別小説

ガラスの靴52

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「ガラスの靴」

52・安売


 音楽で食っていかれる保証はないから、こっちにも才能があるつもりだったイラストの勉強をすることに決めた、二十五歳のあたし。専門学校のイラスト学科に入学して笙と知り合った。

 結局はロックバンドのヴォーカリストとしてプロになったのだが、笙とは結婚して、彼には主夫をやらせている。あたしは家で主婦業と母業をやっていられるような性格ではないので、主夫としてのほほんと生きているのが性に合う男と知り合ってよかったのだ。

 専門学校時代には他の生徒よりもだいぶ年上で、とんがった服装をして、変な噂もふりまかれていたあたしは敬遠されていた。お気楽なガキどもとなんか友達になりたくないから、ひとりでもへっちゃらだったのだが、ひとり、ふたりくらいは友人もいた。

「おや、縫?」
「あらま、アンヌ?」

 男とは友人ではなく、セフレってやつになったのだが、女とだったら友達にもなる。彼女はあたしよりひとつ年上で、専門学校生としては年を食っていた。そのせいもあり、性格もいっぷう変わっていたからあたしと気が合ったのだ。

 ヌイとはあたしの世代には珍しい名前だ。アンヌもありふれた名前ではなく、名前の話をしてから親しくなったのだった。

 その縫と再会したのは、音楽スタジオ。縫は音楽スタジオと取り引きのある会社で働いていると言う。なんの会社だかは教えてくれなかったが、そんなことはどうでもいい。飲みにいこうぜ、と誘って、二、三度旧交をあたため合った。

「笙くんねぇ、あんまり記憶にはないけど、アンヌは年下の男の子と結婚したんだ。しかもロックバンドのヴォーカル……桃源郷って名前だったら知ってるよ。んで、笙くんは主夫。かーっこいい。勝ち組だね」
「主夫を養ってる女って勝ち組か? 金持ちの男に寄生してる主婦のほうが勝ち組だろ」
「アンヌにはそんな主婦、向かないんじゃない?」

 よく知っている。そりゃあまあ、旧友なのだから当たり前か。
 夫が主夫で子どもも夫が主になって育てていると言うと、眉をひそめるむきもなくはない。旦那さんがかわいそうと言われたり、そんなヒモ、ろくでもない男だろうと言われたり、母がちゃんと育てないと、子どももろくでもない男になるよと言われたり。

 他人は好き勝手言ってくれるものだが、縫のようにかっこいいと言った女は少数派だ。こういうところが縫と友達になれた部分なのだろう。

「縫は男は?」
「去年、プロポーズされたんだけどね……」
「結婚したのか?」
「してないよ。断ったの」

 三度目にふたりで飲みにきた酒場で、縫は浮かぬ顔になった。

「重大な瑕瑾があったんだよ」
「かきん? 傷ってことか」
「そ。背が高くてかっこよくて、いい大学出てていい会社で働いてて、性格もいい男だったのよ」
「そんな男がよくも、あんたに惚れたね」
「まっ、失礼ねっ!!」

 怒ったふりをしてみせてから、縫は大きく息を吐いた。

「だけどさ、その大きな重すぎる傷のせいで、私はあいつのプロポーズを蹴ったの」
「なんの瑕瑾だか知らないけど、断ったんだったらしようがねえな」
「うんっ、もうっ、冷たいね。聞いてよ」
「話したいんだったら話せよ」

 もったいつけずに言えばいいじゃないか。あたしはウィスキーを飲み、縫はカンパリを飲んでいた。

「そんな男なんだけど、私にふられて傷心状態で、もう二度と恋なんかしないって言ってたんだよね。そうなのかもしれない。あんな傷もの、私じゃない女だってきっと断るだろうと思ってたの」
「傷ものって、暴走族のレディスにでも輪姦された過去があるとか?」
「アンヌ、真面目に聞け」

 すこし酔ってきたのか、縫の目が据わってきていた。

「なのにね、ついこの間、会ったのよ。彼とは社内恋愛だったから、居づらくなって私が会社を辞めたのね」
「ああ、そうだったのか。転職してたんだ」
「そうよ。惜しまれつつも私は転職したの。だけど、私はみんなに慕われてたから、その会社の女の子たちともつきあいが続いている。先だって前の会社の女の子たちと飲みにいったのね。そしたら、彼も女の子たちについてきたんだよ。私に未練があったんだろうね」

 そうなのかもしれない、別の理由があったのかもしれない。

「彼は私に言ったの。俺は二度と恋はしないつもりだったよ。恋はもういい。だけど、結婚はしたくなくもないんだ。恋はしなくても結婚はできる。近く結婚が決まりそうなんだ。縫、後悔しないかって?」
「なんだ? それが言いたくて縫に会いにきたのか?」
「そうなのね。彼、私に未練たっぷりで、他の女となんか結婚しないでって言わせたかったんじゃないかと思うんだ」

 というよりも、見せびらかしたかったのだとあたしは思うが、あたしはそいつではないので真意はわからない。縫は切なげに続けた。

「今ならまだ間に合うよ、婚約破棄だったらできるんだから、縫……って、私を見つめるの。だけど、冷静に考えたらあいつには瑕瑾がある。私はそんな男とは結婚できない。そんな男と知っていながらあいつと結婚する、その女みたいな安売りはしたくない」
「安売りなのか」
「そうだよ」

 据わった目をして断言する縫に、もう一度尋ねた。

「瑕瑾ってなんなんだよ?」
「奨学金よ。彼は医者志望で、医学部に入って六年間勉強するにはとうてい親のお金では無理だからって、諦めてくれって親に言われたらしいの。それでも絶対にやるって言って、奨学金を借りたんだって」
「そいつ、医者?」
「医者になれたんだったらまだいいけど、途中でリタイアしたのよ。医学部の勉強についていけなくなって、四年生で別の大学に編入したの。それでよけいに金がかかったんだよ」

 奨学金の返済をせねばならないから、毎月、かなりの金が出ていく。それを瑕瑾だと縫は言うのである。

「てめえにゃ関係ない金が、男のふところから出ていく。それって気に入らないかもしれないけどさ、そいつはいい会社で働いてるんだろ」
「借金持ちの男なんていやだよっだ」
「ギャンブルで作った借金とかじゃないんだろうが」
「アンヌらしくもない正論を吐かないで。借金は駄目。絶対にいや」

 自らの勉学のために借りた奨学金を、自ら働いて返す。けなげではないか、とあたしは思う。あたしだって中退した大学も、専門学校も自分で稼いで通った。

「息子に借金させる親も親だよ。そんな親がいるってだけでもいや」
「……そういうもんか。あんたとはそんなに価値観がちがうんだ。びっくりだね」

 大人にならないとわからないこともあるものだと、あたしは今さら知った。ある程度は援助しても、あとは自分でなんとかしなさいと奨学金を借りさせる親。親の勧めに従って借金をして、きちんと働いて返していく子。それのどこが悪い。どこが瑕瑾だ。

「だけど、惜しいのは惜しい。私は安売りなんかできないけど、そんな男は簡単に結婚できないだろうと思ってたの。あいつが奨学金を返し終わったら、もう一度プロポーズしてくるかとも思ってたのよ」
「……あてがはずれて残念だったね」
「なによ、アンヌ、言い方がつめたいじゃない」

 いつまでも友達でいようね、なんて、あたしはそんなきれいごとを言ったこともないけれど、学生時代の友達とは続いていけると思っていた。旧友だからこそ、こうして久しぶりに会ってももと通りになれると喜んでいた。けれど、錯覚だったんだ。人はこうして、友達をなくしていくものなのか。

つづく






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~ Comment ~

NoTitle

音楽もイラストも博打だじぇ。。。
同じようなものだじぇ。
有名な画家や作曲家でもその当時は評価されない。
それが当たり前の仕事に従事するのは・・・。
やっぱり芸術家ということで生き方自体は尊敬しますが。

LandMさんへ

いつもありがとうございます。

芸術は博打、それで食べていける人間はほんの少数。
ほんとですよねぇ。

特異な才能を持つ人間は人類のうちのほんのひとにぎりですが、私はやっぱり「芸術」にいちばん関心がありまして、絵や写真や映画や音楽や……といった才能を持つ人に憧れるがゆえに、そういうキャラを書きたがるのだと思います。

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