別小説

ガラスの靴51

 ←FS俳句・短歌・超ショートストーリィ2015/9 →いろはの「ろ」part2
「ガラスの靴」

     51・信頼

 どれほど綺麗でもおばさんではあるのだが、上品でセレブなマダムといった感じの美人が、竜弥くんのとなりで頭を下げた。

「竜弥の母でございます。西本たつ子と申します。竜弥がお世話になりまして」
「西本さん?」
「ええ」

 最初の妻とは男と不倫して離婚し、不倫相手と事実婚をした吉丸さんは、アンヌのバンド「桃源郷」のドラマーだ。男と不倫したのだから当然、事実婚の相手は男である美知敏。通称ミチは吉丸さんのヨメと呼ばれて専業主夫というか主婦というか、でもあり、吉丸さんの前妻が置いていった息子を育てる男母でもある。

 それで懲りるような奴ではない吉丸さんは、今度は女と浮気をした。その相手の女が西本ほのかさん。ほのかさんは父親のちがう三人の子どもをひとりで育てている通訳で、三番目の雅夫が吉丸さんの子だってわけだ。

 英語の通訳だから英米の有名人ともつきあいがある、収入も相当に多いほのかさん。望み通りに三人の子どもを持ち、人生が充実しているらしきほのかさんの自宅に入り込んできたのが竜弥くんだった。

 彼の正体はどうも曖昧で、大学生らしいとしかわからない。姓すらも僕は知らない。ほのかさんの子どもたちは彼の正体を教えてくれるには幼すぎ、ほのかさんも本人も絶対に言ってはくれない。時おり竜弥くんとは話す機会もあるのだが、肝心の部分ははぐらかされる。

 ほのかさんちの家政婦さんだったら教えてくれるかと思ったのだが、知りませんよっ!! とつめたくあしらわれた。

 その竜弥くんの姓は西本? 母が西本なのならば普通は息子も西本だろう。僕は結婚してアンヌの姓の新垣に変わったので、実の母とは苗字がちがうが、こっちのほうが特殊なはずだ。ほのかさんの姓も西本。すると?

「ほのかさんもお世話になっておりますようで、竜弥が笙さんに挨拶をしてくれと申しますのよ」
「えーっと、たつ子さんってほのかさんのなんなんですか」
「ほのかさんの兄の妻です」
「っつうと、竜弥くんはほのかさんの甥?」
「ええ。ほのかさんの子どもたちのベビーシッターをしてくれるなら、下宿代は無料でいいなんて言われましてね。うちの主人はもちろん、竜弥のマンションの家賃くらいだったら払えるんですけど、ほのかさんのお目付け役みたいな感じで、同居させるのはいいかもしれないと申しましたの」
「そうなんだ」

 なーんだ。そしたら竜弥くんはほのかさんの甥なんじゃないか。竜弥くんもようやく種明かしをしてくれる気になったようで、ほのかさんのマンションでお母さんを僕に紹介してくれたらしい。今日はほのかさんは子どもたちを連れて出かけていると竜弥くんは言っていた。

「笙さんもほのかさんについてはごぞんじなんですよね。主人も気に病んでいますのよ。兄の言うことを聞くような女性ではありませんから、竜弥をそばに置いて、せめてこれ以上はとんでもなく破廉恥な真似をしないようにと……身内の恥をお聞かせしてしまいまして、すみません」
「恥じゃないじゃん」

 小声で言った僕に竜弥くんはウィンクしてみせたが、お母さんには聞こえなかったらしい。ため息まじりに続けた。

「雅夫くんのお父さんの仕事仲間が、笙さんの奥さまなんですってね。笙さんは専業主夫でいらっしゃるそうで……私もほのかさんみたいな女性と関わってますから、専業主夫くらいじゃ驚きませんわ。それにしてもその、雅夫の父親って方は……」

 未婚の母とはいえ、ほのかさんはきちんと三人の子どもを育てている。今のところは子どもたちはまっとうに育っているのだから、ほのかさんは決して身内の恥ではないと思うが、四十代の頭の固いおばさんには通じないだろう。

「主人は怒ってましたけど、ほのかさんがもてあそばれて捨てられたってわけでもないらしいから、もうほっとけって態度になってます。だけど、雅夫のお父さんってよくもそれだけ浮気できますよね」
「それだけは同感ですね」

 うふふと竜弥くんは笑い、僕は肩をすくめ、たつ子さんはため息ばかりつきながらも喋った。

「うちの主人は家事なんかは一切しませんけど、しっかり働いてますし、優しいですし、絶対に浮気はしないんだから亭主関白は受け入れてますのよ」
「絶対に浮気はしないんですか」
「しません、絶対に。私は強く信じてます」
「僕はたつ子さんの旦那さんって知らないけど、どんなところがその根拠なんですか」

 あまり突っ込んで質問するといやがられるかとも思ったのだが、たつ子さんはその話をしたかったらしく、勢い込んだ。

「まず、主人の職場は男性ばかりです。アカデミックな仕事で、昨今は学者さんにも女性が進出してきてますけど、主人の職場にはいません。掃除婦のおばさんすらいません」
「なるほど」

 その調子でたつ子さんは並べ立てる。

 収入はいいけれど、給料も臨時収入もすべて夫が妻に託してくれる。妻の知らないお金は持っていないし、金銭的には恬淡としているので、妻の作ったお弁当を持って出勤し、仕事が終わればまっすぐ帰ってくる。帰宅時間は判で押したようにほぼ同じ。職場は自宅からも近いので、七時半には帰ってくる。

 たまさか会合などはあるが、夫はお酒は苦手なのでほとんど飲まない。たまにはバーに行ったりもするが、帰宅してから逐一、今夜はどこでなにがどうして誰と話して……などと妻に報告する。

 そういう話を妻にするのは好きだが、面倒くさがりなので携帯電話は仕事にしか使わない。その他の事柄も相当に面倒がるのだから、浮気なんかはめんどくさいの最たるものだと本人も言っている。ママ、かわりにメールしておいて、と頼まれて職場の連絡を妻がしたりもするので、携帯を見るのもまったく自由だ。

 休日に出かけるのは息子の竜弥くんか、妻のたつ子さんとだけ。ひとりで行くのは近所の散歩だけ。散歩に行くとお土産だと言って、パンやケーキや花や雑誌などを買ってきてくれる。

「それともうひとつ、あるよね。ママはパパの好みにぴったり」
「もう若くはないけど、それでも言ってくれるものね。ママは綺麗だよ、愛してるってね」
「ごちそうさま」
「昨日も言ってくれたわ。最近は竜弥くんがいないから、よけいにふたりっきりで熱いのよ」
「ほんと、ごちそうさま」

 母と息子がじゃれ合うような会話をかわし、たつ子さんは僕に向かって言った。

「両親が愛し合い、あたたかな家庭を作っているといい子が育つってほんとですよね。私は専業主婦ですから、竜弥には手も目も愛情もたっぷり注いで育てました。躾にしてもきびしすぎず甘すぎず、ほどほどに最適にできた自信があるんですよ。おかげさまで竜弥はほんとに、素晴らしい青年に育ちました。私の手中の珠です」

 そうかなぁ、竜弥くんってそんなに模範的な青年かなぁ? とは思ったが、竜弥くんも子どもではないのだから、母の知らない顔を持っているのが当然だろう。黙っておいてやろう。

「私は人を見る目があるって自信も持ってますから、主人が浮気なんか一度もしたことはない、これからも絶対にしないって信じてますわ」
「ママがしたりして?」
「そうねぇ。私のほうが危ないかもしれないわ。……嘘よ、冗談よ。私はまだもてるけど、私だってパパ一筋だもの。いやあね、竜弥くんったら、変なことを言わないで」
「ごめんなさい。失礼しました」

 ふたりして顔を見合わせて、母と息子がくすくす笑う。気持ち悪くなくもない笑いだった。

「今日は笙さんにご挨拶だけしたくて、こちらに立ち寄ったんですよ。これからも息子をよろしくお願いします」
「こちらこそ」
「ママ、もう帰るの?」
「ええ、このあと、パパと約束があるの。竜弥くんも連れていってあげたいんだけど、ふたりきりのデートですからね」
「僕にとっては残念だけど、楽しんできてね」
「ええ、ありがとう」

 息子の頬に母がキスをし、息子は母を軽くハグする。僕はお母さんとあんなこと、したこともない。したくもないからいいのだが。

「さてさて、笙くんはどう思った?」
「どうって、なにを?」

 たつ子さんをお見送りして部屋に戻ると、竜弥くんが言った。

「うちのママの、夫に対する信頼だよ」
「いいんじゃないの。理想だよね」
「うん、ママは幸せなひとだ」
「……それって……」

 シンプルに幸せだと言っているのではなく、おめでたくて幸せだというニュアンスに聴こえた。

「親父とママは若いころは美男美女のカップルだったんだよ。ママだって今もまあ、美人だろ。親父は僕の兄さんに見られるくらいにかっこいいんだ。だからさ、けっこう貢がれたりするわけ。そうやってうんと年上の男に貢いででも、あわよくば妻を蹴落として後妻の座におさまりたいって若い女、いるんだよ」
「ええ?」
「親父は七時半には帰宅できるくらいなんだから、仕事は忙しくもない。勤務時間中に職場を抜け出して女とデートすることもできるんだよ。浮気だよ、あくまで浮気。本気にはならないみたいだね」
「はあ……」

 それからそれから、竜弥くんは父の行動の抜け穴をいくつも話した。

「親父は秘密の携帯を持ってるよ。そっちには若い女のアドレスもずらりと並んでて、メールだって複数の女とやりとりしてる。親父にはママに内緒の副収入もあるから、貢いでくれない女ともデートできるんだよ」
「ふーむ」
「あと、僕は親父の味方だから、竜弥と食事に行ってくる、とかって嘘に口裏を合わせてあげたりもするんだよね。まったく、ママは幸せだよ」
「はぁあ……」
「知らないことはなかったことなんだから、僕はママの幸せに水をぶっかけるようなことはしないよ。笙くんだってしないよね」

 ぶるぶる頭を振ると、竜弥くんはにんまりした。

「ああいう女に限って、私は人を見る目があるって言いたがるんだ。人を見る目があるのかどうか、私の育て方がよかったから息子がいい子に育ったのかどうか、ただのラッキーだったのか、ただの節穴みたいな目を持ってるだけなのか、どれもこれも紙一重だよね」

 ああいう母に育てられると、こういうゆがんだ性格の息子ができるのか。その点、僕の母は平凡でよかったのだろう。僕の母も若いころにはちょっと綺麗だったらしいが、今ではたつ子さんとは比べものにならないくすんだおばさんだ。

 父はイケメンでもないおっさんなのだから、僕は母に感謝はしている。母が綺麗だったから僕も美少年に育って、アンヌと結婚できたのだ。アンヌが僕をお婿にもらってくれた一因には、笙が可愛い顔をしているから、というのがまぎれもなくあった。

「竜弥くんはほのかさんの甥なんだよね。甥と叔母って結婚できるよね」
「できるはずだね」
「……結婚できるんだから……」
「近親相姦にはならないんだから、肉体関係もあるかもしれないって? さあね、どうだろね」

 ゆがんだ性格の美青年の、たった今の微笑も相当にゆがんでいた。

つづく










 
スポンサーサイト


  • 【FS俳句・短歌・超ショートストーリィ2015/9】へ
  • 【いろはの「ろ」part2】へ
  • Tag List 
  •  * |

~ Comment ~

NoTitle

・・・。
・・・・・。
・・・・・・・。
その人だけを好きになること以上、男に難しいことはないじぇ。

ついでに言うと。
浮気をしないのと。
愛情が薄れるのはまた別物です。
浮気はしてなくても、愛情は薄れますからね。

LandMさんへ2

いつもありがとうございます。

そのひとだけを好きになること、それがいちばん男性にはむずかしいってことですか?
なるほど、男性と女性ではやはり「愛の形」もちがうのですね。

浮気をしていなくても愛情は薄れる。
愛情は薄れていなくても浮気をする。
逆もまた真なり、ですかねぇ。



管理者のみ表示。 | 非公開コメン卜投稿可能です。

~ Trackback ~

卜ラックバックURL


この記事にトラックバックする(FC2ブログユーザー)

  • 【FS俳句・短歌・超ショートストーリィ2015/9】へ
  • 【いろはの「ろ」part2】へ