをなだめようとしていた様子だけど、彼女が笑い出したので安心したみたい。本庄さんはどうも、そのへんをしっかりと理解していないみたい。
 ほんとに私もたびたび、こうしていっしょにごはんを食べて、いっしょに笑っていいの? 私ひとりはちがう世界の住人だけど、あなたたちの仲間入りもさせてもらえたらいいなぁ、と私はそのときすでに、そんな願いを持っていた。 
 
 
2

 お正月に帰省して、いとこの卓夫くんに会った。父の弟の息子であるタクちゃんは、私と同い年。幼稚園から高校までずっと同じで、姓も同じ川上だから、双生児? などと人には訊かれたりもした。
「どう、東京暮らしは?」
「うん、楽しいよ。タクちゃんの仕事は?」
「まだ新人だからなんにもわかってなくて、毎日が過ぎていくのが早いよ」
 高校を卒業して、私は東京に出ていき、タクちゃんは福岡で大学生になった。大学を卒業したタクちゃんは、長崎に戻って観光案内所勤務となったので、東京に住んでいる私以上に標準語を巧みに操る。
 子供のころには双生児かと言われるくらいだったのだから、私たちは体格も顔立ちも似ていた。成長していくにつれ、私はテニスのせいでたくましくなって、タクちゃんは背が伸びて男の子っぽくなっていった。今ではタクちゃんはなかなかにかっこいい青年となり、顔立ちも私のいとこにしたらハンサムなのだが、心は双生児のまんまだ。お互いにいろんな相談ごともしてきた。
「好きなひとがいるって言ってたよね。彼とはどうなった?」
「青山くんだよね。ちょっとだけつきあってたんだけど、彼は東京の子で、遊び人だから」
 東京でプロテニス選手になると、美人でもない私にも告白してくれる男の子がいた。二、三人の男の子とつきあって別れたのも、東京暮らしの若い子はそんなもんでしょ、と割り切ったつもりで、私としても半分は遊び感覚だった。もっとも近い恋人は、テニス仲間の青山くん。タクちゃんと張り合うくらいにかっこいい男の子で、私はちょっぴり本気になっていたから、次々に女の子とデートしている彼を詰った。
「私ひとりとつきあってほしいんだけど」
「恭子ちゃんひとりと? そんなのつまんないじゃないか」
「恋人ってひとりだけが普通なんじゃないの?」
「恋人ってほどでもないだろ。僕はひとりの女の子に縛られるなんていやだよ」
「恋人にするんだったら、もっと美人でいい大学を出てる女の子がいいの?」
「結婚するんだったらそういう子がいいけど、遊び相手だったら可愛い子は誰だって受け入れるよ。恭子ちゃんも可愛いんだから、堅いこと言わないで」
「私はそんなのいや」
 恋人だと思っていたのは私だけ。彼にとっては数多い遊び相手の女の子だったのだ。そんなのいやだ、となってデートの誘いを断っていたら、いつの間にか電話もかかってこなくなった。
「青山くんとはだいぶ前に別れたよ。今は仕事に生きてるの」
「テニス以外の仕事もしてるんだよね。東京のFM放送はこっちでは聴けないんだけど、研修で東京に行ったときに、一度だけ聴いた。フォレストシンガーズの本庄さんってひとが相手なんだよね」
「フォレストシンガーズって知ってた?」
「知らなかったけど、恭子ちゃんがいっしょに仕事をしてるひとなんだから、CDも買ったよ。彼らは歌がうまいよね」
「聴いてくれたんだ。ありがとう」
「恭子ちゃんも上手に喋ってるじゃないか。一度っきり聴いた放送は面白かったよ。本庄さんの低ーい声と、恭子ちゃんの可愛い声も、あれはあれでいいハーモニーだよね」
「ハーモニーねぇ。本庄さんは言うんだよ。恭子さんは歌はどう? 歌ってみせてよ、って。やだやだっ。絶対にやだっ」
「うーん、彼の前ではちょっと……」
「でしょ? 絶対に歌わない。歌は断固拒否だけど、フォレストシンガーズの他のひとたちとも、マネージャーの山田さんとも時々は会ってお喋りするの。みんな面白くって優しくて、私、中でも山田さんがいちばん好きだな。頭がよくて美人で、憧れのお姉さん。本庄さんはテニスの試合を見にきてくれたりもしたんだよ」
「友達になったんだね」
 仕事のつきあいだけではなくなってきているのは、たしかにそうだ。本庄さんといっしょにお昼を食べたり、フォレストシンガーズのライヴを聴きにいったりもした。
「でもね、私が絶対に歌わないっていう理由を、本庄さんは知らないの。だからしつこいの。どうしても恭子さんの歌が聴きたいって言うの。だから、私、言っちゃった」
「歌いたくない理由を?」
「そうじゃなくて、そんなに歌わせたいんだったら、テニスの試合をしようって」
「それだったら恭子ちゃんが勝つだろ」
「そうかなぁ」
 テニスの試合をして私が負けたら、歌ってあげると言った。本庄さんもタクちゃんと同じように、俺が負けるに決まってると言った。本庄さんはトレーニングは好きだし、野球だったら自信あるけど、テニスなんてやったことはないと言う。そしたら、特訓してあげる、試合ではハンディもつけてあげると言ったら、本庄さんは渋々ながらその気になった。
「まちがってたかな。やめといたほうがよかった?」
「いいんじゃないの。恭子ちゃんが万が一負けたら、正直に言ったらいいんだよ」
「言いたくない」
「いいじゃないか。恭子ちゃんは歌も可愛いから、本庄さんもきっと笑ってくれるよ」
「笑われたくない」
「恭子ちゃん……もしかして……?」
「もしかしてってなによ? 変なふうに考えないで」
「ごめんごめん」
 東京に帰って新年度のラジオがスタートして、私はある日、本庄さんに言った。
「来週、試合があるの」
「いつ? その日だったら行けるよ。見にいく」
「本庄さんが来てくれるんだったら、絶対に勝つからね」
「がんばれよ」
 スコートってのはなんだってこう短くて、太い脚を人々のさらしものにするようにできてるんだろ。特に本庄さんにはこの太腿を見られたくないなぁ、なんて考えながら着替えてロッカールームを出ると、青山くんがいた。
「今夜、久し振りでどう?」
「青山くんとはもうデートしないの」
「そんなにつめたくしなくてもいいだろ。僕は恭子ちゃんともデートしたいんだよ」
「恭子ちゃんとも、でしょ。私はそんな彼はいらない」
「あのだっせえのがいいの? いたぜ、客席に」
「誰のこと?」
「だっせえったらあいつだろ。恭子ちゃん、趣味悪いな」
「別に彼は趣味じゃなくて、仕事をいっしょにしてるひとだから。なによ、そんなの青山くんには関係ないでしょ。だっせえなんて失礼な」
「だっせえよ、あいつは」
 だっせえのは本当だろうけど、見た目だけはかっこいいあんたなんかより……あんたなんかより? 自分で自分の気持ちがよくわからなくて、頭がこんがらがった気分で試合に臨み、年下のランキングも下の女の子に鮮やかなまでに完敗。つまらないことを考えてて負けるなんて、アスリート失格だよね、と泣きたくなっていると、本庄さんがやってきた。
「……負けちゃった。みっともない」
「みっともなくないよ。勝負ごとなんだから、負けるってこともなくはない」
「そうだよね。でも、悔しいの。悔しくて悔しくてたまらない」
「負けず嫌いは大切だよ」
「泣いていい?」
 途端に本庄さんは狼狽した。
「泣きたいんだったら……いや、しかし、恭子さんが泣きたいんだったら、俺がいたらいけないよね。俺は帰るから……うん、でも、気をつけて。泣いたあとの顔で帰ったりしたら……どうしようか」
「だから本庄さんって……」
「俺がなに?」
「ううん。いいの。涙なんか引っ込んじゃった。いっしょに帰ろう。着替えてくるから待っててね」
「泣きたくなくなった? よかった」
 恭子ちゃんはもしかして、とタクちゃんは言った。もしかして、その通りみたい。私はきっと……鈍感でスマートなんて露ほどにもない本庄さんが……ロッカールームへと駆けていきながら、私はひとりごとを言っていた。私は本庄さんが好きだよ、と。


「恭子が結婚するの? 相手は誰? いっしょにラジオやってるひと? 二十四で結婚なんて早すぎるんじゃない?」
「フォレストシンガーズの本庄繁之? ごめん、あたし、ラジオ聴いてないんだ。だって、朝早いんだもん」
「フォレストシンガーズってなんとなくは知ってるよ。ラジオも私は聴いたことがあるけど、本庄さんっていい声だよね。だけど、かっこよくないんでしょ?」
「あたしは本庄さんは見たことあるけど、んんと、まあね……そうだね」
「知らないな、フォレストシンガーズなんて。恭子ちゃん、なんでそんなのと結婚するの?」
「恭子ちゃんが結婚するなんて……考え直さない? もったいないよ。早すぎるよ」
「恭子ちゃん、そんな奴となんか結婚すんなよ。僕としよう」
 テニス仲間が集まった席で結婚宣言をしたら、男友達も女友達も大騒ぎになった。男性のうちの数人は、本庄繁之なんかより僕と結婚しよう、と本気でもない顔をして言い、青山くんまでがその中に加わっていた。女性たちは、シゲちゃんを知っているひともいないひとも、諸手を挙げて賛成、とは言えない口ぶりだった。
「結婚するの。決めたの」
 断固として言うと、女の子たちの中ではもっとも仲良しの、靖子が言った。
「テニスはやめちゃうの?」
「やめないよ。シゲちゃんは稼ぎも多くないし、歌手って不安定な仕事でしょ。もしもフォレストシンガーズがこのまま売れなかったとしたら、私がシゲちゃんを養ってあげるんだから」
「えらいっ!!」
 女の子たちは拍手してくれ、男の子たちはなおも、そんな生活力のない男となんか、とぶつぶつ言っていた。あとから青山くんはこっそり言った。
「恭子ちゃんが結婚しちゃうなんてもったいない、あんなだっさい奴と結婚するのはやめなよ、僕ともう一度……」
「なに言ってんのよ、今さら」
「他の男にさらわれるとなったら、もったいなくてたまらなくなってきたよ。きみひとりの僕になるって言っても考え直してくれない?」
「私はシゲちゃんと結婚するの」
「あんなのと結婚したら後悔するよ」
「しない」
 するに決まってるよ、と青山くんは言ったが、私にはもはやシゲちゃんしか見えていなかった。
 あれからいくつもの出来事があった。テニスは苦手だと言う本庄さんのコーチをしてあげていたときは、不器用な彼が愛しくて、本庄さんはこうやって一生懸命練習してるのに、私は歌わないと言い張っているなんてずるいんじゃないだろうかと思えてきた。しかし、私には歌えないわけがある。
 カラオケボックスに本庄さんを誘い、私が歌えないわけを行動で示してみせた。マイクを持ってヤケクソで歌った私の歌のワンフレーズ目で、専門家はすべてを悟った。本庄さんは鈍感のきわめつけだけれど、歌に関しては鋭敏というか、プロのシンガーなのだから当たり前なのだろう。
「そんなに笑わなくてもいいんじゃないの?」
「ごめん。いや、あのさ、俺が笑ってるのは……いや、あのね、音痴って言ったらいけないのかな」
「音痴だもん。言ってもいいよ」
「音痴ってのには二種類あって、てめえが音痴だと気づいてない音痴と、ちゃんとわかってる音痴があるんだ。恭子さんは後者だから、耳はたしかなんだよ」
「耳はたしかかもね。本庄さんの歌がとってもとっても上手なのは聞き取れるから」
「うん、だからさ、恭子さんの歌は聴いてて楽しいよ。もっと歌う?」
「やだ」
 すねて困らせて、しまいには言いかけて、やっとやっと私の気持ちに気づいてくれた本庄さんは、おずおずと腕を伸ばして私を抱き寄せた。
「ん、ええと、こうすればいいのかな」
「今は泣きたくないけど?」
「泣かなくていいよ」
「そうだよね、歌が下手だってかまわないんでしょ?」
「きみの歌が上手ではなくても、俺にはそんなことはなんら障害にはならない」
「テニスはうまいもんね」
「そりゃそうだ。俺はテニスはド下手だけど、いい?」
「私よりもテニスのうまいひとなんか嫌い」
「俺は? 先に言わせて。好きだ」
「うん、私も好き」
 恭子さんが恭子ちゃんになって、恭子になった。本庄さんがシゲさんになって、シゲちゃんになった。なんでもかんでも不器用なシゲちゃんは、プロポーズもこんな感じだった。
「恭子さん……恭子……この次に会うときに……婚約指輪も贈っていいかな」
「いっしょに選びたいな」
「あ、ああ、オーケイってこと?」
「恭子はシゲちゃんと結婚したい」
「恭子……ありがとう。一生きみと……」
 そうして婚約者になったシゲちゃんと、はじめて彼の部屋で朝を迎えた。今朝は本橋さんと乾さんの放送がある。ラジオをつけて、と私が言う前に、シゲちゃんがつけてくれた。ふたりで別のひとたちの「FSの朝までミュージック」を聴くのももちろんはじめてだった。
 朝にぴったりの爽やかなメロディが流れてくる。五人のコーラス。私の夫になるひとと仲間たちの歌は、音痴の私をたじろがせてしまうほどのハーモニーで、こればっかりは私をちょっと暗くさせる。でも、暗い気分はほんの一瞬で、いい歌だなぁ、としみじみ思って聴き惚れていた。
 
「静まり返っていた街のどこかで
 朝露が歌い出す
 目を閉じているあなた
 耳だけ開いて歌を聴いて
 朝露とともに歌うよ
 あなたの耳元で僕も歌うよ」

 オープニングテーマ曲がフェイドアウトしていって、挨拶の声が聞こえてきた。
「おはようございます、本橋真次郎です」
「おはようございます、乾隆也です。お目覚めはいかがですか。朝の早くからお仕事に出かけるお支度のみなさまも、なるだけ長く我々のお喋りに耳をかたむけて下さいね。そこのあなた、トーストが焼けましたよ。いい香りだなぁ。俺も腹が減ってきちまったよ」
「そこのあなたとは?」
「ラジオを聴いて下さっているあなたです。特定のどなたかではありません。トーストの香りが食欲を刺激しますね。味噌汁の香りもどこかでしています。僕の腹の虫が鳴いてますよ」
「朝メシは食ってこなかったんですか、乾くんは」
「朝メシを食う前に仕事ですよ。これがほんとの朝メシ前の仕事。いえ、そんな軽い気持ちで仕事はやっておりません。乾隆也、全身全霊を込めまして、みなさまの朝のひとときに安らぎと楽しさをお届けさせていただきます」
「全身全霊ってのを込めると暑苦しいですよ。それでなくても今日も朝から熱帯夜になりそうな気温なのに」
「昨夜も熱帯夜でしたね。スタジオには冷房が効いてますけど、外は早くも暑くなりそうな気配です。それでは、本橋真次郎と乾隆也の……」
 そこでふたつの声がそろって、FSの朝までミュージック、スタート、となった。
「暑苦しくない程度の全身全霊を込めてお届けしますので、楽しんで下さいね。みなさまが楽しいと言って下さるのが、我々にとってはなによりの励みです。ところで、本橋くん」
「はい、乾くん」
「我々のつとめは、リスナーのみなさまに楽しんでいただくってことですよね」
「もちろん」
「なのに、てめえが楽しんでる奴がいますよね」
「ああ、あいつな。みなさま、申しわけありません」
 申しわけありません、とまたまた声がそろってから、乾さんの声が聞こえてきた。
「昨今はスポーツ選手などでも、プレッシャーに負けずに自らも楽しもう、まずは楽しむのが先決だと口にします。オリンピックに出場するアスリートなんかでもそう言いますよね。スポーツ選手ならばその姿勢も大切なのかもしれませんが、我々エンターティナーはそれではいけない。ラジオ番組であれば、リスナーのみなさまに楽しんでいただくのがすべて。そのために番組を担当する我々は、心をつくすんです。人々に感動を与える、などとも申しますが、そうではない。みなさまに感動していただけるように、楽しんでいただけるように全身全霊込めてつとめ上げる。それが我々の使命です」
「おまえ、全身全霊が好きだな」
「本橋くんも心して下さいよ。言い方を変えると、みなさまが受け取って下さる印象が変わるんですから」
「うん、それで?」
「ですからね、回りくどい言い方をしましたが、要するに僕が言いたいのは……」
「何日か前にうちの幸生と章が……」
「まことにすみませんでしたっ」
「平に平にご容赦のほどを……」
「って言ってもね、お聴きになっておられなかった方には意味不明でしょうから、本橋くん、再現する?」
「いやだ。聴いて下さっていなかった方々はいいんですよ。聴いてくれてた人に謝罪してるんですから。この話題はここまで。乾、じゃなくて乾くん、ここらで曲に行きましょうか」
「はい、僕らの新曲? それはあとで? では、今朝の一曲目はキャロル・キングの名曲、「君の友達」です。お聴き下さい」
 曲が流れてくると、あれだね、そう、あれ、とシゲちゃんとふたりで笑った。
「あいつって三沢さんだよね。それはわかるんだけど、乾さんの言ってたアスリートって私? シゲちゃん、結婚するってみんなに話した?」
「恥ずかしいからまだ」
「なんで恥ずかしいの?」
「恥ずかしいじゃないかよ」
「恥ずかしくないじゃないの。私から言ってあげようか」
「待て、待て待て待て。俺が言う」
「ちゃんと言ってよ」
「うん、言う」
 鈍感で不器用で恥ずかしがりで、ださいったらださいし、俺は歌以外にはなんのとりえもないんだよ、と言うシゲちゃん。口下手で頑固で、俺は田舎者だから、と言いたがるシゲちゃん。シゲちゃんよりは洋服のセンスがあるつもりの私が、こういうの着たら? と言っても、やだよ、俺がこんなの着たら猿回しの猿だよ、なんて言うシゲちゃん。
 時には私は腹が立って、結婚なんかやめよっかな、と言ってしまう。そうすると慌てて、ごめん、俺が悪かった、と平謝りになる。私が悪くてもシゲちゃんのほうからあやまってくれる。
 それって逃げてるんでしょ? って追求して困らせたりもする。しばらくしたら、そんなシゲちゃんって可愛いよ、と言っては、今度はシゲちゃんが怒ったりもする。
「俺は男なんだから、男に向かって可愛いって言うな」
「だって、可愛いんだもん。私は? 可愛い?」
「そう思ってなかったら、結婚したくならないよ」
「たくましすぎる女でも可愛い?」
「俺はもっとたくましいだろ」
「そうだよね。じゃあ、シゲちゃんには歌以外にもとりえがあるじゃない。たくましくて力持ちで優しいの」
「……そうか。そうかな」
 可愛くて優しくて力持ちのシゲちゃんと、もうじき恭子は結婚する。乾さんと本橋さんの放送をふたりで聴きながら、シゲちゃんの胸に頬をくっつけて、私は言った。
「シゲちゃん、もっともっと昔の話もして。はじめてふたりでごはんを食べたときに、最初にフォレストシンガーズにいたひとの話をしかけたよね。あのひとは?」
「ああ、ヒデって言ってさ……小笠原英彦。親友だったんだよ。俺はそう思ってた。あいつもそう思ってくれてたのかな。あいつは大学を卒業したばかりの年に、結婚するからってフォレストシンガーズをやめちまって、それっきり行方不明なんだ。俺はヒデに会いたいんだけど、いなくなっちまった奴にこだわっても仕方ないもんな」
「そうだったんだ。えーと、それからね……女の友達はいる?」
「いるよ。瀬戸内泉水って幼馴染がいる。今は大阪に住んでる」
「結婚式には呼ぼうね。合唱部のころの友達もいっぱい呼んで、紹介してね」
 私の友達も何人かは紹介したけれど、シゲちゃんは誰が誰だかわかっていない様子だった。頭の中で結婚式のゲストのリストをこしらえていると、シゲちゃんは言った。
「結婚するってまだ話してないんだけど、乾さんは感づいてるみたいだよ。あれだから俺は乾さんには参るんだよな」
「乾さんって敏感なんだよね。そしたら山田さんも感づいてるんじゃないの?」
「そうなのかな」
「そうかもしれないよ。番組でも公表しなくちゃいけないよね」
「そうか……恥ずかしくないか?」
「恥ずかしくなんかない。嬉しいもん」
「俺も嬉しいけど、結婚式って恥ずかしいよ」
「ゴールドのラメのタキシードでも着る?」
「やめてくれぇ」
 これからずーっといっしょなんだから、いっぱいいっぱい話そうね。シゲちゃんの子供時代も学時代も、フォレストシンガーズがデビューする前の苦労話も、現在に続くシゲちゃんの歴史を全部知りたい。とめどもなく知りたくて、いつまでも話し続けていたかった。
 

続編に続く


 

 
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~ Comment ~

恭子さん

シゲさんと恭子さんの絵のリクエストがあったのでこちら読ませていただきました♪
書くの本当に私でいいんでしょうか……鉛筆画ですし私より上手い方いっぱいいらっしゃいますし……。もし他にお気に入りの絵師さんがいらっしゃって、そちらの方に頼まれるようでしたら私は構いませんので(>_<)注文はいくらでもしてもらって構いませんよ。出来るだけイメージに近づくよう頑張ります! 

まだ前編だけですがシゲさん結婚するんですね(ToT)シゲさん好きだったんでちょっとショック(;_;)でも恭子さんいい人みたいなんで許す!(何様……
ラジオのDJ 一度やってみたかったんですよね。フォレストシンガーズの皆さんも楽しそうでいいなー。
シゲさんと恭子さんラブラブでいいですね(^-^)読んでてにやにやしてしまいました(笑)なんだか安定した家庭を築きそうです♪

バレンタインのチョコくれるんですか!? やったーー!(^O^)今からるんるんです♪

たおるさんへ

いつもありがとうございます。

絵の描けない人間は、イラストを描いてもらうのってほんとにほんとにほんとに嬉しいんですよぉ~~♪
ただ、自分では描けないので、こんなの描いて下さい、ってお願いするのは、ものすごーくあつかましいことだと思ってもいます。

なぜか、「こんな小説を書いて下さい」とリクエストするよりも、「こんな絵を描いて下さい」のほうが恐縮してしまいます。

たおるさんの絵は素敵ですもの。恐縮しつつもお願いしたくなります。
イメージが固まりましたら、描いてやって下さいね。

シゲが結婚するのがショックだなんて言っていただいて、産みの母としては嬉しいです。
本橋くんの兄ちゃんたちが結婚したときにも、ショックだと言って下さった方がいらして、○○のファンだと言ってもらうのは嬉しいものですよね。

私はテレビには絶対に出たくありませんが(誰も出てほしいとは言いませんね、はい)、ラジオにだったら出てみたいです。
幸生と対談なんて、してみたいですねぇ←例によって妄想中。

バレンタインのチョコ、その日までにどうやってプレゼントするのか、考えておきます。バーチャルチョコかな(^o^)
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