ショートストーリィ(しりとり小説)

129「とっておき」

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しりとり小説129

「とっておき」

 あら? あれ? 互いに同じ感覚に陥ったらしい。途中入社の女子新入社員を紹介された比島耕三と、女子社員と、同じような表情で見つめ合った。

「比島さん、知り合い?」
「えーっと……」
「多田さん、知り合い?」
「比島さん、お久しぶり」
「多田さんだ、やっぱり」

 紹介してくれた総務部の女子社員には意味不明だっただろうが、姓を知った途端に耕三はありありと思い出した。

 比島耕三が大学二年生で、多田良夏が短大一年生になった春、耕三の大学と良夏の短大の合同サークルに、良夏が入部してきたのだ。良夏は親友だという、円加という名の同級生と連れ立っていた。

「ヨシカとマドカ、似た名前だから親友になったんですよ」
「高校から一緒なんです」

 老人ホームや児童施設を訪問して、紙芝居を見せたり本を朗読したりするボランティアサークルだ。男子の多い理系大学である耕三の学校よりも、女子短大の学生のほうが熱心だった。

「結局、比島はナンパしたくてうちに入ってたんだな」
「そんなんじゃありませんよ」

 先輩に冷やかされて否定はしてみせたが、耕三は円加とつきあい、別れたり復縁したりもしたものの、二十代の後半には結婚した。あれから十年。耕三と円加には子どももふたりできて平凡な家庭を築いているが、円加の口から良夏の名前を聞いたことはなかった。

「私は独身なんですよ」
「ああ、そうなんですね」

 最初は丁寧語で話していた耕三と良夏は、何日かたつうちには昔のままのざっくばらんな口をきくようになって、数日後には仕事帰りにふたりで飲みにいくことになった。

「短大を卒業して就職してからも、円加とは仲良くしてたわ。つかず離れずって感じだったかな。結婚式には行けなかったのは、そのとき、ちょうど語学留学をしていたからなの。三十前に会社を辞めてオーストラリアに留学するって報告したら、円加には反対されたのね。そんなことをしてる年じゃないでしょ、良夏も婚活したらって」
「あいつ、お節介焼きだからね」
「そうだよね。それでちょっと喧嘩になって、私は私のしたいようにするのよ、って言って留学しちゃったんだ。結婚式の招待状は届いたけど、オーストラリアにいたから帰ってこられなかったのよ」

 結婚式に誰を呼ぶか、という相談を円加とした覚えはあるが、なにしろ十年前だ。ほとんど忘れてしまっていた。

「それからはずっとオーストラリアにいたんだけど、日本の友達はなつかしいじゃない。円加ともメールのやりとりはしていたよ。うちの会社の入社試験を受けて、語学力を買われて合格して、ここに配属されるまでは比島さんがいるなんて知らなかった。でも、顔を見た途端に、あ、そうだったんだ、って……奇遇だったよね」
「ほんとに」
「……円加に私の話、した?」
「いや、してないよ」
「しないほうがいいかもね」

 どうして? とは尋ねなかったのはなぜだろう。良夏に言われるまでもなく、円加には良夏の話をしなかったのも、耕三にはなぜだかわからない。なぜかは知らないが、なんとなく良夏については家庭では話題にしないようにしていた。

 昔馴染みの女性が新入社員として入社してきて、同僚になった。ただそれだけなのに、彼女が円加の旧友で女性だからだろうか。女の話は家庭では御法度。円加が会社の男性社員の話をしても気分がよくないのだから、耕三もしないだけだと考えておくことにした。

 そのうちにはよけいに円加には話しにくくなったのは、良夏とふたりで食事にいったり飲みにいったりすることが増えてきたからだ。ランチを頻繁にともにすると社内で噂されそうだから、退社後に、となる。かすかな秘密の香りは耕三にはくすぐったくも気持ちよくもあった。

「私、耕三くんを狙ってたんだよ」
「へえ、それは初耳だ」

 真偽不明な昔の感情を口にして、良夏がくすくす笑う。そんな台詞が気持ち悪いわけもなかった。

「俺も良夏ちゃんは気になってたよ」
「ほんと?」
「ほんとだよ。円加がいなかったら絶対に、きみを口説いてたな」
「円加のほうが魅力的だったってわけ?」
「というよりも、あいつに先につかまえられちゃったってほうだな」
「そうなんだ」

 こんなやりとりは戯言のようなものだ。良夏だって単に楽しんでいるだけだ。わずかに背徳のスパイスが加わるのが、大人同士の友人同士なのだろう。

「とっておきの話、してあげようか」
「なに?」
「円加の話よ」

 良夏が入社して一年近くたったころ、よく来る居酒屋で良夏が言い出した。

「あのころって円加と耕三くんは別れてたんだったかな」
「あのころとはいつ?」
「二十六くらいだったはずよ」
「いつだったかはっきりとは覚えていないけど、離れてた時期もあったな。俺はそのころだったら九州の工場勤務だったはずだよ」
「きっとその時期だね」

 意味ありげな沈黙の間を空けて、良夏は冷酒のグラスを空にした。

「……あのころ、耕三くんとは完全に切れてもいなかったから、円加は悩んでたんだよね。私としてはどっちつかずはいけない、耕三くんと別れてからにするか、そっちの男と手を切るか、ふたつにひとつよ、二股なんて最低だよって忠告したんだけど……」
「……ふむ」
「円加はずるずると、その男と同棲をはじめちゃったんだよね。耕三くんが遠くにいて、精神的にも距離を置いてた時期だったんでしょ。だからって良夏が別の男と同棲していたとは、知らなかったんじゃないの?」
「あ、ああ」

 それきり耕三は黙り、良夏がひとりで喋っていた。

「あんなことをしていたら泥沼になるんじゃないかって、私はひやひやしていたのよ。だけど、円加はどっちつかずに続けている。私もそんな円加と友達でいるのに嫌気がさしてきて、あまり会わなくなっていたの。そしたら円加からメールが来たのよ。そのメール、保存してあるんだ。見たいんだったらパソコンから転送しようか」
「どんなメール?」

 もうひとりの男とは別れることにした、踏ん切りがついたのは妊娠したから。妊娠したと打ち明けたら彼は真っ青になって、堕ろしてくれよ、頼むよ、俺は知らないよ、ほんとに俺の子か? 円加、もうひとり男がいるんじゃなかったのか? まで言い出したの。
 そんな奴と同棲までした自分が馬鹿に思えてきたから、別れる。子どもはかわいそうだけど中絶するわ。良夏にも迷惑かけてごめんね。

 内容を暗記しているのか、保存してあるものを確認でもしてきたのか。良夏はなめらかにメールの文章を口にした。

「ショックだった? 悪かったかな」
「いや……」
「円加って……ううん、私がこれ以上、言うべきじゃないよね。判断するのは耕三くんだもの」
「……判断……」
「奥さんのかわりだったらここにいるよ、なんちゃって」

 冗談めかしてはいるが、本気の色もほの見えていた。

「怖いね、女って」
「だよねぇ」

 その「女」とはきみだ、良夏ちゃんだ、と耕三は言いたい。円加が良夏の名前を口にのぼせないのは、彼女がこんな性格だからか。良夏の性格の深い部分などは耕三は知らなかった。
 十年以上前にプロポーズしたとき、円加はうつむいて長く考え込んだ末に顔を上げた。

「耕三くんの兄さん、産婦人科のお医者さんだよね」
「そうだよ」
「……私が妊娠したら、兄さんに診てもらうとか?」
「そんなことを気にしてんの? 兄貴に直接診察してもらうなんていやだよな。うん、気持ちはわかる。兄貴じゃなくて、兄貴の知り合いには医者も大勢いるから、紹介してもらおう。先の話だけど、いい産婦人科を教えてくれるよ」
「やっぱり、そうなるよね」
「いやなのか?」

 夫の兄が産婦人科、そんなところにひっかかるのか、女ってそうなのかと困っていた耕三に、良夏は意を決したように告げた。

「私ね、二年ほど前、耕三くんが九州にいたころに、別の男性と同棲していたの。子どもができて、その人に暴言を吐かれたから別れたんだ。子どもは中絶したのよ。それで、耕三くんのところに帰ったの。内緒にしていてごめんなさい。こんな女とは結婚したくないよね」

 一気呵成に言って、円加は涙のたまった目で耕三を見つめた。

 そうか、中絶経験は産婦人科で判明してしまう。なんの関係もない医者ならば口外しないだろうが、夫の兄の知り合いならば兄に伝わる恐れもある。良夏はそれを危惧して、外部から漏れるくらいなら自ら言うことにしたのだろう。

「ごめんね。軽率だった」
「……若気の至りってやつだよな」
「うん」
「俺は過去は気にしないよ。俺もあのころは別の女の子とつきあってた。俺は男だから妊娠はしないし、その彼女も妊娠はしてないはずだけど、俺だって女だったら良夏みたいなこと、あったかもしれないもんな。結婚したら浮気なんかしないだろ」
「もちろん」
「そんならいいよ」
「耕三くん……」

 承知の上で円加と結婚したのだ。夫婦げんかになると良夏の過去が頭をよぎったりもするが、絶対に口にはしないと耕三は自分に課している。

 知ってたよ、とここで言ってやったら、良夏はどんな顔をするだろう。言ったほうがいいのか。はっきり言ってしまって、良夏とはこうして会うのをやめるべきか。しかし、そうすると今度は円加に、あることないこと告げ口でもしそうで。

 怖い女と関わってしまったものだ。耕三の心にはもはや、後悔しかなかった。

次は「き」です。









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