ショートストーリィ(フォレストシンガーズ)

FS天空物語「スーパームーン」

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フォレストシンガーズ

「スーパームーン」

 宇宙が専門分野の夫によると。

「わりあいに近年になって言われるようになった、占星術分野の用語だ。月が地球にもっとも近くなったときに、満月または新月の形になった月の姿、またはその現象をスーパームーンというんだよ。占星術では凶兆だともいうけど、力学的には潮位の干満の差がわずかに大きくなる程度に過ぎないと考えられているんだ」

 そんな言い方はロマンティックではない。つまり、とてもとても大きく見える月がスーパームーン。今日はその天体ショーのハイライトの夜だ。

 幸いにも雨が上がって夜空が晴れた。
 我が家のベランダはこの時刻には最高の月が見られるスポットになる。通常よりも明るく大きな月を、夫とふたりで見ていた。

「……ん」
「どうかした?」
「んん」

 うう、んん、むむ、とか言って、夫が部屋の中に入っていく。ここから見える場所に置いてあるピアノに向かう夫の姿が見えた。
 
 六歳の誕生日から習い事をはじめるのがよいという言い伝えがあるらしく、真次郎の母は三男にピアノを習わせると決めた。ふたりいる兄さんは空手をやっていたので、父親と兄たちは真次郎にも空手を習わせたかったらしいが、母親の意見が通ったのだそうだ。

 音楽的才能は子どものころからあったらしく、真次郎はピアノに傾倒していく。大学生になるころにはピアノよりも歌が好きになっていたが、ピアノだって大好きだった。
 十八歳で出会ったときには、私は彼の歌の才能は知っていたが、ピアノのほうは他の誰かから話を聞く程度。乾くんが、本橋のピアノはたいしたもんなんだよ、と言い、私にも聴かせてよ、と本人に言ってみたら、いやだ、のひとことで拒否された。

 大学四年生の夏に独立した真次郎のいちばんの寂しさは、ピアノが弾けないことだったらしい。親の家にあったグランドピアノを置ける広さの部屋などは、彼の収入では借りられるはずもなかったのだから。
 やがてフォレストシンガーズの一員として彼はデビューし、私はフォレストシンガーズのマネージャーになった。そうなってからも真次郎は、ピアノの腕は錆びついてるだとか言って聴かせてくれなかったが、フォレストシンガーズが有名になるにつれて、本橋真次郎にピアノを弾いてほしいという要請も増えてきた。

 いつだっただろうか、私がはじめて彼のピアノを聴いたのは。もとより私は音楽には素人だが、素人だからこそ素朴に感嘆した。本橋くんのピアノ、ほんと、すごいじゃないの。

 フォレストシンガーズがすこしは有名になってきた、彼も私も三十二歳の年に結婚し、新居に引っ越した。ピアノ、置いていいだろ、二台ほしいんだ、と彼は言った。

「二台?」
「うん。グランドピアノとアップライト。グランドピアノのほうは音楽ルームに置くよ。音楽ルームは防音にしてもらうから、家でのちょっとしたレッスンや仕事にグランドピアノを使う。アップライトのほうはもっと軽い使い方をするんだ」
「音楽的なことは、できる限りで自由にして」
「ああ、ありがとう」

 いずれは個人専用スタジオを持ちたいな、というのは、彼の夢のひとつであるらしい。乾くんも同じような夢を語っていた。
 今のところは専用スタジオを持つほどの財力はないけれど、ピアノは置けるようになって、彼は時間があれば音楽ルームにこもってピアノを弾いていることも多い。私と喧嘩をしたときなどは、音楽室でピアノに鬱憤をぶつけているのか。

 もっと軽い使い方、と言ったのは、お客さまや私に演奏を聴かせてくれること。最近は彼もピアノのレッスンもしているので、腕が錆びているとは言わなくなった。ピアノと歌のソロライヴをやったり、同業者のライヴにピアノで客演したり、そんな仕事もするようになった。

「……あ」

 月がひときわ、輝きを増して見える。月のいろが変化していくようにも見える。この曲は彼のオリジナルだろうか。「スーパームーン」と名づけたらいいのか。月を見ていて心に浮かんだ曲?
 音楽的な素養も素質も才能もない凡人には、曲よりも歌詞のほうがダイレクトでわかりやすい。けれど、彼と結婚して同居するようになり、彼の感性にも触れるようになってからは、彼の作った曲のイメージのかけらぐらいは私にも伝わってくるようになった。

 硬質でクールなピアノのメロディ。
 この曲が月をテーマにしたものだというのはまちがっていないはずだ。シルバーの月が微妙に色を変えて、アイスブルーにも見える。あれは月世界にある氷のいろ? 月の氷がしたたるさまを、彼の指先が美しいメロディという名のストーリィにしている?

「なんて贅沢なひととき……」

 これだけがその理由ではないけれど、私、あなたと結婚してよかったな。
 この月と、そのメロディをひとりじめして目を閉じる。閉じたまぶたの裏には現実的ではない美しい月世界が広がり、真次郎の腕とピアノの音と月の光と、すべてが私を抱きしめてくれているようだった。


END





 


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~ Comment ~

NoTitle

ラブラブですねぇ~
真ちゃんがピアノ弾きだということをついつい忘れてしまいます。
体育会系の方が印象強くて(^^;)

うん、でも、ピアノ、良いですよね。月夜にも似合う^^
スーパームーン、見ました。こちらも大きかったです^^

けいさんへ

コメントありがとうございます。

スーパームーンを見ようと外に出たら、そのときちょうど雲が空一面を覆っていて観られませんでした。
タイミングがよくなかったみたいです。

体育会系、それでいてスポーツはやっていない。
そういういかつい男が実はピアノが得意で、繊細な曲を書く。ギャップ萌えなんてしてもらえますかね?

美江子のこういう経験、けっこう理想です。
このふたりはまだ新婚ですしね。
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