ショートストーリィ(しりとり小説)

128「地図にない里」

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しりとり小説128

「地図にない里」

 どうして私と結婚したかったの? 新婚旅行の旅先で質問したら、夫になったひとはこう答えた。

「僕もいい年だし、親を安心させたかったのもあるかな。人間、やっぱり結婚ってしないといけないと思うんだ。保子さんだって年も年だし、僕で妥協したってところはあるだろ」
「なくもないかな」

 正直に言い合って、けれど、私の台詞には照れが含まれていたのだから、壮一のほうも照れ半分なのだろうと解釈していた。

 三十歳をすぎてしまって独身でいると、親も周囲の人間もうるさい。三十そこそこだから言うのよ、言われてるうちが花よ、四十すぎると誰も言わなくもなるのよ、と母は言ったが、正直、うるさくて我慢できなかった。

 我慢できない気持ちの中には、結婚したい願望があったからなのだろう。あのころは強がっていたが、今になると自分の願望もわかる。
 会社の上司が紹介してくれた壮一とすこしつきあってプロポーズされ、結婚した今は、精神的にずいぶんと落ち着いた。今度は、子どもは? という質問が飛んでくるようになったが、結婚しないの? できないの? と責められるよりはよほどよかった。

 新婚旅行から帰ると日常生活がはじまる。三十三歳の妻と三十六歳の夫は、結婚生活に過剰な夢や幻想など抱かない。食べて寝て起きて、また食べて会社に行って、帰宅してまた食べて寝て。つつがなくそんな毎日が送れれば十分だった。

「後輩の結婚式があるんだ。ぜひ奥さんとご一緒にって誘われたんだよ」
「私の知らないひとでしょ? 気が進まないな」
「そんなこと言わないでさ、彼も彼女も友達が少ないみたいで、友人席が寂しいからってのもあるみたいだよ。人助けだと思って出席してやって」

 そう言われたら、あくまでもいやだとは言えない。

 後輩というのは壮一とは幼なじみで、子どものころの遊び仲間だったらしい。壮一よりはふたつ年下の彼は順次という名前で、小学校から中学校、高校、機械関係の専門学校までが同じで、就職先も同じ。もしかしたら変な関係? と疑いそうになったが、そうでもないらしい。

 順次くんが私たちの結婚式には出席していなかったのは、中国に出張中だったから。

 新婦は二十五歳。順次くんよりも九つも年下だ。はっきり言って太っていて野暮ったい女性だから、このくらい年上の男しか相手にしてくれなかったのだろう。披露宴の友人席で花嫁を眺めながら、私は意地悪なことを考えていた。

「いいなぁ、あんな若い嫁さんで」
「俺ももうちょっと待ったら、年下をもらえたかもしれないのにな」
「壮一も同感だろ」
「壮一はまだ新婚なんだから、そんなふうには思わないよな」

 ひとつのテーブルを新郎の友人たちが囲んでいる。幼なじみグループは壮一と親しい男性ばかりで、中にふたり、女性が混じっていた。私は壮一に小声で尋ねた。

「私たちの結婚式には、あの女のひとたちは来てなかったね」
「ああ、異性の友達は呼ばないほうがいいって話だったから、来てもらわなかったんだよ」
「順次くんは呼んだの?」
「あいつはそういうことは気にしないんだろ」

 男性たちは私たちの結婚式にも出席してくれていたから、覚えがある。知らない女性ふたりが自己紹介をしてくれたところによると、伊吹さんと曜子さんというらしい。ふたりともに既婚で、曜子さんは平凡なルックスだが、伊吹さんはボーイッシュで若く見えるタイプだった。

「どうですか、新婚生活は?」

 夫には同じような質問を男性がしていたせいか、曜子さんが私に質問した。

「ええ、まあまあ、こんなもんですね」
「新婚さんなのに冷めてるんだ」
「冷めてるわけでもないんですけど、喧嘩もせずに平穏にやっていけてますから、文句はありません」
「そうなんだ、いいなぁ」

 問わず語りに、曜子さんが愚痴りはじめた。

「私は十年ほど前に結婚したんだけど、子どもができなくてね、不妊治療をしているの。お金と手間ばっかりかかって仕事もできやしないから、もうやめたいんだよね」
「そうなんですか」

 同い年からひとつ、ふたつ、年下の幼なじみだというから、見た目からしても曜子さんも伊吹さんも三十代半ばだろう。伊吹さんはこちらの会話には加わらず、男性たちと談笑していた。

「だけど、子どもはほしいのよ。保子さんは子どもは?」
「できたら産みますよ。でも、もう若くもないんだし、できなかったらしようがないかな」
「お気楽でいいね。姑さんはなにも言わないの?」
「あなたたちは結婚が遅かったから、子どもは持てなくても仕方ないねって言ってました」
「それってイヤミじゃないの?」

 そうなのかもしれないが、やいのやいのとせっつかれるよりはよほどいい。

「実のお母さんは?」
「壮一さんの妹にも、私の弟にも子どもがいますから、孫はいるからって感じで、うるさくは言いません」
「他に孫がいたって、我が子には全部子どもを持たせたいのが親なのよ」
「うちはそうでもないみたい」

 お色直しに立っていた花嫁さんが戻ってきたが、そちらを見もせずに曜子さんは続けた。

「私は諦めきれないし、姑も子ども子どもってうるさいのよ。旦那はもういいんじゃないかって言うから、温度差があるんだよね。この間なんか、そんなに金をかけるのももったいないだろ、もう治療はやめて、おまえも働けよ、なんて言うの。そのせいで大喧嘩よ」
「大変ですね」
「人ごとみたいに……」

 だって、他人事ですもの、と言ったらどうなるのだろう。そうは言えないがうっとうしくなってきたので、私はにっこりと言った。

「結婚式ではあまりふさわしくない話題ですよね」
「そんな話、聞きたくないってこと? いいね、お気楽な新婚さんは」
「……」

 八つ当たりとしか言いようがないではないか。新婦の友人がお祝いの歌を披露しはじめたので、曜子さんはようやく黙った。

 二次会には参加せずに帰宅し、翌日からはまた常と変らぬ生活がはじまる。私は積極的には子どもを望んでいないので、当然仕事も続けている。昼休みに携帯電話を見てみると、曜子さんからメールが届いていた。

「保子さんとは気が合いそうな気がするの。
 昨日話したように、今は私は専業主婦だから、話す相手もほとんどいないのよ。話を聞いてもらえないかな」

「すみません。
 誰からこのアドレスを聞いたんですか」

「決まってるじゃない。ソウちゃんだよ。ソウちゃんに教えてもらったの。
 ソウちゃんも言ってたよ。保子とは結婚式で仲良く話し込んでたよな、友達になってくれると僕も嬉しいなって」

 不妊だの子どもだの姑だのの愚痴ばかりで、死ぬほどうっとうしかった。夫に話せば彼の友達の悪口になるだろうから、曜子と話が弾んでたね、と言われたときには、黙って笑っておいた。
 そのせいで夫も誤解したのか。それにしたって私に無断でメールアドレスを教えるとは。腹が立ったのでそれ以上は曜子さんに返信しなかった。

「どうしてメールしてくれないの?」
「……いえ、夫に聞いてから……」
「ソウちゃんは関係ないじゃない。保子さんって誰かと友達になるのに、いちいち旦那の許可を得ないといけないの?」
「そういうわけでもないんですけど……」

 メールを無視していると、電話がかかってきた。今夜は壮一は残業だろうか。私は定時で帰れたので、食事を作って先に食べ、後片付けもすませたところに電話。つい出てしまったのが悪かった。

「メールってあまり好きじゃないんですよね」
「だったら、直接会いましょうよ。保子さんは働いてるんでしょ。ソウちゃんはそんなに早く帰ってこないみたいだから、ふたりで夜ごはん食べない? 保子さんの会社の近くまで行くよ」
「え、ええ、時間があれば」
「いつだったらいいの?」

 のらくらかわそうとしても効果がなさそうなので、やむなくはっきり言った。

「すみません。私は別に曜子さんと友達になりたくないんで……」

 電話のむこうで絶句した気配が伝わってから、曜子さんは言った。

「保子さん、誤解してない? ソウちゃんが好きだったのは伊吹だよ。私はほんとにただの友達なんだから、警戒なんかしなくていいって」
「壮一は伊吹さんが好きだった?」
「そうよ。聞いてるんでしょ。それで私と息吹をごっちゃにして、私を嫌ってるんだ。ちがうからね」

 その話には興味があるから、では、明日、私の職場近くの喫茶店で会いましょう、と約束した。
 翌日、仕事が終わって指定した店に行くと、曜子さんがにこにこと手を振っていた。コーヒーを注文してから水を向ける。私も知っていた、との設定にして尋ねると、曜子さんは言った。

「ソウちゃんとジュンちゃんと息吹と私と、結婚式に来ていた他の男の子たちも、近所に住んでる遊び友達だったのよ。小さいころはそれでよかったんだけど、中学生くらいになって気づいたのね。ソウちゃん、伊吹が好きなんじゃないかって。実は私がソウちゃんを好きだったから、敏感になったのかもしれないね」

 が、伊吹さんのほうは壮一を単なる幼なじみとしか思っていない。よくある話だ。

「高校生のときだったかな。私はもう吹っ切って、彼氏もできてた。伊吹にも彼氏ができて、ソウちゃんは表面は平静な顔をしていたよ。そんなある日の夕方にね」

 近所の公園のブランコに、壮一と伊吹さんがすわっているのを曜子さんが見つけた。どうも伊吹さんは泣いているようで、壮一はおずおずと彼女の背中を撫でていた。

「伊吹は彼氏のことで悩んで、ソウちゃんに相談していたらしいのね。あのときのソウちゃんの切なそうな、つらそうな顔。青春ドラマでも見てるみたいだった」

 それからも伊吹さんには何度も恋が訪れ、そのたびに壮一に相談しては泣いていたらしい。幾度かは曜子さんもそんなシーンを目撃したし、伊吹さんが話してくれることもあったのだそうだ。

「だけど、ソウちゃんは女の子とつきあおうとはしないのよ。そうこうしているうちに伊吹が一度目の結婚をしたの。私はソウちゃんにさりげなく聞いた」

 あれでよかったの? と尋ねたら、当たり前だろ、と壮一は応じた。そのときの壮一の瞳の暗さとやるせなさは、今でも忘れられないと曜子さんは語った。

「それからそれから、伊吹は最初の旦那と離婚したのね。私も結婚してたから、前ほど息吹と会うこともなくなってたわ。正直、私、伊吹ってあまり好きじゃなかったし」

 伊吹、離婚したね、ソウちゃんはどうするつもり? と曜子さんが壮一に送ったメールには、どうもしないよ、とひとことだけの返信が届いた。

「で、伊吹はついこの間、二度目の結婚をしたの。そのあとでソウちゃんが保子さんと結婚したんだよね。ついに伊吹への片想いを完全に振り捨てたのかって、私たちは噂していたのよ。気づいてないのは伊吹だけ……ってか、ほんとに気づいてないのかどうか怪しいもんだけど、気づいてないふりはしていたね。あとのみんなは知ってるから、ジュンちゃんが思い切ってソウちゃんに訊いたそうなのよ」

 ついにソウちゃんも別の女性に恋をしたんですね、そう言われた壮一は答えた。
 恋なんかしてないよ、ただ、結婚するだけだ。恋なんかしなくても結婚はできる。
 伊吹ちゃんへの気持ちを払拭するために? その質問には壮一はこう答えた。

 いいんだ、永遠に片想いでいいんだ。伊吹は俺にとっては永遠のマドンナってところかな。
 結婚する相手は現実の女だ。現実と幻想は別ものでいい。俺はずっとずーっと息吹が好きだから、心の妻っていうのか、そんな存在として大切に想い続けていたいんだよ。

「どうもソウちゃん、本気っぽかったって、ジュンちゃんは呆れてたよ」
「……そうなんですね」
「あら、話しすぎた? 保子さんはそこまでは知らなかったんだよね」

 わかっていて話したくせに。後悔しているような表情を作ってはいるものの、曜子さんの顔には底意地の悪い笑みが透けて見えていた。

「ごめんね。そしたらごはんに行く? ほんとは私は、結婚式のときの話の続きを保子さんに聞いてもらいたくて……保子さん? ええ? 私のせいで離婚するとか言わないでよ」
「ご心配なく。離婚なんかしませんから」

 言い捨てて、私は席を立った。テーブルにはきっちり、自分のコーヒー代金をのせて。
 ぽけっとしている曜子さんに軽く会釈をして、私は店から出ていった。今夜も壮一は遅くなるだろうから、私が会社帰りに寄り道したなんて気づかないはずだ。曜子さんが喋ったら知らないが、私はあんな話は聞かなかったことにしておこう。

 保子は現実の女、上等ではないか。心に住まわせている別の女は、地図には載ってない里に棲む幻想の生き物のようなものだ。私は壮一の配偶者、それでいい。

 駅への道を歩きながら、私は曜子さんからのメールや彼女のアドレスを削除した。

次は「と」です。










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~ Comment ~

NoTitle

・・・・。
・・・・・・・。
・・・・・・・・・。
この小説であかねさんに対するコメントが浮かばないじぇ。。。

まあ、いいか。
男っていうのは見栄もあります。
30代後半になって結婚してなかったら、「どうして?」っていう雰囲気になります。どっか人間的にも問題があるの?ってことにも繋がるのが職場ってものです。その中で結婚するという妥協もあるのが男っていうくだらない生き物なんですよね。男は。

LandMさんへ2

てんてん、てんてん、てんてんてん。
ううう、どういう意味かにゃぁ? (=^・^=)
いえいえ、コメントありがとうございます。

年齢がどうのこうの、という意味でしょうかね?

ひと昔前、結婚していない女性は「したくないから」。
結婚していない男性は「できないから」とみなす風潮がありました。
今はそうでもないんじゃないんですか?
むしろ男性のほうが結婚願望がなくて、結婚相談所なども女性のほうが多いと聞きましたが。

地域差なんかもあるんでしょうか。
結婚……人間の永遠のテーマですね。

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