ショートストーリィ(花物語)

花物語2015/九月「白粉花に秘めたるは」

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おしろい
花物語2015

四月「菜の花畑」
五月「カーネーションの日」のさらなる続編です。

九月「白粉花に秘めたるは」

 忘れかけたころに会いにくる、とはいっても、本当に忘れているわけではない。思い出さないようにしているだけだ。昭彦は今年も、佐登子が営む店にやってきた。

「あら……」
「こんにちは、久しぶりです」

 第一声があら、なのは佐登子の定番のようなものだが、今年の昭彦は態度がちがっていた。それもそのはず、昭彦のうしろには若くて小柄で可愛らしい女性がはにかんで立っていたのだから。

「佐登子さん、紹介します。由菜さん」
「はじめまして、由菜です」

 一見はおとなしそうな娘だが、佐登子を見る目に疑惑の色が光った。その光はほんの一瞬だったから、佐登子としても錯覚なのかと思った程度だったが。

「昭彦さんからお噂はかねがね、伺ってるんですよ。昭彦さんのお母さんは女手ひとつで息子を育てなくちゃならなかったから、ダブルワークをしたりしてとてもとても大変だったんですってね。それで、お母さんと同い年のお友達が昭彦さんの面倒を見てくれた。ごはんを食べさせてもらったり、時々はお小遣いをもらったりもして、佐登子さんがいてくれたから非行に走らなくてすんだんだ、なんて、昭彦さんは言ってました」
「そんなことはないんですけどね」

 しかし、ある意味、それは本当かもしれない。昭彦は由菜の隣に立ち、まばたきを繰り返している。話しを合わせておいてくれ、と言っているのだと佐登子は解釈した。

「昭彦さんのお母さんが亡くなってしまっても、ここに帰ってきたくなるのは佐登子さんがいてくれるから。お母さんがわりの佐登子さんは、昭彦さんの故郷なんですよね」
「故郷のおばさんってところですね」
「そんな人がいてくれたことを、昭彦さんのためにも嬉しく思います。私も佐登子おばさんって呼んでもかまいませんか」

 不愉快な呼び名だとは思ったが、いやだとは言えない。佐登子が曖昧に微笑むと、由菜は深く頭を下げた。

「このたび、昭彦さんと結婚させていただくことになりました。佐登子おばさんは昭彦さんにとってはただひとりの身内のようなものなんですから、ちゃんとご挨拶しようと思って……」
「それはそれは、おめでとうございます」
「ありがとうございます」

 母親が生きていたころから、高校を卒業して上京した昭彦は母の日ごろに里帰りをしていた。一年に一度、先に佐登子の店「一杯いかが、佐登」に顔を出してプレゼントをくれてから、母親のもとに帰る。時にはそそくさと抱き合うこともあったが、決して泊まったりはしない。ここは昭彦の故郷だから、旧知の人間の目がうるさいからだったのだろう。

「お母さんにもプレゼントしてるの?」
「おふくろは金がいちばん嬉しいみたいだから、毎月小遣いを送ってるんだ。母の日にも特別ボーナスをやってるよ。昭彦は親孝行だねって喜んでるよ。それもあなたのおかげだね」

 もう私のことは忘れて、恋人を作りなさい、結婚しなさい。昭彦が成人してからは、佐登子は会うたびにそう言っていた。しかし、ここが昭彦の故郷である以上、年に一度の帰省を止める権利は佐登子にはない。

「ほんとはもっと帰ってきたいんだけど、おふくろは盆も正月もあんまり関係ない仕事をしてるだろ。だから、母の日にかこつけるしかないんだよ」
「私だって昭彦くんの母親みたいなものだけどね」
「ちがう。佐登子さんは俺の永遠のひとだ」

 小学校六年生になった春の日に、菜の花畑で佐登子を見かけてひと目惚れをしたと昭彦は言う。佐登子の記憶にはまったくないのだが、高校生になった昭彦に再会した夜のことは覚えていた。

 田舎の高校を卒業して東京で就職し、地味な暮らしがいやになって飛び込んだ水商売の世界。佐登子を口説いた男は家庭持ちだったから、結婚はできなかった。マンションを借りてもらって妾のようになって、妊娠はしたけれど出産はできなかった。

 男の妻に露見して修羅場になり、別れさせられたのには未練はない。手切れ金をたっぷりもらったのだから、あの男の妾になったのだって後悔はしていない。

 生まれて育った土地とは逆方向のここに来て、飲み屋で働いた。そうして手切れ金を増やして手に入れた店が、「一杯いかが、佐登」だ。こんな田舎で女ひとり、商売をしていればいやなことは次から次へと起きる。いつしか若い恋人になってくれた昭彦がいてくれたから、浮世の苦労をひととき、忘れさせてもらった。

 生活の場がちがいすぎるからか、昭彦の母親は佐登子の存在を知っていたようだが、無関係でいられた。たまさか偶然に出会っても、両方が素知らぬ顔をしてやりすごした。

 やがて昭彦は高校を卒業して、若かったころの佐登子と同じく故郷から出ていった。水商売に入っていった佐登子とはちがって、昭彦はまっとうなサラリーマン暮らしを続けている。高卒だもんな、給料安いし、出世なんてとうてい見込めないよ、と自嘲気味に言うのを、佐登子としても否定はできなかった。

「俺は結婚する気はないから、ひとりでだったら食っていけるからいいんだよ」
「今は若いからいいけど、歳をとると寂しいわよ」
「佐登子さんがいてくれるじゃないか」
「私は昭彦くんよりも二十歳も年上よ。先に死ぬに決まってるじゃないの」
「いやだよ、そんなの」

 いやだと言われても、寿命はどうしようもない。昭彦も四十歳になり、佐登子は六十歳になった。

 挨拶をすませたのだから早く帰りたいそぶりの由菜が、昭彦を促して店から出ていく。恋人を作れ、結婚しろ、と勧めていたのは佐登子なのに、いざ実現してみると心に穴が開いたような気分だった。

「佐登子さん、店は……」
「あら? 帰ったんじゃなかったの?」
「適当に言いくるめて電車に乗せたよ。俺は明日、親戚の家を訪ねなくちゃいけないって言い訳したんだ。親戚から電話がかかってきたって芝居までしたんだよ」
「なんのために?」
「あなたとちゃんと話したいからだよ」

 話すことなんかもうないでしょう? と言いたかったのに、肩を並べて歩き出した。
 気が抜けてしまって、今夜は店を開ける気分ではない。どこかで食事をして帰ろうかと思っていたところだ。なのに昭彦が戻ってきた。由菜のためには叱って帰らせるべきなのに、ふたりして電車に乗り、佐登子の店のある駅からはいくぶん距離のある土地のホテルのツインルームに入った。

「まあね、結婚するのはいいことよ。だけど、よっぽど気に入ったのね。五、六年くらい前に言ってたじゃないの」
「なんて言った?」
「俺は友達のつもりなんだけど、むこうは彼女のつもりでいるんじゃないかって女がいるって。彼女とは別れちゃったの?」

 忘れちまったよ、と昭彦が言っているのは本当なのかどうか。彼女は昭彦の里帰りに同行したいとまで言い、気持ち悪かったのだと昭彦は顔をしかめていた。それはやりすぎだね、と佐登子も言ったものだが、そんなに好かれているのだったら結婚すればいいのに、とは言わなかったはずだ。

 寂しげな顔立ちではあるが、昭彦は背も高くてすっきりした容貌をしている。もてるでしょ? もてたくなんかないよ、佐登子さんだけがいたらいいんだ、昔はそんな会話もかわした。

「女嫌いじゃないのかって思ってた昭彦くんを結婚する気にさせたんだから、由菜さんって凄腕だね。なんてプロポーズしたの?」
「できちゃった、責任取って、さ」
「……と、彼女が言ったの?」
「そうだよ。俺は佐登子さん以外の女は嫌いだけど、セックスは嫌いじゃないんだ。金がないんだから風俗ってのもそうそうは行かれない。ただでやらせてくれる女がいたら重宝だろ」

 悪ぶった台詞を口にする昭彦の横顔に、高校生だった彼が重なって見えた。

「由菜もそれでいいって言ってたんだよ。由菜は俺よりも十五も年下で、昭彦と楽しくやって、もうちょっとしたらお見合いでもして稼ぎのいい男と結婚するって言ってたんだ。遊ばれてるつもりはないよ、あたしが昭彦で遊んでいるの、なんて言う奴だったのに、だまされたよ」
「結婚したくないの?」
「……さあね。どうなんだろうね」

 ベッドに横たわって、昭彦は佐登子を見上げた。

「佐登子さんももうばばあだもんな。六十すぎた女を抱く気にもならないから、これからは本当に母親がわりってことにしよう。佐登子さんには実の子はいないんだろ?」
「いないよ」
「孫もできるんだから、喜んでくれるよね」
「……そうね」

 だからもっともっと早くに、終わらせておけばよかった。ばばあだなん言われる前に、佐登子さんは綺麗だ、と感に堪えかねたように言われたあのころに、おしまいにすればよかった。
 そうすれば歳月が風化させてくれて、美しい想い出になったのかもしれないのに。

「佐登子さんとは話をしたかっただけなんだけど、最後に抱いてやってもいいよ。老人福祉ボランティアみたいなもんだな」
「……いらないわよ」
「よかった、抱いてって迫られたらどうしようかとびびってたんだ」

 わざとこうやって毒舌を吐いているのだと思いたい。ベッドにいた昭彦はそのまま寝息を立てはじめる。彼が寝入ってしまうと、枕元にホテル代金を置いて佐登子は外に出た。

 四季のいつだって寂しい土地なのは、このあたりも同様だ。とりわけ寂しい夏の終わりに、道端に侘しげに咲いているのは白粉花、先日、店にやってきた女性客が教えてくれた。

「白粉花っていい花言葉がないんですよね。あなたを想うってのはいいほうだけど、内気、臆病、恋を疑う、嘘の恋……みたいな」
「どうしてなんでしょうね。白粉花って可愛いのに」

 この白い花を摘んで押し花にして、由菜のもとに結婚祝いとして送り届けてやろうか。由菜に花言葉の知識などないとしたら、しょぼいプレゼントだね、と軽蔑されるだろうか。贈るのかどうかも決めかねたままで、佐登子は白粉花を三輪、そっと摘んだ。

END








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~ Comment ~

NoTitle

花物語の五月カーネーションを読んだ時から九月を楽しみに
していました。
思いがけない結末、danさんの嫌いな終わりになる....ようなこと
あかねさんのコメントにあったから。二人の好みが違う...と。
その時そうかなあ、似たとこあるのに、と私思いました。
そしてどんな終わりでもびっくりしないぞときめていました。

 ああこういう結末ありよね。とすぐ納得した自分に驚いています。佐登子の中に菜の花畑でみた昭彦は生きているし、昭彦だって、口ではばばあとか言いつつ、母親のようななんて絶対おもっていない。
 夢見る儚い恋心、叶わぬ恋を大切にしてきた二人だと私は
思いたい。白粉花のつつましくも切ない風情にぴったりな結末。

ああやっぱりdanさんは夢見る夢子ばあさんだと、きっとあかねさんは思うだろうなあ。とほろ苦い気持ちです。
 このシリーズ好きでした。

danさんへ

思いがけなくも三部作になってしまったこのお話、全部読んでいただいてコメントも下さって、とーっても嬉しいです。
ありがとうございます。

私は読むほうだったらハッピィエンドも好きです。
恋愛ものだと結婚で終わるのは好きではありませんが、納得のいくハッピィエンドだと後味もよくていいですよね。

書くほうでは恋愛ものは安易に走りがちなので、あまり書きたくないのですが、花物語はどうしても恋愛ばっかりになってしまって、そうなると皮肉な結末だとか、邪だったり不道徳だったりする形にしたくなるのですね。

読むほうでもいや~な話も大好きですし。

ですので、昭彦は本気で言っているのかもしれない。
佐登子の願望のまんまに、本当は悪ぶっているだけなのかもしれない。

いずれにしても、昭彦が若いころに佐登子に抱いた想いは「恋」ですよね。
そのあたりを上手に描くには私の筆力が足りないのですけど、danさんがご自分のお好みで解釈して下さるのは嬉しいです。

こんな拙い小説でも、読んで下さった方がさまざまに解釈してくれる。
そういうの、ほんと、書いてるほうとしては幸せです。

NoTitle

うわ~~、これは、思ってもみない結末でした。
ちょっと佐登子目線で読んでいたから、このラストはきついな~~と(笑)

まだ、何も言わずに『結婚しました』っていう便りでもくれた方が、趣のある終わりになったのに、昭彦って、なんでわざわざ佐登子に、辛い事を言いに来たんでしょうか。
ババア、なんていったら佐登子が傷つくとか、そんな思い遣りもない男だったのならショック。
きっとこの昭彦にも、素敵な結婚生活は待っていないでしょうね。
佐登子って、年の割にはきれいでいい女なのになあ。
ちょっとばかり、可愛そうになりましたが・・・。でも、その辺の無情さを描くのが、あかねさんはやっぱりうまいです。
人生って、こうなんだよなあ・・・と、しみじみ感じさせられますね。

limeさんへ

三つとも読んで下さって、コメントもいただいてありがとうございます。
思ってもみなかった……そうですかぁ……そうですね、美しい結末にするためには、昭彦が上京したときに終わりにするのがベストだったのですよね。
でも、そう簡単には忘れられないのが「恋」。
ずるずるひきずるとこうなってしまう。

昭彦くん、このごろ来ないな、と思っていたら、風の便りが聞こえてきた。
結婚したらしいよ、と。
それもさらりと終われたのかもしれません。

どうして昭彦が婚約者を連れて佐登子に会いに来たのか。
私の中には理由があるのですが、相当にどろどろしそうで、書くのをためらっています。
どろどろ泥沼、由菜の気持ちを掘り下げるとよけいに……だったりもします。

年を取るってことは本当に無情ですよね。
ああ、いやだいやだ……。
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